第一〇六話 「空母を知ろう/後編」
愛宕艦長官室では、第二艦隊所属の艦魂達による勉強会の休憩が宣言されてからまだ数分しか経っていない。
厠や喫煙の為にと部屋を一時後にしている者もまだ戻ってはおらず、空いた席もチラホラと目に付く部屋の中ではちょっと疲労の吐息も混じった艦魂達の休む姿がある。真水の節水が厳しく守られる帝国海軍艦艇では、こんな時にホッと一息つく為に飲める物は個人で作っておく魔法瓶に入れたお茶くらいで、彼女達は少しぬるくなったお茶にささやかな暖と憩いの一時を得ていた。
その中には隣同士の席に腰掛けて仲良しぶりを不変とする明石と神通、那珂の姿もあるが、その内に小さな声で談笑しているこの3人の顔にはぬっと大きな影が覆われていく。
『・・・明石。』
『およ? あ、加賀さん・・・。』
神通以上にのっぽさんである加賀。どんよりと沈んだような低い声と感情が希薄な彼女の表情は、話しかけ辛い人柄であるのと同時に話しかけられても応え難いという会話の特徴を第三者へと与えてしまう。決して心当たりこそ無いがどこか怒られそうな雰囲気も過分にあって、明石は返事をするとそれ以上の言葉が口から出てこなくなる。おまけに加賀の間の悪い無口ぶりがここでも威力を発揮し、自ら話しかけて来たにも関わらず何も言わずにしばし明石の顔をじーっと眺めている。
なんとも困った人だ。
『・・・・・・さっきの質問、・・・おかげで皆、飛行機とは何かという所から理解が出来た。』
いつも通りのノロノロした物言いながらようやく放ったその言葉を耳にするに、どうやら先程の勉強会の中で明石がした質問の事を褒めてくれているらしい。長い沈黙の末に出た割りにはなんとも拍子抜けだ。
『あ、あはは・・・。ど、どうもですぅ。』
『・・・うん。・・・解らない事を解らないと口にするのは悪い事じゃない。・・・むしろ解らないままその場を過ごし、勝手な解釈の末に誤った判断をする方が始末が悪い。・・・特に私ら海軍艦艇は、命のやりとりを行うのが真の生業。・・・血を流したくないなら、代わりに汗を流しておくんだ。』
苦労人の果ての悟りか、それとも艦齢15年以上の成せる業か。中々に良い台詞を放ってみせた加賀はちょっとした感動を覚えた明石が目を輝かせるのと同時に踵を返し、教え子の蒼龍や飛龍がくつろいでいる姿を隣とする自分の席へ戻っていく。口数が少ない中での一言であったのも大きい故か、離れていく加賀の背中に反して、『血を流したくないなら汗を流せ。』の言葉は物凄く素晴らしい格言として明石の脳裏に残された。
『加賀さん、かっくいぃ〜・・・。』
少し呆けた感じの表情の中に爛々と輝く目を浮かべ、スタスタと何事も無かったかの様に去り行く加賀の後姿に明石は見惚れる。ちょうど明石の瞳に映る、首の後ろで強く縛った腰まである加賀の長い黒髪は艶も美しく、痩せ型で女性にしては大柄なその姿は髪型も含めて明石との間に容姿における共通点が偶然にもたくさん有る。
も、もしかしたら、10年くらいしたら私もあんな風になるのかな!?
