須臾の休息
バイクを走らせること三時間弱。目的地であった仙台へと到着した。昔は一時間もかからなかったそうだが今は整備されることもなく荒れ放題のアスファルトに崩れた建物によって塞がれた道とおおよそ万全とは言い難い道路状況。迂回や静止を重ねていくと時間が食われていく。
「ここはだいぶ活気があるのね」
「なんたって怪人域の目と鼻の先だからな。境界域だけじゃなく怪人域からも客が来る」
怪人域の怪人は怪人域の効果で無理やり怪人化させられたため中身は普通の人間である場合がほとんどだ。凶悪度で言えば境界域を根城とする怪人の方が高い。
しかし怪人域の怪人は自力では変身を解けない場合が多く、怪人が境界域の外に出た場合はヒーローに倒されるのでヒーローでも入るのが難しい怪人域に籠もっている。そのため怪人域では怪人が普通の生活を営んでおり、足りないものはこういった怪人域と境界域の境目で開かれるブラックマーケットで補っている。
「へぇ。じゃあここにいる人間は境界域の外のやつで、怪人は怪人域から来てるのね」
「人間はそうだが怪人は境界域の怪人もいるな。まあここで問題起こすと面倒だから喧嘩吹っ掛けないように」
「あんたこそ」
俺だってここ使えなくなるのは困るからな。怪人域の怪人だろうが関係なく怪人というだけで憎いが、だからといって場所もわきまえずぶん殴ったりはしねえ。
仙台の街並みはほとんどの建物が打ち壊され、各々が車を改造したり風呂敷を広げたりして露店を開いている。今向かっている店もそうだ。少し変わった形のタンクローリーの前に風呂敷を広げて店を開いていた。本人曰く油を売る店。売れ筋商品はここいらでは必須となる灯油だそう。
「お~いおっちゃん。ガソリンくれ」
ろくに準備もせず飛び出してきたから目的地につくまで持つか心配だ。補給しておくべきだろう。
「ああ、お前か。どのくらい欲しい」
「とりあえず満タンになるまで」
「あいよ」
おっちゃんがガソリンを補給してくれる。長い付き合いだが互いに名前は知らない。まあここでの付き合いなんてそんなもんで十分だ。
「注文通りだ。ここいらでガソリンなんて買うのはお前か算数のできない馬鹿な商人くらいだが、それなりに付き合いのあるお前さんだ。安くしといてやるよ。6000円だ」
境界域の外でならその半分もいかない量だとは思うがここは境界域。それも怪人域に近いところなので妥当な値段ではあるだろう。
「んー、まあそんなもんか。ほい」
「ほいよ。バイクの調子はどうだい」
おっちゃんが俺止めてあるバイクを指差す。おっちゃんのアドバイスに従って俺が直したものだからおっちゃんもそれなりに愛着があるのだろう。
「問題はないな」
「そうかい。そちらの娘は?彼女か?」
クイ、と指さされた先にはところなさげに店の付近を彷徨いていた聖奈。こちらの会話が聞こえている様子はない。
「なわけねえだろ」
「へえ。じゃあなんだい?」
何って……何だ?昨日出合ったばっかりだし……共犯者とか?
「あーうん、相棒だ相棒」
「そうかい。じゃあ彼女だな」
「はぁ!?何いってんだおっさん!!!」
「おりゃあ男女の友情とかないと思ってっからな。相棒とか言ってるうちにそういう間柄になんだろ」
なるわけねえだろ。
「何の話?」
声がでかすぎたのかブラブラと周囲の露店の商品を見ていた聖奈が戻ってきてしまった。
「男女の友情は成立し───」
「次行くぞ!!時間がねえんだからな!!!」
余計なことを言おうとしていたおっちゃんを遮り、次の店へと促す。別れ際におっちゃんがこぼした言葉は聞かなかったことにして受け取ったバイクを押しながら早足で歩く。と言ってもそう離れた場所にあるわけではないのですぐ目的地へと辿り着いた。
「これは?」
「外套。怪人域は怪人しかいないからな。生身の人間も、ヒーローもいるわけがない。俺は怪人になれるがお前はそうじゃないだろ。家から持ってくりゃ良かったがそこまで気が回らなかったからな。買っとく」
付いたのは古着屋。珍しく形の残っている建物の中に所狭しと古着が売られている。その中で購入したのはカーキ色の外套。男物の中で一番デカいやつ。スターレインに変身しても問題なく着れるはずだ。色は一番安かったから。
「じゃ次」
少し歩いたところにある保存食の露店。缶詰めやドライフルーツのパック、インスタント麺などが売られている。当然、割高な値段で。
