13 陸斗 Ⅳ
りっ君視点で再び登場です。
深夜のスーパーで買い物していたら蓮兄に声を掛けられた。
「こんな時間に買い物か?」
「蓮兄こそ・・・」
「俺は花音達とジャンケンで負けたからアイスを買いに来たんだ。お前は仕事の帰りか?」
「うん。最近店長が俺に任せて直ぐ帰るから色々と雑用も有って・・・」
「ふぅ~ん。お前今の店で満足か?」
「仕事に不満は無いよ。だけど毎日この時間だとキツイな・・・子供も小さいし・・・嫁に任せっきりだよ。」
「そうだよな・・・うちと同じ年だし・・・おっと・・・遅くなるな・・・じゃあまたな・・・」
そう言って蓮兄は高価なカップアイスを手に取り帰って行く。蓮兄の事だ、ジャンケンで勝ってもこんな時間に花音を買い物に出したりはしない。
家に帰るともう真っ暗で子供を寝かし付けたまま彩美も疲れて寝ていた。
俺は彩美に毛布を掛け静かにさっき買った食材を冷蔵庫に入れ風呂に入る。
冷蔵庫から水を取り出し飲んでいたら彩美が起きてきた。
「お疲れ様。毎日大変ね・・・最近ずっとだけど何かあったの?」
毎日大変なのは彼女も同じだ。他所では夫も家事育児を手伝うのに俺は全く協力出来てない。
「店長が最近、顧客が減って来てるって機嫌が悪くて、先に帰るから後輩指導も全部俺任せなんだよ・・・」
「やだ、あの店長。オーナーに言いつけたらいいのに・・・」
「言いつけて居心地悪くなるの嫌だろ・・・一応上司だし・・・」
「そうね・・・他のスタッフにも気を使わなきゃいけないしね・・・」
「取り敢えず何とかするから・・・」
暫く経っても店長はどうにもならず・・・なる訳ない・・・
自分の客が『フレイヤ』か『アフロディーテ』に流れているのに気付いて無いみたいだし・・・売上げは俺の顧客でもっている。
自分の顧客のフォローもしないなんて傲慢だ。
暫く経ってオーナーがやって来た。店長は脂汗で言い訳を告げ、俺はオーナーに呼ばれ原因を聞かれ素直に告げると店長は激怒した。
オーナーは店長と出て行ったがその後の空気は気まずい。
オーナーと店長は親戚だからどんなに店長が悪くても首にはしない・・・
結果当然の様に俺への風当たりがキツくなって来たある日、飛び込みの外人さんが来た。
外人さんは俺を指名すると、あれやこれやをジェスチャーで伝え最後に『ありがとう』と伝えると何やら満足気に帰っていった。その晩蓮兄から電話で『ちょっと来い』と誘われた。
カフェに呼び出され、個室に入ると今日来店した外人さんと蓮兄が居た。
「遅くなると悪いから単刀直入に言う。お前、今の店辞めて家に来ないか?」
「でも・・・蓮兄の処って入社試験、厳しいって有名だよ。」
「今日のカイルをカットした所を見ると問題ないと思うよ。一応採用試験有るけど受けてみないか?」
「そうだね・・・実は店長ともめてて・・・転職考えていたんだ・・・」
「だったら問題ないな。来週の月曜日にウチの店で採用試験するから9時に来てくれ。」
「分かった。」
採用試験って店長が勝手に決めても良いのか?
