表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/171

第一五八話 「南部仏印への一歩」

 昭和16年7月29日。

 昨晩にナトラン湾を発ったふ号作戦部隊の大船団は、仏印の南岸に位置するサンジャックの東方、チオアン沖に進出。明石(あかし)艦や佐多(さた)艦が所属する海軍の補給隊は仮泊のみであるが、足柄(あしがら)艦率いる本隊と陸軍船団の一部はサンジャック沖へと足を進め、陸軍の近衛歩兵第四連隊を中核とする部隊を現地の砂浜に上陸させた。ちなみに政府間協議の賜物か、今回の進駐は相手側の仏印総督府も含んで正式に平和進駐という事で了解を得たらしく、サンジャックの砂浜に上陸した陸軍部隊の面々は仏印側の兵士達の出迎えを受けた。近場に有る要塞の指揮官がその最上級の立場の方だそうで、連隊長や大隊長らと懇談する様は岸の向こうで波間に揺られながら見守る船団からも双眼鏡越しに認める事が出来る。

 とりあえずはお互い、銃火を灯す事態は避けられた様だ。



 またサンジャックの湾上の地形のあちこちには、アジア最大級の河川であるメコン川を含めた多くの河口がいくつか口を開けている。その支流のひとつを遡上する事で、仏印一の大都市であるサイゴンへと向かう事が出来るのだが、メコン川を筆頭にこの辺一帯の河川はどれも世界でも指折りの大河と言うだけあってその川幅と水深は極めて大きく、そこそこのお船であっても川登りを可能にしてしまう程である。サンジャックは言わば仏印の玄関に当たり、明日にはいよいよ陸軍の本隊をサイゴンへ揚陸する予定だ。

 ただ残念な事に海軍側の作戦部隊旗艦である足柄艦はあまりに巨体過ぎて川を遡る事は出来ず、陸軍船団の護衛はひとまず第五水雷戦隊と第二根拠地隊の一部艦艇に任せる事になった。


 翌、7月30日。

 陸軍船団と海軍部隊の一部はいよいよサイゴン川を遡航し始め、左に右にとうねる川の流れを一列になって進んで行く。補給隊からも明石を含めた数隻がこの列に加わった。海に比べれば静かな川面を持つサイゴン、すなわち上陸場所たる現地において五水戦や第二根拠地隊の艦艇達に燃料を補給する傍ら、サイゴンの港湾で工作案件が出た場合の処置として明石艦を派遣するらしい。


 おかげで明石にとっては初のサイゴン市訪問となった訳だが、それ以前に実は川という領域へ舳先を進めるのも彼女には初体験であった。

 元々好奇心は大変旺盛なのでどんな光景が目の前に広がるのかと半ば嬉々として遡航に挑んだ明石だったが、のっけから川という物とはだいぶイメージの違う色合いをそこに目にして驚いてしまう。

 明石艦上甲板中央部にて舷側に張られた鎖の手摺越しに明石は乾舷下を眺め、その隣で相方が南部仏印の熱帯模様を興味深そうに見学してるのもそっちのけで、思わず歪んだ音色で呟いた。


『うわあ・・・。まっ茶色ぉ・・・。』

『練習艦隊の時、フィリピン辺りでこういうの見たなあ、オレ。汚いっぽいけど、こういう川って結構これで魚も多いみたいだよ。』

『うっへぇ・・・。気色悪い・・・。』


 明石は終始表情を苦い物としている。

 海を生きる場とする海軍艦艇の命ながらも、日本生まれの彼女にしたら一般的な日本人の感覚を持っているのは人間と変わらない。行った事は無くても川と言われれば、山間を縫って海に注ぐ淀みのないさらさらとした清流、なんてのをつい連想してしまうし、呉軍港でよく見る二河川や堺川も底の見える比較的綺麗な河川である。豪雨の日に土砂と混ざってできた泥水その物みたいな仏印の川の色は、そんな明石の感覚とは天と地程の差が有った。

 現地の人の耳に入ったら『なにを、コノヤロー!』と石でも投げられかねない程に失礼な呟きだが、もちろん悪気は無い。初めての川登りだと楽しみにして手前、反動がちょっと大きかっただけである。


