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紡ぐ世界が罪ならば  作者: 布団の中のタケノコン
一章 愚者の名を背負う者
12/13

閑話~罪人達は異国文化で年を越す~

「おやあ、トックルさん。こりゃあ、何ですかい?」


トックルの隣に店を陣取るまだ若い店主が不思議そうな顔でそれを指さした。トックルのy手には何やら縦中心の加工品があった。トックルは、これかい?と指を指すと、まるで少年のような澄んだ笑顔で答えた。


「こいつは、極東の秘境・・・なんて名前の国だったか?」

「さあ?自分はあまり外のことは詳しくねえもんで」

「まあいい。とにかくこいつはそこで新年の祝う道具らしいぜ?」

「へえ、新年の?何て名前の商品なんです?」

「ああ、こいつは確か、シメナワってやつだ」

「シメナワ?」


トックルの手に握られたその草は丁寧に束ねられており、また色々な装飾を付けていた。装飾は金色を中心に白い紙をおろしていたり、鳥の形を模した装飾があったり、中々豪華なものだ、そしてトックルはもう一つ緑色の置物のようなものを男に見せた。


「そっちは何ですかい?松の木なのはわかるんですが・・・その中心の角ばってるもんはなんですかい?この辺では見ない木みたいなもんですかい?」

「おう、流石商人、お目が高いねえ!こいつはカドマツって言うもんだ。神様が迷わずに来てもらうための縁起の品らしいぜ?」

「へえ、神様に?」


男は少し門松を預かり、四方八方穴が開くほど見尽くすと、こいつが神様の目印かい。  と零し、トックルに返した。トックルは少し苦笑し、縁起品だぜ?と男に伝える。まあ、そうか。と男も苦笑いしてみせた。


「どうやら本家はもっとでっけえのが売ってるらしいぜ?流石に高すぎて買えなかったけどな」

「他には何があるんで?」


まあまあ、そう慌てなさんな。と男を諫め、次は何やら白くて丸々としたものを取り出した。その上には橙の皮に覆われた甘い宝石、蜜柑が乗せてある。


「こいつがカガミモチだ。神様への御供え物らしいぞ。この白いモチってのはすげえ伸びて、食べるのが難しいらしいから人間が食うには、よく噛んで食べねえと喉に詰まるらしい」

「神様の御供え物食っちまうんかい?」

「た・・・確かにな。まあ、神様もいつまでもモチばっか食ってちゃ飽きちまうだろ。モチが悪くなる前に俺らが食っちまった方が神様も後味悪くなくていいんじゃねえか?」


二人の男の間に気まずさを残した鏡餅はそのままトックルの手に戻った。どうやら会計所のカウンターに置くそうだ。その方が風情があるとかなんとか。若い商人は隣でうんうん頷きながら、トックルの話を聞いていた。


「おっと、まだこいつがあったなあ。オセチって言うんだが・・・」


と足元に置いてあった重箱を拾い上げた。重箱はこの辺りでは珍しい塗りをしており、ツヤのある木製のものだった。また重箱は三段のもので、トックルは中を見せてやりたいが、外だからなあ。と残念がった。


「中には何が入ってるんで?」

「よく聞いてくれた!この中には縁起物の食べ物がいっぱい入ってるんだ!・・・まあ俺も良くは知らんが」

「まあ東の方はこことも帝国とも違う食事が流行っているらしいですしね。いやあ、今日は異文化に触れられて、面白かったです。また色々、紹介してくださいよ!」

「おう、今日は奥さんとごゆっくりな!」


トックルの綺麗な歯をむき出しにしはつらつとした笑顔を見せると、男は、ははっと微笑しながら頭を掻き、ありがとうございます。と残して店の中に消えていった。トックルはしめ縄と門松を店の扉のところに飾り、鏡餅とオセチを抱え、店の中に入っていく。


「こら、アンタ。何外で油売ってんのさ。ちゃんと飾り付けはしてきたんかい?」

「おう、もちろんさ。これカウンターに飾っといてくれ」


トックルが鏡餅を女性に渡すと、女性はやれやれと手を振り、鏡餅をカウンターに運んでいく。トックルはそのまま奥の通路に入っていく。通路を通り、トックルの部屋を通り超すとすぐに通路は止まり、一枚の扉が立ち塞がる。扉を開くとそこにはささやかながら生活空間が広がる。四人用の小さな食卓が置かれたダイニングキッチンと、女性二人分の部屋。トックルの部屋に比べると数段小さいが、どの部屋もトックルの部屋とは比べ物にならないほど綺麗にされている。


「比べようもんなら、怒られちまうな」


とトックルはくすりと笑い、食卓の上におせちを置く。それと同時に閉じてあるはずの店の扉が開く。


「おやあ、お帰りなさい」

「ただいま、母さん」


少しだけ出ていくのを躊躇った。今自分がどんな顔をしているのか分からない。情けない顔を新年早々娘に見せつけるのは父親として、男として望まぬことだ。しかし、そんなトックルのもやもやを無視し、追っ払うように、部屋の扉がバン!と開いた。