ちょっとはしゃぎ気味でそう思うと、寡黙な所は別としても加賀の先輩っぷりが段々明石には根拠の無い自分の将来像へと重なりだしていく。完全な願望と憧れだけが先行した妄想であったが、それぐらい今の加賀は明石にとっては格好良かった。
そして目の前にこうだったら良いなと願う理想が体現されていれば、憧れへの距離を身近に感じる事が出来てもう一頑張りと己を奮い立たせる事が出来るという物。明石もその例に漏れず、随分とお人柄の点では自分とは違う型の人物である事を承知しつつも、幾年か経って自分がベテランと呼ばれる頃には今しがたの加賀の様に格言の一つでも口に出来る姿でありたいと強く願う。
今日はなんとも加賀の姿に発見の多い日だ。
『お、大体揃ってるかな? よおし、じゃあ後半を始めよっか。』
明石が一人十年後の自分像に迫らんとしていた長官室に、そんな声を上げつつ高雄が入ってくる。喫煙者である彼女は厠の後に冬の寒さも少し和らぐ本日の晴天の下、防府の波間を横目に上甲板で一服してきたようで、首に巻いた黒いマフラーを解く彼女の後ろからは他に那智等の喫煙者達数名が続くようにして長官室へと戻ってくる。思い思いの休憩は僅か10分の時間であってもそれぞれに気持ちの区切りを設けてくれ、座学ばかりの本日のお勉強会の後半が始まるに当たって各々がお勉強の意欲を改めて臨む。
もちろん明石もしばしの休息と、容姿の共通点が多い加賀の格好良い姿に憧れた事でやる気が漲っており、高雄にお願いされて再び上座にある黒板の横へと足を進めて行く加賀を瞳に映しながらノートと鉛筆の準備を始めた。
そんなこんなで始まった第二艦隊所属の艦魂達によるお勉強会は、前半で教わった空母のお話の続きが早速加賀によって説明されていく。すなわち3種類に類別される空母における、2種類目の空母のお話であった。
『・・・では。・・・二航戦に続く空母ですが、・・・これはこれまで長く第一艦隊で一航戦を成していた私や、ペアを組んでいた赤城の様な空母を指します。・・・便宜的な言い方をすれば、主力部隊随伴の攻撃型空母、と言った所でしょうか。・・・敵性艦艇への攻撃の面では先程の飛龍や蒼龍らと同じですが、空母を標的として前線を行動する二航戦に対し、私の一航戦は長門さん率いる第一艦隊の主力戦艦部隊と一緒に行動します。』
今度の空母は加賀自身も含めた一航戦に属する空母の事らしく、菊の御紋を舳先に頂いた空母の中で最も大型にして、古参格でもあるが故に国民からの認知度も抜群に高いという加賀らが、一体どんなお役目をその大きな艦体に忍ばせているのだろうと明石達は耳を澄ます。とりあえず今しがたの語りを聞く限りではどうも加賀や赤城はその堂々たる分身の姿に反し、前出の二航戦の空母らよりも防御にそこそこの比重を置いているらしい。
加賀は続けて自身を含めた一航戦の空母の事を、より詳細に仲間達へと説明してくれた。
『・・・攻撃の主な目標は敵の主力戦艦部隊で、戦艦同士の砲撃戦となる前に味方の着弾観測機の支援、そして逆に敵性着弾観測機の排除を目的として戦闘機隊で制空権を構築しつつ、敵戦艦部隊に対して事前の航空攻撃を行います。・・・但し、これは先程の二航戦とは違った艦艇の機能を奪う制圧攻撃ではなく、完全に敵艦艇の数を削減する事を念頭にした撃沈想定の攻撃です。・・・故に攻撃方法も、甲板上の構造物に損害を与える降下爆撃よりも、浸水の危険を常に控える水線下への損傷を企図した雷撃を重視しております。・・・戦艦は傾斜によっては、大重量の砲弾や装薬を扱う揚弾、揚薬の設備に支障が出易いのです。・・・加えて多量の浸水で速度が落ちた艦が一隻でも存在すれば、その艦を有する敵戦隊では落伍して集中射をうける僚艦を出さないようにと、所属の全艦が一斉に速度を落とす事にも繋がります。』
