第七話 携帯電話
携帯電話を家に忘れた。勤め先に着いてから気づいたので顔面はおそらく蒼白になっただろう。慌てて上司に相談すると、さんざん怒鳴りつけられた後で「取りに行け」とのこと。確かに今の世の中携帯電話なしでは暮らしていけない。いや、暮らしていける人もいるのだろうけれども、私の就いている仕事は報連相が大事であり、かつ迅速な情報収集が不可欠なのである。
そういうわけで取りに戻る。走る。走る。スーツ姿では走りにくいのだが、今は贅沢を言っていられる場合ではない。会社の最寄り駅に息が上がった状態で入る。ヘロヘロになりつつICカードをかざす。ようやっと電車に乗る。いつもと逆方向に行くわけだが、この時間帯は比較的空いている。
自宅近くの駅で降り、マンションへと走る。走る。やっと家に着いて携帯電話を探す。
玄関には? 無い。
テーブルの上には? 無い。
引き出しをあちこち開けてみる。 どの引き出しにも無い。
上へ下への大騒ぎをしたけれども、結局私は携帯電話を見つけられなかった。
仕方なく、職場へ戻る。疲労困憊した体を引きずりながらオフィスにたどり着くと、そこでは私の携帯電話がテキパキと仕事をこなしていた。