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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドS級の逆転サモナー 〜「奴隷としてもいらない」と捨てられた底辺召喚士、最強スキル【無限スライム】を覚醒させ自由に生きる…つもりでしたが、今度は全国民を足蹴にしないと死ぬ呪いにかかったようです〜

作者: 焦げた砂肝

 ここは《召喚士》の世界。

 ヒトは左手の甲に刻まれた召喚陣により、適性に合った召喚魔(モンスター)を呼び出し様々な魔術を使う。


 そんな世界の中で、クレムが召喚できるのは最弱召喚魔(モンスター)と名高いスライムだけ(・・)だった。


 不定形で粘性の体液からなるそれは、初歩的な魔術で死んでしまうほど(もろ)く殺傷能力もない。

 故に最弱。スライムの中には毒を持つものもいるが、クレムが呼べるのは無害な個体のみだ。


 当然ろくな人生を送れるはずもなく、与えられた身分は奴隷。

 これはそんな過酷な運命に生まれてしまった少年が、ひょんなことから奴隷のまま下剋上を果たす話である。



 ☆



「はっ……はっ……もう少しっ!」


 クレムは走っていた。水晶がうっすらと道を照らす洞窟の中を。

 なぜ走るのか。それは彼の後ろから数体の魔物が押し寄せていたからだ。


「グオオオオオォォォォォォォ!!!!!」


 オーク、ミミック、ガーゴイル。種類も特性もバラバラな彼らは"ダンジョン"に住む魔物であり、目の前のエサを求め血相を変え追ってきていた。


 しかし、クレムもただ逃げている訳ではない。ここまで誘き寄せることこそが彼の使命なのだ。

 クレムはその時(・・・)を見計らい、


「今だっ!!」


 右へ跳んだ。すると、


「ギャッッ!!」


 激しい電撃の音と共に、掻き切るような声が鳴り響く。

 勢いに任せて追っていた魔物たちが、地面の罠へ引っかかったのだ。


「あ……後はお願いします……!!」

「おーおー、また生き残ったのかよ。噂通りしぶといガキだ」


 そこへ、クレムの上司である冒険者のスレイが現れた。

 (かたわら)には稲妻を帯びた土巨人。スレイが召喚した"サンダーゴーレム"だ。


「んじゃ、美味しいとこだけ頂きますかね」


 スレイはゴーレムへ魔力を流し、周囲の稲妻を拳へ溜め込ませる。

 そして、


「おら、死ねぇ!!!」


 ドゴォォォォォンッッッッ!!!!!


