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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
8/13

~愚者は掌で踊らされる4/4~

守護推挙書とは、平たく言えば、隊長以上の位の人物、二人以上の推薦で兵士の転属を要求するものだ。推薦者の人数により転属する際の試験が変わり、隊長九人全員からの推薦もしくは王と三人の隊長からの推薦が貰えれば、試験免除で転属することが出来る。転属試験に落ちた兵士は元の部隊で最大に階級降格さらに三年間の転属禁止を言い渡される。長机の上に置かれた守護推挙書には、クレアツィオーネの名前だけが書かれていた。


「他の隊長には声をかけたのか?」

「一応ね。ただ大罪人ということもあって、皆、推薦を渋るんだ。戦闘部隊の試験は実技が中心だからね。下手したら階級降格もあるし、推薦しづらいんだろうね」

「ピクルさんは六番隊転属に関してはどう考えてるの?」


ピクルは少し首を傾げ、考えるようなそぶりを見せる。トックルとの話が確かなら、ピクルは当初、六番隊を希望していたということだ。しかし九番隊で働き始めて、はや三年が経つ。彼女の心境に変化があってもおかしくはない。


「私は確かに最初、六番隊を希望していました。だけど九番隊の皆さんもすごい優しい人たちで、十分に力を発揮できる環境に置かせていただいていると思います。だから、正直今はどっちの方が良いのか分からないんです」

「なるほどね。クレアツィオーネはどうしてこのタイミングでピクルさんを六番隊に推薦しようと思ったのかな?」


アウルに訊ねられたクレアツィオーネは棚から、数冊のノートを取り出して、長机の上に並べた。ノートの表紙には、ピクル=ナラ バイタルチェック、と書かれている。クレアツィオーネはノートを見させるようにぺらぺらと紙をめくる。ノートには、血圧、心拍数、呼吸速度、体温、クリム神経の状態が数値化してまとめられている。また、一日二回の検査が行われていることが分かった。異能の発動前と発動後の二回だ。ページが進むごとに発動前後の数値の差が少なくなり、安定し始めているように思える。


「ピクルちゃんは入隊した時から、異能の発動前後でバイタルチェックをしているんだ。大罪人のクリム神経の乱れ方は大きく分けて二種類あって、一つは異能を制御できなくなる暴走型、もう一つは異能が使いにくくなる不能型だ。ピクルちゃんは不能型の中でもまだ改善の可能性があるクリム神経機能障害の併発が分かった」


クリム神経機能障害は数年前までは冤罪症と呼ばれ不治の病として罪人に知られていたが、クレアツィオーネがクリム構造学の研究の中でクリム神経の人工的活性化に成功し、不治の病のイメージは撤廃されつつある。医学の分野でも、クリム構造学の分野でも、クレアツィオーネの功績は時代を進める一歩として讃えられている。


「ピクルちゃんには毎日の治療と検査、週一で専門医の診察を受けてもらっている。実技試験もきっと合格できるラインに達しているんだ」

「でも本人は九番隊と六番隊について、まだ悩んでいるようだよ」


クレアツィオーネは少し苦い顔をした。何か小さく呟いたように見えたが、二人にその呟きは届かなかった。白衣の裾を強く握り、何か思いつめるような彼の表情にアウルは少し気圧される。クレアツィオーネも普段の自分とは逸脱した感情に気付き、一つ呼吸をした。


「隊長大丈夫ですか?」

「ごめんね。少し取り乱してしまったよ」

(結局、クレアツィオーネがこれほどまでピクルちゃんの六番隊転属にこだわる理由はなんだ?)


少し疑惑の念を視線で訴えるも、クレアツィオーネは気付いていない(もしくは気付いていないふりをしている)ようだ。クレアツィオーネはその人智を遥かに超えた知能で、稀に未来を見ているかのような行動をとることがある。今日彼が遅刻してきたのもその一つだ。自分の動き方で他人の行動を自然的に、かつ人為的に導く姿は、まさに賢者そのものだった。


(まあ、何だかコイツの掌の上で踊らされているような気がして、いい気分はしないけれど)


そのような賢者がこのタイミングでピクルを推薦すると言うのだ。何も考えていないはずはないだろうが、理由を聞かされないようではアウルも名前を貸すことは出来ない。ピクルが転属を強く望んでいるわけでもないし、寧ろアウルがここで推薦することでピクルは自分の意志に反した選択をしてしまうかもしれない。


