9 藤沢さんの片思い。 Ⅳ
分かっていた。此処に来てずっと葵さんは花音さんしか見ていない。
私をエスコートしてくれてたのは自分が連れてきたから・・・花音さんに言われたから・・・
私は花音さんの為に連れて来られ、花音さんは私の事を思い葵さんにエスコートを頼んだ。
葵さんに私への気持ちは無い・・・この3日間気づかない振りをしていた。
自然と唇を噛んで涙を押し込める。
「どうしたの?泣きそうな顔をして・・・」
ヤバイ・・・カイルさんが来た・・・
「大丈夫です。チョット自己嫌悪に陥っただけです。」
「失恋する覚悟が出来たのならちゃんと告白はしないとね。」
「ふっ・・振られるって分かってても告白しなきゃいけないんですか?」
なんて残酷な人。
「振られる可能性は高くても振られるとは限らないし、次のステップにも進めないよね?」
「なんですか・・・経験者は語るってヤツ?」
「俺?俺は告白なんてしないよ。始めから知っていたし。そして今でも彼女に恋してる。」
「辛くないですか。」
「聞きたい?俺の初恋?」
「えっと・・はい。少し興味あります。」
「俺の初恋は9歳の時。ボスが連れて来たアジアンビューティーの美しい女の子だった。その人はボスに似た可愛い赤ちゃんを抱いていて、その人の為に俺達一家はディラン家に雇われた。」
「それって・・・」
「そう。俺の初恋は花音。6歳年上の彼女は当時16歳。
何時も明るく笑ってて俺達を決して使用人扱いなどせず家族の様に接してくれたんだ。
うちは父さんがリストラに合いスラム街のボロくて狭い団地に住んでいたけど、母さんが少し日本語が話せただけで採用されて、ついでに父さんも運転手として雇われた。
住む所も屋敷の横の小さな家だったけど、今までの団地より何十倍も綺麗で清潔な家を用意してくれた。学校が終わると両親は仕事で一人ぼっちだった俺の為に花音は屋敷に帰るように言ってくれてそこで俺に宿題や勉強をするように進めたんだ。
9歳の俺は反抗期も有って反発したけど、花音は『反抗する暇が有るのなら誰よりも賢くなる努力をしなさい』と家の母さんの前で俺を叩いた。
母さんは首になると思い反抗的な俺の変わりに直ぐ謝ったけど、『自分の息子が他人に叩かれてる時に謝るな』って両親に怒鳴った。信じられる?自分が叩いといて・・・」
「突拍子も無いですね。」
「それでも家の両親は花音が間違ってないと思うなら、いくらでも俺を叩いて良いと言ったよ。
花音を信じていたし・・・決して俺が使用人の子だからじゃないんだ・・・
それまで真面に学校へ行って無かった俺は、転校しても落ちこぼれで虐めとか普通で、そんな俺に英和辞書や和英辞書を使い片言の英語で一生懸命に勉強を教えてくれた。その頃から俺は自宅で日本語でしか会話をしないよう徹底した。
週末になると日本のアニメのDVDを借りてきてくれて一緒に見たんだ。
半年も真面目に勉強するとクラスで一番になり、俺を馬鹿だと虐めるやつも居なくなった。
日本の学校で春休みや夏休みになると、蓮音と瑛もやって来て勉強だけじゃなく体力もつけろと言って早朝から砂浜へ連れ出され走り込み鍛えられた。
本当に人生は自分次第なんだ。花音が言った通り。
ある日俺は学校帰りに子猫を拾って、家では飼えないって分かってたから家の近く迄連れて帰りこっそり公園で飼おうとしたよ。
夕方子猫にミルクを届ける為に道路に飛び出した時だ、クラクションの音に驚き俺の体は固まったけど、誰かに歩道に突き飛ばされ、ドンっと音がした方を振返ると花音が倒れてた。
俺は怖くて一歩も動けなかったけど俺を見た花音はふっ・・・と笑ってそれっきり帰って来なかった。」
「どうして花音さんは戻らなかったの?」
「戻らなかったんじゃ無くて戻れなくなったんだよ。
ショーンと出会った二年間の記憶を丸々無くして・・・」