 それにこの時、思わぬ所であったが、明石は相方のちょっとした思い出をその口から聞く事が出来た。


『日本にも山奥だとこういう川ってあるよ。オレの実家のすぐ傍にも流れてた。』

『お? 森さんのおうち? 川流れてたの?』

『うん。小さい川だよ。川幅だって3メートルくらいさ。大蜂(だいばち)川って名前で、雨が降るとよく暴れる川だったけど、まあでも普段からこんな茶色く濁った色してた。でもナマズにフナ、それからコイとかも一杯獲れるんだ。よく網仕掛けて、晩飯になってたなあ。』


 別に内緒にしている訳でもなかったが、(ただし)はあんまり自分の話を明石にした事はない。明石も相方の昔話をせがんだ事はこれまで殆ど無く、よくよく考えたら彼の持つ時間軸の中で彼女が知るのはほんの1年半くらいである。艦の命である自分と違って忠はその年齢と同じく24年も生きており、経過年だけ見たら彼女より20年以上も過去を積み重ねてきた筈だ。

 長い長い経歴において、自分達艦魂にはない幼少期なんてのも経たりしてきた中、彼は一体何を見、何を聞いて、何を考えてきたのだろうとふと思うと、とたんに明石は相方の過去が知りたくなる。少なくとも眼下の茶色に濁った川の流れよりはよほど魅力的だった。


『へぇええ〜。お魚獲れたんだぁ。それに川が暴れるって言うんだ? 氾濫するって事、だよね?』

『あれ? 川が暴れるって言わねぇ? え、方言だったのかな?』


 過去の記憶がちょっと垣間見れたと同時に、普段は恥ずかしいからと封印している方言を口にした事に忠は笑みをはにかんだ物にするも、明石にはそれが可笑しくてたまらない。ここぞとばかりに大いに笑い声を上げ、ついでだからとその場で忠の昔話を楽しむ事にした。川登り自体にはあまり学ぶ事も興味をそそられる事もなかったが、明石にとっては久々に相方との面白い会話の時間を得たのだった。





 さて、そうこうしている内に明石艦を含めた船団は、南部仏印最大の都市であるサイゴンの港に到着。

 川べりにある港と言えば手漕ぎの木船が繋がれたりしてるちょっと侘しい光景を日本人なら思い描いてしまうが、大河の支流に位置するとは言えサイゴン港は上海にも似た極めて大きな港であり、コンクリート製の岸壁や桟橋は勿論、立派な起重機や物資移送用の軌道も設置された近代的な港である。水先案内の交通船や曳船も当然居るし、構内で動く物は労働者よりもトラックの数の方が断然多い。船団とは別の貨客船も何隻か既に舫いに繋がれており、近隣に飛行場もあるのか頭上を水鳥と共に轟音を唸らせて飛んでいく旅客機の影が流れていく。港の倉庫街の向こうに見える街並みにも、横浜や長崎みたいに西洋風の建物が数多くその独特な屋根を覗かせ、日本の地方都市と比べればずっと都会の色が濃い地であった。

 そんなサイゴンにて船団は今日は港とその付近に一時仮伯し、本格的な陸軍主力の上陸は明日である。港内には今回の作戦部隊とは別に、偶然にも寄港中であった日本の商船旗を掲げる船舶が何隻か居て、船団が仏印への進駐を果たしにやってきた祖国の精鋭だと知るや、その船員さんや乗客が甲板に出て万歳を歓呼。即席で作ったのか片手に持てるくらいの日の丸を振って歓声を送り、上陸を前にして緊張感に縛られた兵隊達に一片の笑みと晴れやかな使命感を与えてくれた。

 ただ、日本と仏印の両国が既に平和進駐に合意済みであるから、翌日朝10時頃より始まった陸軍の上陸には混乱は全く無く、桟橋に隊列を組んで歩いていく陸軍の兵隊さんはもちろん、徴傭船の起重機で降ろされる軍馬や戦車、火砲なんかも実に整然とした作業でサイゴンの地に並べられていく。港湾労働者たちも仕事そっちのけでその様子を見物に来る有様で、実に発砲音とは遠い軍事行動の幕開けであった。


 一方、明石艦はサイゴン港の桟橋の一角に横付けし、諸処の工作任務に従事すべく艦内の工作区画には賑やかさが注がれ始めていく。

 おかげで明石は陸軍の上陸作業をとても近い所から観察する事ができたのだが、見慣れぬ陸戦兵器や初めて目にした軍馬などよりも、むしろ毎日目にしているお船の方、すなわちすぐそこで物資の搬出作業中の陸軍の徴傭船の姿に視線を釘づけにしていた。