 放たれた(いかずち)が無防備な魔物たちへ直撃。そこには残骸だけが転がった。


「あれれ? スレイ君もう倒しちゃったの?」

「さすがは名家エクレンダーの血筋。新人とは思えぬ強さだな」


 スレイが魔物を倒して間もなく、後ろに控えていた冒険者たちがゾロゾロとやってくる。

 労いの言葉は、ここまで魔物を連れてきたクレムではなく全てスレイへ向けられていた。


「よっ、大型新人! 期待の星!」

「へへっ。チョロいもんすよ」


 これでもかと持ち上げられるスレイ。

 そこへ走り疲れてヘトヘトのクレムが近付いていく。


「あの……そろそろ報酬を……」

「ちっ、少しは空気を読め。うす汚い奴隷の分際で」


 冒険者の1人が、舌打ちをしながらパンの切れ端を投げつけた。


 ダンジョン探索における(おとり)。それがクレムの役割だった。

 冒険者たちは奴隷を先に進ませ魔物を引きつけることで、ダンジョンを安全に探索しているのだ。


「どうした? 何か言いたそうな面だが」

「い、いえ何も……」


 スライムしか呼べないクレムには、文句を言う権利すらない。言ったら最後。逆らったと見なされ殺されてしまうだろう。


 いつか解放される日がくると信じて、今は耐えるしかないのだ。

 とクレムが考えていたのも束の間、


「よしよし。お前たち、今日も元気よく働いているね」


 入り口の方から、小太りの男が歩いてくるのが見えた。身につけた装飾はひどく凝っていて、とてもダンジョンに潜入する格好とは思えない。


 しかしその偉そうな男に気付くや否や、冒険者たちは次々と(こうべ)を垂れていった。


「お疲れ様ですドルフさん!」

「本日はどのようなご用件で?」


 そうこの男、ドルフ・ドミナルは冒険者たちを顎で使えるほどの権力を持った貴族なのだ。

 クレムを奴隷として飼っているのも、冒険者たちを金で雇っているのもこの男である。


「アレは見つかったかい?」

「いえ、この辺りには……」

「だろうと思ったよ。で、私の奴隷はまだ生きているのかね」

「えぇ。それはこちらに」


 全力の愛想笑いで迎える冒険者たち。

 一方ドルフはあまり気乗りしない様子で。


「ふ〜む、ふむふむ。それは困ったなぁ」

「……と言うと?」

「実はね、囮作戦は今日で終わりにしようと思っているんだ」

「え?」


 ドルフから出たのは意外な言葉だった。


「1つ。お前たちのパーティは雇い始めより大きく成長した。スレイくんの加入がいい例だね?」

「そ、それはそうですが……」

「さらにもう1つ。囮作戦は危険が少ない反面、進みが遅いのがネックだ」

「……なるほど」


 自らを危険に晒すということで、感触がいまいちな冒険者たち。

 そこへ、ダメ押しとばかりにドルフは一言付け加える。


「もちろん探索の早さによって給料も増やす予定だよ」

「それはっ!!」


 冒険者たちの目の色が変わる。

 そして彼らは一斉に顔を見合わせた。


「じゃあ、もう(クレム)いらねぇじゃん」


 と、真っ先に口にするスレイ。


「先輩たちもそう思いますよね!?」

「あぁ。だがやはり──」

「大丈夫っすよ!!! いざとなったら俺が前に出ますから!」

「……そ、そうよね! スレイくんがいるなら安全よね!」

「ははっ! いいねぇ頼りにしてるぜ大型新人!」


 続々と指揮が高まっていく冒険者たち。

 だがその中で、1人だけ方針に疑問を持つ者がいた。


「あの、それなら俺はどうなるんですか……?」


 そう、クレム本人である。


「どうなるって、もう要らねぇっつったろ」

「いやいや、そういうことじゃなくて……」


 動揺を隠しきれないクレム。その理由は、奴隷に対して放つ「要らない」という言葉の意味にあった。


 奴隷を手放す際、その方法は大きく2つに分けられる。何もせずそのまま関係を断つものと、エンタメとして凄惨な殺し方をするもの。

 ドルフは間違いなく後者だ。


「そうそう。困ると言ったのはお前の処分についてだよ」

「しょ、処分だなんてそんな! 昔やってた雑用とかなら出来ますよね? いや出来ます!!!」

「残念だが全て間に合っている」


 (すが)るクレムを冷たく見下ろすドルフ。


「お前は今年でいくつになる?」

「……14です」

「そうか。では4年もウチで働いたことになるのか」


 ドルフはクレムの肩に手を置く。


「ならもう十分だろう」

「な、何がですか?」

「十分生きたということさ。奴隷のくせに、身の程もわきまえず」


 そう言ったドルフの表情は、怒っている訳でも哀れんでいる訳でもなく、ただ笑っていた。


「弱肉強食って知ってるかい? 弱き者は淘汰される運命なんだ。これから行う最後の遊び(・・・・・)にも、お前は黙って付き合えばいいのだよ」


 ドルフはダンジョンの入り口側を指す。


「3分後に冒険者たちがお前を殺しに行く。ここを脱出できたらお前は解放。お前を殺せたら冒険者パーティ全員の給料アップだ」

「……は?」

「分からないかねぇ。最期くらい楽しませろと言っているんだ。それとも今ここで死にたいのか?」


 それはあまにも絶望的な宣告だった。

 もしクレムが全力で逃げたとして、冒険者たちは1分もかからず追いつけてしまうだろう。


 入り口までは走っても20分以上かかる。つまり、どう足掻いてもクレムに勝ち目はないのだ。


「よ〜し! じゃあ誰が殺せるか競争っすね!」


 意気込んだのはスレイだけではない。クレムを見る冒険者たちは、すでに獲物を狩るときの目をしていた。


 全員乗り気だ。中止を願っているのは、この場ではクレムだけだろう。


 もうやるしかない。どの道殺されるなら、可能性のある方を進むしかない。


「ぐ……うぅ……」


 クレムの足が洞窟の先へと向かっていく。

 するとドルフは満足そうに振り返り、

 

「ちなみに私はスレイ君が殺すに1票だ」


 得意げな顔でそう言った。


「……くそっ!!!」


 クレムは走った。今度は魔物ではなく人間から逃げるため。


「はっ……はっ……うぅ……」


 気付くと涙が出ていた。

 死ぬのが怖いからだろうか。いや、きっと何も成せず終わるのが悔しいからだ。


「なんで……こんな……!!」


 これまで必死に生きてきた。生きていればいつかは逆転のチャンスがあると、ありもしない妄想だけを頼りにしていた。


 その結果がこれだ。得られたのはどうしようもない屈辱だけ。(へりくだ)って従い続けて、逆らってもないのに捨てられた。


 そろそろ冒険者たちが追ってくる頃だ。この先で死なない確率は0に近いだろう。

 でももし生き延びられたなら、チャンスを掴むことが出来たなら、その時は──。


「ぐぇっ!!」


 何かに(つまず)いた。石ではない何かだ。


 それはほとんどが地面に埋まっていて、見えている一部が水晶の光をチラリと反射させていた。


「……なんだこれ?」


 落ちていたのは、1本の鍵だった。


「これは……?」


 妙な懐かしさを覚えるそれを拾い、クレムは考える。


 しかし思いを馳せている暇などない。

 立ち上がったクレムは出口を目指して、再び走り出した。


「早く、早く逃げないと!」


 なぜこんな所に鍵が落ちていたのかなんてどうでもいい。今はただ、生きることだけに全力を注がなければ!


「……はぁ……はぁ……」


 だがやはりと言うべきか、体力がついて来なかった。

 囮としての役目を終えたクレムの足は、とっくに限界を迎えていたのだ。


「くそ、このままじゃ……」


 膝に鉛でも詰められているのかというほど足は重く、重心も安定しない。最早まともに走れる状況ではなかった。


 そして遂にその時が来てしまう。


「がっ……!!」


 背後からの電撃に吹き飛ばされるクレム。

 攻撃自体は外れていた。しかし痩せ細ったクレムの体は、地面に当たった衝撃だけで飛ばされてしまったのだ。


「なんだぁ? 随分早くに追いついちまったなぁ」


 電撃を放ったのは、スレイのサンダーゴーレムであった。


「おいおい。もう死にそうじゃねぇかよ」

「う……ぐっ……」

「そうだよなぁ。もっと前に進みたいよなぁ。俺は優しいから手助けしてやる」


 スレイはゴーレムの腕に稲妻を貯めさせ、


「ちと手荒だがなぁ!!!」


 ズガンッッッッッッッ!!!!!


