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第一二六話 「答えは自身の中に有り」

 師匠が最愛の姉と佐世保にて再会を果たしていたその日、すなわち昭和16年2月26日。

 

 明石(あかし)の分身たる明石艦を含めた第二艦隊は、南国の潮風と陽光も暖かい沖縄県の中城湾より抜錨。各々の艦尾旗竿に軍艦旗を高らかに掲げて航跡を描き出し、舳先の菊花紋章にて南の海上を照らし出す。作業地を巡航しての艦隊訓練の幕が再び上がったのであり、温暖な気候で十分な憩いと癒しを得た乗組員達の士気は高い。

 加えて第二艦隊所属の艦魂達にあっても皆覇気は十分で、久々に艦隊旗艦として航行序列の監督を行う高雄(たかお)も今日は持ち前の陽気さが鳴りを潜め、自ら左翼や右翼に配する戦隊に指示を飛ばすほどである。もっとも彼女達のそれは沖縄の気候に過度な休息を得た事のみが理由ではない。


 実は去る23日。1月末頃より仏印方面へと派遣されていた、第二艦隊の中核戦隊である七戦隊、及び二航戦がようやく現地での任を解かれ、久方ぶりに原隊である第二艦隊へと合流していたのである。最上(もがみ)型の一等巡洋艦と蒼龍(そうりゅう)艦、そして飛龍艦(ひりゅう)は揃いも揃って帝国海軍最新鋭の艦艇で、その艦魂達はやはりどうしても戦の場における経験が総じて少ない物だが、別に海戦を経験せずとも本物の戦闘海域を体験するというのは中々有意義であったらしい。出航前夜に愛宕(あたご)艦で開かれた第二艦隊の戦隊長級艦魂達による打ち合わせでは最上、飛龍による活動報告が行われ、つぶさに観察してきたフランス極東艦隊の動向、サイゴンやカムラン湾といった要地の状況、そして泰と仏印間で行われたコーチャン沖海戦の詳細等、内地で訓練漬けの者達では解らない貴重な知識を数多く披露していた。




『うん。所見の欄に有る偵察機の運用は、さすがに航空関係の艤装が充実してる最上や飛龍達らしい考察だね。太平洋なんかに比べればずっと狭い湾上の海域であっても、やはり飛行機による追跡と失探はこれだけの差が出るんだ。確実な策敵行動の大切さがよく解るよ。』


『愛宕の言う通りだよ、みんな。泰の海軍だって別に弱くはないよ。トンブリ艦もスリ・アユタヤ艦もだけど、あたしらと同じ日本生まれの軍艦が多かったんだ。トンブリさんは横浜で一回だけ会った事があるけど、砲術にも航海術にもよく勉強した艦魂(ひと)だったもん。可哀想だけど、トンブリさん達じゃどうしようもないくらいの戦況になっちゃんたんだ。飛行機のおかげでね。』


『・・・・・・ふむ。・・・良い報告だ。・・・これは生かさねばならん。・・・同郷ながらもタイ王国海軍艦艇として死んだ、トンブリさん達の為にも。・・・いや、ご苦労だった。』


 まだまだ若い最上らの発表だったが、愛宕の声に始まって高雄と加賀(かが)といったお偉方による高評がその場に連なり、発表者であった最上と飛龍は照れ笑いを滲ませて頬や後頭部を掻く。もちろんその場には明石も居て、普段から誕生時期が近い事から同期生の様な交友を結んでいる飛龍の姿に拍手を送った。




 もっとも仲も良い同期生なればこそ素直にその功績を讃えてやったのだが、これもまた同期生として負けたくないという意地が芽生えてしまうのも、別に明石に限った訳ではない。同じ20代を迎えたぐらいの女性の容姿を持つ中にあって明石が勝っているのは身長くらいな物で、おつむの出来はまあ同点としながらも海軍艦艇としての経験の差が仏印派遣で大いに追い抜かれてしまった事は間違い無い。その証拠に発表を終えてようやく近くの席へと戻ってきた飛龍の横顔は、艦隊配属もされた頃から知る物よりもずっとずっと大人びた様に明石には見えたのだった。