 彼女らと明石は一応は同じ船ではあるも、立派な帝国海軍生まれの艦艇である明石艦が民間船を間近にするのは、実は結構珍しい。母港の呉軍港は帝国海軍の中枢だから民間船は希にしか来訪しない上、軍港内の桟橋に繋がれる事もまず無い。洋上でも明石艦が行く先は海軍の作業地が殆で、その近くでは当然、海軍による演習が行われているから、むしろ民間船は近づかないようにと措置されている。航海中に遠目から見る事は有っても、明石艦と同じ場に民間船が停泊して何某かの作業をしているという光景は、本作戦行動において初めて見られた物であった。


 そしてそれ故に明石は、船舶におけるとある艤装の重要性を作業中の徴傭船に見つけたのである。


『えーっと。あれって戦車・・・だったっけ、森さん?』

『そっか、陸軍の装備品なんて、明石達が見る事ってないもんな。ああ、あれは戦車だよ。昔見たのより随分小さいけど、3人乗りくらいかな?』


『全部鉄でできてるから、重さは5、6トンは絶対有るよね。安全も考えると、10トンくらいのデリックが無いとダメか。ふむふむ・・・。』

『・・・?』


 何事かを聞いたかと思えば今度は一人ぶつぶつ呟き始める明石。

 勤務中の忠をちょうど見つけて声をかけてきたのでいつもの様に会話を楽しむのかと思いきや、彼女は考え事があるらしく忠には目もくれないで徴傭船より降ろされる戦車をまじまじと眺めている。顎の辺りに人差し指を添えて首を僅かに捻り、あれこれと数字や重量単位を口走って思考する彼女を、忠は不思議そうな表情で横目で見つめるばかりになってしまう。

 だがこの時の明石は、自分も含めた貨物を扱うお船にとってとっても大事な物を改めて見出した所で、視線の先にあるお船に備付けられた多種多様な起重機がその中心であった。

 海軍艦艇に限らず、そこそこ大型な船舶の多くには必ず装備されている起重機だが、例えば巡洋艦や戦艦の類に装備されている物と民間の貨客船に装備されている起重機は主目的がちょっと違う。いわゆる軍艦に装備された起重機は搭載する水上機と装載艇の揚収に使う為に有り、物資の上げ下ろしに使う時も日常では確かに有るのだが根本的な装備の目的は前者に有る。一方、民間の貨客船に装備される多くの起重機は後者の方が主目的で、しかも装備されている数も種類も軍艦よりはるかに多い。寄港した先の港湾が近代的な起重機が設置されていない場合を想定しているからで、この日本だけを見ても神戸や横浜の様に大きなクレーンが林の如く威容を誇っている港というのは、実は片手で数えるほどにしか無い。世界に目を向ければ起重機は言うに及ばず、桟橋や防波堤どころかそもそも港の水深自体が不足している所だって殆どである。世は科学万能の20世紀なのだが、荷の揚げ降ろしに関わるくらいに港湾設備の貧弱な港は決して珍しくは無いのだ。

 その中において船舶装備の起重機とは、その船舶がそのまま寄港できる港湾から、そこから逆算される航路や行動可能な海域へと直結する非常に重要な艤装で、その重要度は海図や羅針儀に比べても引けを取らない物なのである。事実、この観点を海軍もよく理解し、次いで重要視している手前、今回の作戦にて明石と帯同している海軍の徴傭船達は、その傭船契約時に速度や総トン数と共に装備起重機の能力を重要な評価項目としており、傭船料においても優良な場合には能力に応じて加俸を付ける事を規則にて決めている程であった。


『なるほどぉ。どうりで私の分身にも起重機がいっぱい付いてる訳だ。扱う部材や物品の受け渡しだって満足にできなくなるんだもんね。』


 改めてお船にとっての大事な物を知った明石が大きく何度も頷きながらそう声を出す。また一つ賢くなれたと思うと表情もとたんに明るくなり、もはや隣で明石の突然の笑みにちょっとビックリしている相方にも構ってあげる余地はない。新たに得た知識を一人納得して上機嫌となった彼女は、懐から取り出したノートにさっそくそれを記す。『どうかしたの?』と忠が聞いても短い笑い声以外に言葉は返さず、作戦開始早々に新たな発見を独占する喜びにしばし浸るのであった。






