11 店長です。
花音の勤めるサロンの店長さんの視点です。
はじめまして。私、花音ちゃんが勤める美容室『サロン・ド・アフロディーテ』の店長小岩井隆です。
ウチの本店は東京に有りますが日本に有る8店舗の内こんな地方になぜか2店舗も有ります。
店舗名は異なりますが・・・大元は外資系の世界的サロンで御座います。
よって海外研修も時折有りますのでサロン内でフランス語や英語も研修プログラムに組み込まれます。
勿論外人さんの美容師の方も数名居ます。僕の腕はそれなりに磨いて来た積りですが語学は苦手で・・・
ええ・・・厳しくは有りますがその分お給料も地方ではあり得ない程頂いてますし、お店の売り上げも県内トップクラスだと自負しております。
同じ街に有る、もう一店舗『フレイヤ』の店長本宮蓮音君は学生時代短期留学とかでアメリカに何度も行かれたらしく英会話は完璧です。ですから外人さんのお客様はあちらの店舗に行かれる事が多いようです。自分も負けられません。
その本宮君の妹がウチのサロンに入った時は色んな驚きが有りました。
先ずその美貌、スタイル、声、女優さんもかくや。
お兄さんとは全く似ていません。
(*お兄さんをディスってる訳では在りません。彼は違った意味で素敵ですよ。ええ。)
本人に言ったら『女性の私があのマッチョに似ていたら怖いでしょ。』と言われ、それはそうですが・・・なんというか・・・・補足、お兄さんさんはタイプが違いますがイケメンの部類だと思います。
彼女はとても頑張り屋さんでした。朝一番で出勤し昨日、干して帰ったタオルを取り込んで畳むとお店の掃除やシャンプー類の補充、機材の手入れ等、新人が行う清掃類のことを一人で済ますと、同僚のシャンプー、セット、編み込み等でスタイリング仕上げおまけにはメイクまで施してあげています。
その子の体調や気分等を話しながらスタイルを変える親切振り。関心するでしょ?
お客様に対しても誠意ある対応で、入社間も無く彼女のファンが出来た程でしたよ。
実際俺は二年前に妻と結婚したけど、彼女ともう少し早く出逢っていたらと不埒な事を考えた程でした。(妄想は自由です。)お付き合いして貰える可能性なんて皆無でしょうけどね・・・
でも、後に妄想だけで済ませて良かったと心から思う日が来るなんてこの時は思ってませんでしたよ。ええ。
彼女は22歳で美容専門学校卒後入社試験を受けて合格。ウチの店舗に新卒は3名。内男性1人。
本宮店長の『フレイヤ』には男性2名女性2名。それぞれの美容学校でトップクラスの成績で卒業したらしい。
実力が有ればパリやイタリア、アメリカの店舗に転勤になる可能性が有るのは十分魅力的らしいし毎年の入社試験は列をなす人気ブリです。ただ根性と精神力はかなり求められます。
そういう自分もトップクラスで学校を卒業し運良くこの会社に入れた訳ですが店長になれたのは去年でした。
だが本宮君は俺より年下なのに俺より早く店長就任していましたね。
彼は短い期間で海外の店舗を回って来た強者ですよ。
彼曰く、言葉じゃなく心で話す。らしい・・・意味が分かりません。
見た目美容師には見えないマッチョですが、仕事を目の当たりにすると悔しくなるセンスの良さ・・・
彼の感性は世界で磨かれて来たのでしょう・・・
花音ちゃんはどちらかと言うと努力で掴んで行くタイプ。学生時代着付けとメイク、ネイルの資格も採っている。英会話は話している所を見た事有りませんが外人さんのお客様が来られた時に何を言っているのか理解していら様です。英語と日本語で会話している時は驚きました。気付いているのでしょうか?器用です。
そんな花音ちゃんが入社し3年が経ち、彼女の顧客もかなり増えた頃15歳下の弟がアメリカからやって来ました。
