表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
3/13

~愚者は研修に付き添う2/3~

憂鬱を隠せぬ表情で、アウルは店の扉を押す。

がらん、がらん、と大きな音が店内に響き渡る。

店内には、赤、青、緑、紫など、様々な色の石や鋼、

それらを加工した武器や小道具が置いてある。

店に入ってから、真っ直ぐ正面に会計所が見えた。

会計所にいた、頭にハチマキを巻いた店員は退屈そうに

頬杖をつき、会計所の机の上で指を弄っていた。

しかし、店に入ってきたアウルを見ると、

近くの店員に何かを告げた。

そして、その店員がまた別の店員に告げ、

伝言ゲームのように店員たちは何かを告げ回った。

また気が付くと、会計所の店員はどこかへ消えていた。

そして、アウルとセリオスを囲むように店員たちは扉の前に集った。

セリオスは戸惑いは隠せず、少し落ち着かない様子だ。

アウルは、何か呆れたような表情で手を耳に当てた。

集った店員らの表情は酷く真剣だ。

さながら今から戦場に向かう兵士のような面持ちに、

セリオスは、少し身がすくんだ。

セリオスの耳元を、すぅ、と軽い音が重なって聞こえた。

そして次の瞬間、


「「「「いらっしゃいませええええええ!!!!!!!!!!」」」」


耳を塞ぐ間もなく、今まで体験したことのないような爆音が

体をぶん殴った。

それは、赤子の泣き声など比にならぬほどの大きさで、

何も知らぬ人が聞けば、まず間違いなく腰を抜かすであろう。

それくらいの大きさだ。

アウルは、耳から手を離し、セリオスを一瞥する。

セリオスは、ぎゅっと口を締め、その場に固まっていた。


「セリオス、大丈夫?」


少し体を揺らしてみると、肩がビクッと跳ね、

まだ少し、ぼーっとして見えるが、正気を取り戻した。


「だ、大丈夫っす!」


二人を囲んでいた店員たちは、さらに一歩、二歩と二人に詰め寄り、


「アウルさんー、新人さん居るなら言ってくださいよー」


「新人さん、ごめんね?びっくりしちゃったでしょ」


などと、セリオスを心配する様子を見せる。

それを見ていた他の客は陽気に笑っている。

その様子を見た、アウルは少し眉間に皺をよせ、苦笑いを見せ、


「お久しぶりです、皆さん。相変わらずですね」


まるで何年も前から、そこにいたかのような、

どこか懐かしさを覚えさせるような話し方だった。

店員もまた、家族に接するかのような、

親しみをもってアウルと話している。

セリオスは、その姿に疎外感など一切感じず、

ただ暖かな一つの家庭を見守るような、

酷く穏やかな感情で心が満たされた。

すると、奥から先ほどの会計所の店員と、

アウルと同じくらいの背丈の中年男性が現れた。

中年男性は、少し尖った耳に、褐色の肌が特徴的であった。

まるでそれは童話に現れるドワーフのような姿であった。

男は、白いTシャツを纏い、また袖を肩まで捲って、

下は薄い青の短パンを履いていた。

体系はアウルと比べると、丸々としていて、

顔も渋みの強いタイプで、大人らしさを主張する。

しかし、それに似合わぬ身長が、

何よりも彼を印象付けた。

男はにやりと口角を上げ、


「久しぶりだなァ、アー坊、

ちったぁ背ェ伸びたか?」


「お久しぶりです、親父さん。

あなたを見下ろせるほどには伸びたのではないでしょうか?」


「生意気言うようになったなァ、クソガキ」


そう言うと、男はアウルの髪をクシャッと撫でた。

二人は互いに睨み合っていたが、険悪な雰囲気はなかった。

むしろ二人の間には暖かな、親子のような雰囲気が見て取れた。

アウルの見下ろせる数少ない成人の一人、

鍛冶師の貫禄が滲み出ている彼こそが、


「セリオス、紹介するよ。

こちらが我々、国家兵(クリムガーディアンズ)が懇意に

してもらっている『ナラさんのクリム工房』の店主、

トックル=ナラさんだ」


「お、新入りか?

でっけえじゃねぇか!

