(1)
ふと、目が覚めた。
窓から太陽がこれでもかというくらいに強い光を差し込めてくる。眩しい。
時計を見ると10時50分、最近は気付いたらいつもこんな時間だ。少し重く感じる体を起こしてジャージに着替える。冷蔵庫を開けるとコーヒーがなくなっていた。仕方なく顔だけ洗って歩いて近くのコンビニへ行く。
外へ出るとムシムシする湿気が私の身体にまとわりついてきて、みんなはこんな中正しく生きてるんだ。そう思いながらコンビニまで歩く。
「いらっしゃいませ、こんにちは〜!」
「ありがとうございました、またお越しくださいませ〜!」
店の中は店員のハツラツとした声で溢れている。
店員もタバコを買いに来たサラリーマンも今から就活なのかと思わせるスーツ姿の学生も真っ直ぐ正しく生きているのだろう。
飲み物のコーナーでコーヒーを探す。
「(ブラック、カフェオレ、カフェラテ…)」
その手が止まった。ここのコンビニのノンシュガーは売り切れていた。安心したような寂しいような複雑な気持ち。そうか、もう思い出してはいけないんだ。カフェラテを手に取りレジへ並ぶ。
前にいたサラリーマンはタバコとノンシュガーのコーヒーを買っていたが、このとき私は気づかなかった。
帰り道、私は消し去らなければいけない数年前のことを思い出していた。
✕
朝、夢と現実の間で遠くのほうから目覚まし時計の音が聞こえてくる。段々その音が近づいてきて私のいる現実の世界の音だと気付き、それを止める。
「りこーー」
1階から母が私を起こす。私は上半身の力を一気に使い飛び起きる。いつの間に腹筋が鍛えられたんだっけ、そうだ、部活だ。中高吹奏楽部で文化系と言われているのに中学のときは走ったり腹筋したり、床に寝て足を上げながら校歌を歌っていたな。運動したらすぐ合奏練習。でもそれが楽しかった。高校は…
「早くしなさい、もう7時だよ」
そんなことを考えていたらもう7時。急がないと。軽く朝食を済ませ、前日決めていた服に着替え身支度をする。今日はどっちのチークがいいかな。オレンジを頬の上の方にのせて明るく元気に見えるようにしようか。チークをのせるとき自然と笑顔になる、この瞬間が私は好きだ。最後にリップを塗って完成。
「もう行くの?」
「うん、行ってくる。あっ、今日は友達と遊ぶし夜ごはんいらないからね」
「わかった、早く帰ってくるのよ」
「はーい」
「じゃ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、行ってきます」
この春から専門学校に通い出して3ヵ月が過ぎた。大学とは違ってクラスでみんなと同じ授業を受け同じ時間を過ごすためか、相手のことを知るのも早く仲良くなるのも早い気がする。おかげで友達も出来て毎日の生活に慣れてきた。
最寄り駅の近くのコンビニでアイスカフェラテを買ってシロップを入れ、飲みながらいつもの電車を待つ。いつものように。
アイスカフェラテを飲みきった時、電車が来た。車両の窓に映る自分を見る。そういえばいつからメイクするようになったんだろう。最初はチークを頬にのせた後、鏡に映る自分を見て驚いた。ジェットコースターに乗ったように心が踊った。わたし、女の子なんだ。そう思った。そのときの気持ちが忘れられなくてメイクを始めた。でも今は違う気がする。あの人に見せたくて、見てもらいたくて。少しでも可愛い自分を。わたしを。