プロローグ
拙い文書ですが読んでもらえると光栄です。本文中にたまにすさまじくグロイ描写を描いているので苦手なかたは気をつけてください。では、お楽しみください。
プロローグ 目が覚めたら
早春 横浜海岸 第38倉庫 第2貯蔵庫 PM21:12
「痛っ……」
意識が戻ると同時に激痛が体中に走り、低いうめき声が口からこぼれ落ちた。息をするたびに体中に焼きつくような痛みが走る。特に、刺された腹がやばい。焼き鏝でも押し付けられているようだ。
「あぅ」
荒い息を吐く。意識が飛びそうだ。歯を食いしばりながら、体を動かそうと右腕に力をこめる。
「がぁっ・・・・・・はぁはぁ」
だが、駄目だった。仰向けの姿勢から、起き上がろうとするだけで、気が狂いそうになるほどの激痛が走る。比喩でも何でもなく、目の奥で火花が散る。とてもじゃないが、無理だ。荒い息を吐きつつ、俺は腕を元に戻した。右腕自体に損傷はないようだが、体を動かすことは出来そうにない。
「ちく……しょう」
さっきから、やばいくらい血を流しているせいだろう。右目と違って潰されていない左目が得ている視界が少し霞んできたような気がする。蛍光灯の光が眩しかった。俺は刺された左腕と違って自由に動く右腕で蛍光灯の光を遮った。
「ちく・・・・・・しょうが」
荒い息を吐きながら今度は首が動くかどうか確認してみる。どうやら首は無事らしかった。正常に動く。良かった。俺には確かめなくてはならないことがあった。絶対に確かめなくては。
「……っ」
俺は必死に首をその方向に向けた。そして。
「あ……あぁ」
意識のない彼女が相変わらずそこで寝ていることを確信した。
「はっはははは・・・・・・う、げほっげほっ」
確認したあと、安堵のあまり思わず笑ってしまった。そのあと、なんだか口の中が鉄っぽいことに気付いて、床につばを吐き出した。ほとんど血で形成された真っ赤なつばを吐きだした後、咳き込んだ。
「はぁはぁ」
痛くて苦しくて思わず浮かべてしまったのだろう。少し霞んだ視界が、涙で更に霞んでしまった。それでも目を閉じずに彼女を凝視し続けた。どんなことがあろうとも目を閉じてなるものか。閉じてたまるか。閉じてたまるものか! 彼女の無事な姿を見続けるのだ。終わるまで。命の終わりが……来るまでは。
「なぁ・・・・・・やばくないか? あのままだと」
先ほどから俺の横にいるこの場で唯一の彼女以外の生存者に話しかけた。なんだか声を出すのも疲れてきてる。本格的にやばいかもしれない。話しかけた奴は首を傾げた。
「え、何が?」
どう考えても君のほうがやばいと思うんだけど僕は。さっきからすごい血が出てるんだけど、よく動けるね。さすがというか、なんというか。まあ、それは置いとくとしてさ、まずは自分の心配をしたほうがいいんじゃない?
「あのままじゃ・・・・・・まずいよな、うん。だって−」
そんな心底どうでもいいことを気にしていやがる、そいつを無視して俺は続けた。
「あのままじゃ・・・・・・風邪ひいちゃうんじゃ?」
冬だっていうのに、コートを被せただけじゃ駄目だろ、どう考えても。絶対、風邪をひいちゃうよ。なんで被せたときにそのことを考えなかったんだ、俺は? 馬鹿か。あー数十分前に戻って突っ込んでやりてえ、自分に! いくら、あの時、頭に血が昇ってた、からって気付いてもいいじゃん、それぐらい。考えなしだよ、ちくしょうめ。まずい、本格的にまずい。まずすぎる。コートのしたに何も着てない生まれたまんまの状態じゃ、彼女に限らずどんな奴でも(俺みたいな馬鹿でもだ)風邪をひく。どうしよう、マジでどうしょう。ねえ、どうしたらいいですか? 誰か教えてください。
「えーと、心配することをすさまじく間違えているような気がするけど……大丈夫だよ、うん」
頭を抱えたくなるほど、身悶えしてる俺にそいつは苦笑いを浮かべた。
「彼女の周りの空調をね、20℃ぐらいに調節しといたんだよ、始まったころから。だからさ、素っ裸でも風邪はひかないよ、絶対に」
僕って凄くない、ねえ?
