第五二話 「理由/其の二」
宗谷が涙する姿を明石が掛ける声を失ってただ眺めていたのと同じ頃。
友人である明石に食料の調達を頼まれた神通は、自身の分身である神通艦の甲板にその姿を現した。煌々と月と無数の星の光りで照らされる自身の分身を瞳に入れながらも、彼女はその美しさに見惚れる事はない。久々に明石が軍医の顔をして声を放っていた事がその理由であるが、甲板の中程を歩いていた神通はふとその足を止めて背後に位置する艦首甲板の方を振り返る。実は神通は以前にも先程と同じ表情をする明石を見た事があるのだが、それは彼女と初めて会った日の夜の事であった。
今と同じ様に青白い月明かりがサーチライトの様に照らしていた神通艦の艦首甲板。
そこでその表情を浮かべた明石は、荒れていた頃の神通を真正面から殴り飛ばした。その時は神通も本気で殺そうと思いっきり殴り返したのに、彼女の拳はまるで明石には通じなかった。だが当の明石からは神通を殴るのに際して憎しみという物が全く伝わってこず、逆に自身の記憶や悲しみを憎しみで覆っていた神通は、そんな明石によって纏わり着いていた過去から解き放たれたのであった。
『ふん・・・。』
無意識にいつもの短い口癖を放つ神通は、今はもう既にお互いの中では笑い話である当時の記憶を蘇らせて口元を緩めてしまう。あの決定的な事件から十年以上に及んだ自身の生き方は、いくら悔やんでも変えようと思っても、どうしても神通自身では曲げる事は出来なかった。とにかく二度とあんな思いはしたくないという一心で部下達の顔に拳を振り落とし、時には歯が折れるまで殴りつけた事もあった。次第に仲間達はそんな神通に愛想を尽かし始めて声すらも掛けなくなっていき、同じく5500トン級とされる二等巡洋艦の先輩達も次第に彼女とは目も合わせてくれなくなった。
だがそんなどうしようもない自分を常に傍らで支えてくれたのは妹の那珂であり、真正面から受け止めて彼女の生き方を変えてくれたのはあの明石であった。
甲板の真ん中で一人、感慨にふける神通。だがそこまで考えた所で、あの弱りきった宗谷も明石ならきっと助けてやれるのではないかと神通は思う。そしてそこに抱いた可能性に、神通はただの一つの疑問も抱かなかった。
明石なら、明石なら、きっと何とかしてくれる。
たった一言、そう脳裏で呟いた神通は顔を背後から正面に戻し、そんな明石が自分に託した役目を全うすべく歩みを再開させる。微かに艦内から漏れてくる乗組員達の歌声を耳にいれた神通はすぐさまそこに宴会が催されている事を察し、歌声の発信源である艦内のとある一室に向かって歩いていった。
『勝ったぞおおお!』
『『『おおお〜ッ!!』』』
なんとも勇ましい雄叫びを上げている乗組員達が円を作って座り、その中心や脇には沢山の料理とお酒が山の様に用意された神通艦艦内の大部屋。電灯が侘しく灯る通路からその様子を覗き込む神通は、そこにある料理の一部を失敬できるタイミングを窺っていた。
うるさい程に叫ぶ乗組員達は既に顔が真っ赤で、各々の周りには中身のなくなったビール瓶や一升瓶が数本ほど転がっている。その場に響く言葉を察するに、どうやら彼等の地元にある野球の球団の試合を上陸先で見物してきたらしく、しかもその試合は彼等が贔屓にする球団側が勝ったのだという。長く生きてきた神通は野球という物は見た事がないが、乗組員達のほとんどが熱烈に応援するその球団とやらの事は前から知っているのでさしてその光景に驚く事はない。
神戸生まれの神通艦はその船籍を呉鎮守府に置くのであるが、乗組員の殆どを占める下士官や兵は呉鎮守府管轄の地域にて集められた者達である。そして人口の多さと神戸生まれという境遇の神通艦に乗組んだのは、圧倒的に近畿地方出身者の者が多かった。彼等にしたら同じ関西弁を用いて会話する仲間達には親近感を覚えるのは当然だが、その趣味という一面ではこの近畿地方に籍を置く野球団の存在がまたもや乗組員同士の連帯感に対して貢献していたのだ。