俺は帰って彩美に告げると転職は反対しないけど、『フレイヤ』は無理でしょう・・・って言われた。
彼女も、卒業後一度入社試験は受けたそうだ。
月曜日9時に『フレイヤに向かうと2.3人のスーツを来た男性と共に蓮兄が居た。
受験者も5.6人居る。常識問題と美容学校で習った学科の試験他、モデルのカット技術や接客対応等の審査を経て面接を受けた。皆一様に緊張していたが、俺は見慣れた蓮兄の顔を見て落ち着いた。
二日後、採用通知がメールで届いた時には自分の顔を叩いた位驚いた。彩美は泣いて喜ぷ、
その日に『アトリエ・桃』に辞表を出すと、それ迄きつく能ってきた店長が顔色を替えオーナーに電話し二人掛りで止められたが、俺は自分の顧客リストを持って辞めた。
一週間、東京の『サロン・ド・ビーナス』で研修の後、『フレイヤ』で2週間研修し、今日から『アフロディーテ』に写った。
『ビーナス』の研修で今回の採用者、日本人は俺と川上君の2人だけで韓国人女性が1人香港から男性1人。アジアは4人と言われた。
あれ?あの人・・・ショーンさん?日本の社長が何やら説明していたのは花音の旦那さんだった。
なんで此処に居るのか分からずに見ていると向こうから声を掛けられた。
「やあ・・・菅原・・・りっ君だったっけ?君、採用試験、技術面でトップだったらしいね・・・おめでとう。」
「CEOお知り合いで?」
「妻の幼馴染なんだよ。」
「えっ?・・・花音さんの・・・・じゃあ本宮君の推薦した方ですね。期待していますよ。頑張ってください。」
「有難うございます。よろしくお願いします。」
訳が分からず適当に答えその場を辞すると同期になるもう一人の日本人男性に話し掛けられた。
「君CEOと知り合いなの?」
「CEOってショーンさんの事?あの人何者?」
「はぁ?・・・それ本気で言ってるの?此処の会社の大元のCEOだよ。」
「え?・・・花音の旦那さんそんなに凄い人だったの?」
「花音って?CEOの奥様よね?・・・彼女この会社のイメージモデルよ・・・知らないの?・・・」
希少生物を見たかの様に他の3人に言われた・・・・
花音がカットしている姿がポスターになっていて、美容学校への採用パンフレットや他の店のポスターに迄なっているらしい。
ポストカードも有って持参すると20%引きキャンペーンをしてもポストカードは返してくださいというお客様の為に交換カードも有ると言われた・・・
あいつ他所で自分が人気者だって知らないと思うよ・・・
韓国人の女の子は熱烈な花音のファンだったらしく、今何処のサロンに居るのか聞かれたがショーンさんが口に指を当てていたので知らないと答えた。どうやら花音にも秘密らしい・・・
俺以外の三人は英語がとても堪能で俺1人付いていけない。俺はコネ入社ってやつか?・・・
技術面に自身は有ったがそれを英語でアピールする研修で携帯の翻訳機能を使って発表したが発音が出来なくて笑われる・・・
何とか東京研修が終わり『フレイヤ』の研修に替わると俺は蓮兄に聞いた。
「蓮兄・・・俺なんで採用されたんだろう?」
「お前は幼い頃から美容師になろうと思って沢山練習していただろ?その結果だと思うよ。」
「東京研修で俺の心は挫けそうになったけど・・・」
「たった一週間で挫ける陸斗じゃないよ。俺が推薦したんだ自信を持て。」
肩を叩いて接客に行った蓮兄は自信に溢れている様に見えた。
そんなに遅い時間じゃ無いのに自宅に帰ると誰も居ない・・・あれ・・・とうとう妻子に逃げられた?・・・
携帯を取り出し彩美に電話を架けると花音の自宅に居るという。俺は慌てて迎えに行く。
「いらっしゃい。彩美さん、りっ君がお迎えに来たよ・・・」
玄関で迎えてくれた花音は妻と子を呼ぶ。
「お邪魔します。何で彩美と空が此処にいるの?」
「だって、りっ君東京研修で一週間居なかったじゃない。その間彩美さん一人で空君のお世話大変だからお昼頃から晩ご飯が終わるまで家に通って貰ったのよ・・・」
「お風呂も蓮音先輩が入れてくれて凄く助かったのよ。」
「さっき蓮兄、何も言って無かったけど・・・」
花音と彩美の会話に驚いて答えた。
「今伊吹と空君と三人でお風呂入ってるわよ・・・それからりっ君。家の店結構研修が多くて、あちこち行かされると思うからその時は彩美さんと空君、家に居ると思っていてね。」
「俺や彩美は助かるけど、良いのか?」
「だって私達もそうやって育って来たじゃない・・・今更でしょ?」
何でも無い事の様に花音は言う。確かに田舎で俺達は皆一緒に育った。でも今の社会ではそういった当たり前が普通では無くなっていて・・・助け合いが当たり前な花音達に俺は心が熱くなった。
母しか居なかった彩美は3年前にその母を病気で亡くし、俺の両親は実家で現役な為なかなか頼れない。
俺一人で二人を守らなくてはいけない事は当たり前だけど、最近ではそれさえも出来てなかった。
「有難う。助かるよ・・・」
「私は今でも助けられているわよ・・・」
笑いながら花音は答えた。
お風呂から上がった空と息吹をタオルで拭いてドライヤー係りを申し出た。
《陸斗。永遠もお願いします。》
「は?未來?なんて言った?」
《永遠にもドライヤーをかけてやってって言ったの》
ゆっくり英語で話されてジェスチャーで何となく理解した。でも何故未來は英会話なんだ?