『ぬうぅう〜、負けられないなあ。私だって小松島で単艦派遣のお仕事こなしてるんだもん。せめてお勉強だけでも上じゃないとね!』


 南国の暖かい潮風を甲板で浴びながら、腕組みをした明石はそう独り言を呟く。ちょっとだけ頬を膨らませて眉の間にしわを作り、難しそうな表情で甲板上から望む辺りの海原には、久方ぶりにそれぞれの舳先で豪快に波を蹴散らしていく第二艦隊各艦の勇姿が在る。沖縄よりもさらに南の地に巡航する最中であっても艦隊は航行序列の猛訓練を実施しており、今日もそんな艦隊の中心部分で仮想戦艦役を仰せつかっている彼女の分身なのだが、おかげさまでそのすぐ後方には第二艦隊でも重要な部隊と位置づけられる空母部隊が続いている。しかも空母部隊の先頭艦として明石艦の軍艦旗に従って追従するのはあの飛龍の分身たる飛龍艦であり、明石は無意識にほとばしった闘志が染まる瞳でついついその艦影を眺めてしまう。

 排水量の面でも艦体の大きさの面でも自身との差が非常に目立つが、明石は決して今しがた抱いた気持ちを萎縮させる事は無い。少し前に姉と慕う長門(ながと)より特設工作艦の増強に伴ってその先達として励むようにと発破を掛けられた事もあってか、ここ最近の明石は一丁前に競争心の様な物が芽生えているのだ。


『お船の命は一流。工作艦と空母じゃ同じ物差で計れないかも知れないけど、一般教養とかなら同じだもんね。うっし!』


 久々に見た第二艦隊の躍進する光景と、仲良しの同期生にして好敵手と定めた飛龍の存在を意識するや、明石はそう言い残して踵を返した。その歩みだす歩幅はいつに無く大きくて首の後ろで縛った彼女の髪は振り子の様に左右へ流れ、表情もまた曇り空の如き代物から眉をやや吊り上げた覇気も漲る顔つきへと変わっている。


 とにかくお勉強だけでも優位に立っていなければ!


 焦りとも使命感ともつかない念の様な感情を抱き、脇目もくれずに甲板上を歩いていく明石が向かうのは、日夜の個人勉強にてこれ以上無く集中できる彼女自身のお部屋。元来がここぞと思い立つと同時に猛烈な集中力を発揮できる明石は、今日もまたこうして真昼間から自室へ閉じこもり、手持ちのせんべいやアンコ玉といったおやつをチビチビと食べながら英語や数学等のお勉強に打ち込む。艦の外からは高速で蹴散らす白波の凱歌が響き、艦の内からはフル回転状態にも近い機関の唸り声が微細な振動と共に伝わる中だが、なんとしても同じ年頃の飛龍には勝たねばと一念発起した明石の猛勉強を止めるには至らない。

 師匠や友人らから諭してもらった末に頑張るのは結構多い明石だが、この日は珍しく競うという心理状態でもって励むのであった。







 それから2日後の2月28日。

 勢揃いした威容で臨む洋上訓練を続けながらも、第二艦隊は南支沿岸に位置する福州市へ移動。上海や天津の様な大規模国際港ではない福州は、訓練というよりも物資の補給の為に寄港したような物で、明石艦の在泊日程は僅かに3日間のみ。もっともこれはマシな方で、他の第二艦隊の艦艇では物質積み込みを終えるや即座に出港となる場合が殆どであり、これまで続いてきた大名行列の如き艦隊の進む姿もここで散り散りの形となってしまう。言わずもがな水兵さん達のお楽しみである上陸は行われず、各々の艦は岸壁や桟橋に繋がれるやすぐさま物資の積み込みを行ってさっさと離岸。まだ物資積み込みが終わっていない他の艦艇へとその場所を空けてやる事を繰り返すばかりだった。