やがて神通が部屋の中にある食べ物の品定めを終えると同時に、彼等は蓄音機を掛けてそこから奏でられる歌を大声で歌い始める。手拍子や碗を箸で鳴らした男達の歌声が響く中、神通は早歩きで部屋の中に入っていき、目星をつけていた皿や果物をホイホイと拾い上げては白い光りで包んで消していく。元来の性格から彼女は乗組員達に気付かれない様にとコソコソとするような事はできなかったが、すっかりお酒が回った彼等は周りから突如として消えていく料理に全く気付かない。
『『『青春の覇〜気〜!麗しく〜!』』』
まるで叫ぶように歌う乗組員達に神通は僅かに眉をしかめながらも、取り敢えずは目星をつけていた食べ物の全てを調達できたので、すぐさま彼等に背を向けて部屋を後にした。
再び侘しい電灯がポツンと灯る通路を歩く神通の背後からは、明らかに減った料理を気にも留めていない事を示す、男達の蓄音機から奏でられる曲に併せた歌声が木霊する。
『『『オ、オ、オオ〜!!大阪〜タイガ〜〜ス!!フレッ!!フレ、フレ、フレ〜ッ!!!』』』
後年、彼等が歌うその歌は一部の歌詞を変えながらも、日本で最も愛される野球団の球団歌として遺されて行くのであった。
その数分後、明石艦に戻った神通は、先程までいた自身の艦とは間逆な程に静かな明石の部屋でそこにある机に持ち帰った料理を並べていた。神通の右手から淡く白い光りが放たれると同時に、子気味の良い音を放って机の上にはお刺身や漬物等が盛り付けられたお皿が列を作っていく。
微かながらもそれらが放つ美味しそうな匂いを認めた明石は忘れていた空腹感を再び覚えながらも、背後の机から正面のベッドへと顔を向ける。もちろん明石のその瞳に写ったのは、ベッドの上で薄っすらと目を開けて天井を眺める宗谷の姿だ。彼女の顔の色は相変わらず青い感じがするが、輸液の処置が効き始めているのか青紫だった唇は赤い色を取り戻しつつある。それは彼女における回復の兆しであるものの、明石はその事を理解しても表情を変える事はない。まだまだ宗谷は立つ事すらも出来ないし、何より先程明石が示した決定的な回復の方法を彼女が明確に拒否したからだった。
『宗谷・・・。』
明石は宗谷が放った言葉にかける言葉を失いながらも、なんとか自分が示した回復の方法を採る事をすすめる。
『ち、ちゃんと食べないと・・・。』
『・・・・・・。』
明石の語り掛けに対し、宗谷は無言のまま小さく首を横に振ってその意志を伝えた。薄々と予想していた宗谷の返答によって明石は再び声を失ってしまう。
本当ならその口に無理やりにでも食べ物を詰め込んでやりたいぐらいなのだが、宗谷にその意志がない以上吐き出されて終わりである。そして単純に彼女の意志を変えようにも、宗谷は明石の言葉に耳を貸す気配がない。その状況に明石はどうした物かと必死になって頭を捻るが、その対処法は全く持って思いつかなかった。
『・・・。』
『どうしたんだ、お前等・・・?』
いま来たばかりで状況を把握できない神通が皿を並べ終わって声を上げるが、宗谷も明石も無言のままで部屋にはどこか気まずい沈黙が溢れていく。
そんな中で、突如として明石は体を捻って料理が並べられた机に手を伸ばした。机の脇に立っていた神通は明石のその行動に、彼女が何か今という状況を解決する為の策を思いついたのではと察する。
しかし神通は明石の表情が先程別れた時とは変わっている事に気付いていなかった。軍医という艦魂社会でも珍しい立場を頂く明石だが、それが消えた彼女はもう一つの特徴を遺憾なく発揮し始める。もちろんその根底にある物は、今日は何も入っていない明石の胃袋の事情であった。
刺身を盛ったお皿を手にとって身体を宗谷に向けなおした明石は、宗谷が視線をこちらに向けてこない事を確認するとその皿の端を口につけてひと思いに傾ける。お皿の上に盛られていた刺身の群れは皿が傾けられて事によって重力に誘われると、抵抗する事無くその先にあった明石の大きく開いた口へと流れ落ちていった。
『んっ・・・んっ・・・。』
