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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
4/13

~愚者は研修に付き添う3/3~

「それで、お前さんたちは何をしにここに来たんだい?」

「今日はクリム鉱を10kg×10箱、頂きに来ました。事前に軍の方から申請が届いているはずですが・・・」


それを聞いたトックルは、まるで、そうだったかな、とでも言うように、頭を軽く掻きながら、壁に乱雑に張り付けられた紙を見る。一見何の規則性もなさそうに張られた紙の中から

一枚をはがした。


「ああ、これか?確かに受取日は今日だなァ。ちっとばか、待ってくれよ」


そう言うと、トックルは店の方に顔を出し、店番の男を呼びつけた。

トックルは男に紙を渡し、一言、二言伝える。男は紙を握り、また店の方に戻る。

「三十分ぐれえ待ってくれ。ちょいと在庫を確認しに行ってもらったからな。何しろ普段は

人殺しの道具なんて取り扱ってねえもんでなァ」


トックルは、目を合わせなかった。皮肉の込められた一言に小さな軍人はただ黙った。この世から争いがなくならない限り、彼らの手を染める血は絶えず流れ続ける。たとえそれが誰かを救うための術だとしても。彼らは知っている。暴力を恐れ、暗い夜道を隠れて歩いた日々を。指差し笑われ、石を投げつけられた日々を。差別、迫害を受けるということは、同時にその恐ろしさを知るということだ。家族を亡くしたものもいるだろう。愛する伴侶を失ったものもいるだろう。

国民たちは戦争を良しとはしない。復讐を望む者もいただろう。毎晩、枕を濡らし、顔を埋め、叫ぶ者もいるだろう。夢を見るたびに鮮やかに汚れた赤色が彼らの瞳を濡らし、永遠に捨てることのできない後悔が彼らをいつまでも責め立てる。それでも、彼らは最後に武器をとらなかった。知ってしまったのだ。傷つける痛みを——誰かを殴れば自分もいたいという至極当然な事実を——。故に王はこう言った。


「エクスピアシオンに侵略の意志は無い。我らが戦う理由はただ一つ。我らの自由が何者かによって脅かされ、また奪われようとしたとき。即ち自衛。この国のありとあらゆる軍事権は我が管理しよう。約束をしよう。我が軍が無意味に戦争を起こした時、その時が我が首が地に転がるときだ」


その時、王は彼が使っていた漆黒の大剣を大地に突き刺した。自身が剣を手放すことで侵略の意志は無いことを民に示した。彼の大剣は城下町にある国立公園で不可侵の象徴として、当時の空気を纏いながら今も立っている。

国民たちはそれほどまでに暴力を恐れている。加害、被害、関係なく。好んで兵器を仕入れる店の方が少ない。当然、命令と金が揃えば動かざるを得ないが。同時にそれはエクスピアシオンの戦略的不利を意味する。軍の九番隊———主に兵器の開発や量産などを担当する隊———以外に新兵器の開発に積極的に参加するものなどそうそうはいない。当然、兵器開発は他国より遅れ、大きな弱点として露呈する。


「何、お前さんたちが俺らのために頑張ってくれてんのは分かってるんだがよ。それでも兵器を売るのを渋る奴も多くいてな?俺らも仕入れるのが難しくなってきてんのさァ」

「ええ、大丈夫です。我らの王はそれも覚悟したうえで誓いの剣を立てました。親父さんが苦い顔をする必要はありません」


部屋に広がる灯りが揺れたような気がした。アウルの顔には陰がかかり、その顔は笑っているのか、曇っているのか、はっきりとは分からない。ただ、微かにだがアウルの瞳に暗い赤色が浮かんだのを、セリオスはハッキリと捉えた。