 せっかくの支那の陸地を拝めても踏む事は適わず、日常と同じく忙しい艦内作業に追われて終了。


 言葉にしてしまうと艦魂達にとっても乗組員達にとってもなんとも寂しく落胆しそうになるお話であったが、福州の街並みを遠く望んで支那の沿岸を旅立った第二艦隊では最高指揮官である古賀司令長官も含めて、艦の命はともかくそんな乗組員達の心模様をちゃんと理解している。末端の水兵さんも含めれば何千人にも及ぶ部下達を統率するに辺り、そのお仕事にて結構大きな部分を占める士気の維持に効果を発揮するのが休養という物で、栄えある菊花紋章と軍艦旗の下に励むという体面のみではハッキリ言って維持できる訳が無い。誰だって疲れるし、誰だって遊びたいし、誰だって余裕が無ければまともに日々を過ごす事なんか不可能なのだ。

 もちろんそれを実際に言葉に変えてしまうと組織の建前上は大問題となってしまうが、部下をきちんと休めてあげるのも上司上官らの大切な義務と言っても差し支えないのであった。




 そして当初から指揮官となる人材としてそんな帝国海軍の門をくぐり、兵学校卒業以来士官としてこの道ウン十年も働いてきた古賀長官はそれを知らぬ筈が無い。艦隊の運行計画で福州における忙しい時間が設定された時よりその穴埋めを設ける様に参謀連中と協議していた彼の言葉は、まだ恨めしそうに遠ざかる支那の陸地を眺めている水兵さんもいる中、各艦の幹部連中から全ての水兵さん達にしっかり伝達された。


『よし、みんな聞け。明日の予定は午前整備作業。午後は入港、及び上陸準備。艦隊はこれから馬公(まこう)に向かう。台湾に行くのは初めての奴も居るだろう。諸注意が有るから、上陸前に一度全員甲板に集合する事。いいな?』



 忘れられていなかった待ち遠しい上陸の一言。

 福州の街並みも既に望遠鏡でしか望めないくらいになった頃に響いたそんな言葉に、乗組みの水兵さん達の顔が一斉に綻ぶ。

 その地は福州から海に出るやすぐに南下、そのまま台湾海峡を南に下り、明治の建国以来つい最近まで大日本帝国の最南端の領土として名を馳せていた、台湾西部にある島嶼郡。澎湖(ほうこ)諸島と呼ばれる所であった。







 距離も僅かなら旅路も僅か。

 月も変わった3月3日には第二艦隊の軍艦旗は既に澎湖諸島最大の島である澎湖島の馬公湾に在り、一段と暖かい台湾の潮風を浴びながら各艦はそれぞれの舳先にて続々と投錨を開始する。一般の港湾なればこうも無警戒、次いで一斉に投錨するなんて事はそうそうできる物ではないが、この馬公湾どころか諸島全体が帝国海軍における一つの基地を成しているのなら話しは早い。実はこの澎湖諸島、帝国海軍においては一般に馬公要港部と呼ばれ、70年近い帝国海軍の歴史の中においても結構古参格な遠隔基地なのである。


 設置されたのはかの日露大戦争を僅かに遡った明治34年で、現代の帝国海軍艦魂社会では師匠、または長老格とされる富士(ふじ)朝日(あさひ)らとはほぼ同年齢。年中通して20度以上と非常に過ごしやすい温暖な気候と、蒼海に散らばるサンゴの群れが南国の心地良さをいつも絶やさない素晴らしい場所にして、海事事情では台湾海峡という極東アジアでも指折りの海上交通路を睨む位置に存在する等、結構重要な立ち位置にあったりもする。なにせこの台湾海峡を挟んだ支那沿岸には上海を始めとする一大国際港が何箇所も点在しており、古くは16世紀頃より西欧の船舶による往来も盛んであったのだから、極東アジア海運界の大動脈と例えても過言ではない。故に明治の帝国海軍もそんな事情を考慮してこの台湾の僻地に支所を設けたのであり、台湾海峡を行き交う船舶の監視や動向調査には多大な貢献をしている基地であった。特に支那事変、それ以前の上海事変なんかでもその働きは大きく、戦線よりすぐ背後に構える休養と補給の要として目下大活躍中である。