 そしてちょうど同じ日。

 仏印から北北東へと地球儀をなぞった所にある日本の、その中枢ともいうべき都市東京。

 徳川家康の開闢以来、400年近い時を経た後、明治維新の開化で世界有数の大都市となったこの地には、日本の国政を取り扱う国会議事堂はもとより、各省庁や大企業の本社が居を構えて行政と経済の中心として機能しているのは言わずもがな。精神や尊厳といった意味でもその中心はこの東京に他ならない。

 畏れ多くも天皇陛下の住まう宮城はその構成要素の中でも一等に値し、かの二重橋を望める広場の近くでは最敬礼をする親子連れの姿が今日も見られる。御苑の鳥達も最敬礼のつもりか、鳴き声は静かで羽ばたいていく様も行儀よく隊列を組んでの編隊飛行。宮城を守護する近衛兵に負けぬ程に規律を重んじる姿であり、国の中枢に相応しい場を自然の側からも整えようとしているかの様だ。




 現人神である天皇陛下をその焦点とするのだから無理もなく、それは栄えある帝国海軍軍令部総長たる永野修身(ながの おさみ)海軍大将であっても同じだった。


 宮城内の陛下が執務を執り行う間にて、その光景は見て取れる。

 恰幅の良い身体に二種軍装を纏って軍帽を小脇に抱え、わずかに白髪混じりの薄い髪の毛の頭を深々と下げて姿勢を維持する高年期の彼は、その格好を微動だにしない。前方にある高価そうな執務机の足の部分だけは視界に入っているが、そこに腰かける現人神の顔に光丸眼鏡の光沢はもとより、四肢すらもおいそれと目に入れる事を憚る。

 畏れ多くも、という言葉極まれりといった所で、やがてやや高めの声と非常にゆっくりとした口調という独特な語りが流れてくると、永野はようやく身を起こして伏せ目がちにだが正面の人物と正対した。


『・・・侍従武官の(じょう)より、昨日の話は聞いている。連合艦隊司令部の、第一艦隊司令部兼務を、解くという事であったな。』

『はい。ご賢察、痛み入る次第で御座います・・・。』

『では、本日これよりの上奏は、先の南部仏印進駐に関する、海軍の考えであるか。』

『はい。仰せの通りに御座います。』


 和風の粋を極めた、静かな中にも煌びやかな雰囲気の装飾類で溢れる部屋の中だが、永野は視線を眼前より逸らす事は無い。固く結んだ唇の脇を僅かに滲んだ汗が滴り、袖の影に隠れる硬直した拳にも同じ物が握られている。緊張感に満ちた状態の老体には面前から来るゆっくりとした声すらも刺激になり、一言一句に反応して小さく頷いたり姿勢が足元から僅かに揺れるなど、直立不動の中にも恐懼する心境が至る所に垣間見えた。

 その一方、そんな永野の姿勢を見抜いてか、それとも長くじっくりと本日只今の議題を談義する意気込みの表れなのか、眼前の人物より永野は椅子を勧められ、深々と礼をしながら感謝の弁を述べると静かに腰を下ろす。その年齢を重ねる中で酷使したであろう膝がやや悲鳴を上げていたが彼は労わる事もあえてせず、既に声にも出された南部仏印進駐に関する話をさっそく話題の核へと位置づけて述べ始めた。

 永野の語るそれはいわゆる「ふ号作戦」の推移や経過の類で、海軍軍令部総長たる立場もあって自ずから海軍側の話題が主であった。


 この部隊はどこに集結して何時から行動を開始し、何日にはどこそこの地にこの様な方法でどの部隊を展開します。指揮官の司令長官はこの人で、大体このくらいの時期にこういう形で報告してくる予定です。

 また先に示したこういう構想に対し、進捗はこのくらいでこういう展望があります。


 といった具合に詳しい報告を理路整然と一つずつ、これ以上ないくらいの丁寧な口調で永野は上奏していく。説明を受け取る相手は黙ってそれを耳にし、時に永野の言葉に頷いたりするくらいで遮るような事は無く、小難しい言葉の並ぶ語りにも関わらず粗方を話し終えるのにそれほどの時間はかからなかった。