見目麗しい男の子。その子は花音ちゃんをmomと呼んでいます。後に本宮店長に絶対に秘密にという事で彼女の息子だと知らされなる程、だから彼女は他の新入社員より年上なのか・・・と込み入った事情を知る事になりました。
花音ちゃんのファンの女子校生やリーマンや御婦人方。自分も負け時と頑張ろうと思います。後輩ですが良いライバルですよ。
この間、東京で店長会議が有り、自分は初めて本社のCEOを見ました。今回が初参加だそうです。
小さい会議室の中で若い男性秘書を伴い入室して来られた時は日本の社長も緊張してました。
一瞬ハリウッドスターかと思う容姿の男性二人、入室すると本宮君の方を見止め、皆に挨拶と紹介がされました。
話には聞いていましたが、成程・・・人のやる気を引き出すのが上手い。
自分達はすっかり信者になって聞く事だけに専念していましたが、本宮くんは今後の社員教育や店舗のあり方等気付いた点を順に述べ細部に至るまで・・・流石に場馴れしているなぁと感心致しました。
会議が終わると本宮君に誘われて晩御飯を食べに行く事になります。
「小岩井さん。今日ちょっと堅苦しい処でのご飯になりますが良かったですか?」
「僕は構わないですよ。珍しいですね、本宮くんが堅苦しい処を選ぶなんて・・・」
「いや・・・カイルに任せたら、あのバカ・・ホテルのフレンチ抑えちゃって・・・」
「カイル?・・・あの若いCEOの秘書さんですか?何故彼が?」
「俺、あいつが10歳位から知ってるんです。妹の関係で・・・小岩井さんにちょっとお願い事もありますし・・・」
「はぁ・・・僕で宜しければ・・・」
妹とは花音さんの事ですよね?
指定された時間にホテルへと向かうとレストランでは無く社長の滞在している部屋へと案内されて緊張します。
僕の人生で初めてこんなゴージャスな部屋に入りました。ふかふかの絨毯に煌びやかなシャンデリア・・・
高層から見下ろす一面の夜景にゴージャスなソファーセット・・・
あぁ・・この部屋一泊おいくら万円でしょうか…
何故自分達は此処に居るんでしょう?本宮くんはカイルと呼ばれた秘書にハグされています。
彼は嬉しそうに早口で語り架け・・・何言ってるのかさっぱり聞き取れません・・・
そして徐に上着を脱ぎ秘書に預けネクタイを寛げました。
「小岩井さんも部屋食にしたので上着カイルに預けて寛いでください。」
イヤイヤ彼はCEOの秘書様ですよ?
秘書様は『失礼します。』と上着を受け取られ奥からCEOが出て来られました。
《やあ蓮音。久しぶりだね。》
「こんな処に呼び出すなよ。俺、今日は小岩井店長と飲みに行こうと思っていたのに。」
CEOの言葉に本宮君は思いっきり不満をぶつけます。
「君が、花音の勤めるアフロディーテの店長なんだね。」
「はい・・(花音?)小岩井隆といいます。」
「今後共彼女に悪い虫が付かない様に見張っていてくれ・・・」
「ショーンより悪い虫なんていないよ。瑛が常に見張っているのに・・・」
「え?・・本宮君、CEOを呼び捨てですか?・・瑛って?偶に花音さんを訪ねてサロンに来られあのイケメンさんですよね?・・・え???????」
何を言われて居るのか全く分かりません。1人で混乱していたら・・
「二人共・・・小岩井店長が困惑していますよ。順を追って話さないと・・・」
秘書様に窘められて漸く説明されました。
人間、驚きすぎると言葉が出ないんですよ。花音ちゃんはウチの親会社の社長の妻で未來君は御曹司・・・
僕のサロンの名前だけ社長が付けた『アフロディーテ』は美の女神・・・
花音ちゃんがこの世界に飛び込んだ時の為に用意されたサロンだったそうです。
道理であの地方にだけ2店舗もサロンを開いた訳ですね。外資系の大企業が可笑しいと思いました。
「それで、お願いとは?」
「この事は花音の記憶が戻るまで秘密にしていて欲しい。私もそろそろ動かなくては・・・」
「分かりました。」