 もっとも戦に関する組織である帝国海軍の基地なのだから、やっぱりどうしてそこに在るのは楽しいとか嬉しいの一言で終わる様な単純な物事ばかりではない。

 そしてそれを知るのは人間達同様、艦魂達もまた同じであった。




『艦隊旗艦。総員整列、終わりました。』

『うん。』


 第二艦隊中最大の大きさを誇る第一航空戦隊旗艦の加賀艦の飛行甲板上に、穏やかな音色で彼女達の声が響く。暖かい南支方面行動を受けてその服装は純白の第二種軍装で、体の正面を縦に走る金ボタンはさながら舳先の菊花紋章の如く輝きを放ち、晴れた青い空にて今日もまた陽光を放出する太陽にも劣らない。風になびく黒髪も艶を一層明確にし、一人一人の姿は凛々しさと美しさが同居する大変に綺麗な代物となっていた。

 ただ、本日この場に集っている彼女達はそんな自分の美しさ、綺麗さに喜びを感じる素振りは見せず、他の者達のそれに意識を向ける事もまた皆無。横一列に並んだ各戦隊の戦隊長級の者達を先頭にその部下達が縦に並んで沈黙を守り、最前列にて皆を牽引するように一歩だけ進み出ている高雄すらも、先程の愛宕との会話の様に今日は持ち前の陽気な人柄を押し殺しているのである。



 おお〜、今日の高雄さんはマジメだぁ。


 戦隊長列の一番端っこに立ってそれを認める明石も、そんな高雄の普段とはうって変わった姿に思わずそう脳裏で呟いた。会議中にわざと大きなくしゃみをしたり躓いてみせたり、いつも冗談交じりの口調であったりと、普段の高雄は随分とひょうきんで笑みが周囲に絶えないお人であるのだが、今日は笑い声を誘う言動は一切封印。姉妹仲の良い愛宕の声にも落ち着き払った横顔を縦に振るのみで、その人柄の著しい高低差に明石は本日ただいま過ごしている馬公要港部での時間がいかに彼女にとって大事に捉えられているのかを垣間見た思いだった。

 やがて軽いウェーブがかかった黒髪を潮風にはためかせつつ、短く吐息を漏らして呼吸を整えた高雄がふとまなざしを甲板より望む馬公湾の海面へと向ける。明石よりもやや背は低い高雄であるからその仕草は大変に小さくて僅かな物ながら、それを合図として認めたかのように愛宕は間髪入れずに号令を掛ける。姉妹、それもずっと第二艦隊の基幹部隊である四戦隊を組んできたという相棒の如き仲故か、そのタイミングは優良で知られる彼女達の主砲射撃の成績なんか問題にならないくらいに正確で、明石達が一斉に姿勢を律したのを振り向いて確認する事も無いままに高雄が声を上げる。まるで愛宕の号令から何秒後にはその内容が履行されるという事を、感覚のみで合わせたようであった。


『休め。気をつけー。』

『・・・初代連合艦隊旗艦の任を背負って黄海の戦場を駆け、続く日露の戦にても第三艦隊配属艦。さらにその末には練習艦隊隷下として務め続けるも、不運にしてこの海に果てた先輩、松島(まつしま)さんに対し、敬礼。』


 その瞬間、加賀艦の飛行甲板上に並んだ艦魂達は一斉に右手を額に運び、静かな湾内には彼女達の袖が打ち鳴らすざわめきにも似た音が響き渡っていく。それに続いて高雄もまたゆっくりとした動作で敬礼を行い、しばしの間挙手をそのままに艦魂達は湾の波間にまなざしを投げるのだった。


 高雄を始めとして明石達がこうして敬礼をする相手は、今しがたの高雄の口上にも有った松島という名の先輩艦魂。古い国名でもなければ有名な山岳の名称でもないという、海軍艦艇としてはちょっと変わった趣向のお名前だが、それはこの松島の分身が艦艇としての命名基準を現代とは異にしていた頃の帝国海軍艦艇だからである。

 建国以来初の対外戦争となった日清戦争において、海の天王山であった黄海海戦にて主力として戦い、当時極東最強の戦闘艦艇として君臨していた清国の定遠(ていえん)艦、鎮遠(ちんえん)艦に対抗すべくフランスより渡って来たという、かの三景艦の内の一隻であった彼女。現代では長老格とされる敷島(しきしま)や朝日、富士といった名だたる艦魂達のそのまた師匠筋であった年代の人物であり、日清、日露と二度の大戦争を経験したその経歴は、高雄の言の中にも有った「初代連合艦隊旗艦」の栄誉を得ていた点も含んで帝国海軍艦魂社会では非常に有名である。

