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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
5/13

~愚者は掌で踊らされる1/4~

エクスピアシオン城下町、国立図書館。まだ歴史の浅いこの国にも、そこには確かに濃い歴史があった。そもそも罪人の起源は、およそ800年前と考えられている。そして現アンセトール帝国民を筆頭に罪人の迫害が始まったのは、およそ750年前からだと言われている。何があったのかは未だ詳しく解明されていない。当時の記録を残した文献はほとんど残っていないのだ。先述の内容も文献が存在したために判明した。もしも、迫害の中でさらに過去の文献が抹消されていたら・・・考えるだけでもおぞましいほどに闇は深い。この国立図書館には、そのような貴重な資料が置かれている。当然、原本は置かれていないが。研究が終わった資料は、この図書館で見ることが許されている。最近は数が増えてきたので、新たに施設を作る必要が出て来るかもしれない。そしてアウルは、その国立図書館の最奥、軍人の中でも限られた人間だけが入ることを許されている禁書堂に来ていた。そこには今までの軍の歴史が全て残されていた。冊数は本書堂———一般公開されているスペース———に比べ、本の数が僅かしかない。しかしどの本も重厚な雰囲気を纏い、中には鍵のついた本まである。棚は鉄で作られており、まるでそこに並べられた歴史たちを守るように立っている。


「3年前か・・・」


禁書堂はとても狭いためアウルの微かな呟きは簡単に堂内に響いた。アウルが何故ここに来たのか。それは昨晩のことだ。アウルとセリオスは研修を終えた後、二番隊———主に近接戦闘を担当する隊———の兵舎に帰ってきた。アウルが兵舎の玄関まで来ると奥から一人の軍人が出てきた。まさに屈強と言える筋肉のついたその男はアウルの前で止まり、敬礼をする。アウルは男に手を上げると、敬礼を解き、懐から一枚の紙を出す。


「アウル隊長、九番隊のクレアツィオーネ隊長から緊急の手紙が届いております」


と茶色の封筒を渡した。茶色の封筒には緊急と赤い判子が押されていた。判子の下には5月11日まで、と小さく書かれていた。これもまた同じく赤色。


(5月11日まで・・・明日じゃないか!一体何が?)

「クレアツィオーネ隊長は自ら封筒を届けに参られました。どうやらなるべく他人には見せないで欲しいそうです」

「分かった。ありがとう、ストリック君。ご苦労だった、下がっていいよ」


そう言うと、ストリックは失礼しますと一礼し、また奥へ戻っていった。その後二人は事務室に寄り、帰舎板を掛けた。そこでアウルとセリオスは別れた。アウルは隊長室へ帰る。隊長室は広さこそそれなりにあるが最小限の物しかない。広い机と少し背の高い椅子、そして簡単な本棚があるだけだった。机の上にはいくつか資料が置かれていたが、どれも一通り目を通した跡がある。アウルは机の引き出しから刃物を取り出し、先ほどの封筒の封を開ける。中に入っていたのは一枚の手紙。そこには次のようなことが書かれていた。


「ピクル=ナラにのことで話がある。すぐに研究棟に来てくれ」


アウルは眉をしかめた。タイミングが良すぎる。つい今日、ピクルの入隊を知ったばかりで、この手紙を読めば、流石に怪しいと感じる。そもそもアウルはピクルの入隊を知らなかったのだ。それなのにピクルの話を持ち掛ける。それも秘密裏にだ。普通に考えれば、罠の可能性も考えるだろうが、アウルはそれは無いだろうと割り切った。


「アイツならやりかねないからな」


アウルは珍しく乱暴な口調で呆れた様子を見せた。九番隊隊長クレアツィオーネとはそういう人間なのだ。彼はエクスピアシオンが誇る三賢者の一人。医学、薬学、工学、クリム構造学、クリム工学など様々な分野でその才を開花させ、国民からは“革新”の賢者と呼ばれている。しかし彼を含め、彼を知る者は皆、口を揃えて言う。


