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9.依頼

 





 登城して中庭を歩いていると、二人の子供が鍛練に励んでいた。

 赤銅色の髪をゆらし、相手である銀髪の少年に打ち込んでいる。


 息つく間もない剣戟けんげき

 木剣の鳴る音が高く響き、フッと笑みが零れる。


 技量の差は……そうだな。僅かだが赤銅の方が優勢か。

 ただ相手の銀髪も……と、そこまで見ていると勝負が決まった。


 赤銅が足をもたつかせ、その隙に銀髪が刺突(しとつ)を繰り出したのだ。



(……うん。赤銅の方は体力をつけさせた方がいいな)



 センスは悪くない。

 しかし細身だから長く打ち合うのは向いてないな。

 素早い動きでサッと相手を倒す。そういう戦い方が向いているだろう。


 そして銀髪の方だが……

 と、改めて少年の顔を見て「あ」と声が漏れた。



「……あれ? ディーンさん?」



 こちらへと気付き、声を上げる銀髪。

 さっきまでの少年のような気配から一転、落ち着いた雰囲気を身に(まと)い、俺の傍へと近づいてきた。



「よお……じゃなくて、こんにちは? いや、ごきげんよう?? フィル……じゃなくて、ええっと、殿下」

「ディーンさん。いいですよ、そんな風に話さなくても」

「……悪いな」

「かしこまられる方が不気味ですから」

「言う様になったなーお前も……おっと、悪ぃ」

「いえ、だから気にしないでください」



 そう言いながらにこやかにほほ笑む様はやはりアルフレッドと似ている。

 銀色の髪に青い瞳なんていう冷たそうな色を持っているのに、そんな印象など微塵にも与えない柔らかな笑顔。


 うん。

 こういう弟なら俺も優しくなれるかもしれない。



「こんな所でどうされたんですか?」

「いや、ちょっとアルに呼ばれてな」

「兄上にですか……?」



 珍しい。

 とでも言いたげな顔で話すフィリップ。

 まあ、俺自身もそう思っている。


 これまで用事がある時は、俺が城下にいる時ばかりを狙って来ていた印象があるから、こうして城で呼ばれる事に違和感はある。

 あいつなりに、気を使っていたのだろうと思うからこそ、余計に。



「俺も呼ばれて来ただけだから、何の用か分かんないんだけどな」

「そうですよね、引き止めてしまってすみません」



 フィリップの言葉に「いや、いい」と答えつつ、アドバイスをくれてやろうと引き続き話す。



「たまには実践に備え、体術も取り入れても良いと思うぞ」

「え?」

「あの赤銅……なかなかの技量だ。もし、実践でああいうヤツに当たった場合に備え、剣を弾き飛ばして押し倒せ。そのあと抵抗するようなら鳩尾(みぞおち)にでも一発入れて、縛ればいい」



 ああいうすばしっこいヤツは大体細くて軽い。

 そういうヤツに当たったら、ちょこまかされる前に無効化した方がいいから、その練習台になってもらえ。そういうつもりで伝えたら、フィリップが何故か顔を赤くした。



「ユ、ユウリィにそんな乱暴な事は……」

「ユウリィ? あいつ、そんな女みたいな名前なのか?」



 俺の問いにフィリップは気まずそうに視線を逸らし、「あ、いや、それは愛称で……」と、答える。



「ふーん? ま、いいけどさ。王子であるお前にも、遠慮なく勝ちに行くところはいいな」

「……ユリウスは騎士になりたいみたいです」

「へえ。じゃあ、フィル付きの騎士になるのだろうな」

「……だと、良いと思ってます」

「なれるぜ、きっと」



 そう言うと、フィリップは嬉しそうに笑った。


 仲が良いというのは良い事だな。


 世の中には俺とエレインみたいに顔を合わせれば喧嘩ばかりする奴らも居るわけだから、こうやって鍛練してお互いを高め合える状況は羨ましい。


 かと言って、俺とエレインじゃあ鍛練なんて出来やしないんだけどな。



「じゃあ、俺はそろそろ行くな」

「はい。兄上の事よろしくお願いします」



 フィリップがペコリと頭を下げ、中庭へと駆けて行く。その様子を眺めていたら、庭で待っていた赤銅……ええっと、ユリウス? だっけか? が、おじぎをしてきたので、手を上げて答える。

