惚れ薬を飲ませて結婚しちゃったけど、一ヶ月で効果が切れるですって? なんてこと!
約4500字です。
君を愛することはない。
そう言われてしまう日は近い──
ああああああ、私ったらなんてことしちゃったの?!
いくらガレス様が好きだからって、惚れ薬を飲ませてしまっただなんて!
そしてあっという間に結婚しちゃっただなんて!
ええ、もう毎日毎日幸せだったわよ。
ガレス様は口を開くたびに『愛してる』とか『ロージーが世界で一番かわいい』とか『今夜も激しく交わりたい』とか、これでもかと言ってくれるんだもの!
大好きな人にそう言われて、嬉しくないわけがないでしょう?!
ガレス様は私の住んでいる第一地区の騎士隊長で、近々全てを統括する中央区へ出世するという噂だった。
地域密着型の騎士隊で、第一地区はいつも騎士服を纏った人たちが巡回してくれている。気軽に声をかけてくれるし、かけやすい存在だった。
もちろんガレス様も率先して市民に声かけしてくれていて、第一地区の犯罪件数は他の地区に比べて圧倒的に少ない。
もう、さすがガレス様としか!!
そんなガレス様が、中央区に行ってしまう……
出世は喜ぶべきことだけど、中央なんかに行っちゃったら会えなくなるじゃない!
第一地区に巡回なんて来ないだろうし!!
毎日巡回する時間に詰所の前で待ち構えていた私にとっては大問題よ!
だから私は薬を盛りました。
反省はしている。
待って、違うの。
惚れ薬を渡してきたのは、ホラ吹きババァで有名なホラバァーだったの。
ホラバァーは言ったわ。
『これを飲ませりゃ、相手はお前さんのことしか考えられなくなるよ。キィーーッヒッヒ』
ってね!
どうせ嘘だって思うじゃない?
でもまぁ、せっかくだから試してみようかな、みたいな?
だからね、いつものように詰所前で待ち構えて、いつものようにガレス様が出てきたところで、いつものように偶然を装って出会って、いつものように飲み物の差し入れをしたのよ。
そうしたらガレス様は、『いつもすまんな』って水筒を手に取ると、惚れ薬入りのお茶を飲み干したの。
いつもはあんなに飲まないのに、なぜかこの時は一気飲みよ!
そしてその直後、私に言ったわ。
『ロージーが好きだ! 俺と結婚してくれ!』
んもう、有頂天になっちゃったわね、私!
びっくりしたけどそれ以上に嬉しかったの!
即座に『はい!』って返事をして、一週間後には式を挙げてたわ。
私は領地も持たない男爵家の末娘だったし、ガレス様は次男とはいえ侯爵家の方だったから、両親は大喜びよ。
中央に行って実績を残せば、爵位を賜れるという話だし。それはもう、超優良物件を捕まえたってお祭り騒ぎ! ひゃっほう!
そして私は幸せのあまり、忘れてしまっていたの。
これは、惚れ薬を使った仮初の幸せだったということに!!
だって、ホラバァーの惚れ薬なんて効くわけないって思うじゃない?
これは私の日々の努力で手に入れた幸せなんだって思ってたのよ。それがちょうど薬を飲んだタイミングで表れただけだって。
でも今日、ホラバァーが来て言ったの。
『わしの惚れ薬はよう効いたじゃろう? 明日で効果は切れるよ……キィーーッヒッヒッヒッヒ!』
な ん で す っ て ー !!
驚き桃の木山椒の木でもう絶望したわ。
まさか、本当にホラバァーの薬のせいだったなんて……
自分の魅力のおかげだと思ってた私、なんて前向きだったの!!
というわけで、めちゃくちゃ不安になってるのよね。今ココ。
あああ、どうして惚れ薬なんて使っちゃったんだろう?
本当は私のこと、好きじゃなかったのに結婚しちゃったってことよね。
しかも明日で切れるなんて……
……まぁなるようにしかならないわね!
この一ヶ月で本当に私のことを好きになってくれてる可能性だってあるんだもの。うん、きっと好きになってくれてるわ!
だって、あんなに愛してるって言ってくれてるんだもの!