いいねぇ、いいねぇ、でっかいことは良いことだ!」


セリオスは、自分を見上げる強い視線に、

少し照れながら、


「あ、ありがとうございます?」


と、返した。

アウルは貴重なセリオスの敬語に

心底驚いていたが、

それは一切顔に出ず、アウルの中だけで止まった。


「えーと、トックルさん。

こちらは、今期最優秀の得点で試験を通過した

国家兵(クリムガーディアンズ)期待(スーパー)新戦力(ルーキー)、セリオス=イエリナです」


「あ、ご紹介預かりました、セリオス=イエリナっす。

本日は、研修のため、こちらで色々学ばせて頂くっす」


トックルは、一瞬、眉間に皺を寄せた。

いや、トックルだけではない。

その場にいた全ての人間が、冷たく、セリオスに注目した。

セリオスは至って普通に視線を受け流した。

また一瞬経つと、トックルは小さく溜息をつき、


「まあ何だ、立ち話もなんだし、奥に来いよ。

お茶ぐらいは出してやるよ」


と親指でクイっと店の奥の方を指す。

そこには藍色の暖簾があった。

この辺りでは見ない質感だ。


「トックルさん、また模様替えしたんですか?」


「ん?おう、ようやく極東の秘境を探しに行ってた商人が帰ってきてよ。

持って帰ってきた商品をいくつか譲ってもらったんでな。

向こうの布は、色の染まりが綺麗でな。

こっちの方じゃあ。あんまり見ねえ、色の感じが気に入ったんだよ」


少し暖簾に触れてみると、

布の質感もこのあたりの方ではあまり見ないものだ。

悪くない、むしろ良い触り心地だ。


「あっちの方は、クリム産業が全然、発展してないけど、

こういう旧産業(クリム鉱の加工を作業工程に含まない産業、主に農業や漁業)

が発展しててな。これほどの品質でも、まだ一級品には。ほど遠いらしい」


「これほどの物なら帝国でも相当な高値で売れるだろうによ」


少し悔しそうな顔で職人は暖簾の奥に進む。

暖簾の奥には少し短い廊下。

廊下には灯りなどはないが、すぐそこに見える部屋の光が

ぼんやりと見える。

暖かな橙の光は廊下を進むほど、

優しく包むように伸びる。

部屋に入ると、そこには、


「ランプ、じゃないっすね」


“灯り”のクリム鉱を入れたガラスが部屋の壁に

七つ掛けられている。


「少し熱出してるから、あんまりガラスには触んなよ」


そう言うと、トックルは木でできた椅子を二つ、

部屋の真ん中に置かれた木製の丸机の横に置いた。


「まあ、座れよ。茶ぁ入れて来るからよ」


と言うと、恐らく作業机と思われる簡単な机に置かれていた

黒色のポットを持って、部屋を出た。

アウルとセリオスは椅子に腰を掛ける。

セリオスは、きょろきょろと部屋を見渡す。

決して大きな部屋ではない。

部屋に扉は無かった。部屋に入ってまず正面の作業台が見えた。

机は、部屋の隅に固定されている。

こちらの机は金属製だ。傷やへこみは一切なかった。

そこから視線を右に真っ直ぐ移すと、

ハンモックのようなものが、壁に括り付けられ、

宙にぶら下がっている。

その下には、乱れた毛布が一枚ある。

恐らくあそこで寝ているのだろう。

そして、部屋の中央には木製の丸い机。

作業台と比べると少し大きめだ。

しかし、こちらは木製で、多少の傷やへこみが見える。

壁には、先ほどの七つの灯りと、

膨大な数の紙が画鋲で留められている。

中には恐らく雑に破いたであろう痕跡も見られる。

しかし、壁を埋め尽くしそうな枚数の紙があった。

紙には、設計図のようなものが書かれている。

さらに、そこには赤い文字で目立つように書かれた文字で

おびただしい数の加筆が施されている。

その部屋の景色には、ただ圧倒されるばかりだ。

部屋のいたるところからも、年季を感じられ、

その机の前には、職人の背中が、

その設計図からは、職人の生き方が、

今日初めてであったはずの男のはずなのに、

セリオスは何故か、彼がどんな人間なのか、よくわかった気がする。

そんな部屋だ。


「おう、待たしちまったか?

さっき言った商人から買った茶だ。

アー坊が前に美味しいっつってたからなァ。

わざわざ取り寄せてもらったんだぜ?