 おまけに現代の世界の海軍でその主力の筆頭とされる戦艦ではなく、もっと小型な巡洋艦としての分身を持っていた松島だから、巡洋艦戦力で主力を成す第二艦隊の者達の殆どはほぼその嫡流に相当する故に畏敬の念も一際強い。艦隊旗艦として皆を束ねる高雄も然り、そのすぐ後ろで控えている物静かな愛宕も然り、存命であるならば是非にも教えを授かりたいと願うほどに人気の有るお人なのだが、残念ながら彼女達が生を得る頃には既にその艦影と船籍が帝国海軍からは抹消されていた。なぜなら日露戦役の残り香もまだ漂う明治41年4月30日、栄えある松島艦はここ馬公の波間にて不運にも火薬庫の爆発事故に遭遇し、乗組んでいた多くの士官候補生と共に水漬く屍となってしまったからだ。





『・・・甲板から足が離せるなら、行って直に触ってみたいね。あの馬公の街の海岸。遠めに眺めるだけしかできないけど、縦に置かれたあの白い砲身が松島さんの墓標も兼ねた碑だよ。市街地の中心には記念館もあるんだってさ。』


 同じ巡洋艦にして、艦隊旗艦のお役目を担う高雄も、きっとその思考の鏡には今は亡き松島の背中が移っているのだろう。誰に向けた訳でもなく呟くように放った言葉は、その全てが大先輩に対する畏敬の念で満ちた物である。言葉通りに湾内の海岸線の一角には天を睨んだ形で設置された一門の巨砲が聳え、皆と同じく明石もまたその墓標を眺めた。

 年代的には自分の先代と同じ海に生きていたであろう者の亡骸は長く風雨に晒されてか汚れも少々目に付くのだが、歪みも無く傾きも無く緑に囲まれてただ一直線に天を衝くその姿が明石にはなんだか力強く感じる。海岸とは言え付近が緩やかな勾配を持つ草原となっている事もあってか、記念碑の直立具合は非常に際立っていてお船にとっては大切な道標たる灯台の様にも見えてくる。何もそれは外見だけではなく、帝国海軍艦艇の命なれば斯く有るべしといった生きる上での標識を、目にする第二艦隊の艦魂達に声も無く語りかけているような感じがする点もあって、死してなお先駆者としての彼女の姿を垣間見れたような感覚が皆に湧くのであった。

 そして色んな思いを巡らせる事で沈黙を続けてしまっている高雄の事を読みきったように、その背後にて控えていた愛宕は踵を返して皆に正対すると、栄えある松島艦の最後に絡めたお話をしてやや間延びしていたその場を締めくくった。



『支那の言葉に、〝河は時に船を運び、時に船を覆す〟というのが有る。どんなに分厚い外皮構造を持ってても、船舶というのは河、もっと還元すればその水と文字通り紙一重で存在しているんだ。でも私達海軍艦艇は、それに加えて火薬や石油、石炭といった爆発物や可燃物も持っている。不慮の事故なんて二乗されてるような物で、松島さんの爆沈事故はこう言っては酷だけど、海軍艦艇としては決して珍しい物じゃない。もしかしたら明日にはこの中の誰かが遭遇したっておかしくは無いんだけど、実際に起こったその悲惨な様を私達は松島さんから学べる筈だ。こうして馬公要港部に来れた今日この時間を機会に、みんな人間頼みにはせずに各自でもう一度、火薬や燃料の保管と管理が普段からどう行われているのかを確認してみて欲しい。知る事もまた、きっと松島さんの供養になるよ。では解散。別れ。』


