1話 身代わり令嬢
私は“本当の家族”との記憶がない。
小さいころ両親は事故で死んで、私1人残された。
行く当てもない哀れな子どもを、遠縁のこのウエスト家が引き取ったのだとウエスト男爵から聞いた。
その為私は両親の顔も思い出も全くなく、物心ついた時からこの家で使用人として働いていた。
ここでの生活はとても厳しい毎日だったが、周りにも使用人はいてそれなりに幸せに暮らしていた。
『行き場のないお前を私たちが引き取ってやったんだ』
ウエスト男爵はよくそう私に言い聞かせていた。
私が仕えているウエスト家には1人のお嬢様がいた。
ウエスト男爵の溺愛している一人娘。
【ローレン・ウエスト】
お嬢様が伯爵貴族との婚約が決まったのは、わずか6歳の時だった。
ウエスト家は大いに喜んでいたのをよく記憶している。
今まで食べたことのない豪華な料理を食べることを許された数少ない日だったからだ。
『流石私の娘だ』
『よくやった、これで将来は安泰だ!』
それからしばらくして、お嬢様は突然侵入してきた男に殺されそうになった。
その時は護衛も近くに控えていたため大事にはならなかったが、襲われた理由はすぐに分かった。
ウエスト男爵に恨みを持っていた男からの復讐だった。
この事件を機会に、過保護な彼女の両親は結婚前に娘が殺されたらたまらないと娘の“身代わり”を探した。
外部からも秘密にできて、娘と同じぐらいの女子で、なおかつ殺されても問題ないお嬢様の身代わりを。
そしてその“身代わり令嬢”の条件に私は見事に当てはまった。
それ以来9年間、外ではお嬢様の代わりを行っている。
今日も学園に行かなければならないため、これから外に行く準備を行う。
外出するときはいつも早く起きている。
私が今寝泊りしているのは屋根裏部屋だ。
学園に入学する決まったとき使用していない物置部屋を貰うことができたのだ。
水浴びをするために、裏口から水辺へと向かう。
家にある浴槽はウエスト家の方々が使用するものなので、私は利用することはできない。
使用人は外にある水辺を使うことになっている。
バシャ――――――
桶に水をためて、イチ、二の、サン!と一気に体にかけてしまう。
いつもこの最初の一杯を掛けるのがとても勇気が必要なのだ。
今日はいつもより外の気温は低くなっている。
体の清めが終わったら、急いで部屋に戻って身支度を整え始める。
曇った鏡の前で髪の結い、頂いた制服に着替えてたらお嬢様の部屋へ向かう。
コンコン
「お嬢様、今日も学園に行くのでお願いします」
お嬢様の部屋に入るとまだベッドの上でゴロゴロと寝ているようだった。
机の上にはきれいな鏡やアクセサリーが無造作に転がっている。
昨日また何かを購入してきたのか、綺麗な紙袋がいくつも置いてある。
「めんどくさいなぁ、、」
起きたばかりで寝ぐせが付いている状態で私の方を向くと、近くにあった手鏡を手に取った。
【魔法:マジックミラー】
映した相手と鏡写しの姿になることが出来る特殊な魔法。
一瞬にして私の姿は光に包まれ、鏡に映る姿は紛れもなく目の前のお嬢様の顔をしていた。
「今日も行ってきます。お嬢様」
いつもの準備が終わると、お嬢様はまたベットの中へと戻っていった。
私はそのまま教科書を入れたバックをもって屋敷を出た。
ローレン・ウエスト
それが、外で生活する私の名前だ。