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第一〇八話 「形と友情/前編」

 昭和16年1月1日。

 紀元2600年のお祝いに沸いた1年が終わり、新たな1年がまた始まるこの元旦を、明石(あかし)艦含む第二艦隊は相変わらず防府(ほうふ)市沖合いの待機地で投錨しながら迎えた。

 第二艦隊司令長官である古賀(こが)中将も含めて、乗組員達にとっては各々が家族と共に一家団欒でのお正月を味わえないのは残念であるのが率直な所だが、同じ日本人によって運営される帝国海軍も末端の者達のこの気持ちを無視する事は無い。一家団欒を実現してやる事は確かにできないものの、せめて美味しい物でも食べて新たな年の始まりを気持ち良く過ごしてもらおうと、普段の日々とは全然違う程に豪華な昼食が全ての艦で乗組員に振舞われる事になっているのだ。


 辛い海軍生活を日々耐え抜く水兵さん達にとってはまさに至福の時で、先月3日の明治節に続く本日のお食事は屈託の無い笑みが弾ける貴重な時間。豪華な昼食を帝国海軍が定めている祝祭日は1年の内全部で5日有り、いわゆる四大節と5月27日の海軍記念日がそれに当たる。前もって士官食堂では祝祭日当日の献立が表示され、豪勢な食事に欠かせない食材はわざわざ運送艦が艦隊の下へ届け、士官の者達も兵下士官と揃って今か今かと楽しみにしてきた日だ。

 もちろんそんな美味しいお正月事情に明石艦の命である明石が大人しくしている訳も無く、お昼御飯が作られている烹炊所へと迷う事無く突撃。焼いた鯛を始めとした盛り皿と五目飯をどんぶり一杯に調達する事に成功し、新年一発目からたらふく食う一日を過ごす。明石艦乗組員達も翌日の昼食前後で行った半舷上陸にて防府天満宮へと初詣を行い、いよいよ明けた昭和16年に気持ちを新たにするのだった。




 1月4日。

 まだ世間ではお正月気分が蔓延する中、第二艦隊はそれまでいた防府沖から泊地を出立。つい先月来た瀬戸内を僅かに東進、つまり逆戻りする方向へと針路を取り、2ヶ月前に町名が変わったばかりの光町を望む室積沖へとその日の内に移動してここを作業地と定めた。


 防府と近いこの海域も発展した港湾を古くから備える為に帝国海軍艦艇部隊ご用達の泊地の一つで、土地柄の面でもこの周辺は随分と帝国海軍とは所縁がある。

 その中でもまず有名なのは光町と防府市までの海岸線にてちょうど真ん中に位置する徳山市の存在で、日露戦役の真っ最中であった明治37年にこの地は海軍燃料製造を行う地と定められて「煉炭製造所」を設置され、以来今日に至るまで帝国海軍燃料事情の重要な部分を担ってきた輝かしい功績を持っている。現代では「第3燃料廠」という名で市街地と港湾の辺りに広範な敷地を持ち、帝国海軍艦艇の腹を満たす重油や石炭を貯蔵、及び精錬する大切な場所の一つ。そもそもが湾状になった波間に港を構えている事情も重なり、帝国海軍の作業地としては柱島泊地を凌ぐ程に大変に便利な地である。

 なぜならここを拠点とすれば、一切の燃料残量を気にせずに思う存分艦を動かせるからである。

 第二艦隊がわざわざ室積沖へとやってきたのも当然そこに狙いが在り、いよいよ海面を疾走しながら大砲をぶっ放すという派手な訓練も迫っているのだと、乗組員や艦魂も含めた第二艦隊の面々は僅かな緊張感を抱く。

 そしてさらにもう一つ、この地と帝国海軍を繋ぐ要素がこの周辺の陸地にはあるのだが、それは室積海岸沖に陣取った第二艦隊における各艦の甲板から、造成された地に色々な建造物が建てられている形で直接目で見る事ができる。何か工場でも作っているのか、家屋とは全然違う鉄筋製の建造物が何棟も連なる光景に艦魂達も興味の視線を向ける中、着々と工事が進められているのは光町の名前を取った帝国海軍7番目の海軍工廠である「光海軍工廠」であった。