 だが永野の本日の使命はこれで終わりではない。語りを終えて座ったままで一旦息を整えている中、再び彼にはあの特徴的な調べの声が面前よりかけられる。

 万世一系の大君はその眼差し同様、声の強さと鋭さの具合を一段階増した物としていた。


『・・・進駐に伴い、世界各国との情勢、とりわけ米国との関係は、どのような物となるか。野村の行っている交渉に、影響は無いのか。米国との戦争状態の可能性も、現実になる恐れは大となるのか。これを海軍はどう考えているか、率直に述べてみよ。』


 瞬間、永野は小さく頭を下げて返答の第一歩を示しつつ、胸の中でいよいよ来たなと心胆を引き締めにかかる。なぜなら現在進行中の南部仏印進駐と米国との緊張加速は、一部の識者や政府関係者、そして永野が属する帝国海軍の上層部でも内々で何度も議題に上がった展望だからで、海軍を統帥すると憲法で定められる相手を面前にすると解った時からこの話に及ぶ事を永野は覚悟していた。

 ただ、これより奏上するにあたって気がかりな事は、内容があまり御宸襟を快くする物ではない事である。この日本に大きく国力が劣る弱小国ならまだしも、相手が世界で最も豊かな国である米国を向こうぶちに回しての戦争を見据えたお話であったから無理もない。その事の重大さをはやくも憂慮されたのだろうと察しつつも、永野は椅子を立ちあがると正面に位置する執務机の上に両手で書類を進め、再び椅子へと戻ってから本日の奏上における核となる議を語り始めた。


『海軍と致しましても戦争は避けたい所存で御座いまするが、ドイツ、イタリア、我が国の三国同盟の建前上、米国とは必然的に対立関係となる公算が大と見ております。同時に本件により、昨年来の日米交渉も纏まらず、米国は抑止措置として色々と外交、経済面での圧力をかけてきている次第で御座いまして、昨年の日米通商航海条約破棄、くず鉄の輸出禁止、そして先日の日本資産凍結と推移しております。次には石油資源の全面輸出禁止を行ってくるとの通告もあり、実際にそうなります予想が非常に大きい情勢で御座いますが、この様な情勢を前提とした場合になりますと、燃料の石油資源の貯蔵量が海軍としては2ヶ年分しか御座いません。ましてや戦争となれば、一年から一年半ですっかり無くなります。以上の状況を鑑みますと、時事窮迫して戦争遂行の意志を持つのならば、かつての日露戦役の如く、我が陸海軍による先制の形、すなわちこちらから打って出ての開戦とせねば、勝機は無いと考えております・・・。』


『・・・・・・。』


 永野の発言が終わると同時に、両名の間にはしばしの沈黙が流れる。

 語りかけた相手は永野の発言を耳にしながらも、机上に提出された資料を手に取って目を通しており、ページを一枚一枚捲っていく手の動き、紙上に這わせていく丸メガネ越しの視線の流れが極めて緩慢な所は、強い興味に裏打ちされた熟読ぶりを示していた。永野は僅かに視線を落としてその沈黙を耐えるようにじっと待つのみで、今しがたの説明以上の事は一言もしゃべらず、膝に乗せて握った手に汗を握るのみ。別に彼としても嘘や方便を口走った訳でもなんでも無かったが、ただ一つだけ、まさに眼前の人物が穴をあける勢いで目を通している紙面にだけは、もとお詳しく言えばそこに書かれている事にだけは実は一抹の不安が有った。

 だがそんな不安を覚える所を最も的確に捉え、永野をはじめとした臣達にその洞察力を畏怖されるのが、彼の本日の奏上のお相手であったのだから分が悪い。


『永野・・・。』

『はっ・・・。』


 室外より遠く聞こえていたセミの鳴き声が止んだ一瞬、ページを捲る事で生まれる紙の擦れ合う音が止んだ一瞬、永野の頬を伝って顎より汗が滴った一瞬。間隙をつくように、だがつとめて静かに放たれた声で呼ばれた永野が顔を上げると、現人神の射抜くような目に思わず席上で姿勢を律した。決して強面ではない細い顔立ちの中に、怒鳴る訳でもない声に、真実を見透かしたこの人物独特の覇気が纏われていたからだった。