 思いに耽る姉の邪魔をせぬようにと努めたのか、艦隊旗艦たる立場の高雄の指示が無いままで解散を命じてしまった愛宕だが、常に涼しげである彼女の表情はこの瞬間もちっとも変わる事は無い。頬にかかるくらいで揃えた短い髪を風に揺らし、大丈夫だと今にも言い出しそうな微笑でもって皆を一瞥するのみである。だが未だに背後へと顔を向けない高雄も、愛宕という妹のそんな行動に己の立場を生かした物言いをするつもりなぞ持っていない。むしろ自身がある程度の個人的な行動、または思考に浸れる猶予を稼いでくれているのは、時に艦隊旗艦をバトンタッチし、時に頼れる補佐役として振舞ってくれる今のような愛宕の気遣いに他ならず、実の姉妹ながらも彼女に対しては感謝の念が絶えなかった。


『サンキュ、愛宕。悪いね。』

『はいはい。毎度の事だ。』


 ちょっと照れくさそうな笑みを浮かべてようやく振り向く高雄と、変わらぬ涼しげな表情で頷く愛宕によってそんな言葉が交わされたのは、既に加賀艦上に整列していた部下達の大半が姿を消した頃であった。






 一方その頃、良き先輩の最後と絡んだ為になる訓示を授かった明石は、早速自身の分身へと戻ってきて実践を開始。愛宕の言葉の通り火薬や燃料は爆発炎上という極めて破壊的な化学現象を引き起こす危険物その物で、今更ながらによくこんな物を逃げ場の無い艦内に置いている物だと明石は思った。


『主砲に機銃の弾庫、それから燃料のタンクか。そう言えば弾庫っていっつも衛兵の人が立ってて、鍵も持ってる人は殆ど居なかったなぁ。森さんもいつもは持ってなかったし、出入り記録の台帳まで有るんだもんね。やっぱりそれだけ厳重にされてるのか〜。』


 日本では春が近づきつつも肌寒い時期ながら、一足飛びすれば南洋にも程近い台湾は20数度のポカポカとした陽光に包まれていて、明石艦の上甲板に敷かれたリノリウムの朱色が今日はなんとも鮮やか。同時にその朱色の上をテクテクと歩きながら一人呟いている明石も、今日は第二種軍装の純白が映えて付近の乗組員共々にその姿は美しい。今まで当たり前のような感覚で目にしていた弾火薬、燃料の保管に考えを巡らせ、その重要さが窺い知れる実情を思い出しながら頷いたりする彼女の表情は決して綺麗な笑みを浮かべている訳でもないのだが、そこを意図せずに輝かしくみせてくれるのが金ボタンも眩いこの第二種軍装の魅力。

 痩せ型でスラリと長身な体躯と今でも練習を重ねている姿勢の良い歩き方が手伝っているのも有るが、背後より見ると明石の歩く様は背筋も伸びて一端の海軍士官らしさがなんとなく滲み出ており、歩みに合わせて馬の尻尾の様に左右に揺れる後ろ髪を除けば周囲にて各種の作業を行っている乗組員との区別がつかない程であった。


 ただ、一点集中型な思考回路を持つ明石は例によって今の自分の美しさなんかちっとも意識しておらず、艦橋へと向かいながら危険物に関するアレコレを記憶より検索するばかりである。

 やがて要港部停泊の状況から人影もまばらな羅針艦橋へと到着した彼女は、さっそくその一角にて壁に設置されたとある小さな扉の前に進み出る。


『これが鍵の保管場所だよね。それとこっちが持ち出しの履歴用紙。ふ〜ん、ちゃーんと日付と時間、開閉状態、それから係官氏名に目的も込みで記録されてるんだなぁ。あ、立会人の人の名前もかぁ。』


 興味津々の子犬の様な目でもってまじまじと明石が眺める先には、頑丈そうに金属でできたそんな扉と、そのすぐ横にて紐を通して壁のフックから吊り下げられている一冊の台帳がある。扉と言っても片手分の取っ手が付いて明石の頭より一回りくらい大きい代物で、艦内通路の要所に設置されている水密扉とかに比べると断然に小さい。その上付近の隔壁と同じく白一色で塗装されたその姿は、羅針艦橋を端から端まで一望するだけだと見逃してしまいそうな在り方だ。

