連理の奇縁
「そこを左…そう、すぐそこ」
端の端とはいえそもそもが広大な境界域。境界域に呑まれた街と安全圏の街まではそれなりに距離がある。
「クソ重てぇんだけど」
「アンタ女の子にそういうこと言ったらモテないわよ」
「いーよ別に。怪人ぶっ殺せりゃ問題ねぇ」
ここまで約二時間と少し。境界域を出たらヒーローがいるし怪人状態では狙われるだけなので変身を解除しなければならない。が、当然生身で人を背負いながら歩くのは相当な労力を要するので普段なら一時間足らずで歩ける距離も長く感じられる。
「ついたわ」
案内されたのは普通の一軒家。何か仰々しいマークが付いてるわけでも、奇っ怪なオブジェクトがあるわけでもない。ごくごく普通の一軒家。怪人域でも変身出来るベルトなんてもの作ってんだからもっとこう科学者のラボって感じを期待していたが。
「ジメジメしてんな」
防犯用のシャッターを上げ、玄関の扉を開く。窓も扉もシャッターで締め切られてるから湿気が凄い。まあ境界域周辺の家なんてそんなもんか。俺の家もそうだし。
「お帰りなさい。用事は済みま…し………」
廊下の先、恐らくリビングであろう部屋から出てきた女性はこちらを向いて驚愕の表情を浮かべる。きっと俺も同じ顔を浮かべているだろう。なにせ───
「坊っちゃん!!?」
「真木さん!?」
「え?知り合い?」
なにせ彼女は死んでしまった両親に代わって俺を育ててくれた人なのだから。
*
取り敢えず四人向かい合って座り、話を聞くことに。
「やあ久しぶり……って言っても小さかったし覚えてないか。じゃあ初めましての方がいいのかな。僕は加藤 裕司。聖奈の父です」
「その男はヒーロー“ソルニティ”と“ムーンジャンパー”……あなたのご両親のサポートアイテムを作っていた男です」
へぇ、初耳。あの二人サポートアイテムとか使ってたのか。調べた限り自前の異能か肉弾戦で怪人倒してたみたいだけど。
というか戦ったヒーローの親が自分の両親のサポートアイテム作ってた男とか意外と世間は狭いな。
「して聖奈お嬢様。何のために坊っちゃんを連れて来たのですか」
「協力的な怪人だったからよ。境界域、怪人域で動ける人間は多い方がいい。特に怪人域内で強化される怪人なら尚更ね」
「何のために?」
「決まってるじゃない───」
───怪人“トドカヌヒビ”を倒すためよ。
その一言で、場の空気が凍った。真木さんだけでなく、おじさんの雰囲気まで固くなる。きっと、トドカヌヒビとはこの二人にとってタブーなのだろう。
「坊っちゃんも、ですか?」
「ああ。トドカヌヒビは、俺の父さんと母さんを殺した憎い奴だから」
「それは……いえ、そうですね。そう思うのも無理はありません。直接的にはそうでなくても、間接的には三人を殺したのはお嬢様です」
直接的ではない?そんなわけねえだろ。俺の両親が死んだのはトドカヌヒビ討伐作戦に参加したから。それは出発する直前に父さんがポロッと言っていたし。というか───
「……なんだよ、お嬢様って」
それじゃまるで、真木さんがトドカヌヒビの正体を知ってるようじゃねえか。それも、かなり近い位置で。
「お嬢様は……私の前職…侍女として仕えていた家のご息女で、その……」
「そこから先は言い辛いだろうから、僕が説明しよう。怪人“トドカヌヒビ”…白咲由紀は彼女と、君のご両親の目の前で怪人になっている。由真は由紀が由来だ。」
…は?
