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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
2/13

~愚者は研修に付き添う1/3~

 これは少女の読んだ物語の世界。

 今はもうない、消えた世界の話――


 歪んだ常識に囚われた正常者になるくらいなら

 目の前の温もりを守れる愚者でありたいと。

 かつてそういって死んだ男がいた。


 この世界では前世の罪が、現世に誕生する際、異能力となって顕現する。


 これは、この世界で誰もが知る常識である。

 そして、常識の中には、必ず歪みが出来てしまう。

 それが、現実なのだろう。


 そして、そんな歪みを正そうとする人もいた。

 しかし、人々はそんな人たちを『異端者』と罵った。

 そして、多くの人々は、そのまま『正常者』になるのだろう。

 それが、大人になるということなのだろう。


 それでも、まだ希望を掲げ、夢を描き、理想を追い続ける人たちを『正常者』達は、

皆、口を揃えて『愚者』と呼び、呆れた。


 ここは、『エクスピアシオン』。

『罪人』と呼ばれる異能力者達の国である。

 彼ら『罪人』は、その異能力が脅威的であるが故に

 長い歴史の中で、辛く、苦しい差別を受けていた。

 そんな歴史の中、一人の男は、こう言った。


「ここに国を造ろう。罪人達が集い、互いに助け合える、普通の国を」


 その男こそが、このエクスピアシオンの建国の王にして現王 フィア=ディバイ

 建国十年のこの国の大通りは、毎日賑わっている。

 今日も、肉屋のおばさんの声が一際大きく聞こえる。

 暖かな日常が、当たり前に訪れるということは、どれだけ平和なことだろうか。

 しかし、陽のあたるところに陰が出来るように、

 たとえ平和な国であっても悪行は行われる。

 この大通りを少し外れた小道では、

 幼い少年がナイフを持った悪党に恐喝されている。

 悪党は深緑色の小汚いチョッキの下にボロボロのシャツを着た

 いわゆる、『盗賊』と呼ばれる人間が纏っていそうな服装であった。

 ナイフは、少し錆の入った包丁のようなものだった。


「おい、ガキ、いいか?俺もなるべく事を大きくしたくない。

 だから、命が惜しければ、大人しく金目の物は全部置いていけ」


 少年の顔には、困惑が見える。

 少年は黒髪、黒目、幼い顔立ちで、

 その背丈に似合わない綺麗な白いシャツを一直線に縦断する青いネクタイ、

 質の良い革のベルトを巻き、その細い腰からは黒のシルエットが地に向かって

 真っ直ぐ伸びている。


「す、すみません!僕、今お金持っていなくて・・・・・・」


 悪党は少年の頭頂から足のつま先まで探るように見て、


「おいおい、俺は金目の物を置いていけって言ったんだぞ?

 つまり、お前が今着てる服も!その四角いバッジも!

 金になる物は全部置いていけって事だ。

 それとも何だ?お前ごと俺にくれるって言うのかい?

 黒髪、黒目なんて珍しいからなあ。

 結構な値が付くぜえ。」


 と声に少し苛立ちを込めて、

 そして念を押すようにゆっくりと言った。


「そんな!?僕全裸で大通り出たら警備兵(クリムユウス)に捕まってしまいます!

 それにこのバッジは、れっきとした国家兵(クリムガーディアンズ)の証です!!」


 少年は少しお道化ながら、襟に留められた長方形のバッチを指す。

 バッジにはカランコエの花の模様と二本の白い横線が刻まれていた。

 悪党は吹き出し、言った。


「ぷっ、おめーみてえなガキが超エリートの集まる国家兵(クリムガーディアンズ)な訳ないだろーが!!」


「ほ、本当です!!・・・・・・それに、僕は・・・・・・」


 少年の言葉を遮るように、

 大きな音が建物に囲まれた小道で、やけに煩く、反響した。

 悪党が建物の壁を強く殴りつけたのだ。

 建国僅か十年の、この国の建築技術では、とても頑丈とは言えない建物の出来で、

 少年の耳元で小さくミシッと音が鳴った。

 さらに悪党は持っていたナイフを壁に突き刺し、自分を大きく見せるように、

 少年を上から覗きながら顔を近づけ、

 

「ゴチャゴチャうるせーぞ?クソガキ。

 俺は金目の物さえ置いてってくれればそれでいいんだ。

 命とどっちが大事かなんて、流石にわかるだろ?

 なあ、俺はいつでもお前を殺してやれるんだぜ?」


 その声はとても醜く聞こえた。

 嫌に耳の奥に残り、少年は強烈な罪悪感を覚える。

 と同時に、少年は悪党を視界から追い出すように

 顔を俯けた。

 そして次の瞬間、悪党の精神は大きな恐怖に支配された。


 (なんだ?このガキの身体が何か、光みたいなもんを纏っていやがる。

 こいつから放たれる殺気は何だ?

