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第五八話 「Tokyo classic」

 昭和15年8月30日。


 東京は霞ヶ関(かすみがせき)に今日も高貴にたたずむ海軍省の庁舎。

 赤いレンガの壁にてその身を包んでいる庁舎の中の一室では、背負った窓から午後の日光を受けてその木目を輝かせる机がある。黒光りするいかにも高価な万年筆や机の端っこで折り重なる書類は、その机の主が社会的にもかなり上の立場にいる事を見る者に無言で教えてくれる。だがそこに二人の男の会話が響いているにも関わらず、机と窓の間に置かれた椅子には誰も座っていない。

 部屋の隅にある小さなテーブルを真ん中に向かい合ったソファ、そこにこの部屋の主である吉田(よしだ)中将は腰を下ろしていた。ちょっと疲れたようなどこか力の無い笑みで声を放つ吉田中将だが、彼に正対している同じ真っ白な第二種軍装を身に付けた人物はそんな吉田中将を気遣うようにして優しい笑みで応える。そしてお互いに掛け合う言葉には、組織の中においては日常茶飯事である遠慮や含みという物が一切混じっていない。なぜなら吉田中将の目の前にいる人物は彼と同じく初老の外見を持っている事からも示されている様に、海軍を牽引する者達を育てる海軍兵学校の同期生であったのだ。


『海軍大臣はどうだい、吉田?そろそろ足元が揺れる生活が恋しくなって来たんじゃないか?』

『ははは。まあ、思ってたよりは楽ではないな。GF長官、俺と変わってくれないか、山本(やまもと)。』

『何言ってるんだ。俺の前のGF長官はお前だろうが。あははは。』


 笑い合ってテーブルに置かれるコーヒーを湛えたカップを手に取る吉田中将と、山本と呼ばれた初老の男。海軍大臣である吉田中将と同じく二つの金色の星が連なる襟章を身に付けた彼は、帝国海軍の中核である実戦部隊を指揮する総大将。先程の吉田中将の言葉に出てきた役職を戴く人物である。すなわち大日本帝国海軍第二十六代連合艦隊司令長官、山本五十六(やまもと いそろく)中将その人である。

 吉田とは兵学校で同じ釜の飯を食った仲間であり、卒業したその年に勃発した日露戦争以来、供に海軍にて陛下の赤子として国の為に励んできた無二の親友だった。もっとも海軍内でのこの二人が周囲から抱かれる感情はそれぞれでちょっと違っていて、艦船勤務一筋で海軍に勤めて来た吉田とは対照的に、山本は海外での駐在武官や留学の経験を多く持つ国際色豊かな経歴を辿っており、元来から物事をハッキリと口にしてしまうその性格も手伝って同期や部下からは相応の信頼があるのと同時に一部の者達にとっては相当の嫌われ者でもあった。ついこの間まで首相であった米内光政(よない みつまさ)が海軍大臣を務めていた頃には、海軍次官としてドイツやイタリアとの提携に断固として反対した事でも有名である。おまけに長いアメリカでの海外出張時にその目で見てきた事からアメリカの国力を良く知っていた彼は、『テキサスの油田とデトロイトの工場を見たなら、米国との戦争は考えない方が良い。』と常に周りの者に言って憚らなかった。また、砲術学校出身の鉄砲屋であるにも関わらず彼は発展著しい航空畑の道を歩んできた事から航空機の可能性を特に重要視しており、今月になって進水したばかりの大和艦を含む新型戦艦の建造にも一貫して反対してきたなど、世間一般の普通の帝国海軍軍人の中にあってはちょっとその考え方は一風変わっていた。

 だが吉田はだからといって彼を邪険に思うような事も無ければ、その考え方も別段間違いだとは思ってはいない。事実、日露戦争の終わった頃より帝国海軍が仮想敵国としてきた米国に対して、海軍軍人としての吉田はこの山本と基本的な所では全く同じ考え方を持っていたのだ。

 そんな事からウマの合う山本との会話に、最近は毎日の様に起こる腹の痛みを和らげる事が出来た吉田。ゆっくりと服の上からお腹を擦りつつも、そこに温もりを得て痛みを失った事から彼の表情は明るい。

