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最終話・願望い

  青かった空がいつしか茜色に染まってゆきます。会計を済ませたあと、僕たちはショッピングモールを出て帰路につきます。前日と同じように、池内さんをホテルまで見送り、「またあした」と言ったあと、僕は家に帰ろうとするその時、ふとクマさんのことが気になってきます。たしか、池内さんはその丸々と太ったクマのぬいぐるみがすごく気に入るように見えました。もし、僕がそれを取ってあげたら、彼女はさぞ喜んでくれるでしょう。そう思うと、(きびす)を返し、再びショッピングモールへと足を運びます。

  クレーンゲームについてあまり経験がない上に、コツも知っていませんので、何度も何度も失敗を重ねたあと、ようやく例のクマさんが手に入りました。

  「よっしゃー!やりました!」あまりにも興奮してつい大声で叫び、クマさんを抱きしめます。

  外はすでに暗くなりました。母親に心配かけないように早足で家へ駆け出してゆきました。

  そして、翌日。

  今朝起きてから両足に激しい筋肉痛がしています。昨日長く歩いたせいでしょうか?本当に運動不足ですよね僕は。自分も呆れました。足が痛んでも、僕は今日もいつも通り家の手伝いをするつもりです。筋肉痛のせいで、階段をおりることも億劫になりました。ダイニングに向かい、朝ご飯を食べようとするその時、不意に見慣れた姿が目に入ります。

  「い、池内さん?」想定外のことにびっくりして思わずそう言います。いつもと違って今日はずいぶん早めに来ました。それに、ちょっと悲しげな顔をしています。

  どうしましたかと心の中で疑問に思います。

  「実はさ」池内さんが言い淀みます。「今日、あたしはこの街から離れることとなったんだね」

  あまりにも驚愕(きょうがく)して言葉が何ひとつもできませんでした。沈黙が僕たちの間に訪れました。

  暫くしてから、僕は口を切ります。

  「どうしてずっと黙っていて全然教えてくれませんでしたか?」

  「だって、だって、昔のような普通の日常が欲しかったから。もし言ったら君と何気なく遊ぶことができなくなるじゃないかと思って、結局何も言えなかった。自分勝手だよねあたし。自分の都合だけ考えて君の気持ちに気を使わなくてひどいことしちゃってごめんね」池内さんは僕の目と合わせたことがなくただ俯いたままそう言います。鼻が赤くなり涙がだんだん溜まってゆきます。

  このまま池内さんを泣き顔にさせるわけにはいきません。どうかして彼女を喜ばせなきゃ!その時ふと思いつきました。筋肉痛のことも忘れてしまったかのように僕は駆け足で昨日ゲットしたクマさんを二階の部屋から取ってきて、彼女にそっと手渡しました。

  「これ」池内さんは目を見開いてクマさんを受け取ってその二文字しか言えませんでした。

  「昨日、池内さんをホテルまで見送ってから、またショッピングモールに戻りました。あなたがそのクマさんがすごく気に入るでしょうと思ってつい気張って取ってみました。まさか、別れのプレゼントになるなんて思いもしませんでした」小恥ずかしくて少しばかり赤く染まった頬を掻きながら言います。

  気づけば、目の前の池内さんがメソメソと泣いています。溜まっていた雫のような涙が頬を伝い、ボロボロと流れ落ちています。見ると僕は慌てふためいて何をすればいいかはわからなくなります。喜ばせようと思ってクマさんをあげたんだけど、これは逆効果ではありませんか?

  「いけない!実、女の子を泣かせるのは最低だよ」突然姿を現した母親がそう言ってくれました。

  「ごめんね、いきなり泣き出して。だって、とても嬉しくてたまらなかったから、つい涙が零れちゃった。あたしのために、クマさんを必死に取ってくれたから」池内さんは顔を綻んで言います。見せてくれたその幸せそうな笑顔は一生忘れやしないくらいに美しいものでした。

  「必死にじゃないですが」池内さんの話を聞いて恥ずかしくなった僕は突っ込みのようにポツリと呟きます。

  「そろそろ行かなくちゃ」池内さんが腕時計に目をやってからそう言います。

  「ぜひまた遊びに来てください」僕は涙が出てしまいそうになります。

  「うん、約束するわ。それに、敬語なんてもうやめてよ、よそよそしいし」そう言って池内さんがケラケラと笑いました、初めて邂逅(であ)ったあの日のように。

  「じゃね」笑顔で手を振ってさっと身を(ひるがえ)して足早に歩き出しました、涙を見せず隠しているように見えます。

  「またね」僕も手を振って遠ざかってゆく池内さんの後ろ姿を消えてしまうまでずっとみ見詰めています。

  「ずっと待ってるから、あなたと再会する日が来るのを」池内さんに向かって囁くようにそう言います。この言葉とこの感情(おも)いとが遠く離れてしまった彼女に届くはずもないくせに。

  また会えますから、きっと。

  「こんにちは」と「またあした」とはごく普通の言の葉なんです。それでも、僕は心を込めて強く願望(ねが)います。

  「またいつか綾花と逢い、この言葉がまた口に出せますように」

最後までお読みになってくださってありがとうございます!ご感想などをお待ちしております。

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