『なるほど、あわよくば撃沈。例え損傷を与えるにしても、砲撃戦の最中の速度を遅くしてやろうって魂胆かぁ。』
加賀の説明に頷きつつそう言った高雄はすぐ傍にある黒板を見る。そこには3つの枠に分けて帝国海軍の空母の名前が何隻か書かれており、休憩前に説明した二航戦の空母に搭載が予定されていたという搭載機の編成もまだ消されずに残っていた。
『じゃあ、加賀さん。やっぱ加賀さんや赤城さんの搭載機も、この飛龍や蒼龍の搭載機とは編成が違うんですか?』
『・・・そうです。・・・一応、書いておきましょうか。』
説明に付随して何某かの根拠があれば解り易いのは、人間であっても艦魂であっても変わらない。前回の飛龍と蒼龍らのお話の際と同じように、加賀は自分達の様な空母の特徴を示す一例として再び黒板の片隅に3段に分かれた数字を記しつつ、その数字が意味する自分達にかつて予定された搭載機の編成を同時に声にも変えていく。
『・・・これは休憩前に飛龍と蒼龍の搭載機を説明した時にも使った、昭和12年の〝艦船飛行機搭載標準〟という書類に書かれてる赤城と私の分の搭載機編成です。・・・上から戦闘機が12機、爆撃機が18機、攻撃機が48機でして、これもまた攻撃機を抜群に多く搭載しているのは一目瞭然です。・・・しかもご丁寧に、この搭載機編成の備考欄には攻撃機の内、6機を偵察に当てると明記されていました。・・・つまり、残りの42機は完全に雷装攻撃専門の機で、私と赤城には当時の蒼龍に予定していた攻撃機の4倍近くも単艦で積む事が予定されていました。・・・もっとも、昨年にはこれまた飛龍や蒼龍と同じ様に、私と赤城の搭載機の編成にも見直しが入っておりましてね。・・・現在は赤城も私ももっと戦闘機を増やして、搭載機種間での均衡を重視した物になっております。・・・まあそれでも赤城ともども攻撃機を多めに積んでいる事は変わっておらず、・・・格納庫容積に余裕が有る私は、攻撃機を未だに40機以上は積んでいますがね。』
明確な根拠と数字を出した加賀の言葉を受けて明石を含めた第二艦隊の仲間達はそれぞれ大きく頷き、二航戦の物とはまた違った空母の知識に触れる。雷装の艦攻隊による強力な対艦攻撃と、戦艦部隊と随伴して戦闘機隊での制空権の確保も兼ねているというその姿は、どこか現代の帝国海軍水上部隊の切り札の様な存在。連合艦隊司令長官が直卒する戦艦部隊の在り方を鑑みると、まさに加賀と赤城のような空母は戦国時代の軍勢における大将の親衛部隊、いわゆる旗本衆のような物である。
だがしかしそんな在り方を皆が難なく想像できたからこそ、親衛部隊の一員たる加賀がなんでこの第二艦隊にいるのかという疑問が、至極当然のように各々の脳裏にこの時浮かんでくる。日本海海戦以来の誉れも高い戦艦部隊を抱える第一艦隊と違い、第二艦隊は果敢に大海原を駆け回って敵を見つけ、次いで先制強襲を仕掛ける前衛部隊であり、隻数の上での主力たる水雷戦隊はさながら足軽で、部隊数の上で主力となる一等巡洋艦戦隊は足軽隊の前進を支援する弓隊や鉄砲隊といった所。
そこに後衛配備でしかもまた懐刀にも近い一航戦が加わったとなれば、本隊たる戦艦部隊の支援はどうするのか。
誰しも抱く当然の疑問であり、同時に加賀の一航戦が第二艦隊へと転属した事の重大さを、明石を含めた第二艦隊の面々はここで改めて認知する。
