悪意の白影
やってきたのは聖奈だった。タイミング悪すぎだろ。結構ビビったわ。
「いや、悪い。ちょっと驚いただけだ。起きたか」
「起きたけど…大丈夫?私寝過ごしたとかない?もう昼過ぎたけど出発しなくて平気?」
着けた腕時計を見れば時刻はそろそろ十四時になろうかというところ。慣れないバイクの旅、それもヒーローに変身し続けてずっと気を張りっぱなしとはいえ寝過ぎだろこいつ。
「ああ。ここからトドカヌヒビがいるところまでは2,3時間、長くても4時間くらいで着く」
「じゃあ今から出発したら日が暮れるじゃない」
「いいんだよ。夜に奇襲する」
というより夜でないと面倒くさい。
「なんでよ」
「聖奈、トドカヌヒビ討伐作戦直後の境界域と、今の境界域の大きさは違うのは知ってるか?」
「はっ?…えっ、まさか」
「そうだ。トドカヌヒビ討伐作戦後もトドカヌヒビを倒しているヒーロー、すなわち怪人に協力しているヒーローがいる」
怪人域と境界域、すなわちトドカヌヒビのネガティブオーラの影響範囲はトドカヌヒビがヒーローによって倒される度に拡大する。逆に言えば、ヒーローが余計な手出ししなければ広がることはない。日記を読む限りではマネクアクイの目的はトドカヌヒビを用いた怪人の国を作ること。ならマネクアクイが怪人域を広げるためのヒーローを用意していてもおかしくない。
「俺は対怪人戦に特化してるからヒーローとやるには分が悪い。お前みたいな初めて変身して数日って奴は余裕だが一年や二年程度経験を積んだ奴と戦っても勝つのは厳しいだろうな」
ここでは怪人は眠らない。だがヒーローはそうではない。怪人域の怪人と違って不眠ではなく、必ず生物としての活動限界がある。俺たち同様夜は眠らなければならない。
そしてトドカヌヒビのいる旧ヒーロートレーニングセンターは、舗装された道路こそ引いてあるもののかなりの山奥にある。建物自体はトドカヌヒビ討伐作戦の初期段階で爆破したらしいのでないだろうし、山奥で野ざらしのまま眠るわけがない。マネクアクイの拠点にいるはずだ。
「その怪人側のヒーローが寝ている間にトドカヌヒビを殺せばいいってわけね。仮に起きられてもそれなりに距離があるだろうし間に合わせれば良い」
「そうだ。お前も知ってるだろ?トドカヌヒビはヒーローに絶対勝てない。怪人側のヒーローが来る前に決着を着ける事は十分可能だ。怪人なら殺せる以上怪人の護衛が付いてるとも思えねえしな」
日記を見るにマネクアクイとはそういう性格だ。他人を散々弄んで引っ掻き回すくせに、いや、だからこそ他人を信用することはない。
「トドカヌヒビはヒーローには絶対勝てない。トドカヌヒビはヒーローじゃ絶対殺せない。ええ、分かってるわ。そのために貴方に協力をお願いしたんだから。まあ出会って二日で決行することになるとは思わなかったけど」
しょうがないじゃん。あの空気のなか残るのはいたたまれなかったんだから。強いて言うならタイミングが悪かった。
「作戦は?」
「私が倒すからトドメは貴方がお願い。正直私の手でぶっ殺したいけど、ヒーローなら絶対倒せる代わりにヒーローに倒された瞬間怪人化するのがトドカヌヒビだから最後の一撃は怪人である貴方が決めて」
「それは分かる。もっと細かいところだ」
「ないわ」
そんなドヤ顔で言われてもなぁ。
「まずトドカヌヒビの特性上私には絶対勝てない。妨害してくる奴はいない。ヒーローじゃトドカヌヒビは殺せないけど怪人なら殺せる。これ以上考えることある?」
「ないな」
ヨシッ、完璧。
という冗談は置いておいて、道中の怪人に見つかったらどうすんだとか、護衛ないだろうとは予想してるが置かれてる可能性もあるとか、ヒーローと鉢合わせしたらとか………
「あっ」
「なに、どうしたの?」
「聖奈、お前脱げ」
ぶん殴られた。うん、今のは俺の言い方が悪かった。名案を思いついたからつい興奮して不適切な発言をしてしまった。反省している。
「脱げって外套のことだったのね。焦ったわ」
その割には凄く綺麗なストレートでした。
「怪人域を拡大する為に連れてきたヒーローってことで誤魔化せると思ってな。それなら隠す必要もねえ」
仮にマネクアクイのヒーローと出会っても夜の間に怪人域を拡大する為と言っておけば問題ないだろう。
「周囲に人影はなし。出るか」
家の中に上げたバイクを運び出し、家の鍵を掛ける。いつかは分からないがまたここに戻ってくる。そう決意を固め、バイクのエンジンをかけた。
「じゃあ、出発ね。目標はトドカヌヒビ討伐!!お母さんたちができなかったことを二人でやってやろうじゃないの!」
「行き当たりばったりのガバガバ計画だけどな」
しかし何故か確信がある。彼女についていけば問題ないと。色々困難があるだろうが、最終的に上手く行くだろうと。自分でも分からないが、そのことだけは強く信じられた。
「今から行くところは山の中だしこれまでの道中よりも道が荒れる事が予想される。舗装されている道とはいえ十数年経ってるわけだしな。舌噛むなよ」
「分かってるわよそのぎゅっ!!」
バイクが石を踏んだかなにかで僅かに持ち上がる。転倒することこそないものの、いきなり車体が浮かび上がった事で後ろに座っていた聖奈が舌を噛んだ。
「………気を付けろよ」
「あんたのせいでしょ」
幸いあまり勢いが付いていなかった為怪我はなさそうだ。まあ気を付けて走ってなかった俺も悪いか。
「Merry Christmas!!!!大遅刻だ馬鹿者め。この私が騒ぎに騒げる祝祭の日を祝えぬなど!!」