「それと、彼女が休暇を願い出た時は迷惑を掛けるがなるべく都合を着けて欲しい。責任感が強いから無理なお願いはしないと思うんだが、私が絡むと100%混乱するだろうから・・・」
「はい。それもなんとか致します。」
緊張したまま御飯を食べ自分のホテルに帰りましたが正直何を食べたか覚えていないけれど僕個人では絶対に縁の無い食べ物だった気がします。フォークやナイフがズラーっと並んでて本宮君の手捌きを見ながら音を立てない様に必死で呑み込みました。部屋で頭の中を整理するととんでもないトップシークレットを聞かされた事を理解しこの秘密は花音ちゃんが記憶を取り戻すまで守られる事になりました。
記憶を取り戻してからの花音ちゃんは是迄の危うさが無くなり暫く休みは取ったものの引継ぎは完璧で彼女はお客様とスタッフの相性迄考えて振り分けてくれました。
苦情も無くどちらへのフォローも忘れず支配人向きの性格ですよね。
それから間も無く彼女の苗字は変わり時折アメリカに行く様になりました。サロンは休暇ですが、スタッフには研修と告げます。まさか彼女がCEOの社長夫人とは言えまい・・・
そう言えば未來君CEOと同じ髪と目の色だったなぁ・・・初めて見た時は妖精かと・・僕はファンタジスタかと自分で突っ込む位は許してください。
ああ・・・そう言えば彼女はヒアリングが完璧でしたね・・今思えばという出来事はいくつも有りました。
花音ちゃんが産休に入った後の売り上げを心配しましたが、彼女はお客様にダイレクトメールを送る等、手伝いに来てくれ動ける時はなるべくサロンに来ていました。彼女が居るか居ないかでお客の入りも違います。
大きなお腹を抱え椅子に座ってカットしたり悩みを聴いたりして後輩のスタッフも彼女に習い顧客数を伸ばしてくれました。お陰で『フレイヤ』と対して売上は変わらず今月もトップ3に入りました。1番は東京『ビーナス』で2位は『フレイヤ』。ここが抜けないのは仕方が有りません。ですが年々スタッフの入社希望が増して来ていると聞くと感慨も一入です。
店舗を増やすかどうかは日本の支社長判断らしいです・・・
僕は元々東京で入社しましたが『アフロディーテ』オープン時に地方に店長としてやって来ました。当初は左遷かと落ち込みましたが前日に日本の支社長に呼ばれ一番重要な店舗を任せると言われた事の意味をやっと知りました。
僕は一旦『フレイヤ』で本宮君の下で技術を磨き年下の彼に認められて店長へと昇格しました。
本宮君は花音ちゃんが入社する前から2.3ヶ月に一度は海外研修に出かけたようです。
僕も一度NYに行きましたが一週間で心は折れそうでした。かなりの刺激は有りましたけど・・・余り行きたいとは思えませんでした・・・コミュ障では無い筈ですがNOとは言えない日本人なので精々日本研修に定まっていたいですね。
ここが僕のダメな処ですよ。
偶に海外店舗の人達も研修にやって来ますが海外の社員達は花音ちゃんが何者であるかを知っていますね。この地のサロン以外には彼女のポスターが貼られてますから彼女は我社のイメージモデルをしているとは中々しられてない筈です。
只それをうちのスタッフもお客様には言わないだけで突っ込まれるとその度に僕は緊張します。
この後の食事会は彼女の自宅1階に有る『カフェ・フューチャー』・・・・
確か予約が2.3ヶ月待ちな筈です。
ここも同じ関連会社だと最近知りました。あの社長どれだけ妻と息子の為に投資していたのでしょう。
結果殆どが上手く回っている事に感心してしまいます。
僕はこの儘じゃダメですね。妻や最近生まれた子供の為にも最頑張らなくては・・・
同じ男として負けられませんよ。
本宮君を見習い自分を奮い起たせた。
是迄何度か出てきた店長さん。人誑しなショーンさんの信者になった事により自分自身を見つめ直し此れから最頑張る事でしょう。