 そしてそんな友人である吉田の様子には山本も既に気付いており、海軍大臣のお仕事の辛さをなんとなくだが理解する。あまり他人に身の上の相談をせず、悩み事を溜め込んでしまう吉田の性格を、山本は同期として良く知っているからだ。さらに自身もお世話になった米内による内閣がつい先月に倒された事も、吉田のちょっとやつれて頬骨が目立つ様な顔立ちの原因ではないかと山本は考える。山本は笑みをそのままに吉田に刺激を与えぬようにと気遣い、静かにゆっくりと声を掛けた。


『米内さんの内閣が倒れたのは、陸軍だけじゃないだろう。やっぱり若いのがうるさいのか?』

『ああ・・・。』


 返事をした吉田の笑みが歪み、色々と頭を悩める事が多かったこれまでのいきさつを思い出して苦笑いへと変わってしまう。山本はそんな友人の変化を見逃さず、表情を変えないながらもその真相とそこにあった彼の苦労を察してみせる。


『だろうなぁ。俺も時々、若い奴らの考えてる事が解らなくなる。』


 コーヒーの入ったカップを唇に近づけてそう言った山本。吉田がふと視線を落とした山本の左膝の上には、人差し指と中指が根元から消えている不揃いの左手がある。それは海軍が真価を発揮する戦場においての現実その物であり、山本が口にした事への説得力を一際強く湧かせる。なぜなら山本の左手の惨状は、彼が若い頃に日本海海戦という本物の戦場にて負った負傷の痕だからである。それは惨たらしい戦争という物の側面を文字通り体現しているのであり、国力の一つである武力を背景にして積極的な海外進出策を訴える二人よりも下の世代の者達の意見を受けてきた吉田にとってはどこか救いですらもあった。


『本当だよ・・・。それが日本の進む道などと言ってはいるが、ただ実際に大砲をぶっ放してみたいだけの様にしか思えん・・・。』


 海軍の最上級職にあたる海軍大臣である吉田だが、ここ最近の状況の変化と憂い、そして友人の労いを受けて、ついついその口から海軍批判とすらもとれる言葉を放ってしまう。溜め息混じりで床に視線を落として声を放った吉田の姿は、その言葉に込めた彼の落胆の色を山本にもハッキリと伝えた。

 そしてそんな友人の姿に山本もまた視線を床に投げ、ふと吉田と自分の現在の立場とそこにある責任を比較してみる。ただ海軍の中核たる実施部隊の訓練や日程、戦備状況を調べて意見を上申する連合艦隊司令長官と、そんな海軍事情の全てを鑑みて日本という国の舵取りに参画する海軍大臣。船乗りとしては後者の方が似合っているのかもしれないが、その実情は踏み外してはならない航路を見つけ出し、なおかつ海軍という大きな組織の中での意思統一もせねばならないという物。そこに掛かる責任と重圧は、連合艦隊司令長官という自身の職とは比べ物にならないだろうと山本は考える。自分よりも一年遅く生まれている筈の吉田の顔が、今はどこか一世代前の先輩の様に山本には老けて見えるのだった。


『大変だなぁ、吉田・・・。大臣ってのは・・・。』

『んん・・・。まあな・・・。』


 山本の静かな声に、吉田は相変わらず腹を擦りながら声を返した。もっとも他人からの同情という物は嫌われる物であるが、今の吉田に限ってはその限りではなかった。栄えある軍艦とどこまでも続く波間を見る事も無く、色んな者達の考え方の中で結論を出していかなければならない霞ヶ関での海軍生活。大事な国政の一端を担っているそれは、山本の様に長い海外での出張経験も持たずに常に軍艦の上で励んできた吉田にとっては辛いもの以外の何物でもなかった。もちろんそこには吉田個人の、良い意味でも悪い意味でも何事も人任せにしないという性格も絡んでいた。

 しかし、そんな事から友人の心遣いを喜んで笑みを浮かべる吉田に反し、山本は笑みで応える事は無かった。唇に傾けたカップで口元を隠し、黒い湖面から香気と供にたちのぼる湯気の壁越しに吉田を見る山本。その表情から明るさが消えているのは顔が隠れていてもすぐに吉田は気付く事が出来たようで、僅かに眉をしかめて笑みを消す。すると彼のお腹にはこれまで消え失せていた痛みが再び蘇ってくる。だが山本はそんな彼の事を理解しながらも、敢えて感情を込めずに声を放った。