ただ単に防御戦闘に比重をおいた部隊が、攻撃に偏重した第二艦隊へと転属したというだけのお話ではない。加賀と赤城で構成される一航戦がこれまで属してきた第一艦隊とは、日露戦役の時のように日本へと大挙して来寇してくるであろう敵艦隊と雌雄を決するべく艦隊砲撃戦を担任する部隊。艦艇を沈めるための最大の駒たる戦艦を主力として構成され、帝国海軍最後の壁として立ちはだかる艦隊にして、絶対に負けが許されない者達でもある。だからこそ一航戦の空母とその艦載機には、戦艦部隊が誇る壮絶な砲撃力を十二分に発揮させる為に敵味方双方の観測機に対処するお役目と供に、少しでも砲撃戦時の味方の戦力を優勢にすべく雷装の艦攻隊という強力な対艦攻撃部隊が備えられているのであり、負けてはならない艦隊戦の最終局面として帝国海軍が描いている戦策においては非常に大事な歯車の一つである。その歯車を帝国海軍の上層部は自ら外した事を示すのが、先月に実施された昭和16年度の艦隊編成だったのだ。
『あれれ、本家本元の第一艦隊はどうすんだ?』
『う〜ん。艦隊決戦のシメ、第一艦隊の戦艦部隊じゃなくなるのかな?』
『いやいや、休憩の前に加賀さんも言ったろ。あのドデカイ主砲はやっぱり敵の戦艦を沈めるには一番効果があるよ。』
『でもさ、これも加賀さんが言った事だけど、戦艦の着弾観測とか、事前の敵主力艦の削減とか、これは空母の飛行機じゃなきゃまず無理な任務だぞ? それ外しちゃったら他の何が代わりを務めるんだよ?』
お勉強会の成果として空母というお船の知識が備わってきた事で、長官室の中にいる第二艦隊の艦魂達はすぐに加賀が第二艦隊へと来た事への率直な疑問に気付く。数十年もの間ずっと不動であった海戦の最終局面にて主役となる戦艦部隊の存在に対し、何故にその力を引き伸ばそうとする大事な戦力を引き抜いてしまったのかが、彼女達には上手く理解に至らないのだ。
すると本来は極めて無口な加賀の人柄も災いし、何も彼女が言わなくなった事に便乗して長官室の中は誰と言わずに胸の中に浮かんだ疑問を投げ合いを始めてちょっとした騒ぎの様相と化して行く。明石もまた『ねえねえ、神通・・・。』等と隣の仲良しに切り出し、神通もまた明石の質問を受けて腕組みをしながら難しい顔を捻る始末であった。
しかしそんな仲間達の自由な喧騒を上手く静めるのは、やはり曲がりなりにも彼女達を統率する立場である高雄の一声である。
『お〜い、みんな。この場で帝国海軍の戦策を論議したって、いくら時間が経っても解りやしないよ。空母だけで成り立つ簡単な話なら人間達だって苦労しないんだからさ。まずは一個づつ理解する為に、ここは加賀さんの話をちゃんと聞こうよ。』
怒った様子も無くいつもの軽い感じもする物言いであった高雄の声は、特に大きな音量で放たれた訳でも鬼気迫る迫力があった訳でもない。だが極めて普通の女性の声ながらその一声が響き良く木霊するや、不思議と辺りに居る者達は楽しかろうが悲しかろうが落ち着きを取り戻して声を静めてしまう。艦隊旗艦を生まれた時より約束された身であるからか、それとも帝国海軍歴代の艦魂達の中で最も優秀な者と目される出雲という師より学んだ才能なのか、軽くウェーブのかかった肩を覆うくらいの黒髪を指先で巻き上げながら微笑んでいる高雄の姿に、彼女の部下たる明石を含めた第二艦隊の艦魂達はまるでスイッチが入ったかのように押し黙るのだった。
『おっしゃ。加賀さん続きを願います。』
『・・・は、では・・・。』
常に明るい高雄の声に続く、加賀のどんよりと暗い声。自分を無視して仲間達が静かな騒動を眼前で起した事に色々と言いたい事があるのかどうか、前髪の影で曇り空の下における水溜りのようにひっそりと浮かぶその瞳に、明石を含めた仲間達は本心を察する事が出来ない。
ちょ、ちょっと騒ぎ過ぎたかなあ?
