放棄の懇願
真木さんを抱え上げ、ついでに聖奈に肩を貸しながらおじさんに案内されるまま家の中へ。
穴の空いたリビングの壁から家の中へ入り、廊下の奥の階段から地下へ向かう。そこはガレージのような空間になっており、一台の車が止まっていた。
「この中に入れてくれ。服は着せたままでいい」
車の中には人が一人入れるカプセル。緑色の液体が注がれたそこに真木さんを寝かせる。
「これは?」
「治癒能力強化カプセルね。お父さんが作ったやつでそのまんま人間の治癒能力を強化することができるわ」
「腹に穴が空いたとか、体を深々と切り裂かれたとかそのくらいの傷だと回復仕切る前に死んじゃうけどね。腕が折れたとかなら適切な処置と食事込みで一週間くらいで治るよ」
ニュースで聞いた事あるな。
「AShだっけ。救急車とかでけえ病院とかに最近導入されたやつ」
「そう、それ。それを作ったのがお父さん」
そういう聖奈の顔はかなり誇らしげだった。お前が作ったわけじゃないだろうに。いやでも、親がこんなもん作れるのなら誇らしいか。俺には分からねえが。
「っ……はっ」
「あ、起きたね」
怪しげな緑色の液体に浸してから二分と経たずに真木さんが目覚めた。服のまま放り込んだから液体を吸って重くなっているだろうに、それを感じさせないくらい軽やかな動きでカプセルから起き上がり、車内を濡らさないように素早く外に出てくる。
うん、身のこなしはすげえんだけど濡れた髪が顔に張り付いてて怖えんだわ。なんかこう、井戸から這い出てきた女感があるっていうか、状況的にはあまり間違ってねえや。
「負けた……のですか」
「ああ、まあ……」
悔しそうに俯く真木さん。それだけで彼女がお嬢様とやらに向ける感情が大きなものであったことを再認識出来る。
「油断しないっていった割には気絶した振りに引っ掛かっての敗北だけどね」
「ちょっ、聖奈!?」
聖奈の容赦ない追撃に俯いたその耳が真っ赤になる。いやまあ聖奈的には一撃で無力化出来る雑魚みたいに思われたのが悔しくて仕返ししたんだろうけど。
「そう、ですよね」
バッと、音を立てて真木さんは勢いよく地に伏せた。膝を付き、手を頭の前に差し出して額を地面に擦り付ける姿勢───土下座をしているのだ。
「何をやって───」
「お願いします!!虫がいいのはわかっています!!!負けた私にこんな事を言う資格が無いことも、人として恥ずべきことであるという事も!!!!それでも!お願いします!!!!お嬢様を、由紀を殺さないで!!!!お願いします!どうか行かないで……由紀だけでなく、貴方達まで失いたくない………」
全てをかなぐり捨てた無様な懇願。全てを失う敗者だけの特権。これがその辺の怪人とかであったら何も聞かずに捨て置くのだが、ここまで育てて来てくれた家族のような人がそれをするのだ。揺らがないわけがない。
「……行くぞ」
だから、俺に出来ることはこの場から一刻も早く離れること。彼女の醜態をなるべく見ないようにすること。見れば足が止まりかねないから。心が揺らぐから。
「待ち給え」
「なに、お父さんも何かあるの」
「いや、僕には君たちを止める資格も、願い出る権利もない。ただこれを君に渡しておきたくてね」
そう言って手渡されたのは鍵束だった。
「それは東京にある直人君、君の生家の鍵さ。真木さんから預かってたものだが、彼女あんな感じだろう?僕が手渡すのがいいと思ってね。どうか、トドカヌヒビと相対する前に彼の日記を読んでほしい」
*
「で、勢い余って出てきちゃったけど足はどうすんのよ」
勢い余ったのは認めるがあの空気の中残れる訳ねえだろうが。それはお前も同じだろ。
って言いてえけど我慢する。さすがに今揉めるのはまずいってのは分かるからな。
「足はこいつを使う」
聖奈の家から程近い場所にある俺の家に停めてあったバイクを見せる。境界域で拾ったのをブラックマーケットの商人と一緒に修理したやつだ。
「あんた、歳いくつだっけ」
「16」
「勝った。あたし17」
だから何だよ。
「じゃなくて、16って免許持ってんの?」
「ねえよ」
そんなもんが必要な世の中じゃなくなったし、無免許運転を誰が咎めんだよ。警察なんて怪人域は当然、境界域ですらまともに機能してねえぞ。いるにはいるんだが。
「大丈夫なの?」
「二年乗ってんだ。全然余裕だよ」
最初は盛大にすっ転んだりしたが、今じゃ瓦礫が散乱する道路だって走れる。二人乗りの経験はないがまあ行けんだろ。
「あ、一応変身はしとけ。転んでも怪我しないから」
実体験に基づくアドバイスなのでかなり有用なはず。
「いや、さすがにもう変身できないわよ」
変身に慣れてないうちに一日に四回も変身させるのは無理か。怪人域だと変身解除した状態だとすぐに怪人化しちまうからどうにかして連続変身出来るようにはなって欲しいが。
「そうか。じゃ、ここから仙台まで行く。その間お前はバイクに跨って休憩しててくれ。俺が押してく」
「いや、仙台って結構遠いでしょ。バイクならともかく歩きだと一日は掛かるじゃない。今日は休んで明日出発すれば」
「もうすぐ十六時だ。十七時になれば真木さんが帰ってくる」
あの状況で別れた相手と顔合わせたくねえ。
「………さすがに泊まってくでしょ。お父さんだってあの状態の真木さんを泊めるくらいの良識はあるはず」
むしろそれはない方がおかしいのでは。娘が言い淀む程度の善性ってあの人さては相当なマッドだな。あの場では発揮されなかっただけで。
「おじさんが泊めるかどうかは関係なく、あの人ならどんな状態でも帰ってくるんだよ。俺がいても居なくてもな」
多分強迫性障害とかだろう。決まった時間に家にいなければならない、そうしないと不安になる。今にして思えばお嬢様とやらが怪人化したのが原因だろうか。
「と、いうワケでできるだけすぐに出たい。いいか?」
「まあ、しかたないでしょ」
じゃ、出発。
お互い家族ではなく家族のような人として認識してるから叱るという考えが浮かばない
そういうとこやぞ