『吉田。内閣はドイツやイタリアとの提携を狙ってるな?来月の作戦も、大方、ドイツやフランスとは交渉済みだろう?』

『んん・・・。』


 吉田は呻き声のような声で返事をしたが、山本は語気を弱くするような事は無い。吉田にその責を求めるつもりはさらさらないのだが、先ほど放った自身の言葉に示される最近の国際情勢とそれに対する日本の対応。それらを国政とは少し距離を置きながらも独自の経験と理論でつぶさに観察してきた山本は、その行き着く先にかねてから事ある毎に放言してきた事が現実となってしまうという憂いを覚えていたのだ。

 やがて一際舌に襲ってくるコーヒーの苦さに口元を歪ませる吉田に対し、山本はその事を極めて率直に言った。


『アメリカと・・・、ドンパチになるぞ・・・?』


 山本の声の余韻が消えると、部屋の中にはある種の重さを伴った沈黙がたちこめる。

 そして吉田が返す声をしばしの間失っている事こそ、彼もまた山本と同じ懸念を抱いている事を物語っていた。しかしこの吉田とて白い物を黒いと安直に言う様な男ではない。これまでもその懸念に直結する部下の声には頑なに拒否の意を明確に口にしてきたし、海軍内でも彼は良識と判断力のある人物として知れ渡っていた。

 だが吉田は山本の言葉を即座に否定する事は出来ない。

 前内閣である米内内閣が倒れた際、吉田は荻窪(おぎくぼ)にある内閣総理大臣の近衛文麿(このえ ふみまろ)の私邸へと招かれ、そこで陸軍大臣、外務大臣と今後の日本のとるべき国策に対して議論した。そしてそこで出された懸案にして山本の口にした事。すなわちドイツとイタリアとの提携と仏印や蘭印に対する進出という国策案に、吉田は昨今の海軍内の突き上げと国内世論を鑑みて海軍の長として了解の意を示したのである。

 もっともそんな事態に陥る事の無いようにと現在の内閣の主要な者達には確約をとっての事だったし、吉田や山本が憂う事を荻窪で会った彼らとて考えていなかった訳ではない。吉田はその事を思い出し、腹を擦る手に力を込めながら重苦しい口調で声を返した。


『・・・対米非戦では纏まってるんだ・・・。近衛さんも、東条(とうじょう)さんも、松岡(まつおか)さんも、基本的にはアメリカとの戦争は避けるつもりではある・・・。それに陸軍の東条さんは、ドイツとの提携に関しては色々と含みを持っているみたいだった・・・。』

『そんな内輪の事情を話した所でアメリカは態度を変えてくれると思うか、吉田?』

『ん・・・、んん・・・。』


 山本の少し冷たさすらも感じる物言いを受けて、吉田は再び口を閉ざしてコーヒーのカップを口に近づける。もちろんこの山本という男がただ自分を責めようとしているつもりではない事は吉田も承知しているのだが、在米経験も豊富で帝国海軍では最もアメリカという国を熟知していると言っても過言ではない山本の言葉には、同じくらいの時間を海軍に費やしてきた吉田ですらも黙ってしまう程の強い説得力があった。まして吉田も基本的には彼と同じく、アメリカとの戦争は国力の全てにおいて勝ち目がないと考えており、日露戦争という本物の戦争だってその目で見てきた経験もある。アメリカと戦争になった末に日本がどうなってしまうか、その光景を吉田はありありと脳裏に浮かべる事ができるのであった。

 

『ふぅ・・・。』


 するとふいに山本はにわかに感情が篭った声を伴って溜め息を放ち、背もたれに身体を大きく預けて右手で頭を掻き始めた。実は吉田の理解する通り、彼は友人を糾弾する為にこうして霞ヶ関の海軍省に足を運んだ訳ではない。既に決定された国政に関して山本が口を出すことは出来ないし、立場上での彼は国政の方策に順ずる考え方で海軍の実戦部隊を導かねばならないのだ。やがて山本はカップをテーブルの上に音を立てずに置くと、ちょっと元気が無くなった吉田を視界に入れながらポッケかある紙切れをより出した。


