第六十八話 苦行者
ある日、苦行者に出会った。彼は左足を大木の枝からロープで吊るしていた。
「いったいどうしたんです」
私は問うた。
「ここは日本であってインドではありませんよ」
すると苦行者は答えた。
「インドでなければ苦行してはならないと言うのか」
しばらく考え込んだ。苦行禁止法など確かに聞いたことがない。返答に困ってしまった。
「それでも、ここでは苦行をなさってもうるさいだけですよ」
「騒々しいのもまた苦行の一つ。騒がしきを忘れられるほどでなければ解脱はできぬ」
またしても返答に困ってしまった。口を開きかけては閉じる、という動作を繰り返していると、苦行者が言った。
「そもそも、お前は苦行の何たるかをわかっているのか!」
「……よくよく考えたら、それほど」
と、私が言いかけるとそれを遮って、苦行者が叫ぶ。
「わかっているのか!」
「いやその」
「わかっているのか!」
「あの」
「わかっているのか!」
「わ、わかりません……」
満足げな顔をして苦行者が頷く。
「ならば黙っているがよい。インドであろうが日本であろうが、苦行をする場所に深い意味はないのだ」
「はあ……」
頷かざるを得ず、そのまま私が十歩立ち去ったとき、ドサッと大きな音がした。見ると、苦行者が地面に叩きつけられている。彼は叫んだ。
「だから日本で苦行する意味などないと兄弟子には言ったのに!!」