「ただいま、ロージー」
あ、噂をすれば帰ってきたわ!
「お帰りなさい、あなた!」
ガレス様は私の姿を見るなり抱きしめて、ただいまのキッスをしてくれる。
「ああ、君はなんて美しいんだ。こんな美しい妻に出迎えてもらえる俺は世界一の幸せ者だ」
「んもう、大袈裟ね!」
「大袈裟なもんか! 明るくて優しくて気の利く、こんな完璧な妻を娶った男はこの世で俺しかいない! 愛しているよ、ロージー」
「ん、ガレス様……」
ああ、なんて情熱を注いでくれるのかしら。
惚れ薬がこんなに効くわけないわよね?
きっと明日になってもこのラブラブは続いていくに決まっているわ! そうに違いないのよ!
私とガレス様は、この日も当然のように愛し合って………
そして、翌朝のことだった。
「ロージー……どうして俺は君を抱いてしまったんだ……!」
「……ガレス様?」
真っ青になっているガレス様のお顔。
一体、なにが起きているの?
「なにか着てくれ、頼む」
そう言いながらガレス様はベッドを降りると、急いで服を手に取って袖を通している。私の大好きなガレス様の胸筋が、恥ずかしがるように隠れてしまった。
私もわけがわからないながらガウンを羽織る。
「なんてことだ……どうして、結婚してしまっている……」
頭を抱えているガレス様。
どう見ても後悔してるわ……いくら楽観的な私でもわかる。
ガレス様は後悔をしている!!
待って、落ち着くのよロージー!
ああ、落ち着けないわ。だってホラバァーの薬が本物だったってことじゃない。
信じられないけど、あのホラ吹きが本物の薬を渡してきたのよ。
あんのホラバァーーーーーーッ!!!!
うう、今さら彼女を恨んでも仕方ないわ。使ったのは私だもの。
どうにかしてガレス様に本当に好きになってもらえるように……
「やり直させてくれ」
そう思った直後のガレス様の言葉。私の思考は停止寸前よ。
「俺はどうやらこの一ヶ月、まともではなかったようだ。ちゃんと記憶はあるのだが……」
「やり……直す……?」
私の胸は悲鳴を上げるように痛み始めた。
ガレス様はこの婚姻をなかったことにしたんだわ……。
ふふ、当然よね。私なんかこれっぽっちも好きじゃなかったんだもの。
私が騙して結婚したのと同じ。結婚詐欺だと訴えられても仕方がないわ。
愛してるの言葉も。
キスも。
毎夜の営みも。
幸せを感じていたのは私だけ。
本当のガレス様には、苦痛でしかなかった。
私の口から勝手に嗚咽が漏れ始める。
「う……ううう〜……っ」
「……ロージー」
私が被害者面しちゃダメだってわかってるのに、悲しくって涙が止まらない。
「手を出してしまった責任は、ちゃんと取る」
ガレス様が目の前にやってきて、真剣な顔でそう言ってくれた。
かわいそうなガレス様。惚れ薬のせいで手を出したがために、私から逃れられなくなってしまっただなんて。
「いいえ……こうなったのは、私が原因だわ……別れる覚悟は、できて……でき──」
「ロージー?」
「できてないわ!! だって、ガレス様のことが本当に好きなんだもの! 惚れ薬を飲ませちゃうくらいに!!」
ああ、言ってしまったわ。惚れ薬を飲ませたなんて、絶対に嫌われちゃう!
もう離婚されて人生終わりよ!!
「惚れ……薬……?」
ほら、めちゃくちゃ驚いた顔をしているわ。
「ええ、ごめんなさい……あなたのことを好きなあまり、やってはいけないことをやってしまったの……」
「ロージーは、俺のことが好きだったのか?」
「当然よ! 私、いつも言ってたでしょう、あなたのこと愛してるって……」
「言ってない」
「言ってなかったかしら?!」
なんてこと! そうだったわ、言ってもらえるのが嬉しくて、聞くばっかりだった。
私からは好きだとすら言ってないわ!! なんてこと!!!!