怖そうな先輩だと内心思っている明石でなくとも、そんな声が室内の者達の何人かには過ぎった。もっとも加賀は何を言うでも無く高雄の声を受けると全員に背を向け、またぞろイーゼル上の黒板へと右手に握ったチョークを走らせていく。まだ『ちゃんと聞け!』とお叱りの一言があった方が救いがあったという物で、吐息の音色すらも感じさせずに黙々と黒板に何かを書いていく加賀の背中は、言葉は悪いが不気味さだけが異様に目立つ。
なんとも接し方に困る先輩であったが、当の加賀は黒板にある程度の文字を書き終えると何事も無かったかのように再び全員に正対し、本日のお勉強会のお題目たる「帝国海軍の空母のアレコレ」の説明を再開して仲間達が無言で覚えていた恐怖を空振りさせるのだった。
なんとも変なお人であった。
『・・・一航戦の転籍による帝国海軍の戦策への影響は少し置いておき、・・・とりあえず3種類目、最後の類別となる空母の事を説明します。・・・3種類目の空母は先月より三航戦を新編した、龍驤や鳳翔といった小型でちょっと旧式である空母が類別されます。・・・ただ、旧式といっても空母という艦艇の設備面での話でして、鳳翔は私と4日しか進水日時が違いませんし、龍驤なんかは私よりも若いですがね。・・・まあ、鳳翔は私よりも先任ですが。』
加賀の暗さ全開の物言いは些か愚痴めいたようにも聞えてしまうが、別に彼女は今しがた口にした鳳翔という名の艦魂を嫌っている訳でもなんでもない。 むしろこの二人と赤城の3人は、空母運用においては世界最先端のノウハウを帝国海軍が身に付けるのに際して中心的な役割を担ってきた経歴があり、何もかもが手探りだった空母の黎明期を人間達と供に励んできた草分的な存在である。3人とも分身の建造がほぼ同じ頃合だったにも関わらず、大小は勿論、初期の頃は鳳翔艦と赤城艦と加賀艦では艦橋の設置部位や煙突の出し方、飛行甲板の形状だって違ったくらいで、その在り方は如何に短い期間で試行錯誤の連続を帝国海軍が繰り返していたのかを如実に物語っている。
故にこの3人は空母というお船としての下積み時代とその苦労を供にし、ワシントン会議の時に既に米国のレキシントン級巡洋戦艦が基準排水量3万トンを超える世界最大の空母として竣工すると発表されて世界各国の海軍に衝撃を与えていた中、帝国海軍も負けじと必死に海軍軍人達と供に頑張ってきた無二の盟友同士。おまけに3人とも姉妹がいないというお船としては珍しい身の上だっただけに、実の姉妹の様にその仲は良いのであった。
だから加賀は今しがた自分で口にした「旧式小型」という語句が海軍艦艇としては悪評になってしまう事を大いに嫌い、動かしようの無い事実ではあっても聞き手である仲間達に格下だと捉えられないようにと、鳳翔が類別される空母群のお話には少し力を込めて詳細を述べていく。
『・・・この種の空母は航行性能、搭載機数、及び取り扱い可能な飛行機が旧式機が主な物という面から、一個艦隊の攻撃の主軸となるだけの攻撃隊を編成できません。・・・その為、運用にあっては搭載する飛行機の機種とその役目を減らして特化させています。・・・これも昭和12年の艦船飛行機搭載標準という書類に書いてあった数字ですが、鳳翔にあっては新型機の離着艦ができないので、専用に保管してある旧式の戦闘機9機に爆撃機が6機。・・・龍驤もまた戦闘機と爆撃機のみという編成ですが、龍驤だけは昭和16年度より爆撃機に代えて攻撃機を搭載し、なおかつその搭載機の編成は戦闘機24機、攻撃機12機と、戦闘機を重視する事に決まっています。・・・まあ、龍驤の艦攻隊は、基本的に雷装ではなく爆装での運用を予定しているようですがね。・・・次に、この二人のもう少し詳しい役目を説明します。』
しゃべり疲れてお勉強会の最初の頃は途中で持ち前の寡黙っぷりを発揮してしまった加賀だが、姉妹と慕って親交を得てきた鳳翔と、すぐ下の後輩に当たる龍驤への想いが彼女の人柄に頑張りを与えてくれるのか、咳払いを一つ置いて呼吸を整えると喉を少し擦りつつも自ら説明の続きを放つ。強面で妙に口数が少ないお方ながらも加賀なりの思いやりという物が垣間見えた瞬間で、傍目にも彼女が無理をして声を放とうとしている様子が見て取れた手前もあり、皆と同様に明石も少し意外な感じを覚えつつその一生懸命な説明に耳を傾けた。