「マジかよ……それを最初に言え。心配しただろうが」
力ない息を思わず吐き出した、相変わらず彼女を凝視し続けながらだ。
「くそったれどもをな……全員殺るのにここまで時間がかかるとは、思ってなかったんだ。心配するだろ、普通」
俺の横には男が倒れている。全身血塗れのそいつはぴくりとも動かない。死んでいる。いや違う、正確には俺が殺した。
この手でぶち殺した。
「まあ、よく殺ったよ、うん。とりあえず、お疲れ様」
なおさら視界のかすみがひどくなってきた中、再び彼女に視線を移す。
「良かったよ」
見た限りでは彼女は大きな怪我とかはしていないようだった。寝息もかすかに聞こえてくるし、大丈夫だろう、きっと。後でトラウマになってしまうかもしれないけど、少なくとも彼女自体の命に別状はないと思う。本当に良かった。
「……はは」
安堵して、かすかに乾いた笑みを漏らした。いよいよ視界の歪みがひどくなってきた。やばい、これは落ちるな。意識が薄れてくる中、俺は最後に呟いた。
「ちくしょうめ、何でこんなことになったんだよ、おかしいだろ、どう考えても」
そうだ、どうしこんなことになったんだ。全てとは言わないが、かなり上手くいってたんだ。それなのに、何故? 再び意識が戻るかどうかも分からない中、俺の瞼はすこしずつ閉じていった。全ての始まりは半年前だった。今日みたいにやたらと寒い日で。最初に訪れたのは底が見えないほどの絶望だった。だけど、そのあと彼女に会ってから変わった。全て彼女から始まったんだ。彼女がいなければ、俺はきっと信頼できる仲間も自分の居場所という名の希望も得ることなんか出来なかっただろう。笑ったり泣いたり怒ったり叫んだりして過ごしたこの5ヶ月。初めて1人の少女に恋をした。不器用だったかもしれないけど、間違ったりもしたけど、俺達はこの数ヶ月、確かに恋をしていたんだ。そうだよ、恋愛していたんだ。俺と彼女、2人で。これは寒い季節に確かに存在した1つの恋物語だ。俺と彼女、周りに支えられながら2人で歩んだ数ヶ月間の日々。それを思い出しながら、俺の意識は途切れた。
気が付くと・・・・・・辺り一面真っ白だった。霧なのか、どうなのかもわからないけど、とにかく白一色しか見えない。他には何も見えないし、何も聞こえない。何だろう。夢にしては意識がはっきりとし過ぎてるような気がする。これが俗にいう金縛りという奴だろうか。だけど、金縛りって目が見えなくなるっけ?
『う』
そんなことを考えていると、聴力が回復したのか、音が聞こえて。
『うぅ』
同時に視力も回復した。
『い、嫌』
ここはどこだろう。ぼんやりとしていてよくわからないけど、建物の中みたいだ。人がいっぱいいて、囁き声で辺り一面騒がしい。電光掲示板らしきものがうっすらと見えるから駅かもしれない。目の前には、荷物を大量に担いだ家族がいた。一番近くにいる子は、たぶん女の子だろう。顔がはっきりわからないけど口元まではなんとか見える。目の前の子は俺の方向に顔を向けているようだ。
『嫌だよぉ』
それにしてもさっきから聞こえるこの涙声というのか、なんか駄々をこねているような子供の声はなんなんだろう。その時ふと気付いた、ぼんやりとしていたからよくわからなかったけど、俺は目の前にいる女の子以外、辺りの光景を見上げ(・)ているということに。
『嫌だ。嫌だ。嫌だ!』
ああ、そうか。なるほど。
『嫌だよ……』
これは昔の記憶なんだ。まだ小さかったころの記憶。それを夢として第三者のような感覚で見ているわけか。
『……ちゃんと別れたくないないよー』
轟音が鳴り響き、最初に口にした言葉は掻き消えてしまった。外に飛行機が着陸するのが見えた。ああ、なるほど。ここ飛行場だったのね。しっかし、いつの記憶だ? 全然覚えがないのだが。
『うぅ』
どうも目の前の女の子の引っ越しに俺は最後に見送りに来たようだ。それにしても、何歳かはわからないけど俺ずいぶんと女々しくない? 男らしくないっていうか、かっこ悪いっていうか。なんとも尾上際の悪い感じがするのが自分でも、よくわかる。泣くのは普通逆だろと思っていると。