「結局、君が“このタイミングで”ピクルさんを推薦するのはどうしてだい?それが聞けない限り、僕も名前を貸すことは出来ない」


アウルも以前、クリム神経機能障害についての論文をいくつか読んだことがあるが、正しい治療を続ければ悪化することはない。ピクルの考えがまとまってからでも遅くはないのだろうか。そんなアウルの思考を感じ取ったクレアツィオーネは、隠し事は通じなさそうだと観念したのか表情をほぐし、二人に自身の予測した未来を伝える。


「これから動乱の世はさらに激化していく。帝国は皇帝が世代交代をし、先代は数人の家臣と共に行方をくらましたらしい。何か怪しい予感がするんだ。必ず近いうちに戦場で、ピクルちゃんの異能が必要になるときがくる。その時になってから動き出していては遅いんだ」


主観、客観を織り交ぜた彼の予測した未来に二人はエクスピアシオン建国前の地獄のような日々を思い出す。大罪が必要になるほどの戦争。そして兵器の登場を伝えられた二人はどうしようもない恐怖に心を支配されそうになる。


「残念ながら、これ以上は伝えられない。あくまで予測した未来だとは付け加えておこう。ただ限りなくそれに近い未来が訪れようとしていることは確かだ」

「君の異能を使ったのかい?」

「ああ、もちろんさ」


実を言うと、アウルは、いやほとんどの人間はクレアツィオーネの異能について知らない。ただ大罪人であり、異常な記憶力を持っているということだけは知っている。恐らく暴走型であるということは予測できる。クレアツィオーネは自身の誇る高精度の未来予測を異能の応用だと言っているが、その正体については誰にも語らない。


「今回も教えてくれないんだな」

「ごめんよ。とある人との約束だからね」


そこで二人がピクルに視線をやると、どうやら先ほどのクレアツィオーネの宣言にとてつもない恐怖を感じたのか、肩が小さく震えていた。


「ピクルさん。僕はあなたが拒否しないのでしたら、あなたの転属を推薦します。どうしますか?」

「わ、私は・・・」


ピクルは言葉に詰まった。それもそうだ。まだ入隊して3年の女性が背負うには、あまりにも重すぎる役割だ。彼女の知性からクレアツィオーネの言うことは理解しているだろう。自分が早急に六番隊に合流し、戦力として認められることで、大罪人の軍事利用が必須となった時に迅速に対処できるようにすること。そして史上初の大罪人の戦闘部隊配属により、大罪人の地位改善を狙っているのだろう。しかし、彼女の役割は、未知の兵器との戦闘を想定している。20と少しの女性が背負える役割ではない。しかし、背負わなければならない役割でもある。


「す、少し、考えさせてくれませんか?」

「・・・勿論。僕は一度、研修の報告を受けなければならないから、二番隊街に帰るとするよ。明日、戦争許可を頂きに城へ向かう。その後、また来るよ」

「ごめんね、ピクルちゃん。君にはもっと早く伝えておけばよかったね。・・・君の選択を強要させるつもりはないが、私はこの国には君の力が必要になるときが来ると思っている。近いうちにね」


アウルはその後、応接室を出た。応接室に残された二人は長机の上の資料を片付ける。先ほどから変わらず、ピクルの表情は重たい。クレアツィオーネも申し訳なさそうに、顔をみれずにいる。先に口を開いたのは、ピクルだった。


「私の力が、この国に必要なのですか?」

「ああ、君の環境に関係せず物を創る異能は、戦闘部隊でこそ真価を発揮する。特に未知の兵器が出てきた時に」

「私の力はまだ、多くの制限があるんですよ!?それでも、私の力は戦闘部隊で使えるというのですか?」

「ああ」


即答であった。そしてその声には自身の見た未来に対する絶対の確信が込められていた。


「君は自分の力を信じていない。異能を使えないと思っている。だから君は自分の異能を未だに発揮しきれずにいる。ここ数か月の検査から見るに、君の異能は問題なく使用できるレベルになっている」


残酷なまでに絶対的な信頼がピクルの背負う責任をさらに明確に形を与える。逃げ道は無いのだと、半分諦めた彼女は、


「答えは決まりました。また明日、アウル隊長も交えた場でお伝えします」


と残し、応接室を出た。一人残ったクレアツィオーネはソファーに腰掛け、目に手を当てる。少し疲れた様子を見せながら彼は、


「嫌な奴ってのは、嫌な奴側も辛いよなあー」


と弱音を零した。彼の黄金色の瞳が手の中で少しだけ輝いて見えた。


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