『・・・んんっ。・・・先月に新編された三航戦、次いでそれ以前までの二人の配属先が第一艦隊である事からも解るとおり、彼女達の主な役目は戦艦部隊に対する直衛でして、艦隊上空の制空権確保をする一航戦の戦闘機隊、もしくは敵主力艦の漸減を狙っての攻撃隊に加勢したり、決戦場に赴くまでの道程で行う上空直援や空中からの対潜哨戒、それから戦艦部隊には最も大事な着弾観測なんかにも、時には支援として参加するでしょう。・・・哨戒用とはいってもこの数字の通りちゃんと爆撃機を搭載しているので、艦隊補助空母というよりも実質は遊撃型空母と言った方が正しいです。・・・また、海軍艦艇としては中型の為に整備補修、及び補給を行う待機地点等において、港湾設備の融通が現有の空母の中では最も利きます。・・・私や赤城なんかは艦体が現有の戦艦よりも大型で、仮に入渠整備となれば実施可能な港湾設備は片手で数えるくらいしかありません。・・・その上で新造の大型艦艇も作っている訳ですし、もしも戦艦と同時期の整備補修が必要となったら一大事です。・・・船渠の前で空きを待つ、役立たずの行列が出来てしまいますからね。・・・そして支援の側面が強い任務性は運用に幅があるという事でもあり、必要であればこの種の空母は他の艦隊に一時的に配備したり、単艦の性能を勘定した上で軍隊区分での分派をして運用する事も考えられています。・・・昨年の6月頃になりますが、主力部隊に専属で随伴する空母の必要性が、当時の連合艦隊司令長官より上申されたようでしてね。・・・事実、第二艦隊が夜間強襲をする際、軍隊区分で第一艦隊から派遣される予定になっている金剛さん以下の三戦隊は、後方の本隊から前衛の第二艦隊へとやって来る間、速度の速い龍譲を上空直衛専門艦として従えて来る予定になっているのです・・・。・・・こふっ、ごほっ・・・。』
いつも真一文字に結んで閉じている口が今日ほど開いた日は無いであろう加賀。酷使した舌と喉は唯でさえ乾燥している師走の空気によって水分不足に陥ったらしく、唾を飲み込んで潤いを取り戻そうとしているのか、彼女は喉を大きく動かす素振りを見せながら全ての空母の説明を終えた。
その直後、高雄と供に上座の辺りにて席に着いている愛宕が真面目で良く気が付く性格を生かし、声も無くお茶を用意して加賀の前に位置する長机の上にそっと進める。
『・・・あ、すいません・・・。』
『いいえ。お疲れ様でした。』
『・・・・・・。』
短くぼそっとした声でお礼を述べるや加賀はようやくいつもの彼女に戻り、愛宕の返礼に浅い会釈でもって応える。ようやく今日の語り手としての主要なお仕事を終えた事に安堵したのか、鷲の様な尖った目を前髪の影で常に浮かべるという強面が自慢の加賀が、お茶をすする間際に周囲の席に着いている者にしか聞えぬ程に小さな音量で長く溜め息を吐いていた。
その一方、加賀先生の講釈が一段落した長官室には、早速その仲間達による自由な発言の時間が訪れる。その中でも最初に声を放ったのは、加賀の語りの最後の部分で自身の師匠の名が出てきた事に反応した神通であった。
『おお、確かに親方が前に言っていたな。快速の龍驤は足の速い親方達に随伴できて、第二艦隊と合流した際には龍驤も第二艦隊の空母部隊に加勢するんだとな。・・・む、そうか。龍驤が今年から爆撃機に代えて、雷装では無く爆装を主眼とした攻撃機の搭載を予定しているというのは、降下爆撃を多用する二航戦との協同体勢も考えての事なのか・・・。』
『なるほど。私と飛龍の分を合わせた数と同じだけの24機の戦闘機は、二航戦の戦闘機が攻撃隊の護衛として全力出撃しても上空直衛を十分に賄う為で、二航戦が対艦攻撃として艦攻隊を使うようになったから、龍驤さんの艦攻隊はさしずめ偵察の分を補填してくれるって事ですね。』
『う〜ん、よく考えられてるねえ。』