 観艦式でも湧いた昨年10月に開庁したばかりで現在は本格稼動前の準備活動に追われているらしく、正月期間でも有無を言わせずに建築作業を続行しているその様は、どこか帝国海軍の人使いの荒さを象徴しているようでもある。


『なんだ、(おか)も大変だな。』

『海軍って付くなら、どこでも月月火水木金金か。艦隊勤務だけじゃないんだなぁ。』


 第二艦隊のとある艦の甲板上で三々五々の休憩を取っている中年の下士官らが、煙草を吹かしながらそんなやりとりをして、実に多忙な自分達への嘲笑も含む笑い声を上げていた。




 そして第二艦隊の多くの艦の中で彼ら乗組員達の自嘲がすぐに現れたのが、他ならぬ明石艦であった。

 もちろんその理由は明石艦が最新鋭工作艦だからで、第二艦隊全艦が艦隊訓練前の万全の整備を実施するに当たってその負担が集中するのである。まして忘れてはならない訓練その物の支援だって明石艦はこなさねばならず、特に本日は射爆撃訓練で使用する曳航標的や静止標的の現地準備で明石艦の艦首から艦尾に至る甲板は多忙を極めている。

 どうせ壊されるのだからと言えば多少は作り甲斐に欠ける感もある標的類は、高価な鉄材などでは無く木や竹を使って筏状に組み上げた物だが、だからと言って手抜きで作って良いようないい加減な代物ではない。最新鋭工作艦の性能からみれば構造の簡単さが目立つ対象ではあるも、標的類は相応の速力での曳航に耐えれる強度が必要だし、至近弾の爆風などで簡単に壊れると命中の可否が判断できずに訓練その物の正確性が下がってしまう。故に出来上がった標的の数々に工作部の士官達が目を念入りに光らせるのは当然であり、中々奥の深い訓練標的作りで甲板上は工具の音と工作部員達の声で賑やかさも感じれる様相となっていた。




 おかげさまで今日の明石艦の艦内には久々に工作機械の稼動音が木霊し、年が暮れる直前に覚えた勉強熱に駆られている明石を大いに邪魔する。明石は集中力が強く一心不乱に勉強に打ち込む事も珍しくは無いが、やはり大きな音量の物音が連続しては明石でなくとも集中が遮られてしまうという物。砲術科の主砲操砲員達が使う耳栓をかっぱらってこようかとも思ったが、元日よりお勉強を続けてきた手前もあって今日は息抜きでもしようと考えを改める。


『標的づくりかぁ。どんな風にして作るのかな?』


 大繁盛の工作部の事情はもちろん明石も知っている。艦隊訓練で使用する標的は明石にとって初見という訳ではなかったが、さっきまではうるさいと感じていた小気味の良い木を打つ音に次第に好奇心を誘われ、その組み立てをのんびり見学しようと明石は上甲板へと足を運ぶのだった。




 しかし明石の軽やかな足の運びは、部屋を出てしばらくすると早くも止まる。まだ上甲板に通じるラッタルも昇っていない中甲板のそこは工作部の板金工場区画に程近い艦内通路の一角で、今日は上甲板での標的作りが明石艦工作部の大きなお仕事の為か、のこぎりや金槌といった工具が工具箱に入った状態で通路脇に列を成して待機している。その列の中でちょうど明石の止まった爪先の前には、痩せ型ながらも160センチ台と女性にしては大柄である明石が横になってすっぽり入れるくらいの大きな木箱が置かれていた。