 クレムの手前に電撃をぶつけた。そして先程と同じように、クレムは奥へと吹き飛ばされる。


「ぐっ! が……ぐぁぁっ!」

「ぎゃはははは!!! 他の奴に手柄とられたら楽しくねぇからよぉ。殺しやすいとこまで運んでやるぜ!」


 1発、2発、3発、4発……。手助けという名のいたぶりは、スレイが満足するまで続いた。



「……はぁ……はぁ……」

「惨めだねぇ。まさに虫の息ってやつか?」


 視界がボヤける。自分がどこにいるのか、何をされたのか。それすらもう分からない。


「うぅ……」


 クレムに出来ることと言えば、こうして呻くことだけ。

 逃れようのない死という現実を何度も叩きつけられ、すでに動く気力も失っていた。


「さ〜て、そろそろ殺そっかな」


 敵は笑顔で歩いてくる。今までとは違い、今度こそ純粋な殺意が向けられているのが分かる。


「……終わりだ……」


 思えば最悪の人生だった。

 周りから評価されたことなど1度もなく、見下され続けた人生。


 彼らはどうしてあんなに楽しそうに見下すのだろう。強者から見た世界とは、やはり違うものなのだろうか。


「あぁ、せめて1回くらい……」


 ふと、拾っていた鍵を握りしめた。

 無機質なはずのそれからは何故だか温もりを感じて、忘れていた何かを思い出させてくれるようだった。


『──汝、何を望む』


 その時、どこからか声が聞こえてきた。聞いたことのない声。

 死ぬ間際だからと幻聴が聞こえているのだろうか。


 でも何故だろう。その問いに答えれば全てが解決するような、そんな安心感があった。


「俺が望むのは……」

「──!?」


 空気が変わった。底から熱いものが込み上げてくるような心地よい空気。


「……おい、なんでお前がそれ(・・)を持ってる!?」


 敵は何かに気付いたのか、凄まじい形相でこちらへ向かってくる。


「渡せっ! 今すぐにっ!」


 必死に叫んでいる。だが鼓膜が破れているので全く聞こえない。


 邪魔はされないらしいので、存分に願い事をさせてもらおう。


「やめろ! お前ごときがそれを使うなぁっ!!!」


 これはさっき浮かんだばかりの願いだ。

 自身をコケにしてきた人間たちを見て、羨ましい(・・・・)と思ったからこその願い。


「こいつら……いや、国中の奴ら全員(ひざまず)かせて、皆んな足蹴にしてみたい……」


 カッッッッッッッッッ!!!!!!!


 眩い光はゴーレムの放った雷か、それとも鍵から発せられたものか。

 真っ白になった視界が晴れると、そこには無傷のクレムがいた。


 何が起きたのかは分からない。辛うじて分かることといえば、鼓膜が治っていること、そしてスレイが信じられないほど焦っていることくらいだ。


「おい、それ渡せよ!」

「……?」

「頭のそれだよ! お前、自分がどうなってんのか分かんねぇのか!!!」


 クレムは咄嗟に頭を触る。

 頭頂部に異常はない。後頭部にも。後は──。


「げっ! 何だこれ!?」


 クレムは驚愕する。

 顳顬(こめかみ)に鍵が刺さっていたから……いや、刺さっていたというよりは侵入していたという方が無難か。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 気付いた時には遅かった。