「じゃあ、改めてやり直させてくれ」
ああ、私の気持ちは伝わっても、やっぱり離婚は変わらな──
「ロージー。俺とお付き合いをしてくれませんか」
「え?」
お付き合い……? ちょっと意味がわからないわ!
でも顔を赤らめているガレス様は、とってもかわいい。
「あの日俺は、中央区に行くことが正式に決まって焦っていたんだ。このままではロージーに思いを告げぬまま、離れ離れになってしまうと」
「……えーっと?」
「だからあの日、俺は交際を申し込むつもりでいた。情けないことに緊張で手は震えるし喉は渇くしで、ロージーに渡された水筒を一気飲みして気合いを入れてな」
あの一気飲みは、私に告白するつもりで緊張していたの?!
「だが、なぜか出てきたのは一足飛びに結婚で……そこからの俺は無茶苦茶だっただろう? すぐに結婚しようだの、その……君の体が今すぐ欲しいだの……す、すまない」
「それは薬の効果のせいで、ガレス様のせいじゃないわ」
私はそう言ったけど、ガレス様のつらそうなお顔は変わらない。
「ゆっくり進むつもりでいたんだ。君は初めてだろうから、あんなに……激しくするつもりはなかった。謝っても許されることじゃないが、謝らせてくれ。ロージーを傷つけてしまったこと、本当に後悔している。すまなかった」
ガレス様はそこまで一気に言うと、頭を下げた。
そっか……ガレス様は、私の気持ちと体を思ってくれていたんだ。
私の目からは、さっきと違う涙が溢れてきそうになる。
「ガレス様。私、傷ついてなんかいないわ。あなたと結ばれて、本当に幸せだった。ガレス様は、違うの?」
「いいや。ロージーと結ばれて、夢のようだったよ。仕事を終えて迎えてくれる君が、誰より愛おしかった」
ガレス様の心からの言葉。
惚れ薬の効果が切れている今だから、ちゃんと信じられる。
私たちは、愛し愛されていた夫婦だったんだって。
「ロージー。どうか俺と結婚してほしい。そしてもう一度初夜のやり直しを」
こういう真っ直ぐなところが大好きなのよ。
私はガレス様の胸に飛び込んだ。
「はい。優しくしてください、ね?」
「ああ、約束する」
ふふっと顔を上げると、おでこに軽くキスをしてくれた。
二度目の初夜まではまだまだ遠そうだけど、それもきっと楽しんでいけるわ。
私たちはお互いの瞳を交差させると、同時に「愛してる」の言葉を紡いだ。
後日、ホラバァーにこのことを話しに行くと。
「あの薬は惚れ薬なんかじゃないよ。心と体を正直にする薬さぁ! キィーーーーッヒッヒッヒッヒ!!」
ですって。
やっぱりホラ吹きはホラ吹きだったのね!
もう幸せだから、どっちでもいいけど!
ある意味ホラバァーはキューピッドよ!
隣にいるガレス様を見上げると、これでもかと顔を赤くさせている。
「どうしたの?」
「いや……少し、恥ずかしい」
ガレス様は、心と体が正直になっていたという事実を知って照れているんだわ。かわいい。
「ふふっ」
私はガレス様の腕にそっと触れた。
「どうした?」
「やっぱり私、ガレス様が大好きだなって思ってたの!」
「……そうか」
照れくさそうに微笑むガレス様と一緒に家路に着く。
以前のような怒涛の愛は告げられなくはなったけど──
「……俺も、好きだ」
近くに人がいなくなったところを見計らって、そう言ってくれた。恥ずかしそうに、照れくさそうに。
そうやって一生懸命言葉にしてくれるあなたが、大好きよ。
私たちは夕暮れの中を、付き合いたての恋人のように手を繋いで帰る。
二度目の初夜を迎えるのは、いつの日かしら?
ゆっくり、ゆっくり進んでいこう。
目を見合わせて微笑む私たちの後ろで、ホラバァーの笑い声が今日も元気に響いていた。
*おまけ*
「わしのホラで結婚したのは、これで777組目じゃぁあ!」
次にホラバァーに薬を渡されるのは、あなたかもしれない。
キィーーッヒッヒ!
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『巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜』
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