 ただこの明石の分身である明石艦を平素動かすに当たって、その存在価値はこんな物理的な点での存在感なぞ問題にならないくらいの差が有った。


 この金属の扉の向こうに控えている多くの鍵は明石が睨んだ通り、全て機械室や燃料貯蔵設備、そして最も火気厳禁が徹底される弾庫など、艦で一番大事にして一番危険を孕んでいる区画へと入る為の物ばかりなのであり、持ち出す際は許可が有ったとしても個人が勝手に手を伸ばしてはならない事になっている。普段の操砲訓練なんかでもそれは同じで、水兵さんなんかはそれこそ手も触れてはならないに等しい。

 そもそもがこの鍵を収めた金属製の扉自体、取っ手の下に付随されている鍵穴を操作しないと開閉できず、しかもこの鍵箱の鍵はなんと乗組員総勢700余名に及ぶ明石艦艦内でもたったの2つしか存在しないのである。1つはいわゆる予備鍵でこれはもちろん普段の生活で使用する事は滅多に無く、いつもは艦長室の鍵箱の中でこれまた厳重に保管され、もう一つの方がいわゆる常用鍵となる。ところがこの常用鍵だって、別れて久しいかつての相方の忠なんかも含めた、乗組みの下級士官であてがわれる副直将校が昼夜違わず常に腰に帯びている革鞄で保管しており、それこそ副直将校をぶん殴ってふんだくるくらいの暴挙でも働かねば調達は不可能であった。ましてや百歩譲って副直将校が明石が眺める羅針艦橋の鍵箱を開けたとしても、例えば主砲なんかの砲弾を保管する弾庫の鍵なぞは保管責任者が各科長級の士官を持って当てられる当直将校となっているのだから、副直将校の権限だけでは持ち出す事は許されていない。つまり例え日々の訓練とは言えども、この羅針艦橋の鍵箱から弾庫の鍵を持ち出す際は、当直将校と副直将校の許可に立会いまでもしてもらわねばならないのだった。




 だがこれだけではない。


『この中の鍵は確か、分隊士の人を経由して先任下士官の人が貰って、その後に今度は弾庫の係りの下士官の人がその鍵使って開けるんだっけ。衛兵の役員さんも立会いしてたし、持ち出しする物の個数も申請分以外は絶対にダメとかだったよね。ぬ〜〜、それだけやっぱり慎重に扱われてるって事なのかぁ。』


 一応はこれまで艦の命として生きてきた中で、明石は今しがた口に出した弾庫入出の一場面を何度も何度も目にしてきた。世間一般の人間の観点から見れば家という感覚では余りにも容積が大き過ぎる明石艦も、完全に生息場としてしまっている艦魂の明石にしたら自分の身体の一部であるのと同時に我が家でもある。飼い犬が玄関を通る度に吼えるが如く、軒下に巣を作った小鳥が付近の窓を開けた音に驚いて飛び立つが如く、日常的に目にしてきた艦内での乗組員達の様子は彼女達艦魂にとっては余りにも身近過ぎて、弾庫入出に始まる光景なんかは素通りする事も全く珍しくないのだが、本日の様に意識してそれを見てみると非常に多くの工夫がなされていた事に改めて気付く。

 鍵などという、ともすれば紛失しやすい物のベストスリーに入ってしまいそうな小さな物品も、その保管体制は万全の上に万全を期して一介の水兵さん程度では指一本触れる事さえも適わぬように設定されている。艦の命である明石だって手にした事が無いのは、何も今までそれほどまでに興味を持たなかったからという単純な理由だけではないのだった。


『ふんふん・・・。なるほどぉ。危険物の管理、確かに愛宕さんが言ったとおり、今までは人間の人達に任せっきりだったな。よし、あとは燃料の重油はどうなって・・・、あ! そう言えば工作部で溶接なんかに使う酸素のボンベってどうなんだろ? アレも爆発したら危ないよねえ・・・。』


 ようやくその精巧な管理状態を理解して弾庫からお次は燃料の設備へとその勉学の目を向けようとした矢先、明石がふと気づいたのは彼女の分身が類別される工作艦ならではの危険物。最新鋭工作機器を引っさげて第二艦隊に追従する明石艦は実に多様な機械を積んでいるも、その動力は電動であったり空気圧であったりと千差万別で、彼女の呟きが示すようにボンベに詰まった燃焼性の強い気体を用いる物だって忘れてはならない。加えて部品の洗浄や加工の際に用いる科学薬品だって、爆発する物ならまだしも中には有毒なガスを発生させる物まで存在し、その一つ一つが取り扱いに非常に敏感にならねばいけない代物ばかり。それら全てを勘定すると意外にも自身の分身の中には気が抜けない要注意物品が数多く点在し、今日まで殆ど知らなかった非常に身近な危険源に彼女は驚く。