不気味な空気の流れる部屋で、空気を変えようとセリオスが口を開いた。それは壁に貼られていた。一枚の写真についてだ。写真にはトックルと二人の女性が写っていた。母親らしき女性は、その白い肌が良く映える上品な、それでいて愛らしさも感じさせる薄い青のワンピースを着て椅子に腰かけていた。もう一人の女性は母親に抱き着きながら満面の笑みをカメラに向けている。隣に立っているトックルより背の高い。特別美人だとは感じないが、親しみやすく可愛らしい年ごろの少女と言う感じだ。ノースリーブのシャツから伸びた二の腕はとても健康的だ。ハーフパンツから伸びた長いふくらはぎは絶妙な弧を描きながら地に降りた。エクスピアシオンではまだカメラの普及は進んでいないものの、ある程度、安定した生産が可能となったためカメラの貸し出し店などは段々と増えてきている。それでも少しお高目な値段設定だが、国民の受けはいい。あえて写真で思い出を残すのは何となくトックルらしい。家族思いな面もあるのだなと思うが、写真はトックルと二人を引き裂くように意図的に破られた跡が見られ、そこに丁寧にテープが張られていた。


「その写真に写っているのは奥さんと娘さんっすか?とても綺麗な女性っすね」

「・・・・・・そういえば、いつも親父さんのお手伝いをしていたピクルちゃんは何処へ行ったんですか?」

「ピクルちゃん?トックルさんの娘さんっすか?」

「ああ、そうだ。アイツならもうここには帰ってこねえよ」


眉間に皺を作り、トックルはセンベイを一枚口に運んだ。セリオスはなんだか聞いてはならないことを聞いてしまったような感じがした。しかし、トックルはとても穏やかな口調で続ける。


「別に遠くへ出ていったわけじゃねえ、軍に入ったんだよ。俺もカミさんも何度も反対したんだがな。あの頑固娘は最後まで譲らなかったもんでなァ。俺らだって好きで娘の夢を拒みたいわけじゃあねえし、こっちが折れてやったんだよ」

「ピクルちゃんが軍に入隊したのはいつ頃ですか?」


トックルの額の皺が伸びたと思えば、今度はアウルが少し睨みながらトックルに返した。恐らく、軍という危険な場所へ娘が行くことを許したことが、彼に怪訝の念を抱かせたようだ。

いつもより低い声がセリオスの解けかけた緊張の糸を再びきつく縛り上げた。実際、セリオスから見ても、大切な娘———写真から察するに一人娘だろう———が軍に行くというのに簡単に許す親はいない。


「三年前の臨時試験だ。アー坊が史上六人目の星十二勲章———数多の戦場を勝利に導いた兵士に贈られる最高級の褒章———の受章者になる三か月前だ」

(その頃は確か帝国の侵略が激化していて、急遽、人員補充のために臨時の試験を行ったと聞いたな。なるほど。通りで試験を通過しているにもかかわらず、僕の耳に入らなかったわけだ)

「どの隊に入隊したか親父さんは知っていますか?」

「ああ、九番隊だ。本人は六番隊———主に戦場で負傷した兵の救護や物資の補給などを担当する隊———を第一希望していたんだがな。実技試験が駄目で落ちちまったんだよ。親としては非戦闘部隊の九番隊の方がよほどか気が楽だったけどよ。本人は悔しくてポロポロ泣いちまってさ」


九番隊に入隊したと聞いた瞬間にアウルは少し気まずそうな顔をした。会いたくない人を思い浮かべた時のような、何ともいえない顔を。


「セリ坊もアイツにあったら仲良くしてやってくれよ?」

「も、もちろんっす!」


セリオスが元気よく返すと、安心したのかトックルは笑いながら、よかった、と言った。相変わらずアウルの顔は暗いものの、先ほどのような圧のある冷たさは感じない。そんな何でもない話を重ねている内に先ほどの店番の男がやってきた。


「おう、どうやらお目当ての品が届いたみてえだぜ。ちょっとこの部屋に運ぶから手伝ってくれ」

「了解っす!」

「わかりました」


そして三人は店の前に運ばれた木箱を部屋の中に運んだ。トックルが一箱、セリオスが三箱、アウルが六箱という何とも労力差の激しい分担をしたが、アウルは快く引き受けた。それどころか、自分一人で運びましょうか、と言い出したが、トックルは、たまには体を動かさねえと鈍っちまうもんでよと断った。セリオスも上司が運んでいるというのに自分が運ばないなんて駄目だと断った。トックルは椅子に腰かけ、