 ズブズブと音を立て、宿主の元へ還るように、鍵は完全にクレムの頭に入ってしまった。


「……あ〜あ、やっちまった。やっちまったよお前は」

「え、な、何が……?」

「そいつはなぁ、ドルフさんが生涯をかけて探してたお宝なんだよ! あわよくば俺が使ってパワーアップしようとしてたっつーのに!!!」


 激昂するスレイ。

 全魔力をゴーレムに注ぎ、直接拳をぶつけに向かってくる。


「許さねぇ! すり潰してやる!!!」

「ひっ……!!」


 死ぬ。抵抗しなければ確実に死ぬ。

 走馬灯のように流れる記憶の中で、クレムは直前のスレイの言葉を思い出していた。


 先ほど彼は、あの鍵を使ってパワーアップしたいと言っていた。

 つまり、それを取り込んだ今の自分は──。


「……召喚(サモン)ッ!!」

「何っ!?」


 クレムは左手の召喚陣に触れ、ありったけの魔力を流した。


 最後の希望。もしクレムの何かが強化されたなら、最も可能性が高いのは"自身の適性"だと直感した故の行動だ。


「なんでもいい。あいつを倒せるようなデカい召喚魔(モンスター)をっ!!」


 しかし、


「……へ?」

「……あん?」


 呼び出されたのはただのスライムだった。

 体長は30 cmくらいで、魔力も雀の涙ほど。以前と何も変わらない最弱モンスターのスライムだ。


「そんな……なんで……」

「はんっ。そりゃお前が能無しだからだろ」


 再び振り下ろされるゴーレムの拳。

 もう駄目だとクレムは目を閉じ(うずくま)る。


「──!!」


 だが、その拳が届くことはなかった。

 クレムのスライムたち(・・)が攻撃を受け止めたからだ。


「……バカな。こいつ増えやがった……?」


 それはあり得ない出来事であった。1人の人間が同時に呼び出せるモンスターは1体までと、例外なくそう決まっているからだ。

 にもかかわらず、クレムのスライムは圧倒的な速度でその数を増やし主人の身を守ったのである。


 さらにその"増殖"は防御だけにとどまらなかった。


「く、苦し……おい! 早くこいつを止めろ!!!」

「と、止めろと言われても……」


 1体から2体、2体から4体へ。爆発的に増えるスライムは洞窟内を埋めつくし、


「止め方がわかりませぇぇえぇええぇぇぇええぇえぇぇん!!!!!」


 その体積でダンジョンを崩壊させた。



 見渡せば、目に映るのはダンジョンの瓦礫(がれき)がほとんどだった。

 それともう1つ。伝説に伝わるドラゴンよりも、人々が造り上げてきたどんな建物よりも大きなスライムがそこにはいた。


「うぅ……あれ、生きてる……?」


 クレムがいたのは、巨大なスライムの中だった。

 召喚した1体のスライムが増殖し、それらが全て融合したことで今の大きさになっているようだ。


「ダンジョンが崩れる時、俺はこいつに"守ってほしい"とだけ願った。じゃあこいつは……」


 そこでクレムは確信する。

 この巨大なスライムこそ自分の召喚した召喚魔(モンスター)であることに。入り口付近とはいえ、ダンジョンを破壊したのは自分の力であることに。


 安全を確認したクレムはスライムの外へ出る。自身の召喚魔(モンスター)であるため、もちろん操作は思うがままだ。


「眩しいな。朝日……いや夕日か? これ」


 暗い場所に長くいたせいか目が慣れない。そんなことを考えていると、砂埃の先から話し声が聞こえてきた。


「大丈夫かお前ら!」

「えぇ。私はなんとか……」

「ったく、いきなり崩れるとか聞いてねぇよ」


 声の主は、スレイ以外の冒険者たちであった。

 ダンジョンの崩壊に巻き込まれたらしく、全員がどこかしらに怪我を負っていた。


「うぉっ! 何だあのデカいの!?」

「スライムか? あれが元凶と見て良さそうだな」

「って、あそこにいるのは……」


 スライムの前に座っているクレムに気付く。

 すると彼らはすぐさま高圧的な態度に切り替わり、語りかけてきた。


「殺す前に質問だ。奴隷、なぜお前があの崩壊から生き延びている?」

「スライムが守ってくれたんです」

「何? こいつは敵ではないのか?」


 困惑しつつ、いまいち状況を掴めていない様子。

 そんな彼らにクレムは堂々と真実を伝える。


「俺が召喚したんです。こいつ」

「……は?」

「え、なに? どういうこと?」

「だから、こいつは俺のスライムです」

「……」


 冒険者たちは顔を見合わせる。


 そして一斉に笑い出した。


「ぷっ……ははははははははは!!! お前がこの化け物を呼び出したって!?」

「どうやら頭をぶつけておかしくなったらしいな!」


 クレムの弱さを1番理解しているからこその笑いだろう。だが今回に限っては、滑稽なのはむしろ彼らの方である。


