狩りの音
週一更新(目標)
この街には強者か愚者しかいない。理由は単純。弱者は───
「ハッピーハロウィーン!!!!」
訂正しよう。この街には狂人しかいない。
「てめぇ!!!待てやゴラァ!!!」
「ハハッ、ハッピーハロウィン!!楽しもう!!!!」
イワイノオト。何かしらの祭りの日にのみ現れる怪人。全身を黒く光らせるのっぺら坊の大男。祭りの日のみという限定的な瞬間にしか現れず、またその強さから何度も取り逃がした怪人。祭りの日に騒ぎ立てるだけのくせしてなんであんなに強いんだよクソが。
「てめっ、今日こそぶっ殺してやる!!!」
祭りで騒ぐだけだろうが怪人は怪人。ぜってぇ殺してやる。
「ハハッ、ハハハッハハロウィーン!!!」
「クソッ、またかよ!!!」
イワイノオトが消えた。これで何度目だ。
奴は同じ日に複数の街で目撃情報があるらしいからテレポート手段でも持ってるのかもしれない。
「おい、そこのお前」
人の気配のない道を一人歩いていた高校生くらいの少女に声をかける。まだここに住むなんてよっぽどの愚か者かよっぽどの強者らしい。
「ひっ、かかか、怪人!?」
「安心しろ。襲って食ったりはしねえよ。それより聞きてえことがある。黒い大男の怪人を見なかったか?2メートルくらいで筋骨隆々の」
「な、ないです」
嘘の音は……してねえな。一瞬こいつがイワイノオトの正体かと思ったがこんな地味を体現するかのような三つ編み丸眼鏡の女があの傍迷惑な怪人の正体ではないだろう。
「チッ、逃げられたか」
「あ、あのっ……」
「んだ……ああ、わりい、邪魔だったな」
道を塞いでいた。これじゃ通れねえよな。
どうせ通る車もない車道へ避ける。よっぽど怖がらせたのか少女は足早にかけていった。
そうだよな。怪人の姿が怖くないわけねえか。
「垂れた兎耳に兎の後ろ足をした二足歩行する狼の怪人……アンタね、通報にあった怪人ってのは」
「ああ?」
通報……さっきの女じゃねえな。だとしたら早すぎる。何処かで見られてるってことか。
振り返って見た先には───
「ヒーロー?」
そこにいたのは岩を人の形に削り出したような姿の人物。岩の怪人と言われたほうが納得出来るが体の色が白っぽい。ブーツは燃えるような赤だが。
負の感情が高まり変身する怪人は全体的に黒っぽい色で、正の感情が高まり変身するヒーローは白っぽい色になるという特徴がある。例外は一度たりとも聞いたことはないから目の前の怪人じみた容姿のやつもヒーローなのだろう。
何より、怪人の纏うネガティブオーラとヒーローの纏うポジティブオーラとがぶつかり合う感覚がある。
「ヒーロー、スターレイン。アンタを倒すわ」
「流星群のことを言いたいならメテオシャワーだぞ」
「知ってるわ!!!」
じゃあ最初からそう名乗ればいいのに。
なんて言ったらなんか理不尽に怒られそうなので飲み込む。
「倒すとかいきなり物騒なんだよ。もっと穏便に行こうぜ」
「うるさい!!ヒーローと怪人が出会ったらどちらかが倒れるまで戦うでしょうが!!!」
うーん、否定はできねぇ。ヒーローに変身するくらい正の感情が高まる時なんて怪人が出たときくらいだし。
「そうだな、じゃあ行くぞ」
「はっ、えっ?ちょま───」
他の怪人より数倍強い脚力をもって地面を蹴り上げ一気に距離を縮める。ヒーローが反応するよりも早く懐へ飛び込み拳を叩きつけた。
「いってぇ」
まあ見ての通りの岩盤。固くて殴ると痛いが耐えられないほどじゃねぇ。
「それは、こっちのセリフよ!!!」
チッ、思ったよりダメージ与えられてねえな。こいつ固すぎだろうが。
「まだまだ行くぜ!!」
生憎単発の火力はカスだから手数で補うしかねえ。手が痛むが仕方ない。必要な犠牲だと割り切って………蹴りを入れる。
「なぐっぅ!!」