神通に続く形で第二艦隊の艦魂達の声が飛び交う。最初の二航戦に所属するような空母のお話の時にもみんな感じていたが、この空母という艦艇は戦艦や巡洋艦に比べれば誕生して日が浅いものの、頭の良い人間の海軍軍人達によってとにかくよく研究された末に現代へと至っており、各々が知る帝国海軍の戦策の断片にちゃんと関わる事が想定されていた。神通が師匠である金剛の言葉を思い出して理解を深めたのは、まさにその好例であった。
『ぬぁるほどぉ〜・・・。龍驤さんなんかは単艦でのお役目まで有るんだぁ・・・。』
第二艦隊でも最も尻の青い新米艦魂の明石も、今日は仲間達と供にこれまで知らなかった空母の知識に思わず息を飲む。もはやお勉強会の直前にこの道10数年のベテランにして、仲良しでもある神通や那珂とやっと同じスタートラインに立てたと喜ぶ様子も、次いで休憩中に加賀が垣間見せたついつい自身の将来を夢見てしまう格好良い姿への憧れも今は無く、記憶から薄れてしまわない内に学んだ事を文字として一心不乱にノートに記していくだけである。
今日という日まで飛行甲板があれば全部同じ空母という艦艇なんだと思っていた明石だが、その中にもこうして多様に、しかもまた実によく練り込まれた各々の特徴と使命が込められていた。もちろんそれを考えて編み出したのは明石の分身にも乗組んでいる人々を含む帝国海軍の人間達で、艦魂達が後追いの形で理解した知識を今からずっと以前から練りに練って考え出していた事に明石はちょっとした感動すらも覚えた。
『だが、こうなるとますます加賀さんの一航戦が第二艦隊へとやって来た意図が解らんな。』
『まさか鳳翔さん一隻で一航戦の代わりをやるかな?』
『いやいや、そりゃいくらなんでも・・・。』
『すんごいなぁ・・・。艦隊単独なんじゃなくて、第一艦隊ともちゃんと連動してるんだなんて・・・。』
周りでは未だに個々の思った事、考えた事を述べ合う仲間達の声が交錯しているが、その中で明石もまた脳裏を過ぎった言葉を素直に呟く。帝国海軍は明石を含めた特務艦も入れて100隻以上の艦艇が集う世界にして、新旧大小も鑑みてその一隻一隻にちゃんと存在の意味とお役目が用意されている場であり、同じような姿で複数隻で存在していても手抜かり無く深い深い知恵が盛り込まれている事に、明石は見てくれの表情だけは軽く呆然とした感じながらも胸の中では尊敬の念をどしゃ降り模様で募らせていた。
また一つ賢くなったぞ!
やがて明石はそんな言葉を心の中で叫んで、本日のお勉強会が大変に自身にとって有意義な物となっていると実感。お師匠様の朝日による教育の日々以外ではほとんど味わった事の無い、学ぶという行為への感謝と欲求が一段と増してくる。それに彼女は生来が頑張り屋さんであり、休憩前に加賀より放たれた言葉も記憶に新しい事も背中を押して、この際解らない事はトコトンまで質問してみようと思い立つ。何より今日はいつも色々な事を仲良しとして教えてくれる神通や那珂以外に、第二艦隊を纏める高雄や博識さを存分に披露した加賀も場を同じくしている。唯でさえ今現在の長官室の中の面子が揃う事は艦隊訓練の中であっても月に一度だし、打ち合わせや会議の体裁となっていない今日は素朴な質問であっても声に変え易い環境なのだ。
『あ、あのお! 教えてくださあい!』
猫どころか虎をも殺せる勢いの好奇心の持ち主である明石。そこまで考えると既に半分無意識の状態で、彼女の片手は弾むような声と供にまるでマストの如く高らかと上がっていた。
するとなにか楽しみを控えているように笑みがこぼれている明石の表情とその明るく大きな声は、全くの無秩序状態で各々の考えを率直に述べている仲間達の意識を根こそぎ奪い取ってしまう。刹那、ピタリと室内には静寂が漂い、第二艦隊の艦魂達の視線は一斉に明石へと集中する。
もはや先輩方ばかりの中であってもお構い無し。明石は湧き上がる学びへの好奇心を失せさせる事無く、例え素朴な疑問であっても解らない事を解らないままにせぬようにと響の良い声で新たな知識を得ようと試みるのだった。
『あの! さっき加賀さんが言った、ぐ、軍隊区分って何ですか?』