「は〜、笑った笑った。で、スレイはどこにいるんだ? どうせこの崩壊でも無傷なんだろ?」

「彼ならそこに倒れてますけど」

「……ん?」


 クレムが指した方向には、瓦礫の間で伸びているスレイの姿があった。

 彼なりに抵抗したのだろう。しかし、スライムの増殖地点に最も近かった彼が無事であるはずもなかった。


「ねぇ、あの時スレイくんって奴隷の近くにいたんじゃないの?」

「あぁ。雷の音してたから俺もそうなのかと……」

「じゃあなんでスレイが倒れてて、こいつが無傷なんだよ」


 一瞬の静寂。そして次の瞬間、


「こ、攻撃用意っ!!!」


 それぞれが召喚魔(モンスター)を召喚し、クレムの前に身構えた。


「崩壊はお前の仕業か!」

「やめてください。俺はあんたらと戦いたくない」

「奴隷ごときが調子に乗るなよ。何をしたのか知らねぇが、ここでぶっ殺してやる!」


 もはや話を聞いてもらえる状況ではなかった。それどころか、「クレムを殺す」という当初の目的は絶対に変わらないようだ。


 報酬目当てか仇討ちか。理由なんてどっちでもいいが、戦って勝つしか道はないらしい。


「俺がこいつらを……か」


 これまでと打って変わってクレムは冷静だった。ぼんやりと前を見つめ、そして分析する。


 リッチ、キメラ、サーペントなど。スライムの1/10にも満たない大きさの敵が5体。

 絶対に敵わないと思っていた魔力量も、今となっては大したことないように感じる。


「総員、放て!!!」


 リーダーの合図で一斉に放たれた魔術。

 クレムはそれを、


「──守れ」


 たった1つの命令で防ぎきった。

 背後のスライムが形を変え、壁となってクレムを守ったのだ。


「……嘘。こいつ本当に……」

「なぁ、これってヤバいんじゃ……」


 冒険者たちの顔が青ざめていく。その表情はまるで捨てられた時のクレムのようで、


「は……はは……」


 気付くと笑みが(こぼ)れていた。それは"見下す側"の気持ちを理解した故か。


「あぁ、そうだ。思い出した」


 クレムはスライムへ命じる。


「こういうのって……」


 目の前のちっぽけな敵を、


「"じゃくにくきょうしょく"って言うんだったなぁっ!!!」


 一掃する命令を。


「や、やめろ……来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「誰か助け──」


 スライムから伸びた1本の巨大な触手は、冒険者たちを召喚魔(モンスター)ごと飲み込んだ。

 そして、


「突き上げろ!」


 クレムの命令通り、冒険者たちを取り込んだ触手は高く上昇していく。


「がぼぼぼぼ、ぐばぁっ!」


 スライムの体内にいる彼らが何を言っても外へ伝わることはない。


 だからこそ、同情の余地も残さず、クレムは無慈悲にこう告げた。


「──叩き落とせ」


 ダァァンッッッッッッッッ!!!!! と生々しい音を響かせ、冒険者たちは瓦礫の山へと打ち付けられた。


「……」


 辺り一面に静寂が訪れる。敵の召喚魔(モンスター)は消え、全員が気絶していた。


 クレムの完勝である。


「そういや、脱出できたら解放ってルールだっけ?」


 クレムはゆっくりと寝転がり、


「へへっ。ラッキー」


 満面の笑みでそう呟いた。

 昇っていたのは朝日だったようで、雲ひとつない青空が広がっていた。


「いい天気だ。今日が雨じゃなくてよかった」


 物思いに(ふけ)るのはいつぶりだろうか。

 もう命を脅かされる心配などない。自由に生きられる。


 しかし1つだけ気がかりなことがあった。


「結局あの鍵はなんだったんだろう?」


 クレムがダンジョン内で取り込んだ鍵。

 あれのおかげでパワーアップできたのは間違いない。だが、それ以外のことは分からず仕舞いだった。


「実はとんでもない反動があったりして……」


 そう冗談まじりに言ったクレムは後悔することになる。

 鍵の呪い(・・・・)が、すでに頭角を現し始めていたからだ。


「……?」


 最初はただの違和感だった。

 しかしそれは徐々に増大し、確かな"痛み"として襲いかかってきた。


「──ぐっ!? なんだ、急に頭が……!!」


 それは頭痛として現れた。割れるような頭の痛みが、何かを訴えるようにクレムの痛覚を刺激する。


『休むな。願いを叶えよ』


 どこからか声がする。ダンジョンで聞いたものと同じ声。

 しかし今回は様子が違うようで。


『腰を下ろすな! 足を止めるな! 動け!!! 動け!!! 動け!!! 動け!!! 動け!!!』


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 鳴り止まぬ怒号。止まらぬ頭痛。どちらも激しさを増すばかり。