『本書の総括として、米国との戦争に勝利できるとあるが。本当にこのような事は、可能であるか。かつての日本海海戦の様な大勝は、海軍では可能と考えているか。』


 それはまさに、永野自身が日頃から心の奥底で思っていた事で、そのまま声に出された所に老いた顔を少し歪めて驚きを表す。家族や友人はもちろん、海軍の同期や気心知れた部下らにすらも話した事は無い、もっと言えば話すことは許されない疑問を、この時彼は見事に射抜かれたのだ。

 だが同時にその返答たるべき内容もこの時、すでに眼前の人物には薄々感づかれているだろうと思えて観念するにも似た心境となり、声を返すにあたっての覚悟を定める為に生唾を飲み込む。既に提出して相手の手元にある書類は一体なんだったのかと誰もが思い、組織として出した見解と最高位の幹部の見解に差異が有るという奇妙な構図になる事も承知で、永野は本件に関する無垢な本音を口にするのだった。


『・・・畏れ多い、極みで御座いまするが、日本海海戦の様な大勝はもちろん、・・・勝てるかどうかも、甚だ不明瞭、と、考えます・・・。』





 永野の言葉は、或いは海軍のみならず、陸軍も政府も、果てはこの日本一億臣民の全てにおける、米国との戦争という事態に対する感覚的、意識的な面での本音を代弁していたのかもしれない。それだけ米国とは大きな国であり、豊かな国であり、強い国であった。

 普通に考えれば難事中の難事。二兎を追って五兎捕まえるくらいの策がなければ、結果はどうなるかは火を見るよりも明らかである。下手をすれば亡国。世界地図より日章旗を掲げる国は消える事になりかねないお話で、その難しさは帝国の重要ポストに就く永野をして、苦しむ様に披瀝せざるを得なかった事に如実に表れているとも言えた。


 そしてその道理を最も肌身を通して感じれたのは、もしかしたらこの時代においてこのお方だけであったのかも知れない。


 永野との談義を終え、木戸内大臣を背後に続かせて宮城の廊下をゆっくりと歩くその人物は、ふと顔の向きを横に長し、窓から見える庭園の景色を丸眼鏡に映り込ませながら呟く。苦々しくも、明らかに戦慄を覚えた声色で。あの独特の語り口調で。


『・・・こんな事では、捨て鉢の戦争をするのと同じで、誠に危険だ・・・。』






 この当時、多くの人々が少しでも良いから時間を止めたいと願ったであろう。

 特に米国との交渉に携わる者達のそれは極めて大きい物であったろうが、小川の中流を板で堰き止めても隙間や板の上端から川の流れが溢れ出るのと同じように、時計は止まっても時は進む。無情な程に。残酷な程に。

 一秒一秒を刻む歩みはほんの小さなものでも確実に前へと進むばかりで、止まる事も戻る事も無い。西の空に陽が沈んで眠りにつくと必ずあっという間に朝が来る様に、日付は次の日、また次の日へと着実に進んでいく。




 そしてそれはやってきた。

 多くの人々にとっては突然に。少数の者達にとっては予想通りに。歴史の上では必然に。


 昭和16年8月1日。

 米国政府はついに、日本向け石油資源の全面禁輸を裁可。一昨年にこの件が持ち上がった際、態度の急激な硬直化と開戦の口実を与えるという点で一貫して反対していたコーデル・ハル国務長官も、日本の南部仏印進駐という政治、外交の面での冒険に接してついに他の閣僚を抑える事はできなくなり、ローズベルト大統領のサインが綴られた上での通告書が野村大使へと手渡される事になる。

 実際にはこうなる事は永野の言にも有った通り、日米交渉内において既にアメリカのサムナー・ウェルズ国務次官より野村大使に通知されていたし、一部の知米派識者の間でも予測されていた事で、殆どの日本人が持つ「ある日突然にアメリカが禁輸措置をしてきた。」等という勧善懲悪の如きお粗末なお話ではなかった。

 むしろ国家として、民族としてそんな認識しか持てなかった所に、全ての起因があったのかもしれない。


 いずれにせよ、この米国の一外交施策に端を発して踏み出した一歩が大きな誤りであった事を、全ての日本人は後年の焼け野原となった祖国の地、あまりにも多すぎた同胞達の骸によって、まざまざと見せつけられる事になるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