~愚者は王の前に跪く3~
兵舎を出た二人は商店街を通り抜け、二番隊街から城下町に抜ける検問所に着いた。九番隊の検問所とは違い、屈強な男たちが念入りにボディチェックや荷物検査をしていた。城下町は王城に辿り着く唯一の道。それ故にどの街も城下町への検問は自然と厳しくなる。しかし二番隊街は街内だけで商売を回しており、外に出ていく商人は少ない。九番隊街ほどの行列は出来ていなかった。どちらかというと警備兵が多くみられる。二番隊街で王城に報告するような事件は聞いてないが、やけに多くの警備兵が検問を受けているので、近くにいた警備兵に話を聞くことにした。
「こんにちは。今日は何やら城下町への出入りが多いようですが、何かあったんですか?」
「これは、アウル隊長。こんにちは。ええ、何やら他の街で怪しい薬商人が集団で見えたそうで。各隊下街の警備兵が何人か本部の方で対策会議をするらしいです」
「そうですか、帝国の方でも危険なリスクが出回っているみたいですね」
「ええ、同一犯の可能性が高いと思われますが・・・帝国の方では尻尾を掴むことすらできなかったそうじゃないですか。まだ何とも言えない状況ですね」
「色々とありがとうございました」
「いえいえ、それではこの辺りで失礼します」
そう言って警備兵は検問を受け、城下町へと出ていった。その話を聞いて不安に思ったのだろうか、セリオスがアウルに訊ねる。
「そのクスリって一体どんな効果があるんすか?」
「僕も詳しいことは知らないけれど、帝国の貧民街で出回るというくらいだから、量産が可能で安価、そして強い中毒性を持っていることは予想できる」
「そのクスリで死ぬことってあるんすか?」
「即効性ではないと思うよ。でなければクスリが出回ることはないだろうからね。まあそれでも体に悪影響を及ぼすのは確かだろうね。帝国がそのクスリを危険だと判断したってことはそう言うことだろう」
「怖いっすね」
正直に言えばアウルは怖いとは思わなかった。事前情報で怪しいクスリが出回っており、そのクスリは危険だと知っているのなら自分から使うことはないだろうし、強いて言うなら食事に混ぜられる恐れがあるくらいだ。
「そもそも、帝国でクスリを流行らせた商人と今回の商人が同一犯だとはまだ決まってないよ」
そう言うと、セリオスは少し胸を撫で下ろし、表情を和らげた。そんなことを話していると、検問の順番が回ってきた。セリオスより少し背は低いが、全身が筋肉で膨れ上がっており、視界の圧迫感がすごい。そしてセそんな筋肉達磨のような男たちが二人に問う。
「お名前、ご住所、ご職業を教えて頂けますか?」
「僕はアウル、二番隊兵舎に住んでいます。国家兵二番隊隊長を務めさせていただいています」
と言い、階級章を見せる。相変わらず可愛らしいカランコエの花の模様が見える。検問員は階級章を少し確認すると、
「ご協力ありがとうございます。それで、そちらの片は?」
「自分はセリオス=イエリナ、現在は二番隊兵舎でお世話になってるっす!国家兵で研修終わりました新入りっす」
検問員はセリオスの名前を聞くと少し眉を顰める。その顔は以前トックルの店でセリオスが自己紹介をした時の周りの反応と同じものだった。そして、検問員は質問を一つ加える。
「失礼かもしれませんが、ご出身はどちらでしょうか?」
「・・・」
「お答えできないのでしたら、すみませんが城下町にはお通しできません」
少しセリオスは口を閉じた。その美しい碧眼を瞼で隠し、一息つくと、またその瞳を見せた。物憂げな表情でセリオスは返した。
「帝国の方で奴隷をしていたっす」
「・・・やはり帝国からの方でしたか。お聞きしづらいところを聞いてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、もう過ぎた話っす」
「それではお気をつけて、城下町は検問所を出て、真っ直ぐ進めばすぐです」
「・・・ありがとうございました。ほら、セリオス行くよ」
「は、はい!」
そして二人は検問所を通った。しかしアウルは複雑そうな顔をしていた。それはセリオスの嘘に気付いてしまったからだ。以前、帝国で奴隷をしていた男に話を聞いたことがある。帝国では罪人を奴隷として使うことは許されているが、その奴隷に名前を与えることは許されていない。その男は現在も家名を持たずに生きている。家名を持たないことで不便もあるが、過去を戒めとしていつまでも忘れてしまわぬように、あえて家名を持たずにいる。そしてセリオスはイエリナという家名を持っている。エクスピアシオンで元奴隷の人間が家名を要求するには、家長であることを証明すること。2か月以上の国内在住。そして元々持っていた家名を証明できるものを証明できるものを所有していること。この3つ全て当てはまるものが家名を要求することが出来る。しかしセリオスはエクスピアシオンに来て、住所をもってから2か月経ってない。