手のひらに山盛りになる程もあった刺身は一瞬で明石の口に収まり、彼女はその食感を確かめるように大きく顎や頬を動かしてその度に唇の隙間から呻き声のような声をあげる。その表情には既に軍医の色はなく、患者を前にしながらも空腹に負けた彼女は食いしん坊ないつもの自分に戻っているのだった。
そんな明石の様子を背後から眺めていた神通は、ようやくこの時になって彼女の顔から軍医の色が抜けている事を認める。刹那、神通はいつの間にか振り上げていたげんこつを明石の頭に落とした。
『馬鹿者が!』
『ふんげっ・・・!』
危うく舌を噛みそうになった明石は頭の激痛に顔をしかめながら、背後からの奇襲というなんとも卑怯な方法で攻撃してきた神通に顔を向ける。
『な、何すんのよ・・・!あいだだ・・・。』
明石は怒りを込めた視線を神通に投げるが、げんこつによるダメージの耐えながら友人を睨みつけて、なおかつ口の中にある刺身を飲み込もうとしており、その身は中々に忙しい。もっともお怒りの神通はそんな明石の事情など知った事ではない。せっかく宗谷の治療の為と思って明石の言葉に従った神通なのだが、いきなりそれを患者よりも先に自分で食してしまった明石の姿は神通の怒りを沸点に到達させるのには充分な事だった。彼女は身体を折って顔をしかめる明石に自身の顔を近づけると、彼女の頭を鷲掴みするかのように右手を乗せ、左右に揺さぶりながら声を荒げる。
『お前、自分の空腹の為に私に食い物を持って来いと言ったのか?ああ?』
『そ、そりゃ、宗谷の為だけど・・・!』
『だったら何で涼しい顔で食ってるんだ!?』
神通への怒りはまだ収まらない明石も、その言葉にはちょっとだけ後ろめたさを覚えてしまう。患者の前であるとは言え、どうしても自分の胃の状況に耐えられなかったらだ。神通によって頭を抑えられながら、明石はちょっとだけ口を尖らせながらも視線を床に落としてすまなそうに声を返した。
『だ、だって・・・、今日は朝からなんにも・・・。』
『自分の都合で言い訳をするな、馬鹿者が!』
ゴン!
『あいてっ・・・!』
二度目のげんこつが叩き落されて明石はついにその牙を折られてしまう。もちろん本気で怒った神通がこの程度で済ます事はない為、げんこつ二発を含んだ明石への所業は彼女が心の底からご立腹ではない事を示していた。
しかしやはりと言うべきか当然と言うべきか、背も高くて力も強いこの人のげんこつによるダメージは半端な物ではない。しかも手加減という言葉を知らないから尚更に質が悪い。両手で頭を抑えて悶え苦しむ明石はしばらく顔を上げることが出来ず、神通によってガミガミとお仕事に対するお説教を受けるのだった。
『・・・・・・。』
そんな中、騒がしい二人のそのやりとりを宗谷は黙って見守っていた。
力強さが微塵も感じられない瞬きを伴うその瞳には、帝国海軍の艦艇として生を受けた二人の姿が映る。自分に治療を施してくれた明石もそれを怒鳴りつける神通も、戦う事が運命とされた者達であり、宗谷はそんな二人に同じ船の魂でありながらも親近感等という物がちっとも湧かない。しかし不思議な事に宗谷が目にする二人の顔には、長く彼女が忘れていた感情が明確に現れているのだった。
『・・・なん、で・・・。』
かすれた様な宗谷の声は明石や神通の会話に比べれば小さな声であったが、突如として響いたその声に二人は会話を止めて宗谷に顔を向ける。するとそこには、すがり付くような表情で二人を目に映す宗谷の姿があった。初めて自分から声を発してきた宗谷に明石と神通はちょっと驚くものの、宗谷は二人が声を返してくる前に先程言い掛けた事を声に変える。
『なんで、そんなに、楽しそう・・・なんですか・・・?』
宗谷の口から発せられた問いかけに、明石と神通は表情をそのままに二度目の驚きを覚える。明石にしたら彼女の事で頭を捻りながら空腹と激痛に苦しめられている真っ最中であったし、神通にしてもお仕事に取り組む姿勢という物をげんこつを用いて艦魂としての後輩である明石に叩き込んでいる所である。そこには宗谷の口にした「楽しい」等という言葉は微塵も込めていないつもりなのだ。
