18 今日も未來君の心配事が尽きません。Ⅲ
次の朝、ショパンが死んでいた。
最近めっきり動かなくなって心配していたが朝起きたら冷たくなっていた。
蓮音が葬儀の手配をして夜には骨壷に収まっていた。僕達子供は学校だった為休ませては貰えなかった。
日本に初めて来た時に楓や椿と仲良くなれたのはショパンが居たからだった。
学校から帰った僕はショパンの骨壷を撫でた。寂しい時もショパンがいたから1人じゃなかった。
momは赤い目をしていたが僕の前では泣かなかった。
Daddyにも朝メールした。多分NYで未だ仕事中だから・・・
夕方僕の携帯がなった。珍しい、daddyが直接僕に架けて来るなんて。
《未來。花音は大丈夫か?》
《daddy・・・momに直接架けたらいいのに・・・》
《momは未來の前では泣けないから私が電話すると困るだろ・・・momを支えてあげて欲しい》
《分かった》
《頼んだよ。お兄ちゃん》
なんだよ、お兄ちゃんて・・・未だ生まれてもないのに・・・仕方無い・・・
リビングに行くとパパがソファーに座りその膝枕でmomが寝てた。
こういう処を見ても驚かない自分に半ば感心しながら近づくと、パパは小さな声で話しかけてきた。
「相当辛い筈なのに俺達の前でもお前のmomは泣かない。お前のdaddyだけだよ。
花音が安心して泣けるのは・・・自分の怒りや悲しみをぶつけたのも・・・昔からな・・・」
「パパはmomの事好きなの?」
一度聞いてみたかった。
「好きね・・・多分そんなにシンプルな感情ではないかなぁ・・・
俺が物心着いた時にはもう花音は妹だったし・・・只々可愛くて、手を伸ばして抱きついて来る処も、怒られて拗ねた時も、蓮音と一緒に花音と葵が笑っていられるようにって、そればかり優先したなぁ・・・
どうしても困った時は助けたいと思うし、甘えさせたいと思ったよ・・・
未來・・・自分の・・・花音が妊娠した経緯は聞いた事ある?」
「daddyから8歳の時聞いた。」
「8歳って・・・ショーン・・チッ・・・・・ショックだったろ・・・」
僕はコクリと俯きながら返事した。正直僕さえいなければと自分を責めた事は合った。
それは今でも僕の中の何かに引っかかって時折顔を出す。
「あの場所へ最初に遭遇したのは俺なんだ。
宝物の様に可愛がっていた妹をこんな目に合わせやがって殺してやるつもりでショーンを殴り付けた。ショーンも動揺していて只殴られるだけだった。
背負って帰る途中、背中の花音が『ごめんなさい。』って言ったんだ。
何に対してのごめんなさいなのかその時は分からなかった。悪いのは花音じゃなかったから・・・
次の日も死んだように眠り続け、俺と蓮音は花音が目を覚ますのを待った。
目覚めた花音は生きる気力を無くして自分を責めた。」
僕の目から涙が溢れていた。それをパパが手で拭い優しい声で
「お前が悪いんじゃ無い。寧ろ、お前が居たから花音は生きる力を貰えた。
妊娠が分かり15歳の娘に普通の親は堕胎を進める。
そんな中自分の命を懸けてお前を生みたいと言った。
望んで出来た子じゃなくてもその子を守る為に自分の命すら縦にする。
俺は花音と云う人間に惚れたね。
こいつをこの子を守ろう、どんな形であっても、そう誓った。
好きじゃなきゃ一緒には居られないけど、それだけじゃダメなんだよ。
ショーンは直ぐにでも結婚しようとプロポーズしたけど、この子は自分の子供だからって断ったんだ。
花音があんなに感情を剥き出しで誰かに怒りをぶつけた処なんて初めて見たよ。
ベランダからショーンが帰る姿を泣きながら見ていたのも・・・俺達は知らない振りで誤魔化した。
daddyと花音を見ていたら分かるだろ?二人の絆。お前が一番分かるんじゃないのか?」
「正直に言うとdaddyの愛情は熱苦しいよ・・・でもmomの顔がね、表情が全然違うんだ。」
「それが分かってるなら問題ないよ。お前は間違いなく皆に愛されて生まれてきた子だ。」
「・・・うん。有難う。」
「今日は下で食べよう。坂口さんに個室を用意して貰うから・・・」