感謝しろよ?」


アウルの表情が少し和らぐ。

普段からきちんと姿勢の整っている彼だが、

その瞬間、背筋がより整ったように見えた。


「リョクチャですか?」


「おう、最近は帝国の方に安値で大量に輸出してるらしくてなァ

数は手に入らなかったみてェだから大事に飲めよ?」


「ありがとうございます!」


セリオスは、机に置かれた木製のコップの中を覗く。

そこには、濁りを感じさせながらも、綺麗に透き通るその液体は、

今まで見たことのない、どこか金の混じった緑色だった。

その色は、とても美しかった。

また香りも、どことなく心を落ち着かせる、静かな香りだった。

隣のアウルから、微かにズズッと、それを啜る音が聞こえた。

その瞬間、彼の顔にささやかな幸福が見て取れた。


「どうしたの、セリオス?

とても美味しいから君も飲んでみると良いよ。

茶、と聞くと紅茶を思い浮かべるかもしれないが、

紅茶とは、全然違う味わいだ。一言で言えば、甘苦い」


「あ、甘苦い?」


甘いでもなく、苦いでもなく、甘苦い。

甘酸っぱいやほろ苦いのような親しみやすいイメージは全くわかない。

つまり、セリオスは生まれてこの方、甘苦いという言葉は初めて聞いた。

その感覚がどのようなものか自分も知りたいという

純粋な好奇心が彼の手をコップへ伸ばした。

セリオスはコップに口をつける。

木製のコップは、とても滑らかに仕上げられていて、

茶の口当たりに、さらに磨きをかけた。

音もなく、セリオスの中へ、流れ込んだ茶の温度が、全身へ巡り巡る。

優しい温かさの後に来るのは、苦み。

しかし、その苦みに、嫌悪感は感じなかった。

むしろ飲みやすい。


「こ、これが甘苦い・・・・・・?」


苦みが口の中に広がった頃、苦みの中に隠れていた

仄かな甘みが、苦みの後を追い、そして混ざる。


「!?」


今まで体験したことのない、深みのある旨みが、

セリオスの脳裏に刻み込まれる。

電撃のような刺激など無い。

それでも、その一杯はセリオスの記憶に滲むように残る。


「うめえだろ?」


すごく上機嫌なトックルの顔を見て、

セリオスは何度も頷いた。


「さて、新人君の下も手懐けたところで、本題に入りますかね?

あ、菓子いるか?

あっちのセンベイってのを元に作った試作品らしいけどな」


「「貰います!」」


二人の綺麗にそろった返事に、トックルは嬉しそうにククッと笑い、


「これじゃァ、何しにここに来たんだか、わかんねえなァ?」


といい、彼の持ってきたお盆の上に置いてあった小さな包装を破いた。

その後、彼は少し、その包装の魅力について語っていた。

どうやら今までの包装とは大きく異なり、中の空気を極限まで減らし、

完全に密封することで、保存期間を大きく伸ばすというものだと言う。

トックルが言うには、数年後には、この包装が主流になり、

遠征可能距離が大きく拡大すると思われるそうだ。

また菓子についても少し語った。

本場のセンベイは、もっと塩辛いらしい。

しかし、こちらでは、まだ紅茶の方が広く出回っているため、

塩辛さを控え砂糖の甘みを強く主張するものにしたらしい。


「いや、でもこれ。少し硬すぎじゃありませんか?

紅茶のお供にするには、もう少し歯ごたえから

見直した方がいいのでは無いでしょうか?」


とアウルが感想を残すと、

「ああ、確かに俺もそう思うんだがなァ。

そうすると、それはセンベイじゃねえ!っつって聞いちゃくんねえんだ」


「それならセンベイとは別に、紅茶に合う菓子を作ればいいんじゃないすか?

あと販売してから初めの方は、センベイとリョクチャを一緒に売るとかすれば、

良い感じに二商品とも回ると思うっすけど」


「その時の価格設定はどうする予定かな、セリオス?」


いつの間にか、話は今後の商品展開について盛り上がっていた。

いつからかはわからない。ただいつの間にか。

この話は流れるように机上に降りてきた。

いや、降ろしてきた、というのが正しいだろうか?

このトックル=ナラという男は、あくまでも自然に。天然に。豪快に。

この机に、自分の求める展開を引き寄せた。


「あいかわらずですね、親父さん」


「おう、俺は俺のしてえことをするだけさ。

まあ、そろそろお前さんたちの話に移らせてやるよ」


微かにアウルの顔に悔しさが見えた。

セリオスは、後にその職人についてこう語った。


もしも、世界から戦争がなくなれば、

世界の頂点に立つのは、英雄でも、王様でもなく、

話しの上手い(トックルナラ)だ、と


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