「セリオス」
隣を歩くセリオスを優しく呼ぶと、セリオスは何すか?と言った顔でアウルを見る。
「どうしてさっき、嘘ついたの?」
そう聞いた瞬間、セリオスは少しだけ口角を上げて、返す。
「やっぱりバレちゃうもんすねえ」
「当然だ。セリオス、答えろ。これは命令だ。どうして身分を偽った?」
「・・・答えなかったらどうなるんすか?」
「この場で殺す」
「それは嫌っすね」
セリオスは逃げる意思は見せなかった。全てを話すことは出来ないが、話せることは全て話すから、少しまとめる時間をくれと要求した。アウルとしては当然、全てを話してもらわなければ困るが、下手に刺激して、何も情報が得られない方が困る。セリオスは瞼を閉じ、腕を組み、首を傾げ、考えるポーズをとった。アウルはセリオスに全神経を集中させていた。反逆行為に出たとしても、現在のアウルとセリオスの距離、およそ2メートル。それだけあればアウルは異能を発動し、セリオスを止めることが出来る。問題はない。
「よほどの事情がなければ君を身分詐称で連行しようと思っている」
「大丈夫っすよ、まとまったんで聞いてもらえるっすか?」
「当然だ」
セリオスの話はこうだ。自分は確かに帝国の奴隷ではなかったが、帝国周辺の村で育った捨て子らしい。つまりはリーテ山の向こう側からこちらへ来たということだ。農作物などを帝国へ納めて暮らしていたが、ある時自分が罪人であることが他の村の者にばれてしまった。そしてセリオスは村を追われた。その後帝国側に逃げることなど当然できず、リーテ山の奥に罪人の国があることを山の民から聞いた彼は、ここエクスピアシオンに来た。そして当然ながら検問で引っかかる。身分を証明できるものがないどころか、帝国語を話してしまった彼は一度、警備兵本部に連行され、事情聴取を受けることになる。そこで国王と面会し、今後の進路として国家兵になることを推薦される。そして、それからは前に試験監督の者から聞いた話の通りだった。そして素性を明かせないのには、とある人物との約束があるらしい。その人物について詳しく話すことは出来ないが、その人物も罪人でエクスピアシオンで生活しているようだ。
「アウルも多分知ってる人だと思うっすけど・・・約束なんで話せないっす」
(僕も知っている人?となると軍の関係者か?セリオスの出自から考えて、あまり話さない方が良いかもしれないが、何故その人物は自身のことについても?・・・それに以前聞いた話と少し食い違う部分もある)
「分かった。とりあえず君のことは王にも聞いてみよう。まだ君の言っていることが本当だという確認もないからね」
「お願いするっす。自分はこの国に対して恩義こそあれど反逆しようとかいう気持ちは一切ないっす」
その瞳はアウルの瞳を真っ直ぐ捉えていた。嘘を言っている瞳ではないが、やはりどうやら油断はできないようだ。自分が王から戦争許可を頂いている間はどうしようか。警備兵本部で待っていてもらうことにしようか。幸い今日は警備兵が本部に集まっているらしいし、 セリオスが暴れだしたとしても抑えられるだろう。城下町に入ってから城までの入り組んだ道を二人は進む。
その頃、王城待合室。
「なあなあ、戦姫さんよお。あんたの相棒、遅かねえか?おじさん、ちょっと心配になってきちゃったよ」
「・・・アウルのこと?知らないわ。彼なら心配しなくても大丈夫よ」
濃い茶髪に整ったひげを生やした見た目ダンディ溢れるいい歳のおじさんが、銀紙を後ろで纏めた、所謂ポニーテールの少女に話しかけていた。しかし少女はそっけない態度で男に返した。そんな少女をおちょくるように男ははつらつとした笑顔で言った。
「素晴らしい信頼関係ダネ!おじさん、胸がときめいちゃったぜ!」
「オムニス=アセプタール。彼が見ている例の研究者はあなたの三番隊希望なのでしょう?」
突然、話題を変えた少女に、やれやれ。と両手を上げ、
「そうらしいね。素性不明のスーパールーキーだろ?かっこいいねえ、まるで英雄譚の主人公みたいじゃないか」
「・・・私達は英雄にはなれないわ」
鈴の鳴るような可憐な声が小さな待合室に冷たく響く。オムニスと呼ばれた男は紅茶を一口飲み、
「分かっているよ、ステラ=ディバイ」
彼女の藍色の瞳が男を見据えた。