「俺、だいぶ年食ったなあ。こんなに衰えてるとは思わなんだ」


と予想外の疲労に驚いている。セリオスはほとんど疲れていないが、いきなり六箱持ち運んだアウルの想像を遥かに超えた圧倒的な力を見て、驚いていた。


「アウルってすごく力持ちだったんすね」

「いや、そんなことはないよ。軍の他の隊長と普通に力比べしたら女性隊長も込みで、僕が下から一番か二番だよ」

「え!アウルが下から一、二・・・?」

「ああ」


単純に30kgを持つだけなら軽々こなせるが、木箱のため当然力は入りにくくなる。さらに三段積み。中途半端な力の持ち主では持ち上げることすら困難だろう。さらに他のお客さんにぶつからない、あえて遠回りしていた。棚の死角から子供が飛び出してきた時も、ぴたりと止まり、その木箱は揺れることさえしなかった。ただ力があるだけではなく、それを完璧に制御しきっていた。アウルが隊長に選ばれた理由を少し理解できた気がした。


「よし、そんじゃ、今回の品を確認しようか。」


トックルは木箱の天井を破り、木箱の中を確認した。そこにあったのは七色の海。いや、様々な色の石が部屋の明かりを浴び、キラキラと輝いていた。

クリム鉱。罪人が異能を発動させる際に大気中のクリムという謎の物質に干渉する必要がある。そしてクリム鉱とは、高濃度のクリムを鉱石が浴び続けた結果、異能と同等の力———世界の理に干渉する力———を有した鉱石だ。エクスピアシオンでは生活を支える機械に用いられ、日常に欠かせないものとなっている。生成された環境や生成にかかった時間によりその質は決まり、また素となった鉱石によりどのような能力が発現するかが決まる。ごく稀に純粋なクリム鉱———クリム鉱ではあるが能力を発現しないクリム鉱———が生成される。これを“未完”のクリム鉱と呼ばれるこれは、異能で鉱石に干渉し続けることで後天的、人工的に能力の設定が可能である。“未完”のクリム鉱以外でも不可能ではないがかなりの労力を必要とし、また絶妙な力加減や長時間異能を発動し続けられる体力がないと困難なため、実行されることはほとんどない。


「今回注文してたのは、“未完”のクリム鉱が一箱、“灯り”のクリム鉱が一箱、“反復”のクリム鉱が三箱、“増幅”のクリム鉱が三箱、“治癒”のクリム鉱が二箱・・・これで全部か?」

「はい」

「あと、いつも言ってるけどよ。“未完”のクリム鉱の中に不良品混ざってたら箱ごと全部返せよ?他の石に影響して異能を与えちまうかもしれねえんだからなァ」

「わかってます」


トックルは発注書を机の上に置き、アウルとセリオスを一瞥する。


「お前ら、ちゃんと生きて帰って来いよ。約束だからな。セリ坊はもちろん、アー坊も絶対に生きて帰って来い。死んだら許さねえからな」

「了解っす!這ってでも帰ってくるっす!」

「・・・はい。またここに戻ってこられるよう努めます」


二人の返事を聞き、トックルは少しだけ胸を撫で下ろした。


「ああ、あとうちの娘にあったら、一年に一回でいいから母さんに顔見せに帰って来いって伝えておいてくれ」

「わかりました」

「絶対に伝えておくっす!」

「よし!それじゃあ、今日はご苦労さん!帰りも気を付けてな」


そしてアウルとセリオスは箱を外に持ち出し、店を後にした。アウルは近くの配達屋に寄り、

城に届けるように注文した。城で一度確認された後、それぞれの部隊に配給される。少し値段は上がるが速達でお願いした(アウルの自腹)。


「それじゃあセリオス、研修お疲れさま。あと一日だけど気を抜かずに頑張ろう」

「当然っす!明日も頑張るっすよ!」


セリオスの元気な返事が黄昏の空に響いた。


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