「パパ、僕・・・パパにも幸せになって貰いたいと思うけど、もう少しだけ側に居て欲しいんだ。」
「何時も側に居るよ。」
「さあ・・・花音起きて・・・」
「むぅ・・・アレ?あき兄?・・・私寝てたね・・・ふふ・・・お腹空いたわ・・・」
「momカフェに行くよ・・・」
「ワーイ・・・何食べよう・・・・・・ひゃっ・・・」
伸びをしていたmomが突然お腹を抱え叫んだ。
「mom?」「花音?」
「動いた~・・未來手・・・・」
いきなり手を引かれお腹に当てられると脇腹あたりでポンと蹴られた。
「わっ・・・ポンって、蹴った?」
未だ見えないおなかの中で動く赤ちゃんに興奮した。
「未來・・・愛してるわ・・この子も・・・未來も沢山愛してあげてね・・・
名前、もう考えて有るの・・・」
「何て名前?」
「男の子でも女の子でも『永遠』どう?」
「永遠・ディラン・・・いいね。」
「花音らしいね。」
蓮音と小百合、この前生まれた伊吹を連れてカフェに降りた。伊吹はまだお猿さんだけど可愛い・・・
下に降りてイ・ソンジェさんがじっと見ていることに気付いた僕は
「あっ・・・ごめん。宿題忘れてた・・・」
「良いよ。未來、今僕の顔見て思い出したね・・・ボスに報告しとくから・・・」
「本当にごめんなさい。早めにやるから・・・」
「無理しても覚えないよ。楽しむのが一番だからね・・・・
だから暫くは韓国語で話しかけて、じゃないと返事しないよ・・・」
にっこり笑ってキッチンに消えていった。発音が難しいんだって・・・
この日は結局何度も発声のやり直しをさせられた。今日は中国語の李さんが居ないだけまだ良かった。
アジアの言葉はどうしても難しい。イタリア語ドイツ語は何となく聞き取れるし返事もできる様になった。
Daddyはmomが英会話さえ真面に出来なくても何も言わないが、僕の教育に関しては厳しい。
パパに漢字の訓練依頼をしたのは僕がまだ5歳の時だ。
パソコンで問題を送りダウンロードし伊織が添削した。
偶に日本の漢字ノートが送られていた。momの写真と共に・・・
見たいなら頑張れとノートの甲虫が言った様に書いてある。
伊織は日本の文化や日本人の思考なども教えてくれた。蓮音は主に空手。パパは困った質問全てに答えてくれた。
詩音はお風呂で九九を日本語で覚えようと呪文の様なリズムで唱えた。念仏を唱えるような奇妙さにカイルが覗きに来て犠牲になる。お陰で僕は計算が早かった。
5カ国の外国人教師を付けられて、有難いんだがdaddyはスパルタだった。
momはdaddyがちょっとセレブ位に思ってるけれど本当はかなりのセレブだって事を知らないのかも。
その会社のトップに僕はならなくてはいけない事。その為に色々と学ばなくてはいけない事。
小さい頃に伊織が繰返し僕に伝えた。人の上に立てる器を身につけろと・・・
これも自分の将来の為を思っての事だから文句も言えないが、小学校の部活動もしないで帰ってくる僕にmomは『子供はキチンと外で遊びなさい。』と良く言う。
でも皆塾に行ってるので外で遊ぶ子供が少ない。
男は兎も角女の子なんてまた騒ぎの元になる。
体育の授業でバスケをしただけでバレンタインデーには大変な事になったのに・・・
あの日は困って家に電話したらカイルが速攻で学校に迎えに来てくれた。
ダンボール3箱分のチョコレートはリビングに置いてたけど1ヶ月以上無くならなかった。
楓は喜んで持って帰ったけど、椿は『未來君が食べてあげなきゃ・・・』って言ってた。
小学生は流石に手作りが少なくて良かった。
因みに手作りは全てカイルが食べた。僕にバスケを教えたのはカイルだし。
学校の先生にも御裾分けし、来年から持ち込み禁止にして貰った。
バスケ部顧問の先生はしつこい位勧誘してくるがそんな暇はない。
もうすぐ生まれてくる僕の弟か妹を守れる様にならなきゃ・・・
momは又気負いすぎる僕を窘めるだろう。
でも僕はやっぱりマザコンなんだ・・・
momの喜ぶ顔が頑張るエネルギーになるから・・・