~愚者は王の前に跪く2~
「理由を聞かせてくれないかな?」
手を組み、顎を乗せ、セリオスの目を見て、アウルは一つ訊ねた。セリオスはアウルの目を見つめ返すが、いまいち答えが出せないのか答えに詰まっている。窓から入り込んだ朝日が彼の髪に当たり、川の流れのように柔らかく、キラキラと輝いている。そして前髪が光を遮り、彼の瞳には影が射し込んだ。
セリオス=イエリナ、アウルは彼の試験成績を聞いた時、自身の耳を疑った。筆記試験94点、実技試験100点。史上最高得点に近い得点を叩き出し、同時に史上初の実技試験満点合格者となり、国家兵の歴史に濃くその名を残すことになった。しかしそんな彼には一つの疑いがかかっている。彼は国内での記録が一切残っていないのだ。出自不明、住所不明、戸籍不明、ただ一枚の推薦状を持ち、試験を受けに来た。当時彼から推薦状を受け取った試験監督を担当した兵士に聞いた話によると、彼は良家の出なのか、かなり質の良い服を着ていたらしい。しかしところどころ破れたり、ほつれたり、かなり傷んでおり、汚れていないところを探す方が困難なほどに泥やら埃やらが付いていたらしい。当然、兵士たちは出自などを訊ねるが、彼は何も答えず、推薦状の推薦者の部分に指を指す。そこには、フィア=ディバイ、と書かれ、その横には彼のものと思われる拇印が押されていた。そして一言、
「この名前を見せれば試験を受けさせてくれるだろう・・・って聞いたんすけど?」
狼と見間違うほどに、かなり鋭い目つきで睨まれたそうだ。彼の自慢の金髪も煤まみれなのかと思うほど汚れていたため、彼の瞳は余計に暗く見えたそうだ。当たり前だが試験監督らは彼を怪しんだ。しかし王の推薦であるなら、とりあえず試験を受けさせることにした。そして少しでも怪しんだ。しかし王の推薦であるなら、とりあえず試験を受けさせることにした。そして少しでも怪しい動きをした瞬間に、その首を刎ねればいいと。そして結果は先に伝えた通りだ。その場にいた全ての者が彼を戦姫の再来だと万雷の喝采とともに讃えた。しかしそれでは彼は一体何者なのだろうか。
帝国からの回し者なのかと疑う者がいた。
———しかし、彼は罪の異能を使えた。
国外で生き延びた罪人かと疑う者もいた。
———ならば何故、彼は自分の出自を答えなかったのか?
懐疑の念は深まるばかり。そしてついに兵士たちは彼を推薦した王にその答えを訊ねた。
「セリオス=イエリナとは一体何者なのでしょうか?」
王は即答しなかった。王のいる間は王自身の厳格な在り方が滲み出ており、常に静寂が漂っていた。王が左手で顎を少し触れ、、視線を上に逸らす。そしてしばらく考える姿勢をとった。しかし王の答えはその場にいた全ての者に更なる謎を与えることになった。
「知らん。何やら国家兵になりたがっていたようだから推薦状を書いてやったまでだ。あの男が何者であろうがこの国のために命を懸けるというのなら、その命を我が預かるだけだ」
結果、誰一人としてセリオス=イエリナの真相に迫る者はいなかった。そこでアウルが彼の研修に同伴することになった。アウルにとっては実に6年ぶりの研修監督であった。アウルの罪の異能は身体及び身体能力の強化。弱者の罪と呼ばれる罪人の中で比較的数の多い罪だ。その異能は単純であるが故に基本的にありとあらゆる対象に通じる。そのためセリオスがどのような行動をとったとしてもアウルであれば対処できるだろうと考えたのだろう。セリオス本人には伝えていないがアウルにはセリオスの監視も命じられている。最悪の場合、異能を用い、セリオスの殺処分も認められている。セリオスは歴代に稀に見るほどの天才だ。それこそ戦姫と肩を並べ、戦場の敵を淘汰する存在へといつしか必ず辿り着くだろう。逆に言えば、そのような人物ともなれば国を底からひっくり返すことなど造作ないわけだ。
(この数日間、一緒に過ごしてきたがそんな素振りは一切見せなかったけれどなあ。最後まで気は抜けないけれど、セリオスにそんな事を企むほどの邪悪さはないと思うな)
「一応、今日この報告書を城に届けるまでは僕は君の研修監督だ。君が九番隊街に行くのは勝手だけど、そこで君が問題を起こさない保証はないでしょ?」
「そ、その通りっすね・・・」