 重く、深く、暗く、冷たい殺気。

 こいつは何かがヤバい・・・・・・)


 悪党の目には、いつしか困惑に染まった少年の顔が、

 自分を嘲笑うような、見下すような表情に変わっているように見えた。

 少年の突然の変化に悪党は戸惑い、

 少年から顔を離し、一歩後ろに退いた。

 悪党の頬を、嫌な汗が滑り落ちる。

 自分の不安を隠すように悪党は大きく舌打ちをして、

 

 「このガキ、大人を舐めてんじゃねえぞ・・・・・・」


 少年は再び顔を上げ、悪党を真っ直ぐ見据え、言った。


 「別に・・・・・・舐めてねえよ?」


 酷く馬鹿にしたような態度だ。

 悪党は顔を怒りの赤に染め、思いっきり歯軋りする。

 少年は眉を顰め、少し悪党を睨んだ。 


 (駄目だ、コイツには手を出しちゃいけねえ。

 俺の本能がそう言ってやがる・・・・・・)


 悪党は、悔しそうな面持ちで、少年を睨み返した。

 少年からは相変わらず、とてつもない殺意を感じる。


 「ちっ、今日はここまでにしといてやる」

 悪党はそう言って、小道を出ようとした。

 しかし、悪党の前に突然高い壁が現れ、

 悪党は壁にぶつかる。

 悪党は地に尻をつけ、先ほどまではなかったはずの壁を見上げた。

 壁は尻もちをついた悪党を見下ろし、


 「わ!ごめんなさい、ちょっと人を探してて、急いでいたっす」


 壁、もとい背の高い男は、悪党に優しく手を差し伸べた。

 悪党を起こすとその男は困ったような声色で続けて言った。

 

 「ちなみにお兄さん、俺の胸くらいの黒い髪の男の子見てないすか?

 他しか今日は青いネクタイをしてたと思うんですけど・・・・・・」


 (コイツ、あのガキの連れか?

 ヤバい、早くここから逃げないと・・・・・・)


 悪党は、適当に考えるフリをしつつ、目を泳がせ、ついには、


 「し、しらねーよ!」


 と、男の手を払い除け、悪態をつき、小道を出ていこうとした。

 しかし、悪党は後に語る。それは悪手であった、と。

 小道を出ていこうとする際に、悪党の背中の奥に隠れていた

 先ほどの少年が男の視界に入る。

 その瞬間、男の表情は一気に晴れ、大きな声で、

 

 「見つけたっすよ!アウル!!」


 その声も、また建物で反響し、小道の出入り口の方から

 何だどうした、と、人が集まって来る。

 そのおかげで悪党は大通りの方へ出にくくなり、

 その場で立ち尽くす。

 また、悪党は後にこうとも語った。それも悪手であった、

 何としても逃げておくべきであった、と。

 少年の方に駆け寄る男に。


 「セリオス、その人は悪人だ!

 直ちに確保して警備兵(クリムユウス)の下へ連行して!」


 その声が男の耳に触れた瞬間、

 彼の長い腕が自身の後方に立ち尽くしていた

 悪党の腕を掴み、そのまま地に引きずり倒した。

 突然の出来事に驚くことさえ許されなかった悪党は

 当然のように、地に背を付けた。

 彼の視界に広がるのは建物の屋根に狭められた青空。

 散々だ、と酷く痛む背中を労わりながら、

 彼の耳の下を、一滴の涙が流れていった。

 小道の口から、野次馬を潜り抜け、三人ほど警備兵(クリムユウス)が駆け付けた。

 ******


「「「悪人の確保、ありがとうございました!」」」


 悪党は警備兵(クリムユウス)に逮捕され、少年らは事情聴取を受けていた。

 事の流れはこうだ。

 まず男と少年が人の密集した大通りを歩いていると、

 突然、人混みの中から痩せこけた手が伸び、

 少年を小道に引きずり込んだ。

 男が、また背の高いことで、

 そして人が多すぎたというのも原因で、

 少年の失踪に暫く気付かなかったという。

 そして、先述の通り、少年は悪党に

 金目の物を全て置いていくように脅され——————

 そして現在に至る。

 男は少年に頭を下げ、

 

 「本当に、申し訳ないっす!