「なに言って……」
「君が彼女を憎む気持ちがわかるとは言わない。けれど、それに近しいものなら理解出来る。我々にも倒すべき敵はいるから。しかし我々の目的は彼女の救出。殺すなど持っての他。君のご両親も同じ目的であったし、恐らく自分じゃそれが為せないと知って君に託した。名前はその表れだろう」
由紀を真実の彼女に戻せるように、ってか。
ざっけんな……何だそれ……
「ざっけんな!!!何だよそれ!!!何なんだよ!!!友達救うために子供作って!途中で放置して勝手に死にました?巫山戯んじゃねえ!!!」
そんな自分勝手に子供残して死んでんじゃねえ!何も言わないで託してんじゃねえよ…。
「……真木さんは、このこと───」
「はい、知って、いました。知ってて、貴方を……」
………いい。もういい。知るか。
「聖奈、お前は?」
「ちょっと急に振らないでよ。いきなりの修羅場でドン引きしてんだから」
「いいから答えろ。殺すか、殺さないか」
主語を欠いた文。だけれど彼女は汲み取るだろう。その返答次第では───
「殺しは、良くない」
───こいつら全員殺すか。
「……それはわかってる。わかってるけど、お母さんを殺したアイツを、許せない。出来るのなら私の手で殺してやりたい。だから、お父さんが言うようには出来ない。救うことなんて出来ない。じゃなきゃ私が救われない」
そっと伸ばしていた手を下ろす。ああ、こいつは同類だ。目を見ればわかる。きっと俺も彼女と鏡写しの目をしてるだろう。憎悪と、殺意に濁った汚い目。この場では何よりも信用出来るその目。
「手立てはあるんだろ」
「ええ、もちろん」
「じゃあ行くぞ」
こんなところにはいられない。もう二度と顔も見たくない。
机を叩き立ち上がる。少し遅れて聖奈も追従する。
「………行かせると、思いますか?」
「止められるのかよ」
立ちふさがる女に対し憎悪を滾らせる。腕は硬く鋭い爪を生やし、足は柔軟に。鼻は伸び牙を剥き出し、耳は長く垂れる。
「坊っちゃん……それが怪人としての貴方ですか。私は、何も見ていなかったんですね」
「そうだな。アンタは何も見てなかった。俺を、あの二人の息子としか見てなかったんだろ」
少なくとも俺はそうだ。母親の代わりとして見ていた。
「ですが、貴方も同様に私を知らない」
「教えてくれなかったからな。それが怪人としてのアンタか」
炎が上がる。熱く焦がれるような激しい炎。だが周囲を焼き尽くす熱は持たず、ただその身を滅ぼすためだけの炎。俺はそれを知らねえからなんとも言えねえが、聞き齧った情報と合致する部分が多くある。すなわち、恋。その炎は恋い焦がれる心を燃料に燃え上がっている。
十六にもなって母親みたいな人の恋心見せられるの結構精神にクるんだが。
「……行かせません。何をしてでも。お嬢様にも、貴方にも、何も背負わせたくない」
「もう手遅れだろうが。こっちはクソ親に死ぬ程重いもん背負わされてんだ。この重荷が下ろせるならどんな誹りだって受けてやる」
炎が収束する。中から現れたのは炎の怪人。体を渦巻く炎が辛うじて女性であることが分かる程度に激しく揺らめき、周囲の空気を舐める。
「それでもです。私が背負ったものを、背負わせてしまったものを下ろすためにも行かせません」
「出来ねえつってんだろ!『雷鳴』!!」
雷みたいにデカい音を叩きつけて一瞬だけ硬直させる。
たった一瞬。達人であれば直ぐに回復されてしまうし、現にもう炎の怪人は動き出している。
されど一瞬。この距離で、怪人同士の戦いで一瞬というのは大きな隙だ。一瞬とはいえ動けなくなるというのは………
「オラァ!!!!」
そこに大きな一撃を加えられるからだ。
会心の一撃を食らった炎の怪人は壁を突き破り道路へ転がり出る。
「狭かったもんなァ。初めての親子喧嘩だ。広いところでやりてえよなァ?」
「ここ私の家なんだけど」
知るか。大事の前の小事だ。目ぇ瞑ってくれ。ここからが本番なんだ。