「ただいま・・・父さん」

「お、お帰り」

「・・・父さん、何そのにやけ顔、気持ち悪いよ」


とピクルはいたずらに笑う。恥ずかしくなったトックルは頬を赤く染め、


「き、気持ち悪いって酷いなあ」

「ごめんごめん」


可愛らしい笑顔で娘は両手を前で合わせ、謝る。それだけで父の恥じらいも悩みも全てが吹き飛ぶ。父親とは単純なのだ。


「久しぶりだな。また背え伸びたか?」

「うん。もう父さんとは比べようがないくらいにね」

「そうだな。昔の母さんにそっくりだ」

「ありがと」


開いた扉からピクルより少し背の低い女性がもう一人現れる。先ほど鏡餅をカウンターに飾った女性だ。女性は赤い髪を短く切っており、紫色の、まるでアメジストのように深く美しい紫色の瞳で自身の旦那を見下ろす。


「こんな朝っぱらから堂々と娘を口説くとは大した度胸ね?トックル」

「そ、そんな気は一切!・・・」

「そう?・・・それにしても本当に綺麗になったわね」

「ありがと。母さんも綺麗だよ」


そう言うとピクルは母の頬に優しく口づけした。その光景を見たトックルは間抜けに口を開き、あ、ああ。と呻き声を出している。母は耳を少し紅潮させ、


「やるじゃない。若い頃の父さんより上手だったわよ」

「当然じゃない」


と誇らしげに言う娘を見て、さらにトックルは顔をほんのり青く染め、


「あ、ああ、あ・・・」

「「父さん、邪魔。どいて」」


すみません。と少し道を開ける。その後、トックルの横を通り過ぎた二人は食卓に置かれたおせちを開き、ワイワイと盛り上がっている。未だ呆然と立ち尽くす旦那を見かねた奥さんが手を引き、椅子に座らせる。トックルがはっと正気に取り戻したところで三人の手元には一杯の酒が置いてあった。妻の横に置いてある酒瓶を見てトックルはまた意識を手放しかけた。そんな旦那の腕を組み、嫁が耳元で囁く。


「今日こそ付き合ってくれるわよね?」

「は、はい・・・」


強い酒と酒好きの女房に諦めたのかトックルは大人しく席に座る。ピクルは頬に手を突き、敵わないなあと苦笑を漏らす。酒があまり得意ではないトックルが微妙な顔をしていると隣からペシッとビンタされ、


「お祝いの日なんだから、もっといつもみたいにガハガハ笑いなさいよ!じゃないと調子狂うじゃない!」

「お、おう!」


そしてトックルが酒の入ったコップを大きく天に掲げると、二人も笑顔でコップを上げる。


「新年あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」

「「「かんぱーい!!!」」」

「・・・そういえば、ピクル。お前、酒は強いのか?」


心配そうな顔でトックルが訊ねると、いたずらに微笑し、ピクルは返す。


「さあ?飲んでみれば分かるよ」

「ぴ、ピクルうううううう!!!!」


その後、トックルが飲んだくれの妻に絡まれ、ザルのように酒を飲む娘に助けを乞うが、面白いからという理由で拒まれ、結果妻の嘔吐をその胸で受け止め、両親の固い愛を娘に示したのは、また別の話。

その頃、二番隊兵舎では———


「アウルーー、何それえーー」

「これはカガミモチって言うらしいよ。一昨日、トックルさんから届いたんだ。縁起物らしいから飾っとけ。だそうだよ」

「ああ、聞いたことがあるーーー。大陸東部で伝わる新年の飾り物だあ。ってことはオセチあるーー?オセチーーー」


アウルは後ろで毛布に包まり、ぬくぬくしているクレアツィオーネ、三十二歳児の相手をしている。お腹が空いたのか食事の要求を始めた。仕方ないのでおせちを用意してある食堂へクレアツィオーネをおぶりながら向かった。


「それにしても研究員、皆実家に帰るとは思わなかったよー」

「ここだってそんなに変わらないと思うよ?」

「いやあ、独りぼっちと二人ぼっちは天と地の差があるよ」

(・・・二人ぼっち?)

「アウルも寂しかっただろー?」

「いや、僕は・・・」


食堂の目の前でクレアツィオーネの言葉に違うと言いかけた時、食堂の扉の前でガタッと大きな音が鳴った。後ろであーあ。と小さく聞こえ、慌てて扉を開けてみると、そこにいたのは床に尻を付けた銀髪の美少女。透き通るような美しい白玉の肌を真っ赤に染め、これは、違うんだ。と何かを訴える。何となく察したアウルは、少女———ステラに大丈夫?と声をかける。途端少女は黙りこくってしまい、アウルの手に引かれるがまま、立ち上がった。


「あ、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


後ろでわざとらしく立ち去るような足音が聞こえたので、アウルはクレアツィオーネを引き留め、そして食堂の奥で息をひそめている人間に、出て来るよう頼む。ばれちゃあ仕方ないと見慣れた顔がぞろぞろと出てくる。アウルは引きつった笑顔でクレアツィオーネに事情を聞く。おちょくるように、ひいっ!と声を上げ、毛布に隠れるクレアツィオーネは、