『ま、事ここに至っては仕方ない。それにな、算段も少しは考えてあるんだよ。』

『うん・・・?』


 思いがけない友人の言葉に吉田が瞳を小さくして顔を上げる中、山本は紙切れに書かれた内容が見えるように広げると、おもむろに吉田へと紙を持った手を伸ばしてきた。当の山本はどこか自身の反応を心待ちにしているのか、年の割りに幼い少年のような表情で笑っている。吉田はそんな友人の顔に首を捻りながらも彼の口にした事の意味がさっぱり解らないので、ひとまず差し出された紙を受け取ってそこに書かれている内容を読んでみる。


『・・・・・・。』

『はは・・・。まあ、まだ研究段階だがね。ただ目処はそこそこについてるよ。4月の艦隊訓練の時から研究はしてきたからな。』


 山本はそう言うと再びテーブルの上に置かれたカップを手に取り、ニヤニヤとしながら口へと運ぶ。そこに書かれた内容に対してそこそこ自信を持っている事が、彼の態度からは誰もが読み取る事が出来る。しかしそんな山本とは対照的に、吉田は紙切れの内容の半分ほども読んだ所で表情を凍りつかせていた。左右に振る彼の瞳は次第に動きの規律を失っていき、首筋には冷や汗が滲み出てくる。山本はそんな吉田の姿を認めてもなお表情を変えないが、その内に吉田は震える声で紙に書かれた内容の事を問いただす。それは長く海軍に勤めて来た吉田にとっては予想だにしなかった事であり、そもその内容が示す光景を40余年に及ぶ海軍生活では見た事の無い物であった。


『ハワイ・・・?』

『うむ、それも開戦劈頭にな。』

『空母の集中運用・・・?』

『ああ。まあ、まだ運用の細かい所は研究中だが、給油艦を随伴すればなんとかなるだろうと踏んでる。』



 どこか無邪気な感じすら見受けられる表情で山本は声を返すが、吉田はそのあまりにも突飛な考え方に驚きを隠せない。その内容は航空畑を主に歩いてきた山本らしい発想と言えなくも無い事であったが、一般の帝国海軍軍人の頭で考えられている現在の海軍の作戦や戦備とはあまりにもかけ離れていた。現代戦の様相を呈する欧州戦線ですらもその内容に沿った事は実現されていないのだから無理も無い。

 やがて吉田は腹の奥底に抱いていた痛みが一際酷くなった事を受け、大きく身体を折り曲げてうずくまる。それを気遣って山本は声を掛けてくるが、それに対して彼は屈めた身をそのままにしてちょっと怒ったような感じの声を返した。


『お、おい、吉田・・・。大丈夫か・・・?』

『勘弁してくれよ、山本・・・。これじゃ桶狭間(おけはざま)一ノ谷(いちのたに)川越(かわごえ)夜戦を一緒にやるようなモンじゃないか・・・。』


 山本はそんな吉田の言葉に『悪い、悪い。』と極めて明るい口調で謝罪の意を示してみせるが、それに対して吉田の腹の鈍痛が和らぐ事は無い。

 吉田にとっては供に兵学校では同じ釜の飯を食い、供に同じ認識でこれまで海軍に尽くしてきた旧知の仲である山本。博打好きで酒を好み、女性に関しても沢山の武勇伝を持つ豪放な彼だが、屈託の無い人柄と豊かな国際経験を持つ事からその認識は時代を常に見越しており、当の吉田もその事を理解して彼を友人として尊敬してきた。歯に衣着せぬ物言いで敵が多い事も事実ではあったが、昔から対米戦争に関しての考察では吉田も山本も同じく「非戦」の認識を持ってきた。

 だがそんな山本が立場上の事があるとしても、対米戦争における作戦を考えている事、示してきたその具体策自体が吉田をして今まで見た事も聞いた事も無い代物である事、しかも帝国海軍が日本海海戦を模範と位置づけて金科玉条としてきた要撃構想を廃してこちらから敵の重要拠点に攻め入るというその内容に、吉田はその人生でも指折りの強い衝撃を受けた事は否めなかった。






 それから数日経ったある日の事。

 吉田の家のサンサンと日光を浴びる縁側では、ゆったりとした着物を身に付けて庭を眺める吉田の姿があった。山本と会った時よりもさらに顔はやつれており、精気の感じられない瞳で彼はぼんやりと陽の光に照らされる庭に視線を投げる。