『うぅぅう〜、こ、こんなに有るのかぁ。ど、どうりで台帳も分厚い訳だぁ・・・。』


 自前のノートに気づいた事、考察した事を日頃と同じく今日もまた記していた明石だが、鉛筆を持った手の動きが止まると同時に漏れるそんな声。鉛筆で先程まで綴られた項目はページの上段から下段にまで達し、それぞれに保管と管理の形態を調べて足していくと間違いなく4ページは使ってしまいそうなボリュームであり、勉強熱心な明石もちょっとだけ尻込みするような気持ちを抱いてしまう。


 ただ、彼女は決して諦めるふんぎりを着けた訳ではない。

 温暖な潮風が人気もまばらな羅針艦橋に柔らかく吹き込み、僅かに汗を滲ませた頬を拭って再び出て行くのを感じて明石が目を向けるのは、羅針艦橋横に有る開かれた窓の向こう。青空と海中のサンゴが織り成す淡い色使いの風景に混じり、馬公の岸辺で不動の姿勢を律しているあの松島艦の記念碑が彼女の瞳に映る。


『・・・もし私が知らない所で事故が有って不幸の一言で済ましたら、きっと松島さんに怒られちゃうよね。』


 艦魂としてのその姿を一度も見た事は無いものの、馬公の浜辺にて佇む彼女の亡骸に無言のままで感じられた人柄に、明石は今の自身の未熟ぶりが咎められるのではと思った。真っ直ぐに天へと砲口を向ける白い記念碑は、剛直にして逸脱を許さぬ毅然とした態度を表現しているようにも見えて、不思議とそれは本日お勉強している艦内での危険物管理方法における在り方を具現化した物のようである。

 ほんの僅かな見落としや手抜きも有ってはいけないし、それが許容される体制であってもならない。もしも有った場合の末路は、まさしく明石の目が向く先にこそ有るのだった。




『う〜ん。事故でも爆沈なんてイヤだなぁ。いっぱいあるけど、やっぱりちゃんと調べておこうっと。』


 決して当時の松島艦艦内で爆発原因に起因する部分が疎かになったと明石は断定している訳ではないが、末路の一端として現物を目にしながら懸案を考えれる点は、ここ最近のお勉強の日々の中でも大きな収穫である。ノートに記した確認項目の余りの多さにちょっとやる気が下がりかけた彼女も、亡き大先輩が現代に残すその身の一部と教訓に触れて持ち前の勉強熱を再燃させ、この後にその日一日を使ってのお勉強に精を出す。

 調べれば調べるほど細分化されているという点で四苦八苦の連続であったが、彼女の最大の武器であるここ一番の集中力と師より授けられた理想に向かう向上心で、なんとか頑張るのであった。


『あう。燃料って言っても発電機用と機関用でも違うのかぁ。それに塗粧材も引火物が含まれてるのも有るんだなぁ。』




 最も身近に有りながら、最もその身に及ぼす影響が大きい物。


 時に人間の世界でも意識されるそんな懸案に一生懸命になった明石の姿は、「一流の淑女(レディ)」に至る道をまた一歩進んでいたようであった。



 最近俄かに騒ぎになりつつある青函トンネルの車両すれ違い問題。

 国土交通省が発表した点について初期設計のミスかなんかかと勘繰ったりしつつ、その代替案として流通を支える貨物列車の為になんと青函連絡船の復活が挙がっているらしいですね。なっちゃんRERAとかが車両運送船舶として海上自衛隊の購入に繋がるのでは、という声と同じく、船好きとしてはなんとも胸がときめくお話です。


 羊蹄丸解体の報も新しい昨今ですが、何時の日か八甲田丸や摩周丸と一緒に最新鋭の連絡船が青森港で勢揃いしたなら・・・。もしそうなったら小生は泣くぞ(つД`)

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