第十一話 鶯荘
秘湯として名高い宿の予約を格安で手に入れられ、私はホクホクしていた。山奥に位置するからには、美味い山菜や川魚などが食べられるであろう。温泉も楽しみである。予約は一ヶ月後。今日から興奮で眠れなさそうだ。
一ヶ月の間、私はよく眠れなかった。温泉に、食事に、と楽しみすぎることが多かったからだ。
ついに宿に泊まる日が来た。車を運転するために眠気覚ましをいくつも使い、休み休み向かった。
温泉宿は「鶯荘」という名である。私は女将から出迎えられた。
「A様ですね?」
「はい、そうです!」
「部屋の鍵はこちらです、ただ一つ注意してください」
「はい?」
女将は顔を曇らせつつ言った。
「お客様にお貸しするのは最近また妖怪が住み着きました部屋です」
「は? 妖怪?」
「何があっても、北の障子を開けないでください」
それだけ言って女将はさっさと別の客の応対にかかった。なんだ、妖怪とは。ふざけているのだろうか。まあいい。部屋に行こう。
用意された部屋は侘び寂びの境地と言えるしつらえだった。これは素晴らしい。
「ホー、ホケキョ」
鶯の声がした。とてもよく澄んだ声である。
「ホー、ホケキョ」
また鳴いた。北の障子の向こうから聞こえてくる。
「ホー、ホケキョ」
三度目。どうしても私は鶯の姿が見たいと思った。障子を開けようとする。が、叶わない。よく見ると、かすがいを大量に打ち込んである。ええい、と蹴破った瞬間、私は大岩に叩きつけられた。