『う?』


 やたらと大きな長方形の木箱は蓋が外されており、明石は容易に見る事のできる中身を目にして首を捻っている。次いで背後を乗組員達が忙しそうに右へ左へと通り過ぎていくのが一段落するのを見計らい、明石は持ち前の好奇心に任せて木箱の中へと手を伸ばしてみる。するとそこそこの重さにちょっと力を入れつつ持ち上げた彼女の手には、随分と濁ったような白みが目立ち、断面が長方形となっている細長い棒状の鉄材が握られていた。


『な、なんじゃこりゃ?』


 一応は明石艦の中で生きてきた明石にとって、いつも工作部で扱っている資材関連は大体は目にした事があるものばかり。お船の中に無数にある配管だったり、隔壁を直す為の鉄板だったり、支える為のステーやフレームだったりを上手く工作し、仲間達の分身を簡易的に修理してやるのが最大のお役目である明石艦であるから、その為の資材は結構頻繁に艦内倉庫から出し入れしているのを明石も見てきた。ところが今、彼女の手に握られた鉄の棒はその白い色合いが随分と目を引く奇妙な資材で、これまで明石は一度たりとて見たことの無い代物。物指しの一種である金尺と似たような形で、明石の手の手首から人差指の付け根くらいまでの太さしかなく、しかもまたその厚さは明石の細い指よりもまだ小さい。全くもって奇妙な形で、明石は手にした資材の用途が皆目解からなかった。




『佐世保の陸戦隊用の荷物なんですがね、呉で引渡しの時に余ってる分を少し貰ってきたんですよ。』

『おお、そうなのか。じゃあ佐世保の造兵部辺りで加工するんですか?』


『あ。』


 しばらく手にした奇妙な鉄材をあちこちから眺めてその用途を思案していた明石の耳に、ちょうど灰色の通路の向こうから乗組員の者であろう男性達の声が聞こえてくる。明石はその男達が誰なのかを確認する前にすぐさま手にした鉄材を木箱の中に戻し、明石の方へと歩いてくる彼等がフワフワと空中浮遊する鉄材を見て驚かないようにした。どうやら乗組員の男達は明石の咄嗟の企図のおかげか鉄材の異常には気付かなかったようだが、通路の隔壁に背をつけて男達をやり過ごそうとする明石の前で彼らの足取りはピタリと止まってしまう。

 今の今まで明石が調べていたあの鉄材が目的だったようだが、間近に来た事で確認できた彼等の顔ぶれに明石はちょっと驚く。なぜなら資材に用があるなら工作部の下っ端に当たる者達が妥当な筈なのに、なんと明石の前で鉄材を見ながらやりとりをしているのは、彼女の分身の総責任者たる人間達であったからだ。


『あれ。特務艦長さんと工作部長さんだぁ。』


 そんな明石の呟きを耳にする事の出来ないまま木箱の前で何やら笑みでの会話を始めたのは、明石艦特務艦長たる伊藤大佐と、先月付けで赴任して工作部長の役職を頂いている西田機関大佐。

 艦長さんと同じ階級の人がもう一人乗組んでいるとは帝国海軍艦艇の中でも珍しい在り方だが、西田機関大佐は厳密には将校ではない将校相当官という奴で、兵学校出身の伊藤大佐とは違って海軍機関学校の出身である。その名の通り元々はボイラーやタービン、発電機といった機関関連の設備を扱う専門の技術士官で、現代では一口に機関と言っても石炭焚きからディーゼルといった多様な種類が有るのに付随してその職域は非常に広く、しかも工作関連のお仕事は明石艦に限らず全て彼等の様な機関科配属の人員で宛がわれている。もちろんこの意味で西田機関大佐は伊藤特務艦長と一応は同じ大佐という階級を頂いているのであり、工作艦たる明石艦の工作部署の総責任者は伊藤大佐ではなく彼であった。


 先程から二人は明石の眼前で背を向けてしゃがみ込み、前にした木箱の中からあの奇妙な白い鉄材を手にとって何やら楽しそうに話をしている。明石はそんな中年の男二人の賑やかなやりとりにちょっと興味を持ってしばし耳を傾けてみた。