永遠の頭を乾かし。未來が子供達に絵本を読んでくれる。
《昔、昔。ある処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは・・・・》
昔話を英語で聞かせてる・・・えっ?空迄笑ってる・・・わかるのか?
「家じゃ日本語だから、此処では英語なんですって・・・未來君凄いわね・・・」
彩美が感心しているとバスルームから蓮兄が出てきた。
「未來がアメリカに住んでいた時は瑛がフランス語で読んでいたぞ・・・アイツ家では日本語で会話して、学校で英語だったから・・・」
「彼はフランス語も話すのか?未だ中一だろ?・・・」
「後、ドイツ語とイタリア語も話すぞ・・・韓国語と中国語は挨拶が精一杯だな・・・瑛も其処までは話せないし。話すと面白いアクセントになるから良くやり直しさせられてるよ・・・お前も聞いてみて・・・笑えるから・・・」
蓮兄の言う事に驚く。って事は瑛兄も話せると言う事か。
「中一で5カ国後・・・・・俺と脳みそ違うんじゃないか?」
「陸斗。俺が作った未來の脳みそにケチを付けるなよ・・・・」
自分の家から出て来た瑛兄に説明を求める。
「瑛兄。どういう事?」
「詰まり原点は幼児教育に在る。小さい頃から当たり前のように学習する週間を着けると自分で学ぶ様に成るんだよ。空も此処に居るとお前より頭のいい子に育つかもな。」
「りっ君。御飯さっさと食べちゃって。絵本が終わったら空君寝るよ。」
「あっ・・頂きます。」
「今日は彩美さんが作ったビーフシチューよ。美味しかったんだから・・・」
俺、最近彩美の手料理とか食べて無かったけど・・・・彩美も子育てで一杯一杯だったんだよな・・・
此処に来るようになって心に余裕が持てたのなら良かった。
食べ終わった頃には花音の言う通り空は眠りに着き、お礼を言って空を抱え自宅に帰った。
「彩美ビーフシチュー美味しかったよ。ごめんな、留守にしてて。」
「ねぇ・・・花音さんってとっても暖かい人だよね。人への気使いが上手くて気を使わせないのよ。私最近、一人で子育てしている気になってて、空が生まれて真面に御飯も作って無かったのよね。でもあそこに行くと同じ位の子供達が居て、誰かが必ず子供達を見ているから少しずつ余裕が生まれて来たの。貴方自身、仕事が大変だったのは分かっていたんだけど、何にもしてあげられない自分を妻失格とか思って攻めてたな。」
最近1人悩んで居たのは知っていたが俺もまた、余裕なんて全く無かった。
「俺達は田舎でそうやって育って居たんだって事、俺も忘れていたよ。花音たちは当たり前と思っているから気にしなくて良いと思うよ。俺達に出来る事で恩を返せば良いんじゃない?気負う必要は無いよ。」
俺達夫婦は久しぶりにまともな会話をした。
次の日から彩美は俺に弁当を渡すと、掃除洗濯を終え、児童館に行くように花音の家に行くようになった。
花音の家では、香織さんも居るので悩み事も聞いてくれたり、買い物に連れて行ってくれたりするので彩美の表情がこれまでと打って変わり楽しそうだ。
俺も安心して仕事に集中できるようになった。