しかしようやく宗谷が口を利いてくれた事に明石はちょっとだけ気を緩め、ゆがめた笑みを浮かべて宗谷に対して声を返した。
『あ、あはは・・・。楽しそうに見える?メチャクチャ痛いんだけど・・・。』
タンコブができた頭を撫でて明石はそう言うと、すぐ真横に立っている神通に向かって視線を流す。苦笑いを浮かべながらも恨みを混ぜた視線を向ける明石だったが、それに気付いた神通が顔を僅かに近づけてギラリとひと睨みするとすぐに明石は視線を逸らす。
文句があるなら、かかって来い。
そんな感じの言葉を無言で叩きつけられる明石は、悔しそうに口を尖らせて宗谷に視線を戻した。ベッドの上に横たわる宗谷は、虚ろな瞳で明石と神通を交互に眺めている。だが宗谷はその顔にまだ表情を作るだけの元気は無いらしく、細く今にも泣きそうな瞳による視線を向けてくるばかりだった。
やがて明石は痛みが引き始めた頭を撫でながら、なぜ彼女が死を願っているのかを思い切って問いかける事にした。彼女の事情を考えた上での問い方を必死に模索していた明石なのだがその答えは一向に浮かばず、それ故に掛ける言葉も見つからない。だからその問いかけは、頭に浮かんだ言葉をそのまま声にする事で実現しようと明石は決める。
『ねえ、宗谷・・・。』
『・・・。』
『どうして死にたいなんて言ったの・・・?』
『・・・・・・。』
僅かに驚きの色を滲ませた表情の神通を背に、明石は宗谷の脱力しきった手を握って問いかける。そっと手をすくう様にして握った明石だが、その手の主である宗谷は握り返してくるような事はない。やがて宗谷は横になったまま首を捻り、明石の顔をじっと見つめてゆっくりと声を返した。
『人間に・・・、これ以上、つきあいたくない・・・。』
『人間・・・?』
『私が生きるには・・・、に、人間達の、都合に、従うしかない・・・。もうそんなの、嫌です・・・。』
まだまだ覇気を伴わない宗谷のかすれた声であるが、そこに感情が篭っていない訳ではない。彼女は言い終えると同時に、再びその頬に涙を伝わせる。嗚咽に苦しむ声を発する事無く、ただ静かに涙を流すだけだけであった。
一方、宗谷の回答を耳にした明石と神通は、その言葉の意味がイマイチ理解できずに顔を見合わせる。同じ船の精霊である彼女の言葉は恐らくは乗組員の事かと察する二人だったが、彼女達はこれまで乗組員に不満を持つ事はあっても、それを人間という括りにして考えた事などない。一人一人を見ていけば嫌いな人も好きな人もいるが、何もそれは人間に限ったお話ではなく、現に神通は帝国海軍の艦魂達の中では圧倒的に嫌われている部類の人物である。
しかし宗谷の言葉は嫌いな者とは関わりたくないという物ではなく、人間という存在その物を嫌うかののような物であった。そして明石は彼女の言い様から、それがこれまでの宗谷の生きてきた過程によって生まれた物なのではないかと考える。
『ねえ宗谷・・・。人間達と何かあったの・・・?』
明石がそう言うと、宗谷は目を閉じて明石とは逆の方向に顔を向けた。問いかけに対する回答を拒否したようなその動作だが、宗谷は明石に握られた手を退けるような事はしない。そして神通と明石から見える宗谷の頬の輪郭は、何かを言いたげにしている彼女の心の内を声もなく伝えているのだった。
その事を認めた明石は宗谷の手に自身の両手を重ね、少しだけ胸元に手繰り寄せて静かに言った。
『宗谷・・・。話してくれないかな・・・?』
『・・・・・・。』
明石の声が響き終わっても宗谷は無言のままで、しばしの間、部屋は重苦しい沈黙によって支配される。だがふと明石は手にそれまで無かった感触を覚えて視線を落とす。そこには宗谷の手を挟むようにして重ねていた明石の両手を、まだ力の入らない状態であるにも関わらず精一杯握り返す宗谷の手があった。
やがて宗谷は一度大きく息を吐くと、明石と神通とは逆の方に顔を向けたまま話し始めた。
『私が、海軍の船として、作られた訳ではない事は、ご、ご存知ですよね・・・?』