「俺のせいで未來から母親を奪ってしまった。
罪悪感に苛まれ花音の母親、伊織に謝罪しに行ったよ。
彼女は『私や未來の心配をしてくれるのなら沢山勉強して賢くなって未來を助けて頂戴。』って優しく微笑んだ。
俺、花音は間違いなく伊織の子供だと感じたな。
それからは全てを未來の為に頑張ろうと努力したよ。死ぬほど勉強して特待制度を利用し高校も行った。
16歳で大学に入学し18歳で院に進んだ。様々な資格や賞を貰ったけどまだまだだね。」
「二十歳で院卒・・・・・貴方、完全に世界が違うわ・・・」
「そう?守る者が出来た事で人は変われるんじゃないかな?・・」
「未來はね・・俺より凄い人になると思うよ・・・」
「それは未だ分からないでしょ・・・」
だって未だ中学生よ。
「花音が未來を日本の中学に行かせたいのは未來の子供らしさを奪わないため・・・
きっと中学を卒業してアメリカに行ったらあの子は高校ではなく大学受験をすると思う。其処ら辺の子供と一緒にしないで・・・既に言葉だけでも3カ国は完璧だし語学の家庭教師なら後4人居る。軽い挨拶程度の会話なら既に残りの4カ国も出来てる。
瑛はプログラマーとしても優秀だけど未來にとって最高の家庭教師だよ。未來が3歳からskypeを使って授業しているからね。」
「何故未來君は其処までしなきゃいけないのですか?」
「家のボス、アメリカでも有名なCEOだよ。その一粒種である未來に平凡は許されない。
花音以外はそう思ってる。あの子の未来はあの子だけの物では無い。
社員だけでも何千人とその家族の生活が掛かっている。それをあの年でもう理解している。」
鳥肌がたった。たった13歳の子供に対して伸し掛った責任と大人達の期待・・・
自分には耐えられない。24歳の私は自分の事で精一杯だ。
恋愛に触り回されて仕事を辞め、頼った先でまた恋をして一人で浮かれたり落ち込んだりして八つ当たりみたいな真似まで・・・
こんな私に葵さんが振り向く分けない・・・・
「そろそろビジネスの話をしていいかな?」
「あっ・・・はい。お願いします。」
「単刀直入に言うとボスは君にチャンスと与えた。君の料理の腕はプロでは通用しない・・・
君にやる気が有れば伸ばしてあげようって事なんだけど。」
「自分が未熟なのは分かってます。」
「この話は君に対するボスの投資だから、少しでも思う処が有るのなら断って貰って構わないよ。
はっきり言って恋している暇は無いと思って貰わないと俺が困る。」
「何故貴方が困るの?」
「ボスが俺に判断を委ねた案件に対して責任を取るのは当たり前だろ?
投資しましたが逃げられました・・・じゃ会社は成り立たない。育てて元を取る、利益を得る。基本中の基本だよね。」
「私が育つと思いますか?」
「それは君次第だろ。例えば野菜の苗を買ってプランターで育てても大きく成らない。
じゃあどうするか・・・庭があるなら耕して其処に畑を作る。無ければ野菜に有ったプランターを作れば良いし其処で育つ野菜を選べばいいだけだ・・・環境や状況はその時に自分がどうするかに寄って幾らでも変えられる。実際に野菜の土をホームセンターで買ってきたビニール袋の中に苗を植え水さえ与えれば育つしね・・・」
「やった事あるんですか?」
「未來が小さい時ね・・・ホームセンターでボソリと言った事が気になって2人で試したよ。
美味しいトマトが成ったよ沢山ね。好奇心は試さなきゃいけない処が花音にソックリだ。」
嬉しそうにカイルさんは話してくれた。
「この旅行中に返事します。」
「最、考えて良いよ。自分の将来が掛かってる事だし。楽な事は無いと思うから・・・」
「有難うございます。真剣に考えてみます。」
「うん。よろしくね・・・じゃあお休み・・・」
ここまで読んで下さって有難うございます。