 何かを求められている。

 だがこんな状況で一体何をしろというのか。


「動けって……何のことだよ……!!」


 這いつくばり答えを探す。

 分からない。声の主が何を求めているのか、見当もつかない。


 痛みは一生続くのだろうか。もしこのまま苦痛が増していくのなら、最悪の場合は──。


「あぁくそ! どうすれば……ん?」


 チカチカと明暗を繰り返す思考の中で、クレムが見たのは人の足だった。


「君、大丈夫?」


 見上げると、そこにはクレムと同い年くらいの見知らぬ少女がいた。

 薄紅色のショートヘアー。エメラルドのような緑の目をした可愛らしい少女だ。


「苦しそう。頭を打ったの?」

「こ……これはそういうのじゃなくて……」

「そう。じゃあそれは君の召喚魔(モンスター)?」


 少女は奥の巨大なスライムを指す。クレムの安否など、どうでもいいと言うように。


「こいつは俺のスライム……だけど……」

「やっぱり。ところでそれ、踏んでるけどいいの?」

「へ?」


 足元を見る。そこには気絶したスレイが転がっていた。


「……あれ?」


 そして気付く。

 あれだけ苦しんでいたはずの頭痛が信じられないほど弱まっていた(・・・・・・)ことに。


「どうしたの?」

「え、あぁ、なんか助かったっぽいです」


 驚きのあまり訳の分からない回答をしてしまう。


 さっきの声と痛みはなんだったのか。なぜ急に弱まったのか。立て続けに湧き上がってくる疑問に、クレムの頭はパンクしそうだった。

 何から確かめるべきか考えていると、


「お〜いたいた。リズくん、そっちはどうだい?」


 遠くから1人の女性が歩いてきた。

 判別できるのは声だけで、フードを深く被っているため顔は分からない。それどころか、紫の煙を出す謎の葉巻きを吸っているため口元すら見えなかった。


 リズと呼ばれた薄紅髪の少女は、フードの女性へ応答する。


「この子が鍵の適合者。さっき呪いに苦しんでた」

「へぇ〜、この汚ったねぇ少年が」

「うん。探してた人」

「そうかそうか。くっくっく……」


 何かいいことでもあったのか、女性は葉巻きを思いきり吸い込む。

 そして、


「ん〜、キ゛マ゛る゛わ゛ぁ゛〜〜〜〜〜!!! やっぱこの辺りの(マナ)は最高だねぇ!」


 と、とんでもないダミ声で言った。


 困惑するクレム。何もできず固まっていると、女性が急に話しかけてきた。


「そこの少年、君が今1番知りたいことを教えてやろう。私たちは敵じゃない」

「……!?」


 あれ、普通にしてればいい声じゃん!? とさらに困惑するクレム。

 そして知りたいこと(・・・・・・)についても当たっていた。


「次は自己紹介かな」


 そう言って、クレムの返答を待つことなく、女性は被っていたフードを脱いだ。


「私はイリス=リゼーランス。君が取り込んだ"鍵"を調査しに来た学者だよ」

「……えぇ!!?」


 クレムの目に映ったのは、予想外な女性の容姿だった。

 透き通るような緑の長髪と鋭く尖った耳、言動からは考えられないほど顔立ちも良く、鼻筋もはっきりしている。


「なんだよ。"エルフ"を見るのは初めてか?」

「いや、そう……なんですけど……」


 見た目とのギャップはもちろんだが、クレムが驚いたのはそこだけではない。

 彼がダンジョンで取り込んでしまった謎の鍵について、このイリスという名の女性が知っていたからだ。


「さてと。もう自由に質問していいぞ」

「え? え〜と、あなたは俺に何の用が……?」

「君が鍵を取り込んだんだろう? 私はそれを調べに来たんだ」

「はぁ……」


 ここでクレムは状況を整理する。


 突如として現れたリズとイリス。彼女らの目的はダンジョンに落ちていた鍵らしいが、持ち主を前にスレイのように奪おうとする気配はない。つまり敵でないことは事実だ。


 となれば、聞くべきことは1つだった。


「あの鍵はなんなんでしょうか? 実は知らないまま拾っちゃって」

「あれは『祝呪の鍵』というアイテムさ。とある呪い(・・・・・)を付す代わりに、持ち主の才能を開いてくれる」

「呪い?」

「ん〜。簡単に言うと『力を得たときの望みに反した行動をとれば死ぬ』呪いかな」


 まるで当たり前のことを伝えるように、イリスはクレムの頭を指してそう言った。


 数秒おいて、クレムは発言の重さに気付く。


「し、死ぬ!? じゃあ、あの声と頭痛って」

「呪いの力だろうね。文献にも記されてる」

「な、なるほどぉ〜……」


 コテンッと座り込むクレム。というのも、彼の中でとんでもない仮説が(よぎ)ってしまったからだ。


「どうしたんだい?」

「いや、それがですね……」


 それは鍵の呪いについての仮説だった。

 『望み』に反した行動で死ぬ。"声"が言っていた通り、先ほどは勝手に休もうとしたため呪いが現れたのだろう。


 では『望み』とは何なのか。


 違和感を覚えたのは、頭痛が治まったあの瞬間。スレイを踏みつけて(・・・・・)いたことに気付いた時だ。


「……呪いは一生続くんでしょうか」

「安心しな。望みを完遂するまでだ」


 笑顔で言うイリス。しかしその言葉はあまりにも残酷で。


「声に聞かれたんです。『何を望むか』って」

「へぇ〜、なんて答えたの?」

「……」


 アレを言ってしまっていいのだろうか。しかし願ってしまった以上、後戻りはできない。

 クレムは覚悟を決める。


「『国中の人間を足蹴にしたい』って、言いました……」


 またもや訪れる静寂。クレムは恐る恐る前を見る。


 言わずもがな、こんな低俗な願いは前代未聞だろう。

 呆れられるだろうか。それともクズな奴隷だと蔑まれるだろうか。


 果たしてその結果は、


「う〜ん……マジ?」

「マジです」

「ワロタ」


 普通に笑われた。


「うん。まぁ、それについては後で話そう」


 気を取り直して、と言わんばかりにイリスは話を続ける。


「君はこれからどうしたい?」

「……とりあえず生きたいです」

「そうか。ならその愉快な望みを叶えるしかないな」


 クレムの望みを否定するでもなく、イリスは淡々と告げた。


「他に方法はないんですか?」

「ない。そもそも何百年も前の代物だし、別のやり口を探す方が面倒だ」


 イリスはクレムの首元へ手を伸ばす。


「そこで取り引きといこう」


 パキンッ、と固いものが壊れる音。

 音の正体は、クレムに嵌められていた奴隷用の首輪だった。


「え……えぇっ!!?」


 クレムが驚くのも無理はない。

 彼の首輪は、持ち主の魔力にのみ反応する特別製だからだ。


「命令に強制力を感じさせる首輪だね。私が作ったやつの類似品だ」

「……へぇ〜……」


 あっ、そうですか。なんていく訳がない。


 かと言って、今更つっこむ気にもなれなかった。イリスが只者でないことは、これまでの会話で十分に伝わっていた。


「で、取り引きとはなんでしょうか?」

「簡単な話さ。君の呪いを解くため私たちが全力でサポートする。その代わり君はデータを提供しろ」

「そ、それだけですか……?」

「あぁ。それだけ(・・・・)貴重なものだからな」


 イリスは(おもむろ)に立ち上がり、


「歩きながら話そう。君についても色々聞きたいし、それに召喚魔(モンスター)出しっぱなしだと疲れるだろ」


 ニヤリと笑ってそう言った。



「リズくん、生存者の気配は?」

「あと少し。たぶん怪我して動けてないと思う」


 崩れたダンジョンを歩く3人。しかしクレム以外の2人は何やら人を探しているようで。


「あの、イリスさん達は誰を探してるんです?」

「言ってなかったっけ。君の──」

「いたよ」


 イリスの言葉を遮るように、リズが示したのは高さ3 m以上の大きな岩だった。

 きっとこの岩の先に誰かが閉じ込められているのだろう。


「よし。じゃあさっそく助けy」

「待って」

「ぐぇっ!」


 召喚陣へ触れたクレムをリズが静止する。


 ……勢い余って首まで打たれたことは、言及すべきだろうか。


「こっちの方が早い」


 クレムの思いを知ってか知らずか、リズは腕を振りかぶり、


「えいっ」


 バゴンッッッッッッッッッッ!!!!!