『うん・・・。去年の11月に民間から買い上げされて編入されたんだよね・・・?』
明石の返答を受けた宗谷は小さく頷くと、弱々しいながらも少しだけ力が篭った声で続けた。
『私は、2年前の2月16日に、長崎の香焼島という所にある、小さな造船所で生まれました・・・。』
声を発する事はなかったが明石は宗谷の言葉に驚いた。なぜなら2年前の長崎と言えば、彼女が生まれた頃の事なのである。進水した日に艦魂は物心がつくようになるのだが、昭和13年の6月29日が明石艦の進水した日であるから宗谷は彼女よりも少し年上という事になる。
明石はその事から脳裏に残る佐世保の海を辿りつつ、宗谷の話に黙って耳を傾けた。
『その造船所は、か、川南工業という会社が、買い取ったばかりで、造船のお仕事は、私の前にはまだ数件しか、請け負ってなかった・・・。でも会社の人達も、工員さんも、ソビエトから請け負った私達の造船を、とても喜んでた・・・。進水の前だからなんとなく、ですけど、槌の音と一緒に、い、いつも笑い声がしてたのを覚えてます・・・。』
静かに自身の事を話す宗谷だが、その話を聞きながら明石の横に来てベッドの端に腰掛けた神通は宗谷の声の大きさに合わせるかのように小さな声を放つ。その内容は明石もまたふと疑問を抱いた事であった。
『私達といったか?宗谷。』
『はい・・・。ソビエトから請け負ったのは、音響測深儀を装備した、耐氷型の貨物船で、隻数は3隻・・・。私はその、2番目、なんです・・・。』
『つまり、姉と妹がいるのか・・・。』
目を細めて宗谷の話を聞く神通を、明石は横目でチラッと見る。神通はおくびにも出さないが、彼女もまた宗谷と同じく3姉妹の中の次女であり、その事は神通の宗谷に対する親近感を僅かに抱かせるのだった。やがて神通は宗谷への食事と一緒に調達してきたビール瓶を取り出し、蓋を開けると唇の添えて傾ける。
その間にも宗谷の口からは、彼女の生い立ちが語られていく。
『あ、姉は、前の年の8月に進水してて、名はボルシェビキ・・・。私は、ボロチャエベツと、名づけられました・・・。そして、10月20日に、妹のコムソモーレツも、やっと進水出来ました・・・。私達は、船籍を置く港も、ペトロパブロフスク・カムチャツカキーと、決まっていて、船尾にも既に、ロシア語でそれを記載してました・・・。だから、あの頃は、姉と妹と3人で、ロシア語や、オホーツク海の事なんかを、暇さえあれば、べ、勉強してた・・・。』
そこまで言ったところで宗谷は、それまで明石や神通とは逆の方に向けていた顔を天井へと向けた。やっとの事で宗谷の表情を見る事が出来た明石と神通だが、二人はそれを喜ぶことは無い。宗谷が天井を瞳に映すと同時に、彼女の両目からは再び涙が零れて行くからだった。
明石と神通が心配そうな表情で見守る中、宗谷は少しはを噛み締めながら声を上げる。
『でも、前の年に始まった支那事変で、艤装に必要な鉄材の値段が、日を追う毎に高くなってしまって、私達の竣工は、お、大幅に遅れてました・・・。そしてその内に、海軍が会社に、圧力を掛けてきて、私達のソビエトへの受け渡しは、出来なくなった・・・。あんなに頑張って覚えた、ロシア語も、全部無駄になった・・・。』
『そ、そうだんだ・・・。』
明石はそう声を返すものの、宗谷達の苦労を水の泡とした原因が自分が所属する海軍にあると知って、なんだか宗谷と顔を合わせ辛くなった。今まで海軍の一員である事を誇りに思い、それを疑う事など一度もなかった明石だが、自分がそうして過ごしてきた裏に宗谷のような同じ船の魂の悲しみがあるという事を彼女はこの時初めて知った。そして同時にさっき宗谷が口にした人間への嫌悪が、この海軍の横槍や支那事変の事を指しているのであろうと明石は察する。
決して宗谷は明石や神通に対して憤りの矛先を向けてくる事はないが、その原因が自分達も籍を置く海軍にあると知った明石は宗谷に返す言葉をまたしても見失ってしまう。自身の手に挟んでいた宗谷の手を擦りながら、明石はなんとか宗谷の無念を癒そうとして呟くように声を放った。