『呉鎮付きの奴が同期でしてね。2本か3本くらい余計に積めないか相談したんですよ。』

『おお、そうですか。後はこの艦の工作機械で作れるかどうかですな。一応佐世保への寄港は艦隊司令部では予定してるみたいですが、まだ日程は出てませんかねえ。』


『う? これで何か作れるのかな?』


 どうやらこのオジサン二人。わざわざ示し合わせた海軍内でのツテを駆使してこの資材を調達したようで、意図的に発生させたお余りを明石艦の工作機械で加工する腹積もりらしい。まさか鉄材に異常な執着を共に抱くアブない方々なのかと明石は疑ったが違うようで、二人で木箱の中から例の白みが目立つ鉄材を何本か引き抜くと意気揚々と通路の向こうへと歩いていく。その方向は工作部の板金工場区画の奥側に辺り、硬い鉄材を加工する厳つい機械が列を成している区画。その事は伊藤特務艦長と西田工作部長が早速手にした鉄材を加工しようとしている考えを明石に示し、たまたま通路へと出てきた板金区画の工員さんに声を掛けて工作の詳細とお願いをしている様子にも証明されている。しかも西田工作部長は工作における参考書なのか、懐から何やら冊子を取り出して『こうしろ、ああしろ。』と工員さんに熱弁を振るう有様だ。

 そして明石はそんな彼らの背中を見ている内に持ち前の好奇心がさらに一層湧き出てきてしまい、謎の資材が一体全体彼等の企みで何に変化するのか確かめるべく、伊藤特務艦長らの後ろをトコトコとついて行くのであった。


『なに作るんだろ? よおし!』




 こうして明石は決して顔を知らない訳ではないものの通りすがりのオジサン二人について行き、彼等が工作機械の唸り声もけたたましい中であの白い鉄の棒がどうなるのか、文字通り人知れず観察し始める。彼女の眼前では研削盤や切断機でもって鉄材はちょっとづつ形を変え、その最中に飛び散る鉄粉によって鼻の付くような臭いと耳障りの悪い金属の摩擦音に顔をちょっとだけしかめる明石であったが、30分程も経つ頃になると伊藤特務艦長と西田工作部長が何やら小さな歓声を上げ始める。


『焼入れは終わってるから仕上げ研ぎだけだ。よし、形になったぞ。』

『どれどれ。お、それっぽいじゃないか。』


 工作室の隅っこでしゃがみ込んでそれまで見守っていた明石もその声に気付き、オジサン方が年甲斐も無く何に歓声を上げているのか、そっと近寄って二人の肩の間から背伸びして確保した視界を彼らの手元に向けてみた。

 刹那、意外な物がそこに出来上がっていた事に驚き、明石は思わず彼等の耳元にも関わらず大声を上げてしまった。


『おおお! 軍刀だぁ!』


 なんとビックリ、明石が通路で見つけたあの白くて細長い鉄材は、舷窓から漏れてくる陽の光によって白刃の輝きを煌びやかにする一振り。片側だけに独特の紋様と鋭さを得たその姿は、まさに日本刀その物である。30分程前に西田工作部長が口にしていた「陸戦隊」の言葉も鑑みて、明石はあの白みがかった鉄材は官給品である軍刀の素材だった事を確信した。 同時に驚きと感動を覚えて明石は丸い目を爛々と輝かせているが、当の伊藤特務艦長、西田工作部長は大はしゃぎの明石に反して余り表情に明るさが滲んでいない。ようやく楽しみにしていた形になったのをついさっきは喜んでいたのに、舷窓から射し込む陽光で輝く白刃を眺めながら二人とも首をかしげている。その内に伊藤特務艦長が口を開き、ようやく誕生した軍刀に残念な評価を溢し始める。


『ん〜、グラインダーで砥いだだけだとやはり波紋が汚いな。元々が腰も伸びてるし。』


 呼び止めて工作してもらった工員を気遣うように伊藤特務艦長がそう言うと、西田工作部長はちょっと苦笑いを浮べてながらその辺にあった紙切れを取り出し、加工し終わったばかりの刃を手に触れぬように注意して紙切れを薙ぐ。すると紙はギザギザな切り口で半分となり、彼はがっかり気味の声色で不満を口にする。