 なんと、自身より何倍も大きい岩を吹き飛ばしてしまった。


「え、う……嘘ぉ!!!??」


 何度目の驚きだろうか。そんなこと気にする余地もなく、クレムはあんぐりと口を開ける。


 リズの左手を見ても召喚陣は光っていない。つまり彼女は召喚魔(モンスター)なしで、素の力だけであり得ないパワーを見せつけたのだ。


「凄いだろ。リズくんは私の優秀な助手なんだ」

「いやいやいや! さすがに人間の域超えてますよ!!!」

「君も大概だろう」

「あ、確かに」


 ……簡単に受け入れてしまっている自分もおかしいのだろうか。


 改めて、クレムは世界の広さを知るのだった。


「そうだ。この奥に人がいるんですよね」


 クレムは先ほどの岩があった場所を見る。

 そこには、彼もよく知る(・・・・)人物がいた。


「だ、誰か……そこにいるのか……?」


 這いつくばり助けを求めていたのは、クレムの元主人であるドルフだった。

 恐らくクレムの様子を見に行ったところで、ダンジョンの崩壊に巻き込まれてしまったのだろう。


「イリスさん。まさか探してた人って」

「そう。君のオーナーさ。反応を見るに彼がそうらしいな」

「でもなんでドルフを?」

「まぁ見てな」


 未だ意図が掴めないクレムを気にすることなく、イリスはスタスタと歩いていく。


「おやおや大丈夫かい? そのエンブレムはドミナル家のものに見えるが」

「わ、私は当主だ……早く助けろ……金ならいくらでもある……」


 瓦礫に足を潰されたのか、ドルフは下半身から大量の血を流し衰弱しきっていた。

 しかし傲慢(ごうまん)な態度は相変わらずで。


「その耳、お前はエルフだろう……回復(ヒール)くらい出来るはずだ……」

「う〜ん、そんなこと言われてもなぁ。金は足りてるんだよなぁ」


 葉巻きの煙をフ〜ッと吹きかけ、イリスは意地悪くそう言った。


「ちっ。劣等種属が……ならお前が欲しいものを言ってみろ……地位か? 名誉か?」

「逆に聞くが、君は何まで出せるんだ?」


 絶対に自分からは条件を出さないイリス。というのも、ドルフのある言葉(・・・・)を待っていたからだ。


「……わかった。何でもくれてやる(・・・・・・・・)……だからさっさと……!!」

「お、言ったな?」

「へ?」

「契約完了〜」


 ガチャンッ、と固いもの同士がぶつかる音。

 音の正体は、ドルフに嵌められた奴隷用の首輪だった。


 そして次の瞬間。ドルフの体は完全に修復されていた。


「お、おい……何だこれは……」

「お望み通り治してやったぞ?」

「そっちじゃない!!! この首輪のことだ!!!」


 どこにそんな元気が残っていたのか、ドルフは激昂して叫んだ。彼にとっては助けてもらった恩よりも、プライドの方が大事なのだろう。


「なんたる屈辱だ! 覚えておけよ、ドミナル家が必ず貴様を──」

「『待て』」

「っ……!!」


 電池が切れたように、突然ピタリと止まるドルフ。それは先ほど嵌められた首輪が原因だった。


 クレムもよく知る奴隷用の首輪は、あくまでも「命令に強制力を感じさせる」ための代物だ。しかしドルフが嵌められたのは、それとは全く比較にならない効力だった。


 訳がわからないまま、ドルフはイリスの言葉を待つ。


「君はもう私の奴隷なんだ。許可なく喋るなよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいイリスさん。ドルフが奴隷? なんで?」