「ハッハァ、上にばっか注目し過ぎなんだよ!!見ての通り本命は足だ」
狼の癖に足だけ兎とか何かあると宣言しているようなものだろうが。こいつ怪人戦の経験ねえのかよ。怪人もヒーローも特徴は体に顕れるだろうが。
「これで、止め!!」
回し蹴りが綺麗にヒーローの頭にヒットする。怪人が活性化しヒーローは変身することすらできない境界域で活動出来るくらいだから強いのかと思ったけど弱えなこいつ。
さすがにこんな場所で倒れてるのは危ないし変身が解除されたら境界域の外に連れて行くくらいは───
『星輝再燃』
ヒーローの腰に巻かれたベルトから機械音声が響き渡る。
通常ヒーローとは人間の正の感情が高まり一定値を越えることで変身するもの。変身ベルトなんてものは存在しないはずだ。
だというのに目の前のヒーロー、スターレインの腰に巻かれたベルトから聞こえて来るのは明らかに関係のあるボイス。
そしてその関係性を示すようにスターレインの右足から広がる炎がスターレイン自身を包み込み───炎が明けた時には先程の戦いなどなかったとでも言うように佇むヒーローが。
「そんなのアリかよ!!!!」
「アリだよ!!」
ヒーローの拳。今度は油断は無いとばかりに畳み掛けてくる。
つか右足のブーツが燃える赤から燃え尽きた後の黒に変わってるってことはもう一回、左足分の復活があるってことじゃねえか!!!
「二回復活とかインチキにも程があんだろう、がっ!!!」
不満を込めた渾身の右ストレートだったが受け止められた。かってえから全然ダメージを与えられないし怪人相手じゃねぇから全然調子出ねぇ。
「ブーツを一足一足履き直すからrebootらしいからね。でも、この炎は他にも使い道があるの!コード03!!!」
『星輝噴炎』
スターレインの左足の炎が大きく吹き荒れる。その足が大きく開かれ、加速をつけて───来るっ!!!
「コメットフレーズ!!!!」
「どういう由来だそりゃあ!!!」
由来不明の必殺技。それは炎で加速した回し蹴りというシンプルなもので、それ故避けられない速度と耐えきれない威力を持っていた。
先程の再現。ヒーローの回し蹴りが怪人の脇腹に刺さり、吹き飛ばす。
「やったかしら」
恐る恐るといった感じで覗き込んでくるスターレイン。
また、油断したなヒーロー。
「『雷鳴』!!!!」
咆哮を上げる。それは指向性を持った攻撃としてヒーローを襲った。
「きゃあああ!!!」
俺の怪人としての異能。それは音を操れること。異常な脚力は怪人としての身体機能の一つでしかなく、異能ではない。そこを勘違いしてノコノコ近付いて来たのだろう。やっぱり対怪人経験が浅えな。比較的境界域外に近い街とはいえよくここまで来れたもんだ。
「やったか」
また復活とかやめてくれよ。両方のブーツの色は黒くなってるから大丈夫だと思うが。
………起きてくる気配なし。
「念のためもう一発」
「待って、負け!負けでいいから!!!」
気絶した振りだったのか飛び起きるヒーロー。だろうね、普通ヒーローや怪人は気絶したり死んだりすると変身に必要な感情を維持出来ず変身解除されるもんだ。それがなかった時点で起きてるのは明白。さっきだって俺の変身は解除されてなかったのに近付いて来たから多分こいつは知らなかったのだろう。
「ええい私の負けよ!!煮るなり焼くなり嬲るなり好きにするといいわ!!」
こいつ変な方向に思い切りがいいな。
「しねーよ。そんな趣味はねぇ」
「はぁ?怪人なんてその辺の女襲って犯すことしか考えてないような下衆な連中ばっかでしょ」
偏見がすごい。確かに性的な感情は大抵負の感情に分類されそういったことを目的とする怪人は多い。多いが、
「外じゃヒーローによる女怪人の連れ去りの方が多いって聞くぞ」