『むう、切れ味も最悪だ。やはりダメだなあ』


『およ? これだめなのぉ?』


 なんだかさっきから軍刀の出来栄えに不満だらけの二人の声を受け、思わず明石は答えてもらえないと知っていながらも問いかけを放ってしまう。そもそも明石はこれまで軍刀も含んだ刀剣の類はほとんど見た事が無く、とりあえず刃が付いて腕の長さよりも長めな大きさであれば立派な刀剣としか彼女には見えないのだが、どうにも自身の分身の最高幹部である眼前のオジサン二人は出来上がった軍刀の仕上がりがすこぶるご不満らしい。何が悪いのか確かめるべく明石が丸い目をかっぽじってじーっと軍刀に視線を向ける最中も、手にした時のバランスが悪いだの反りが足りないだのとブーブー文句を言う始末。先程の工作の様子を見る限りあの白い鉄棒1本でちょうど軍刀1振りに相当するようだが、最初の1本で上手く理想の形にする事が出来ないと悟ったのか、他にも持ってきていた2本の鉄棒を引き続いて加工するつもりは既に両名には無いようであった。


『ふぅ。やっぱり水交社で買うのが一番ですかね。』

『ははは。安く済まそうと思いましたが、ダメですなぁ。おい、ご苦労だったな。ついでにこの参考書、工作部の資料庫に入れといてくれるか?』

『は、はいっ!』


 ここに至ってようやくオジサン2名による道楽のお時間は終了。お仕事中に捕まえてしまった工員に労いの言葉を掛けるや、標的作りで大繁盛している最上甲板の様子を見にその場を去る。同時に上司よりの言伝を守るべく、工員も西田工作部長より手渡された参考書を持って少し遅れて工作室を出て行った。


 後に残るのは鼻の内側を突くような鉄粉の残り香と、屑鉄入れとされる鉄製の箱に捨てられてしまった軍刀を黙って眺める明石だけである。他の有象無象の鉄の欠片と供にゴミとされ、しかもまた屑鉄入れの箱に入らない長さを持っていた為にハンマーで真っ二つに折られてしまった落第軍刀の成れの果ては、明石のいる工作室に唯一ある舷窓より漏れてくる陽の光を受けて、あの特徴的な白い輝きをほのかに帯びて明石の瞳に映っていた。

 やがて明石は屑鉄入れの箱に近づいて泣き別れとなった軍刀の剣先を撫でてみるが、鉄特有のひんやりとした冷たさと僅かにザラザラとした荒い研磨の感触を覚えるも、明石の指先には刃物ならば当然持っている切り裂くような刃の鋭さは伝わってこない。


『ふぅ〜ん・・・。難しいんだなぁ。』


 眼前の無残な軍刀の姿をちょっと可哀想と思いつつ、ふいに出た彼女の言葉は先程までの伊藤特務艦長と西田工作部長の不評を理解した故の声。見てくれだけなら確かに片側に刃を見せる為に刀剣の体を成しているのだが、物を切るという大事な大事な刃物としての機能が烹炊所で使っている包丁よりも酷いというその仕上がりは、刀剣に関してズブの素人である明石にも十分に解かった。


 だがこの時、屑鉄入れの中で物寂しげに輝いている軍刀を眺めていた明石は、廃却の為に真っ二つに折られたというその姿にもう一年以上前の記憶にある親友との出会いを思い出す。 もちろんそれは容姿の上でも艦齢の上でも自分より10歳以上も歳が離れているにも関わらず、最も親しい友人として慕う神通(じんつう)との出会いで、双方供に顔が腫れ、血を流すほどに殴り合った末に理解しあえたというなんとも衝撃的な記憶である。その際、持ち前の度胸と強面、そしえて暴力でもって己の悲しみを誤魔化そうとする神通に、明石も怒りの感情を昂ぶらせて一歩も退かぬ殴打を披露したのであるが、明石にとっては友人との出会いという良い思い出の一言ではちょっと済ませる事の出来ない行動を、実はこの時とっていた。

