黄昏の残骸
日も大分傾き、夜の色が空の大半を覆う。まだ西の方は橙色の空を持っているが、それも何れ失われよう。
「さすがにもう無理か」
境界域と通常域の境目から少し奥に進んだ場所。ここまで来ると人影はほとんどなく、大半の家屋は廃墟となっている。それでも僅かながら住んでる奴はいるし、そういう奴は目茶苦茶に強いが、幸いにもそういった怪人の気配はない。
結局ここまで手押しだったが、まあここで一夜明かす事を考えたら音出して気付かれるよりましだったんじゃないか。
「ここで野宿するの?」
「バカ言え。んなことしたら明日の朝には俺は死んで身ぐるみ剥がされお前は鎖に繋がれて慰み者だ。襲ってきた怪人の性別次第じゃ逆だがな」
まあ一番有り得そうなのはどっちも殺されてることだが、忌避感があるのは死より想像しやすい性的暴行だろう。
それに襲われなくたってもう十一月なのに外で寝るとか正気の沙汰じゃないことくらいわかるだろ。明日目覚めて風邪引いてればまだ良い方だ。最悪凍死する。
「とりあえずあそこに見えてるマンションで寝るか」
「見るからにボロボロで寝泊まりとか無理そうなんだけど」
「見て確実に人がいないようなところの方が隠れるにはいいだろうが」
バイクを見つからないように木に吊るして隠し、その近くに鉄屑を入れた箱を埋め、周辺を掘り返しておく。こうして地面に注目させて探したらオタカラが埋まっており、頭上のバイクには気付かないようにさせる。何度か使ってる手だが実際に効果あるのかは不明。だって地面の鉄屑すら取られたことねえんだもん。
「アンタね」
「しゃーねえだろ。引っ掛ける相手すらいねえんだから」
出来るだけ身を屈め見つかりにくいようにしてマンション内部へ。日も月もない黄昏時の今のうちに素早く入る。
潜伏位置は出来れば二階、無理そうなら三階。いざとなった時に飛び降りてもギリギリ怪我をしないライン。
「ねえ、この部屋玄関閉まんないんだけど」
「だから選んだんだろ。お前玄関閉まんない部屋と閉まってる部屋のどっちに人がいると思う」
「そりゃ閉まってる部屋だけど」
だからこそ、人がいなさそうな開きっぱなしの部屋にするんだよ。それに玄関だけじゃなくて窓から侵入される事もあるからそうなったときの脱出先の状況は見えてた方がいい。まあこれも人が近付いてきたことあんまないから有効かは知らん。
「ま、扉が閉まる部屋でも鍵はぶっ壊れてるかぶっ壊さないと入れないから開いてるのと変わりねえが」
傾いて開きっぱなしのドアの隙間から部屋の中を窺う。埃が積もっていて人がいる気配も、最近出入りした気配もない。屈んで扉の隙間から中に入り、構造を把握。
「良かったな。窓のない部屋がある。お前はそっちで寝ろ」
ちなみに窓のない部屋がなかったら風呂場で寝ることになる。飛行系の怪人とかに窓から覗かれた時に無防備に寝てる姿とか見られたら襲われるから出来るだけ窓のない部屋で寝たい。
「一応警戒しているけどなんかあったら叫べ。ああでも虫が出たとかで叫ぶなよ」
「虫はちょっと自信ないわね。幽霊とかなら平気なんだけど」
「幽霊は十中八九怪人の異能か何かだから叫べ」
*
物音に目を覚ます。外……ではないな。中だ。外から入って来たわけではなさそう。というかこの程度の隠密行動しか出来ない相手なら外から入ってくる前に気付ける。ということは───
「寝れねえのか?」
予想通り浴室の前、洗面所に入って来たのは聖奈だった。幽霊は平気って言ってたし怖いとかそういう理由では無さそうだが。
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ何だよ」
「うとうとしてたら目の前をあの、黒い奴が横切った気がして……夢現の状態だったから本物か幻かわからなくて怖くなって……」
秋も深まり冬に入ってきたこの時期にこんな隙間風の通る部屋に出る虫はそうそうねえだろ。奴は年中出るとはいえ冬は活動が鈍くなるし。
「じゃあ交代するか?浴室はさっき見た時虫はいなかったし」
「洗面所で寝て。今いなくてもそこから入って来るかもしれないし」
ええ……。
ま、仕方がないか。
ここ数十年は異常気象で東北、北海道ですら暑いとはいってももう十一月。冬に入り始めた時期だ。いや昔は十一月とかではすっかり寒くなっていたらしいが昔なんて知らないからなんとも言えないが。
そんなわけで体を冷やさない為に毛布を巻き付け何かあった時の為に浅く眠りにつく。時間的には二時頃だろうか。今からなら朝までにはそれなりに寝れるだろう。
「ねぇ、起きてる?」
「今から寝るところなんだが」
前の住人が残していった足ふきマットありがてえ。床の冷たさと硬さを和らげてくれる。浴槽で寝るより快適かもしれん。
「慣れてないから寝れないのよ。少し付き合って」
「俺は眠いんだが?」
明日バイク走らせるんだが?そのために寝ておきたい。体が頑丈だからといっても事故るのは嫌だし。
「貴方、トドカヌヒビを殺すの?」
「殺す。決まってんだろ。それしかない」
「……聞き方が悪かった。貴方、トドカヌヒビを殺せるの?」
息を呑む。
今まで、何人もの怪人を殺してきた。今更一人増えようが変わりはないし、むしろここで一人生かす方がおかしいだろう。
「親の、親のような人のあんな姿を見ておいて?私は、お父さんがああしてたらきっと止まってたと思う」
確かに、ずっと殺すものだと思っていた心が揺らいだ。
怪人を殺さなければいけないのは、怪人に倒された怪人は再び怪人化することができるから。怪人を殺さず無力化するにはヒーローが倒すしかない。まあヒーローが倒した場合でも再び怪人化することはあるが。
真木さんにあれだけ頼まれて、スターレインというヒーローが協力して、それでもなお殺すという選択肢が取れるかどうか分からない。
「……殺す。父さんも母さんもあいつに殺されたんだ。そうしなければならない」
「でも貴方の両親は助けたいって思ってたみたいだけど」
「そうだな。でも俺は両親の為じゃない。仇を討って自分がスッキリする為に戦うんだ。じゃなきゃ怪人なんてなってない」
「そう」
それきり返答はなかった。暫く瞼を瞑っていれば安らかな寝息が風呂場の壁に反響して聞こえてくる。初めてでそれだけ寝られたら才能あるよ。
*
「起きろ」
浴槽にすっぽりと体を埋めて眠っている聖奈を起こす。
「んぁ……何時…?」
「六時だ。あと十分くらいで日が登るから出発するぞ」
まだギリギリ日の出ていない夜明けの時間。今なら見つかる事なく移動出来る。
「顔洗いたいんだけど」
「そんな水ねえよ。ほらこれで顔拭け」
寝惚けた顔にタオルを押し付け移動を開始する。特に大きな問題はなく、吊ら下げておいたバイクも盗まれてはいない。というか人が来た形跡すらない。
「特に問題はないな。傷とかもない」
ちょうど日も登って道路の状況が見やすくなってきたし出発だ。
いざ仙台へ。