まあヒーローの男女比が7:3で怪人が4:6と女怪人と男ヒーローが出合いやすいからってのもあるが。
「そ、それは……」
「ヒーローも怪人もある一つの感情だけが高まってるだけで人間なんだから他の感情も持ち合わせてる。ヒーローである怪人であるという一部分だけ見てその人間は測れねえだろ」
正の感情とは他者を主体として自己に向ける感情、負の感情はその逆で自己を主体として他者に向ける感情とされている。
例を上げるなら「誰かを守りたいという感情」や「誰かを殺したいという感情」。前者は正の感情、後者は負の感情に当たるわけだが産湯の代わりに汚泥でも塗りたくったのかと言いたくなるようなクズが何かを守るためにヒーローになったり、その逆に御伽話にしかいないような善人だってなにかのはずみに「こいつぶっ殺してぇ」って感情が高まり過ぎたら怪人になる。
「まぁ怪人なんて自分勝手で他人に迷惑かける連中だから見つけ次第殺すが」
「はぁ!?じゃあ今までの説教は何なのよ!!!」
だって俺怪人だし。自分勝手な理由で周囲に迷惑かける側だし。
「ま、取り敢えず今日は帰れ。動けそうにないなら運んで行くが」
「……アンタ、なんで怪人やってるのよ」
「怪人が憎いから。憎悪も負の感情だからな。だから俺は怪人を狩る怪人をやってる。ほら乗れよ」
背を向けしゃがむ。
「怪人を狩る怪人………じゃあアンタが怪人狩り?」
「あーそう呼ばれてんのか。他に心当たりねえし俺が怪人狩りだ多分」
この境界域では情報は強者である為の武器。さすがに境界域外のことは分からないが境界域内であればある程度は分かる。そのある程度の中に俺の他に怪人を狩る怪人がいるという話はなかった。
「………お願い、私と一緒に来て」
「は?」
「貴方が必要なの!!怪人を狩る怪人が!!!」
スターレインの変身が解除される。中から現れたのは同い年くらいの少女。変身を解除したのは誠意の表れか必死に頭を下げている。
「お母さんを殺した怪人“トドカヌヒビ”を倒すのに!!!」
「乗った」
即断即決。理由は単純。あのクソ怪人をぶっ殺せるから。
十三年前に行われたトドカヌヒビ討伐作戦で多くのヒーローが帰らぬ人となった。俺の両親もその中にいる。
そしてその犠牲を糧にトドカヌヒビは怪人域、境界域を広げ日本の半分を覆っている。そんな怪人を倒せるのだとしたら飛びつかない訳がない。
「ありがとう。私は加藤 聖奈。よろしく」
「葛原 由真だ。こっちこそよろしく」
*
side─???
一応目的は達成したことだし帰ろう。そう思って手に握った携帯の通話履歴を削除してポケットに仕舞う。
「やらかしたぁ、かしらぁ」
前回に準えて出会わせてみたのはいい。いや前回は偶然たまたま出会っただけだけど、その結果最高の怪人を作り出すことが出来た。今回も似たようなシチュエーションを狙ってやってみたけれど思ったような反応は得られていない。そもそも前回と同じにしようにもけしかける人間はとうの昔に私関係なく怪人になってしまっているし、前回と違って少女は強くない。
まぁ、いいか。前回も割りと行き当たりばったりだったけど上手く行ったし、今回もなんとかなるでしょう。
「ねぇ、怪人さん。貴方はぁ、絶望を齎せるかしらぁ」
遠目に見える彼を通して、今はもういない彼に語りかける。
日本最強のヒーロー“ソルニティ”。何だかんだとこちらを追い詰めてくれて、そして最高に背中を押してくれた彼。
「あぁ、楽しみねぇ」
史上最悪の怪人を生み出してくれたヒーローの忘れ形見。彼はあの少女をどんな怪人にしてくれるのだろう。
「あ、どうやって帰ろうかしらぁ」
ここは境界域の端の端。アジトのある怪人域はテレポート出来ないし、当然怪人域内に電車は走ってない。車も持ってないし……歩きしかないだろう。
「はぁ、面倒ぅ」