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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
7/13

~愚者は掌で踊らされる3/4~

研究棟に入った二人はエントランスで受付をしに行く。扉を開くとそこに広がるのはいかにも研究施設のような空間が広がっていた。“灯り”のクリム鉱が各所に配置され、エントランスは人工的な白みのある明るさを保っている。他には観葉植物がいくつかあるが、今は特に誰も見ていない。本当に受付をするためだけの空間のようであまり広いとは言えない。入って正面に受付カウンターがあり、そこには三人の女性が椅子に座って、アウルが棟内に入った時は何か資料に目を通していた。二人が受付カウンターに近づいていくと、はっと顔を上げ、ようこそ、九番隊研究棟へ、と歓迎の意を見せる。


「職員カードもしくは招待状、推薦状はお持ちですか?」

「はーい、私持ってるよー」


とクレアツィオーネは首にかけていたパスケースに入っているカードを見せた。カードには黒色の小さなクリム鉱が端に埋め込められていた。受付嬢はそれをカウンター側の機械に近づけると、ありがとうございました、とクレアツィオーネにカードを返した。


「そちらの方は?」

「あ、すみません。僕は何も持ってないです」

「ではこちらの紙に必要事項を記してください」


と一枚の紙を渡す。その紙は検問所で記入した書類とよく似ていて、氏名や住所、職業、入棟の目的などを記入する欄がある。アウルはその中から必須と書かれた欄を全て埋め、紙を受付嬢に返す。受付嬢は紙に一通り目を通し、ありがとうございました、と笑顔を見せ、


「大変申し訳ございませんが、職員カード、招待状、推薦状をお持ちでないお客様は応接室までしか入室を許可できませんのでご注意ください」

「わかりました」

「あ、あと念のためナイフの方の検問済証を見せて頂けますか?」


アウルは腰につけていたナイフケースを受付嬢に見せる。受付嬢はナイフケースに貼られた検問済証を確認して、またナイフケースを返す。

「ありがとうございました。それではこちら棟内マップとなっております」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、案内するから私についてきてねー」

「今、マップを貰ったのが見えなかったのかい?気持ちだけ受け取っておくよ」


そして二人はエントランスの奥の通路に進んでいった。通路はエントランスに比べると灯りの数が少なく、ところどころに影が見える。少しゆったりとした空間が取られている。床には何も置かれていないので、余計に広く感じる。また空気も気持ち綺麗に感じる。埃とかはほとんど舞っていない。とても清潔感溢れる通路だ。応接室は通路を通ってすぐのところにあった。重厚そうな黒い光沢のある扉だが、クレアツィオーネは軽々と開けた。どうやら鋼鉄のように重たい素材ではないようだ。応接室の中はシックな雰囲気を感じることが出来た。モノクロ調の家具で整えられた応接室では、自然と気持ちが引き締まるようだった。応接室に入って正面には暗い茶色の長机と黒色の二、三人座れるようなソファー、その奥に一人用の黒いソファーが見えた。棚がいくつか並んでおり、棚の中には本や小瓶が入っている。


「それじゃあ、立ち話もなんだし、ソファーに座りなよ」


クレアツィオーネは我先にと一人用のソファーに座る。少し低いソファーなので彼の長い脚が窮屈そうに曲がる。それに続いてアウルも向かい側の二、三人座れるソファーの真ん中に座る。彼の背丈にはぴったりのソファーだったので足は随分と楽そうに降ろされた。


「アウルは、お茶が好きだったよねえ。入れてきてあげようか?」

「・・・君の入れたお茶はもう飲まないよ。以前、弱めの痺れ薬を混ぜられ、動けないところを着せ替え人形のようにされたのを僕は一生忘れないからな」

「勿論、他の職員に頼むよ」

「それなら頂こうかな」


クレアツィオーネは、少し待ってて、と残して応接室を出た。先ほど貰ったマップを見ると給湯室は応接室より研究室側と書いてあるので、すぐに戻ってくるのなら10分ほどで戻ってこれそうだが、クレアツィオーネは戻ってこない。アウルはすでにマップを四度、五度と見返していた。これといって暇つぶしできそうなものもなかったからだ。流石にマップを眺めるのにも飽きてきて、クレアツィオーネの時間に対するルーズさに怒りを覚え始めた頃、扉が優しく四回ノックされる。


「・・・どうぞ」


少し乱暴な声色だった。そもそもそちらから呼び出したくせに遅刻してきて、人をおちょくって、必要以上の時間、人を待たせて、親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのかという怒りのこもった声に応えて扉はゆっくりキィと音を立てて開く。