 神通が美保ヶ関(みほがせき)事件で悲劇を目にする以前より大事にし、しかも一連の事件の最後に自ら命を断つという形でこの世から去ったとある人間の形見とも言える刀を、明石は神通との殴り合いの最中に怒りに任せて折ってしまったのである。


『こんな物!!』


 その時は何かその刀が神通という艦の命における悲しみ故の悪さ、惨劇を知る故の間違いといった悪評の権化にも思え、明石は躊躇する事も無く抜き身の刀身を月光の下で隔壁に叩きつけてやった。気味の悪いほどに綺麗な音色で泣き別れとなった親友の刀の末路で、その後しばらく声を交えて和解した際、自ら折れたその刀と鞘を月明かりの波間へと投げ捨てた親友のあの表情を、明石は今でもハッキリと覚えている。


『もういらん・・・、いらんさ・・・。』


 片方の頬と瞼の辺りが青く腫れ、切れた唇から血の流れを滲ませながら、その鋭い釣り目の両端に光る雫を湛えて薄っすらと笑っていた神通。仲間を殺し、恩人たる人間までも自殺に追い込んでしまったという呪いの呪縛より、彼女はまさにあの瞬間解放されたのであり、思い出すと今でも明石は親友を心底祝福してやりたい気持ちになる。

 だがその頃から今に至るまで、明石と友人として接していく中で神通はおくびにも出さなかったが、やはり彼女は指揮の為、部下を戦場で従える為の象徴として刀という物に思い入れがあるようで、何気ない日常の中でも明石と話をしている際、希に呆けた視線で人間の士官連中が持っている軍刀をじっと眺めている事がある。金剛(こんごう)という名の師匠より授かった教えもあるのだろうが、部下達の教育の際にも必ずと言って良いほど神通が竹刀を手にしているのも、今更ながらに彼女が刀剣の類をその心の中で非常に大きな存在として位置づけている現れなのではないかと明石には思えてくる。

 そして経緯はどうあれ、そんな親友の刀を明石はその眼前で破壊してしまったのだ。


『神通・・・。』


 大の仲良しと慕う神通の名を漏らし、これまでの2年近い付き合いの中で唯の一回もあの軍刀の事を話題には出さなかった親友の胸の内を想う明石。いつも冷ややか目線で周りの者達を押し黙らせ、上官であっても部下であっても怒りの声の覇気と音量を一切変えず、尊大で短気ですぐにげんこつを相手に飛ばすという、良くも悪くも極めて軍人らしいとも言える神通の人柄には明石であっても困ってしまう事も多いが、そんな人柄だからこそ余計に明石には、これまでの時間で神通の本音に考えを巡らせて応えてやれなかった事が辛かった。


『ホントは欲しいんだよね、軍刀・・・。私と違って、神通は指揮官さんだもんね・・・。』


 屑鉄入れより真ん中から叩き折られた軍刀の片割れを手に取り、舷窓からの陽光を宿した白刃に眉を細めながら明石は呟く。考えてみれば軍刀という、ともすれば大変に物騒でもある軍人の持ち物を佩用した姿が、明石の知る多くの船の命の中で最も似合うのは他の誰でもない神通である。そもそも艦魂社会では軍刀を調達する仕組みが無くなじみも薄い代物であり、自身の分身の中で人間達が紛失した物を個人所有としたり、民間船の艦魂を上手く使って入手する以外に手は無く、明石が実際に目にした軍刀を持った艦魂とはお偉方の長門(ながと)比叡(ひえい)、そして昨年の観艦式前の横須賀にて富士(ふじ)という先輩より見せてもらった、今から36年前の古い写真における敷島(しきしま)だけである。