 そしてそんな吉田の背中を、彼の妻である恒子(つねこ)は家の中から黙って見つめていた。海軍大臣という重い立場を戴いている夫に気遣いはさせぬようにと彼女は平静を装っているが、ここ数日の間はろくに睡眠がとれていない夫の事を知っている恒子は内心では彼の事をとても心配していた。せめて家の中では仕事の事を忘れさせてやりたいと願う恒子はその事を夫に問う事は無いが、ここの所すっかり元気が無くなって日を負う毎に老いを増していく彼の様子には既に気付いている。それをどうやって聞き出そうかと頭を捻りつつ、恒子は居間の小さなちゃぶ台の上で夫に勧めるお茶を用意していた。

 しかしそこに突如として、聞き慣れた夫の呟くような声が流れてきた。


『恒子・・・。俺が大事にしてたあの軍刀・・・、どこにしまったっけ・・・?』

『え、兵学校卒業の時に貰ったっていうあれですか・・・?さ、さあ・・・。どこでしたでしょうかねえ・・・。』


 恒子は夫に返す言葉を濁したが、彼の問う軍刀が押入れの奥の木箱の中で保管されている事を知っている。しかし恒子は身体の向きをそのままにして声を放つ夫の姿に、彼が何か只ならぬ事を考えており、その為に軍刀が必要だったのではないかと考える。やつれて腰の曲がりが目立ち始めた夫の後姿は、彼女のそんな考えをより一層確かな物にしていく。故に恒子は軍刀のありかを彼に教えなかったのであった。


 そしてその日の夕方頃、吉田は縁側にて朱色に輝く陽の光りを浴びながら、またしても恒子に背を向けたままで呟くような声を放つ。


『恒子・・・。軍刀はいいよ・・・。それよりハサミはないか・・・?』



 これはおかしい。


 長年連れ添った夫の様子をそう判断した恒子は曖昧な返事をしつつも、すぐに居間を後にして玄関付近にある電話機へと走った。僅かに震えを伴った手で受話器を耳に添え、夫に気付かれないよう小さな声で交換手との応答をする。夫の事を相談できる人が幸いにもすぐに頭に浮かんだ恒子は交換手の対応に少しの間だけ苛立ちつつも、繋がれた相手にすぐさま目的の人物を出してくれる様に頼む。恒子のその声には今にも泣きそうな感じが滲みつつも、夫を救わねばという強い意志が生んでいる鬼気迫る覇気の様な物があった。


『海軍省ですか・・・?人事局の伊藤さんをお願いします・・・。・・・いえ、人事局長の伊藤整一(いとう せいいち)少将です・・・。私、海軍大臣の吉田の妻です・・・。急いで繋いでください・・・。』






 その後、すぐに海軍省の者達が吉田宅に急行。吉田は彼等に言われるがまま、築地の海軍病院へと入院させられた。現役の大臣の入院に霞ヶ関はにわかに騒がしくなるが、伊藤少将の根回しで吉田海相は過労で倒れたという事にされる。

 終始一貫して海軍内の強硬論を抑え、対米開戦の可能性をなんとか摘み取ろうと尽力してきた吉田善吾(よしだ ぜんご)海軍大臣はこうして国政の場から身を引いた。


 昭和15年9月3日の事だった。

 ◆本話においてのご注意◆

 本話では山本長官と吉田大臣が後の真珠湾攻撃に関する意見のやりとりを行っておりますが、現在これを証明する資料は発見されておりません。ただ小生の稚拙な考察の結果として、この当時における残された他の資料と情勢、二人の優秀な陸軍軍人を過労死に追い込む程だった日露戦争での戦争準備の例を鑑み、この時期に二人の間にこのようなやりとりがあったのではないかと考えておる次第です。しかしエビデンスは全く無く、飽くまでも小生一個人の考えた可能性の一つである事をご理解くださいます様お願い致します。




 色々ありましてお給料が36000円もうpしましたヽ(´ー`)ノ

 高いテンションのまま帰宅してすぐさま資料漁り開始!!


 日本特務艦艇物語と海軍割烹術参考書(復刻版)、海軍糧食史など、計10冊程を大人買いw


 特に海軍割烹術参考書は素晴らしいです。これで念願のマミャーさんが書けるZE(*´Д`*)

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