「私これ」
聖奈が選んだのはカップ麺のシーフード。まあ無難で王道な選択だと思う。
「却下」
「はぁ?なんでよ!あんたまさか醤油派だとでも?」
醤油もうまいだろうがよ。カレーもいいぞ。
じゃなくて。
「お湯どうすんだよ」
「あ……」
そう、水は結構貴重なのだ。なのでここでインスタント麺やカップ麺を売っているのは罠である。ご丁寧にすぐ隣に水売りまでいるしな。こいつらグルだぜ。
それでもいくらか買う客はいるようで、積まれた麺の山も結構減っている様子だった。まあ怪人域だと手に入らないものだしこれを好む怪人が買っていってるのだろう。
「怪人域だと水道は動いているが境界域はそうじゃねえからな。水はできるだけ温存しろ」
怪人域は怪人が生活しているからインフラは整えられている。まあ街丸ごと怪人化しているわけだから当然といえば当然で街の機能は維持されているのだ。境界域は人がいないので荒廃する一方だが。
「それは…そうだけど…補充出来ないの?」
「怪人域入ったらできる。公園の水道も動いているはずだからな」
だがここでは高い金出して買うしかない。蛇口捻れば水が出てくる有り難さが身に沁みるだろう。そういう場所だ境界域は。
「一応聞くがまだ水残ってるよな?」
「………昨日体拭くのに使った」
こいつ!!!
「馬鹿か?馬鹿なのか!?」
「う、うるさい!!だってベタベタしてて気持ち悪かったんだから!!」
「チッ、仕方ねえ。ちゃんと管理してなかった俺も悪いからな。怪人域つくまで水抜きで許す」
買ったのはドライフルーツといくつかの缶詰め。当然、水はなし。あと数時間もすれば怪人域で最初の街に出るはずだからな。境界域を引き返すとかでもない限り水を買う必要はない。最悪、川で汲んで煮沸すればいい。時間は取られるが。
「買うものも買ったし、休憩終わり。そろそろバイク押すのも疲れてきたから出るぞ」
ここ仙台は境界域と怪人域の境目だ。とはいっても明確にスパッと切れているわけではなく、怪人“トドカヌヒビ”のネガティブオーラの影響がある程度弱わまったところから影響の及ばないところまでが境界域であるためその境目は曖昧だ。ここですらすでにネガティブオーラの影響は強いが、だいたい名取の辺りからさらに強まり、岩沼の辺りからは生身の人間では即座に怪人化してしまうほど影響が強くなる。そうなったら怪人域に突入だ。
「ああ、知っての通り怪人域では怪人は強化される。数も多いから下手に手を出すのはおすすめしない」
一回やって酷い目にあった。怪人域の影響で俺も強化されるし、相手は一般人とほぼ変わらないような素人。それでも数の暴力というのは恐ろしいもので、さらにそこに一人ひとり違う異能が加わるのだから対抗しようがない。もっと広域を殲滅出来る技があればいいんだが、それまでは泣く泣くスルーする。
「さあ、そろそろ怪人域だ。ヒーローに変身出来るならある程度は耐えられるから辛くなったら変身しときな」
整備されているとはいえまだまだ荒れている道路を慎重に走ること一時間弱。ついにネガティブオーラの影響が体感でもわかるくらいには強くなってきた。
「変身」
「コード01」
『星輝降誕』
二人揃って変身を終える。ここからは怪人域。常人はおろか、下手なヒーローですら怪人にしてしまう負の溜り場。
怪人の纏うネガティブオーラはその範囲内の人間の負の感情を増幅させる。なのでネガティブオーラ内怪人は負の感情が増幅されて強化されるし、範囲内であれば普通の人は怪人になりやすくなる。
これがトドカヌヒビレベルの怪人になると強化の割合もバカ高くなるし、怪人のなりやすさが確定で怪人化するとかそんなレベルになる。怪人域、境界域はトドカヌヒビだからそうなったってわけではなく理論上は誰でも再現可能。
ただしここまで巨大化できるのも維持し続けられるのもトドカヌヒビの特性によるものなので再現性は低い。
ヒーローの纏うポジティブオーラはネガティブオーラと逆に正の感情を増幅させるのでネガティブオーラの影響を中和できるし、仮にトドカヌヒビのネガティブオーラと同じくらい強いポジティブオーラをぶつけられれば怪人域を消すことができる。
ここまではネガティブオーラ、ポジティブオーラの基本性質で怪人、ヒーローごとに持っている異能によって追加効果が発生する。