『まったく、泣かないでよ、もぅ。こういう場合、泣くのは私でしょ、普通?』
目の前の女の子にもそう言われた。呆れたような声。ぼんやりとだが、苦笑いしているのがわかる。まあ、当然だろうな。
『だって……だって』
泣き止まない俺を見て、女の子がため息をついた。
『まったく、かっ君って本当に泣き虫だよねー。私今日でいなくなるんだから、そんなんじゃ、駄目だよ?』
『でも……でも』
俺は一向に泣き止む気配がない。
『でもじゃない! かっ君は男の子でしょ! 泣いちゃ駄目!』
『うぅ。でも嫌なものは嫌だよ』
女の子が強い口調で言っても相変わらず俺は泣き止まない。ここまでくると筋金入りだ。
『嫌だ。嫌だぁー。みっちゃんと別れたくないよぉ』
ますます激しく泣く俺に女の子が一言呟いた。
『……うるさい、さっさと泣き止め、影人』
小さい女の子らしからぬ威圧感のこもった声に俺は瞬時に縮こまる。
『お前、男だろ? なのになんで、女の子の私が泣いてないのにお前がビービー泣いてんだ、あぁ? 普通逆だろうが! 違うのか、おい! なあ、私何か間違ってるか?』
すげえ恐い声で言う女の子に俺は首を横に振った。
『う、ううん!』
半べその状態の俺に女の子は大きな声で怒鳴った。
『だったら、さっさと泣き止め、影人!』
俺は反射的に言った。
『ひゃ、ひゃい!』
なんだか、この子・・・・・・手馴れてる気ないか? 普段からこんなんだったんだろうか、俺とこの子は。
『まったくー』
やれやれと女の子は頭を抑え。
『ほら』
俺に小指を握らせた。
『え?』
何がなんだか、わかってない俺に女の子は笑顔で言う。
『指切りしよ。いつか絶対に会うって。ここでお別れにしないって2人で約束しようよ』
その提案に俺はようやく笑顔を見せた。
『う、うん! 約束だよ! 嘘ついたら針千本だよ!』
『もちろん』
指切りをして、指を切る寸前。俺は突如動きを止め、女の子に話しかけた。
『あ、あのさ……みっちゃん……約束じゃないんだけど……1つお願いしていい?』
顔を真っ赤にしてどもりながら俺は女の子に言う。女の子が首を傾げた。
『うん? 何、かっ君?』
『あ、あの……え、えーと』
どもりまくる俺に女の子が不思議そうな目を向ける。
『も、もし良かったらさ……』
『良かったら?』
意を決したかの用に俺は口を開けた。
『こ、今度会った時さ、僕と−』
ちょうどその時離陸した飛行機の轟音で掻き消されたため、自分が何と言ったのはわからない。ただ、女の子は目を点にした。
『え?』
『だ、駄目だよね? やっぱり僕なんかじゃ』
『え、えっと。だ、駄目とかそういうんじゃないよ。だけど理由を教えてくれないかな?』
『ぼ、僕考えたんだ、みっちゃんと−』
「……う」
顔をしかめるのと、意識が覚醒したのは、ほぼ同時だった。真上にある蛍光灯の眩しさに俺は思わず目を細めた。
「うん?」
あれ? もしかして明かりをつけたまま寝ちゃったの? なんてこった、電気代がもったいない。夢を見ていたけど、いったい、いつの夢だろう? まるっきり覚えがないが、小学生くらいか? それにしても、あの女の子はいったい?
「……誰だろう?」
うーむ、駄目だ、思い出せん。なんか頭痛い。気分が悪いし、いい加減眩しいし、明かりを消さねば。
「・・・・・・あれ?」
明かりを消そうと体を動かそうとした瞬間に俺はようやく違和感に気付いた。
全体が白で統一された部屋。腕に伸びている点滴。規則正しく音がつむがれる計器類。窓際の花瓶に入れられた黄色い花。読みかけの文庫本が置かれた丸椅子。そんなものが視界に広がっていた。
「えっと・・・・・・ここって?」
病院だよな? え、どういうわけ? わけがわからんのだけど。どういうわけか、目が覚めたら、病院のベッドだった。これが俺の第2の人生。波乱万丈の5ヶ月間の始まりだった。
いかがでしたでしょうか、プロローグのくせに長いですが、どうかよろしくお願いします。ご感想をくださいますとなによりの励みになります。読んでくれたあなたのご感想をお待ちしております、では第1話までごきげんよう。