「だって、寂しかったんだもん」


と残した。他の連中に目を送ると全員そろってクレアツィオーネに指を指す。溜息を少し

吐き、まあ、別に迷惑でもないしとアウルは机に置かれたおせちを・・・


「クレアツィオーネ、僕が昨日確認した時、オセチはこんなになかったぞ?」

「みんなで食べるならいっぱいいるだろう?」


満面の笑みの裏に一人の少女———今は実家に帰っているだろうピクル=ナラの苦労が見えた。


「おい、アウル———、おじさん、もう腹減って仕方ねえよおー」


三番隊隊長オムニスの呼びかけに答え、食堂中から、そうだそうだと声が上がる。


「食べたいなら、まず準備がいるでしょ・・・皆席について、オセチを配るからね」

「あ、アウル。私も手伝うわ」

「あ、自分も・・・」


セリオスもアウルを手伝おうと席から立ち上がった時、隣に座っていたオムニスに引き留められる


「え。隊長?」


オムニスは黙って首を振る。最高の笑みを振りまきながら。でも、とセリオスが言いかけると、彼を掴む手の力が強まり、さらにもう一度首を振る。無言の圧力に席に座り直したセリオスは気付く。オムニス以外のそこにいる兵士たち全員がアウルとステラの給仕を生暖かい視線で見守っていたのだ。二人が手早くおせちを配り終えると、今度は屈強な男たちの中にちょこんと座っている女性が、


「おーい、アウルー。お酒がないじゃないかあ」

「い、今持っていきますから・・・」


女性は、それでいい。と腕を組み、微笑みながら、勝手に頷いている。そしてアウルが少しぐったりしていると、その横に座っていた如何にも海の漢らしい人物が音頭をとれと指名する。すると周りもそれに乗っかり、アウルに音頭を取るように騒ぐ。彼らが既に酔っぱらっているのではないかと心配していると軽く裾を引かれる。ステラだ。ステラは小さな声で


「お、お願いします」

「ステラ、君まで・・・」

「お姫様の頼みだぞお!断ったら男の恥だぞ、アウルー!」


目の前に広がる阿鼻叫喚に対抗する気力も失せたのか、アウルはその場で声を上げる。


「えーー、ご指名を頂きましたアウルです。皆様、この度はお集まりいただきありがとうございました。今年は帝国からの侵攻が激しくなり、各国の情勢も大きく変わったりと文字通り激動の一年でしたが、こうして今日も朝日を迎えることが出来たのは間違いなく皆様の多大なる戦果のおかげです」


そうだぞー。だとか、早くお酒飲ませろー。だとか、子供ですらもう少しわきまえられるのではないかと言うような節操のなしの大人だらけでしたので、アウルはさっさと音頭を切り上げようと進める。


「えー、それでは今年も皆様の更なるご活躍を願いまして、乾杯」

「「「「「かんぱーーーーい!!!」」」」」


席に着こうとしたアウルの足元に何かがぶつかる。アウルが足元を見ると何か金色の球形のものが転がった。


「何だこれ?クレアツィオーネ、これが何か知らない?」

「んーー?ああ、それはくす玉だよ。何かお祝い事の日とかにぶちまけるやつ」

「誰が用意したんだい?」

「さあ?私ではないねえー」


アウルがくす玉を持ち上げると、ほろ酔いの集団がアウルが何かするみたいだぞー。とか、くす玉だ、くす玉だ。とか訳の分からない視線を向けてきた。流石に誰が用意したのか分かりもしないものを勝手に開けられないよ。と断ると食堂の扉が開いた。その場にいる全員がその扉の奥の人物に注目し、驚きを隠せずにいる。


「それを用意したのは我だ。なにやらここで宴会をするとクレアツィオーネに聞いたのでな。職務が片付き次第向かおうと約束したのだ」

「お、王・・・これはあなたが?」

「そうだ。ささやかながら日頃我を支えてくれている皆様に感謝を伝えねばなと思い急遽用意したのだ。さあ、アウル。王命だぞ。くす玉を割るのだ」


王の不適な笑みにアウルは全てを諦める。そうだ全て夢であってほしいものだ。そう思いながらくす玉を天井に吊り、流れるように落ちてきた紐をそろりと引く。すると、くす玉が割れ、中から紙吹雪が舞い、そして一枚の紙が降りて来る。


「さあ、アウル。皆様に感謝の言葉を言うのだ」


アウルは王にそっと渡された紙に書かれた訳の分からない文章を、全ての鬱憤を吐き出すよう大声で叫んだ。


「読者の皆様、昨年は紡ぐ世界が罪ならば、をお手に取っていただきありがとうございました!!!これからももっと頑張っていくので、今年もよろしくお願いします!!!」


くす玉から垂れた紙には大きく、


「圧倒的感謝」


と書かれていた。もう訳が分からないとアウルとその場に倒れ込んだ。その後、愉快な罪人達が楽しく宴会を続けたのは、言わずともわかる話であった。




今年も紡ぐ世界が罪ならばをよろしくお願いします———!!!!!!


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