 もっと俺が早く気づいていれば!」


 少年は、男に頭を上げるよう告げ。

 少し手を振りながら、返す。

 

 「いや、セリオスは全然悪くないよ。

 僕があの人混みの中で危機管理を怠っていたのが悪いんだし、何も気にしないで」


 男———————セリオスは、金髪碧眼、

 まるで白馬の王子様のような風貌で、

 アウルと同じくきちんと整ったシャツに、緑のネクタイ、

 そして細いながらも男らしさを主張する腰からは

 グレーのシルエットが伸びていた、

 しかし、彼の襟にはバッジはついてなかった。


 「ごめんね、今日も大事な研修なのに時間をとらせてしまって・・・・・・」


 「いやいや、本当にアウルが謝る必要性何処にもないっす!

 それより早く目的地に向かうっす!」


 少年——————アウルは、そうだね、と頷き、

 近くにあった街路図を確認する。


 「えーーっと、今はここだから・・・・・・」


 「この時間なら大通りも開いてると思うっす。

 だから、大通りに戻って、真っ直ぐ降りていくのが一番早くないっすか?」


 「んーーー、そうだね。

 それじゃあ、向かおうか」


 「了解っす!」


 二人は小道を抜けていった。

 大通りは、昼間ほど混んではいなかったが、やはりまだチラホラと人が見え、

 アウルは周囲警戒していた。

 その様子を見ながらセリオスは、

 

 「そ、そんな気になるなら、手でも繋ぐっすか?」


 その台詞を聞いた途端、アウルはまるで雷に打たれたかのような

 衝撃に襲われ、挙動不審になった。

 そして、冷静さを取り戻し、ゆらりと体を起こし、セリオスに指差し、言った。


 「何だ、それは?僕が小さいからか?

 小さくて、すぐ迷子になるからか?

 僕が、小さいからかーーー!!!!」


 そのキレっぷりにセリオスは一歩退き、

 なおかつ、素直に答えた。


 「そ、そうっすよ?

 だってアウルの身長百よn・・・・・・」


 「皆まで言うな!!!」


 瞳に、今にも零れそうな涙を溜め、

 アウルはセリオスの口を塞ごうとするも、その努力虚しく、彼の手はセリオスの口の下を空ぶった。

 アウルの身長は、大衆集まる大通りにて

 いとも容易く、暴露されてしまうのであった。


 「くそ、何でなんだ?

 生まれてから、自分が低身長だと気づいたその瞬間から、

 日々たゆまぬ努力を続けているというのに、いまだその成果が出ないなんて」


 おおよそ三十センチほど頭上にある、

 セリオスの顔を見上げ、なお伸びない自身の背丈を酷く呪った。


 「ま、まあ、そう気にすることないっすよ。

 最近は、背が低い男性も、一部にも人気なんすよ?」


 「くっ、慰めないでくれ。

 余計、惨めになる」


 何とも言えない空気の中、

 セリオスという男は、さらに口を開く。


 「もしかして、アウル・・・・・・

 国家兵証のこと、信じてもらえなかったんすか?」


 歯に衣着せない、という言葉を耳にしたことがある。

 自分の思ったことを相手に遠慮なく、自分勝手にズバズバ言う人を

 表す言葉だが、このセリオスという男は、

 もはや衣に着せる歯がないのでは、と心配になるほどである。

 さらに、この手の人の厄介なところは、本人に悪意が一切ないというところだ。

 悪党?悪意がある方がなんぼかマシだ。

 そう言わんばかりに、アウルは俯きながらにセリオスを睨みつけた。

 

 「まあ、アウル。

 そう気にすることないっすよ!

 アウルは建国初期から、軍の整備に着手したり、他国からの侵攻を抑制したり、

 今では国家兵(クリムガーディアンズ)の二番隊(主に近接戦闘を担う部隊)の総隊長なんすから。

 何も恥じることはないじゃないかっすか!」


 太陽のように眩しい笑顔を見せ、セリオスはアウルをフォローした。

 しかし、荒みきったアウルは、

 

 「ねえ、セリオス。

 僕達は同い年だよね?

 僕達・・・・・・今いくつだっけ?」


 大通りを流れる風に揺らされ、

 アウルの声は、小さいながらも

 セリオスの耳に届いた。


 「え?・・・・・・・25歳っすよ?」

 

 「25・・・・・・そうだよね、うん、ありがとう」


 アウルは自分の年齢を再確認し、

 天を仰ぎ、なお視界を遮るセリオスを見つめ。

 また自身の身長の低さも再確認し、

 陽の輝きから目を逸らすように、また頭を下げた。

 

 「あ!もうすぐ着くっすよ!

 あの大きい看板が目印っすよね?」

 

 アウルは顔を上げ、恐らく大通り一の大きさを誇るであろうその看板を見た。

 アウルは、その看板を作った男を思い浮かべ彼の言っていたことを思い出す。

 

 「目立ちたかったら大きくあれ!!!!!

 シンプルイズザベエエエスト!!!!!」


 アウルは苦笑いをして、

 

 「そうだよ」


 と一つ返した。

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