「何でもくれてやるって、さっきこいつが言ってたろ。だから"尊厳"を貰ったのさ」


 イリスは何食わぬ顔で言う。


「尊厳を!? ま、まさかその首輪の力ですか?」

「うん。これは私が作ったオリジナルだ。相手に宣言させないといけないのが怠いけどね」


 ケラケラと笑うイリス。その下卑た笑みは、真っ青な顔のドルフへ向けられていた。


「ってな訳で()貴族さん。これからよろしくな」

「……!!」

「あぁすまない、喋れないんだったな。許可してやるから教えてくれよ。堕ちた気分を」

「き……さまぁああぁぁあぁあぁぁぁああぁぁあぁああぁあぁぁああぁあぁぁぁ!!!!!!!!!」


 ドルフの叫び声が、ダンジョン中に響いた。


「クソ! クソクソクソクソッ!!!!! なぜ、どうしてこの私がエルフなんぞにぃっ!!!」

「こらこら、罵倒まで許可してないぞ。ペナルティで腕立て30回!」

「あひんっ」


 イリスの命令により、ドルフは回復したての体で腕立てを始めた。


「それと、私の名前は"エルフ"じゃない。ちゃんと"イリスお姉様"って呼んでくれよな」

「はいぃっ! イリスお姉様ぁっ!!」


 肥えた体をゆさゆさと揺らし叫ぶドルフ。

 イリスはそれを、これまで見せたことないような笑顔で見下ろしている。


 ……もしかすると、彼女の本性はクレムの想像の遥か先にいるのかもしれない。


「ねぇ」

「なんだいリズくん?」

「早く本題に入って」

「……ちぇ〜」


 せっかく楽しかったのに、とイリスはクレムの方へ向く。


「まぁ見ての通りさ」

「何がですか!?」


 と、思わず素で突っ込むクレム。しかしイリスには何やら考えがあったようで。


「これで私たちは事件を隠蔽できるようになった訳だ」

「えっと……それって意味あるんですか?」

「大いにあるぞ。鍵を狙う人間はそこら中にいるからな。これは君を守るためでもある」

「え、あの鍵ってそんな大事なアイテムなんです……?」

「そりゃあね」


 ようやくクレムは理解する。自分がとんでもない事件に巻き込まれてしまったことを。


「そこでだクレムくん。これから1人で何とかするか、私たちのサポートを受け効率よく呪いを解くか、君はどっちがいい?」

「もちろんサポートの方で」


 即答だった。

 そもそも金も知識もない現状で、「スライムが増える」という謎の特技だけで生きていけないことは明白だった。


「取り引き成立だな。それじゃあ、向こうで伸びてる冒険者たちの処理は私に任せるといい」


 イリスはクレムの目を見てそう言った。


 ……どうやらこの人たちは、本気でクレムの味方をしてくれるらしい。


「あの、イリスさんは何でそこまでするんですか?」

「私はデータが欲しいだけだからね。実験体を大切にするのは当然さ」

「……なるほど」

「不満かい?」

「まさか。奴隷の100倍マシですよ」


 クレムは吹っ切れたように言った。


「それで、俺はまず何をすればいいんですか?」

「そうだね。これから私たちは町へ行く訳だが……その前に」


 イリスが指したのは、腕立て終わりの疲れきったドルフだった。


「1発、踏んでから行こうじゃないか」

「……な、なんだとっ!?」


 驚愕の声は、突然の指名からか。それとも殺したはずの()奴隷を見つけてしまった故か。

 いずれにせよ、ドルフに浮かんだのは悪い予感のみだ。


「生きていたのか。クレム」

「まぁ、運が良かったもんで」


 ゆっくりと、1歩1歩を踏みしめるように、クレムは歩いていく。


「ま、待て! 貴様、主人に逆らうことの意味が分かっているのか!!!」

「逆らってもないのに殺そうとしただろ。お前は」

「っ……!! な、なら私と取り引きをしよう! 見事私を解放できれば、特別な待遇を……」


 ドルフは口を閉ざす。

 すでに目の前に、クレムの足が向けられていたからだ。


「そうだ。お前に言いたいことがあったんだ」

「……何だ」


 クレムは足を振りかぶり、


「俺は俺が生き残るに1票だ」


 一寸の躊躇(ためら)いもなく、ドルフを蹴飛ばした。


「頭痛は消えたかい?」

「いや、やっぱり弱まっただけ(・・・・・・)ですね」

「なるほどなるほど。じゃあさっそく町へ向かおう」


 そしてクレムたちはダンジョンを後にするのだった。




「う〜ん。やっぱり高い服は落ち着かないな……」


 ここはディーナ王国の首都……ではなく、国境付近のサルマンという田舎町。

 なぜクレムが1人でいるかというと、それは"呪いのルール"を知るためだった。


「これでいいとは言われたものの、本当にこんな格好で大丈夫かなぁ」


 高い服と言っているが、クレムの格好はどこからどう見ても一般的な町民の服装だ。

 特別な装飾がある訳でもなく、奇抜な色も使っていない。ただ1つ、奴隷を表す"首筋の印"を除いては。


 そう。クレムの目的は(やから)に絡まれることであった。


「あん? お前そいつぁ」


 と、クレムの不安は杞憂に終わる。さっそくガラの悪い男が語りかけてきたからだ。


「おい、なに奴隷が堂々と道歩いてんだ。どけ」

「ほぉ〜、これは丁度いいのが来たな」

「あぁ!? 何だとコラ!!!」


 余裕のあるクレムにイラついた男は、召喚陣へと手を伸ばす。

 しかし、それでもクレムの余裕が崩れることはなかった。


「立場の差を分からせてやる!」

「それはこっちのセリフだ」

「あぁ!?」

「てか今すぐ跪け」

「……ふぁ?」


 驚いた、というより若干引いた男が気付く間もなく、クレムは頭上へ小さなスライムを弾く。

 そして、


「──増えろ」

「ぎぇっ!!!!!」


 増殖したスライムたちに押しつぶされ、男の体が地面へ押し付けられた。


 クレムは足を振り上げ告げる。


「いいか? 絡んできたのはお前だ。受け入れろ」


 グニッ、という鈍い音を響かせ、クレムは男の背中を踏みつけた。


「がっ……!! な、なんだお前ぇ!!?」

「なるほど。この程度でも効果はあるのか」

「って聞けぇ!!!」


 スライムに押さえられジタバタと暴れる男を無視して、クレムは道の先へ歩いて行く。


「さ〜て。まずはここの人間、全員跪かせてやりますかね」


 そして、生き残るための1歩を踏み(・・)出すのだった。


 クレムの逆転劇は始まったばかりだ。

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