「随分と遠い給湯室のようだね。クレアツィオー・・・」


そこにいたのは予想していた顔ではなかった。銀髪、黄金の瞳を持つ長身白衣の男ではなく、上はノースリーブ、下はハーフパンツを着た若い女性で、とても若々しい健康的な肌が露出している。スタイルは良く、スレンダーと言う言葉が似合う。背丈はアウルより顔一つ分ほど高く、サラサラの赤毛を後ろで纏め、宝石のような黄緑色の瞳は真っ直ぐアウルを見ている。お茶を乗せたお盆を持っているその指は細く女性らしさを感じさせる曲線美を示している。しかし研究の跡だろうか、少し指先が荒れているようにも見える。クレアツィオーネの名前を呼ばれた女性は小さく、えっ、と困惑を見せる。その後ろから当初予想していた男の顔が伸び出てきた。


「じ、自分は九番隊クリム加工班班長補佐、ピクル=ナラです」

「ごめんねー、待たせちゃって」


その女性、ピクルはトックルの部屋で見た写真の少女より、さらに成長したように見える。アウルの記憶の中の少女からは、さらに大人に成長していた。まず背丈が伸びている。最後にアウルと会った時の彼女はアウルと大差ない身長で、トックルより少し高いくらいだったが、今は確かに見下ろされている感覚がある。それに顔にはかつてのあどけない、幼い可愛らしさは健在だが、大人らしい美しさも感じさせ、ピクルの母によく似ている。かつて白いワンピースを着て、花畑に立つ彼女はよく映えていたが、今のピクルなら白いドレスを着て、舞踏場を歩けば、多くの男が彼女に声をかけるだろうと考える。


「あ、アウルおにいちゃ・・・隊長、お久しぶりです」

「ピクルさん、久しぶりだね」

「ささ、早くお茶飲もうよ、お茶ー」


クレアツィオーネはそう言って、また一人用のソファーに腰掛ける。ピクルは長机にお茶を並べる。アウルは少し端に寄り、ピクルに席を開ける。ピクルは少し縮こまって、綺麗な姿勢でソファーに座った。顔は少し俯きがちで、耳がほんのり紅く染まっていた。アウルが彼女の方を見ると、黄緑色の瞳をしっかりと捉えた。そしてふいっと反対方向に視線を逸らした。何となく気まずさを感じ、手元に用意されたお茶をアウルは少し飲む。


「さて、それじゃあ早速本題に移ろうか。時期が時期だしお互いに時間に余裕があるわけでもないだろう。ピクルちゃんが元々六番隊を希望していたことは知っているよね。それで禁書堂でピクルちゃんについて調べてもらったんだけど」

「待ってくれ。何故君が調べたことを知っているんだ?」

「そりゃ、きっと君なら調べるだろうなーと思って禁書堂に待ち合わせて、少し遅めに着いたんだからね。まあ、いいや。それでピクルちゃんが大罪指定者、今は大罪人っていうんだっけ。大罪人だって知ってもらったと思う」


ピクルはまた少し視線を落とし、ぎゅっと拳を握る。大罪人の多くはあまり自分が大罪人であることを詮索されることを好みはしない。そもそも罪人はファンタジー作品の世界のように頻繁に自分の異能を使うことはしない。自分の異能がどのようなものか他人に教えることも少ない。罪の異能を使わず、普通の人間と同じように生きることで、無能力者に対する脅威を和らげていこうと考えている。他の罪人に異能を伝えないのは罪の異能は罪人にとっても脅威的なものであり、互いに牽制しあうような意味を持っている。大罪人の異能は通常の異能より遥かに危険なため、同じ罪人の中でも少し距離を置かれてしまうこともある。そのため大罪人は通常の罪人に比べ、自身の異能を詮索されることを嫌がる。しかしピクルは、


「アウル隊長でしたら大丈夫です」


と笑顔で返した。アウルは少し視線を落とし、ピクルに謝罪をした。クレアツィオーネも少し配慮が足りなかったかったと二人に頭を下げた。


「わ、私は大丈夫です。隊長、話の続きを・・・」


ピクルは困惑して、やめてください、と両手を小さく降る。二人は頭を上げ、微笑を零し、また一度、軽く謝罪した。そして、クレアツィオーネは重い扉を開けるように、ゆっくりと話を始めた。


「アウル、君にお願いがあるんだ。三か月後に九隊長守護会議があると思う」

「そうだね。無事生きて帰れればね」

「そこで、ピクルちゃんを六番隊に推薦したいんだ」


クレアツィオーネは一枚の紙を机の上に置いた。その紙には守護推挙書と書かれていた。


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