 もっともこの3人も含めてだが、決して軍刀をある日突然に自分の所持品として出現させた訳ではない。明石もそうであるが、艦魂特有の淡く白い光を用いた能力であっても無から有を生む事は実は不可能なのであって、せいぜいできる事と言えば全く同じ物質を相当の体力を消費して複製するくらいが関の山でもあったりするのだ。


 おまけにそも白兵戦を組織としての想定にちゃんと組み込んでいる帝国陸軍と違い、お船同士が敵味方に分かれて撃ち合いを演ずるのが主である帝国海軍では、軍刀を手にした人員というのは大変に希少である。上海事変や支那事変で陸戦隊の活動が目立つここ最近では多くなった方ではあるが、それでも帝国陸軍のように一兵卒に銃剣を官給する必要は無い事から、帝国海軍では士官以上の者でないと軍刀は着用してはいけない事になっている。大体が銃剣や軍刀を立派な兵器として捉えている帝国陸軍に比し、帝国海軍での刀剣類は服装の一部として定義されているのに過ぎないのだった。


 そんな幾重もの事情により、明石を含めた帝国海軍艦魂社会では大変に珍しい軍刀という存在。もちろん一振りを個人用として手にしていたいという気持ちは艦魂は勿論、人間の海軍軍人でも抱く者は多く、上手く職場と知り合いのツテを利用して軍刀を作り出そうとした伊藤特務艦長、西田工作部長の行動には、このような事情も多分にきっかけとして含まれていたりもする。

 だがそんな自身の乗組員による先程の軍刀製作は、なんとか友人に欲しているであろう一振りを調達してやりたいと思い始めていた明石に非常に参考になる実例となる。今までなんだかんだで世話になってきた神通の為と思えばやりがいも湧くし、なにしろ多くの部下を抱える指揮官たる体面にとにかく強いこだわりを持っている彼女である。機能性は多少犠牲になっていても形として刀剣の姿になった物を贈呈されたなら、指揮の象徴を手に入れたと大いに喜んでくれる様子が明石の脳裏には難なく浮べる事が出来た。


『んもう、折っちゃわなくても良いのになぁ。ま、でもまた作ればいっかぁ。』


 本当なら先程作られた軍刀をそのまま進呈できれば楽だが、実際に作られる様を最初から最後まで見ていた明石には自分の手で工作する事への億劫が発生しない。具合が良い事に西田工作部長らは3本も素材を持ってきたにも関わらず最初の工作で早々と見切りをつけて退散しており、残りの2本は屑鉄入れを前にして立ち尽くす明石のすぐ傍で無造作に壁に立てかけられている。通路で明石に気付かないまま話していた内容では元々の搬入数量に細工しているとの事であったから、仮にこの2本に及ぶ軍刀の素材が紛失したって全く問題にもならない筈。加えて今は艦内奥深くの資料庫に収納されてしまったが、西田工作部長が所持していた参考書を見れば作り方だって明石にも解かる筈で、全く意図せずにお偉方に付き合わされた工員さんが一応は軍刀を仕上げてみせたのはその証明でもある。



 今の明石には大変に都合の良い事ばかりで、すでに明石には出会った頃の事を思い出すのと同時に蓄積していた友人への懺悔の感情は微塵も無い。むしろきっと喜んでもらえると期待感が入れ替わるようにして渦を巻き、やりがいと工作艦たる自身でしか実現し得ない使命感が彼女の胸の中で激しく燃え始める。


『いっよおし! 頑張っちゃうぞぉ!』


 横溢した明るい感情に付随して明石の顔には満面の笑みが花咲き、叫ぶようにして放った声色は出航の際の信号ラッパの如く意気揚々としていた。次いで人並み以上に集中力を単一目標に注げる性格の彼女は、善は急げとばかりに工作室を飛び出し、まずは汚れ易い工作作業に従事する為の作業衣調達へと向かう。




 こうして友人である神通への友情を懸けた、明石による軍刀作りが開幕するのであった。

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