「クレアツィオーネはそんな大層な人間じゃない。少し周りより頭が良かっただけのお調子者だ」


一般常識はあるもののどこか抜けていて、しかしそれら全てをまるで演技であったかのように有事にはとても頼りになる男だ。平時はいたずら好きの子供のような男だが。つまりこのことからアウルが考えなければならないことは、これが罠かそうでないかではなく、いつものいたずらか、本当に緊急案件かというところだ。かと言って彼は完全ないたずらで戦争間近の今、人を呼びつけるような常識のない男でもないため、九番隊研究棟に行こうと決心した。とは言え、セリオスの研修を止めるわけにもいかないので、代役にストリックを手配した。ストリックは血の気の多い二番隊の男衆の中では埋もれてしまうほど控えめな性格だが、その実力は二番隊でもトップクラスに入る、日頃から研鑽を怠らない性分で次期隊長として推薦できるほどの人物だ。


「ん?」


アウルは手紙の裏にも文字があることに気付いた。そこには禁書堂で待ち合わせるといったことが書かれていた。

そして時間は戻り、現在。待ち合わせ時間から既に十分ほど経っているが、クレアツィオーネの姿は見えない。元より時間に厳しい性格ではないが五分以上の遅刻は珍しいため、少しだけ心配した。しかし、心配してやるのも馬鹿馬鹿しいのでピクルの情報を確認しておこうと資料を探しているのだ。資料は年代別に分かれているので、すぐに見つかった。資料は少し埃がかかっており、アウルが棚から資料を引き出すと埃が宙に舞った。アウルは資料の表紙を少し掃ってから、開いた。


(九番隊・・・あ、い、う、・・・ぴ、ピクル=ナラ)


資料には彼女の顔も印刷されていた。アウルの記憶にある少女と比べると少し大人びているが、間違いなく彼女本人だとわかる。


(筆記試験100点中97点で一位・・・歴代でも稀にみる好成績だ)


国家兵(クリムガーディアンズ)入隊試験は筆記試験と実技試験の二種類があり、合計点で上位100名が合格、そこから上位200名のうち、希望者が補欠合格となる。また筆記試験、実技試験、それぞれの結果を見て、隊長達が話し合い、配属先が決められる。希望通りの部隊に配属されない者もいるが、辞めていくものは少ない。全受験者、数万人の中の上位100人と言う厳しい競争を勝ち抜いたことへの誇りが彼らに国民の代表であるという使命感を植え付ける。それがいつしか軍人の誇りへと昇華されていくのだ。だがしかし、それは理想の一つであるとともに間違いでもある。国家兵(クリムガーディアンズ)は決して国民の代表なんかではない。そんな大それたものであってはいけないのだ。辞めていく者が少ない。代わりに死んでいく者は絶えない。それは争いが絶えないからだ。太平の世が訪れるのなら国家兵(クリムガーディアンズ)など必要ないのだ。彼らは守護の象徴、そして殺戮の証。そんな軍隊が国民の代表であっては駄目なのだ。そんなことを考えながら、ピクルの資料に目を通していると異能の詳細でアウルの目が留まる。


———創者(つくるもの)の罪。望んだものを創造する異能。実際の有無は関係なく構造を理解しているものなら制限なく想像が可能。大罪指定———

恐ろしい予感がした。大罪指定とは罪の異能の中でも極めて危険な異能に与えられる法的制限のことだ。またあまりにも強大な異能のため大罪指定者の多くは自身のクリム神経———クリムに干渉するための罪人特有の神経回路———をボロボロに壊してしまい、満足に異能を発動させることが出来ないというケースが多い。アウルの目は再び動き、実技試験の点数を捉えた。


(100点中41点、平均点より20点も低い。なるほど、確かにこれでは戦闘部隊に配属されることは困難に違いない)


大罪指定のため、どれほど異能が制限されているかは知らないが、このような異能が軍事利用されることになれば、間違いなく動乱の世はさらに次の展開へ進むだろう。そのようなことは誰も望んではいない。


「親父さんからの伝言もあるが、これは一度会わないといけなさそうだな」


そして、禁書堂の扉からノックの音がする。本来の待ち合わせ時間から15分経っていた。


「遅いじゃないか、クレアツィオーネ。頭のねじと一緒に時計のねじもイカれてしまったのかい?」


扉から現れた銀髪の長身痩見の白衣を纏った男、クレアツィオーネはへらへらと笑いながら返す。


「遅れてすまなかったねえ。アウル。ほんの少し寝坊してしまったのさ。許してくれないか?」

「今日こそ許さないからな」

「本当にごめんよ。おチビちゃん?」


その瞬間、アウルの中で何かが切れた。そして次の瞬間、禁書堂に大きな音が響くとともに、

クレアツィオーネの笑顔に一枚の紅葉が添えられた。


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