『せっかく、覚えたのにね・・・。ロシアの言葉・・・。』
『いいえ・・・。可哀想なのは、私達よりも、会社や造船所の、人間達でした・・・。』
『え・・・?』
意外な宗谷の言葉に明石は驚きの声を口にする。
宗谷は人間との関係を絶ちたいが為に死をも望んでいた筈なのだが、そんな彼女は自身の苦労が無駄になった事よりも彼女の分身を建造した人間達の方こそ無念だったのだという。そして彼女の言い方は、何かその人間達に対して同情的ですらある。
どうにも宗谷が人間を嫌う理由が明石にはまだピンと来なかったが、再び宗谷が声を放つのと同時にさらに力を込めて明石の手を握ってきた事を受けて、彼女はその理由がまだ語られていない宗谷の過去にあるのだろうと悟り、今は自身の疑問を敢えて声に変えない事を決める。
そして手から伝わってくる明石の温もりに身を預けるようにして話し始める宗谷に、自分達への拒絶するような感じが薄くなっている事を確認した明石と神通は、吐息の音すらも消して耳を傾けた。
以下は所謂ネタですので本気で受け取らない様、お願い申し上げます。
また、下記内容に併せて艦魂会のサイトもご覧になって頂けると、以下のネタの内容がちょっとだけ楽しめるかと思います。
では、ナレーションはゴノ〇ゴの声でどうぞヽ(´ー`)ノ
@傳一の独り言@
そんなことより聞いてくれ>>1よ
拙作とあんまし関係ないけどさ
先日、台場の「船の科学館」行ったんです。「船の科学館」。
そしたら"海を守るコーナー"が、なんか人がめちゃくちゃいっぱいで写真とれないんです。
で、よく耳を澄ましたらなんかそこにいる奴等が口々に、「シルバーウィークでよかった」とかホザいてるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、5連休如きで普段来てない「船の科学館」に来てんじゃねーよ、ボケが。
5連休だよ、5連休。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人で模型背にして家族写真か。おめでてーな。
よーし大和バックに撮っちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、実家の大和(1/350 タミヤ製)やるからその立ち位置空けろと。
"海を守るコーナー"ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
ショーケース越しの向かいに立った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
撮るか撮られるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、やっと写真撮れるかと思ったら、隣の奴が、『これが戦艦大和で』、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、戦艦大和なんてきょうび誰でも知ってんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が『戦艦大和で』だ。
お前は本当に戦艦大和を好きなのかと問いたい。
問い詰めたい。
小1時間、問い詰めたい。
お前、戦艦大和って言いたいだけちゃうんかと。
"海を守るコーナー"通の俺から言わせてもらえば今、"海を守るコーナー"通の間での最新流行はやっぱり
霧島艦、これだね。
霧島艦。これが通の呼び方。
○○艦ってのは昭和じゃなくて明治から大正初期で使ってる呼び方。そん代わり軍事業界での使用率が少なめ。これ。
で、それに金ピカの霧島の模型。これ。最強。
しかしこれで呼ぶと昭和では海軍でもあんまり使ってなかったから海軍研究家に潜りとしてマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、普通に戦艦とでも呼んでなさいってこった。