少し困ったように頬を掻く。九番隊街には開発途中の兵器や多くのクリム鉱加工場がある。そういった面で見れば九番隊街はエクスピアシオンの心臓部と言っても過言ではない。テロリストなどが狙うには格好の的だ。そしてセリオスがどのような答えを出そうとアウルの対応は変わらない。セリオスは監視し続けるだけだ。そうアウルが興味関心を持たず、表情だけは真剣に答えを持つと、セリオスは少し気まずそうに、そして頬を紅潮させる。
「ぴ、ピクルさんに少し会ってみたいっす、です」
アウルの興味関心が気まずそうに彼の脳に現れる。彼の脳に浮かんだ大量のクエスチョンマークは一体何に対してだろうか?セリオスの取ってつけたような敬語か?それとも気まずそうに現れた興味関心に対するものか?どちらも違うだろう。アウルの脳が謎と感じたのはセリオスがピクルに会うために九番隊街に行きたいと言ったことだ。そしてアウルは思う。
(薄々思ってはいたけれど・・・セリオスはシロだ。疑う余地がない。万が一、ここまでの全てが演技だったと言うのなら、その演技力に敬意を示し、全力で相手になろう)
もしも九番隊街で何かを企んでいるというなら、そもそもアウルに何も伝えずに勝手に行けばいいのだ。それなのにセリオスはアウルに許可を求めた。まさに犬が尻尾を振るのを堪え、主人の許可を求める姿だ。
「ピクルさんに会いたいの?」
「そ、そうっす!トックルさんからの伝言もあるっす!ピクルさんに会いたいいっす!!」
「そ、それは僕が伝えておくよ」
とアウルがいたずらっぽく返すと、セリオスはしゅん、と肩を落とし、うなだれる。その姿はまるで犬が耳を垂らし、落ち込んでいるときのようだ。アウルは何だかいたたまれない気持ちになり、目の前の大型犬に告げる。
「ぼ、僕の見ていないところに勝手に行かないって約束できるなら、連れて行っても良いよ?」
「どうしてっすか?」
「君は元気がいいから研究に使う瓶とか割れ物を壊してしまうかもしれないだろう?」
「そんなことしないっすよ!でも、約束するっす。アウルの見ていないところには勝手に行かないっす」
「よし。それなら連れて行ってあげよう。それじゃあすぐに支度をしてくるんだ」
アウルはちらっと時計を見る。針は既に午前5時30分を回っていた。
「6時00分に玄関に集合しよう」
「了解っす!」
そしてセリオスは一礼して隊長室を出ていった。アウルは一呼吸おき、着替えを始めた。着替えと言っても、シャツの襟に階級章を留め、軍服を羽織るだけだ。軍服は普段羽織っている上着に比べると数段重たい。機動性に支障をきたすほどではないが。エクスピアシオンの軍服は黒を基調とし、白色のラインが何本か入っている。初めて袖を通したときは素材が少し硬く、動き辛さを感じたが、今では着慣れたものだ。軍服を着たアウルの背は普段より大きく見えた。背筋を張り、胸を張り、気持ちを張った一人の兵士がそこに立っていた。
「よし。明日荷物はまとめておいたし、先に玄関に向かっておこう」
アウルは窓を閉め、隊長室を後にした。
玄関についたアウルは鞄を背負い、セリオスを待っていた。懐中時計を確認すると午前5時55分。アウルが懐中時計をポケットにしまうと、階段を下る音が聞こえる。普段から時間にルーズな人物との待ち合わせが多いアウルは自然と、早いな、と感じた。階段から降りてきたのは、やはりセリオス。セリオスはアウルを見るや否や、慌てて走り出す。見た目細見の美男子とはいえ、軍人の引き締まった筋肉にその上背、当然朝の静けさを破るような足音が鳴る。
「新入り!うるさいよ!!」
「す、すみません!!」
寮母さんに叱られたセリオスは、やはり落ち込んだ犬のようにとぼとぼ、それでいてアウルを待たせないような速さを保ちながら歩いた。アウルの前に立ったセリオスは、
「待たしてしまってすみません!本当に申し訳ないっす!」
「いや、セリオスは十分早いよ。あまり早く来すぎても困るし、待ち合わせ時間から10分から5分くらい前に来てくれればいいから」
「アウルは優しいっすね。でもやっぱり待たせてしまったのはいけないことっす。これからは気をつけるっす!」
セリオスは特に荷物はもってないようだ。いつもと違うところをあげるなら、手首に髪留めを巻いているくらいだ。後はいつも通り、白いシャツの上に黒いパーカーを羽織り、下に黒地に灰色のチェック柄のズボン。私用と公用の間のような恰好のセリオスにアウルは付け加える。
「九番隊街に行く前に王城に寄っていくからね」
「了解っ・・・す?え、ええ!!ふ、服変えてきた方がいいっすか!?」
「こら!新入り、うるさいよ!!!」
「す、すみません!!」