 二人は少し話したかと思うと、間合いを取って打ち合いを始めた。


 うん、やっぱり赤銅の方が優勢か。


 贔屓目(ひいきめ)に見ても意味がないので、正直に自分の判断に頷く。そして再び、廊下を歩き始めた。




◇◆◇◆◇◆◇




 アルフレッドの執務室に到着した俺は、扉の前で控える騎士に名を伝える。



「……お待ちしておりました、騎士エメリー殿」



 どうぞ、中へ。

 言葉とは逆に、全く歓迎されていない雰囲気を背中で感じながら、俺は扉を開けた。



 入り口からすぐ見える位置には少し大きめの執務机。その背中側には出窓があり、秋色のカーテンが隅に束ねられていた。

 右の壁際には三人掛けのソファーとテーブルが一組。そして反対側には書棚と隣室へと続く扉があり、部屋の中心には細かな図式が描かれた絨毯が敷かれている。

 

 基本、柔らかなベージュ色が多く占める部屋は高級感がありながらも、なんだかホッとする。

 そんな部屋の中には騎士と給仕が一人ずつ、そして執務机に向かうアルフレッドの姿が見えた。



「騎士エメリー。待っていたよ」



 アルフレッドがニッコリ笑い呼び寄せるので、俺は室内へと足を踏み入れる。


 丁度、茶を入れ替えていたのか給仕は茶器を片づけており、ソファーに座っていた騎士は書類から顔を上げ――……と、そこで、目が鋭くなった。

 その視線は明らかに「なんでお前が」と言っており、呼ばれて来ただけだというのになんとも気分が悪い。


 俺はそんな思いをさせた張本人を見る。

 だがしかし、本人は全く気にしておらず、「じゃあ、騎士エメリー以外は席をはずしてくれるかな?」と、笑顔で爆弾を落とした。



「はっ! しかし、殿下……」



 異を唱えようとする騎士に「ん? 何かな?」と、アルフレッドが微笑む。すると騎士は姿勢を正し、「失礼致しました!!」と、礼を取り、書類を片づけ始めた。


 ……へえ。やるじゃないか。

 いつもヘラヘラ笑ってるだけの優男が、きちんと部下を従えている事に俺は一人感動しつつ、皆が退出するのを待った。


 給仕が、そして騎士が退出すると、アルフレッドは改めて俺を見る。



「やあ、ディーン。お疲れ? かな?」

「そう思うなら、こんなとこに呼ばないでくれ」



 全く。誰のせいで気疲れしてると思っているんだろうな。

 当然、俺の愚痴など届くはずもなく、アルフレッドはニコニコしながら「片腕だと思っているんだから冷たくしないでくれよ」と言う。


 本当に馬鹿なのか。この王子は。


 俺は不機嫌丸出しで「冗談もいい加減にしろ」ときつく言う。なのに奴は、太陽のような温かい微笑みを浮かべ「冗談じゃないよ」と返してくる。



「俺はお前の騎士になった覚えはない」

「うん、でもいずれはなってくれるんでしょ?」

「そんな約束はしていない」

「うん。でも、ディーンの欲しいモノを与える事ができれば、なってくれるんでしょ?」

「……与えられればな」

「じゃ、そこのお菓子あげるから仕えてよ、ディーン」

「こ と わ る !」



 同じ釣るにも、もっと他にあるだろ!?

 大体俺は甘いものは苦手なんだよ!


 アルフレッドが声を上げて笑う。

 からかわれたのだと分かり、ムッと眉間にしわを寄せると、今度はニッコリと笑って小首を傾げる。



「何をあげればディーンは仕えてくれるんだろうねえ?」

「少なくとも。食い物貰ったぐらいじゃ、仕えねえよ」



 全く。

 こいつの冗談に付き合っていたらキリがない。


 しばらくの間、世間話とも言えない様な話をしていると「ディーンはほんとに頑固だなあ……」などと言いながら、アルフレッドはスッと笑みを隠した。

 その仕草でようやく本題に入るのだと察し、こちらも無駄口を叩くのを止める。



「ディーン。君を呼んだのは、お願いしたい事があったからだ」



 そう言いながら机にスッと出してきたのは、封書だった。

 扇状に並べられた封書は全部で五通、色は薄い茶色で挿絵も描かれていない殺風景な封筒。

 さして重要とも思えなさそうな見た目ではあるが、わざわざアルフレッドが言うぐらいなのだから、大事な書類なのだろう。


 俺はその一番上にある封書の宛先へと視線を落とし…………首を傾げた。



「これ、僕からの親書なんだけど……」



 話を続けるアルフレッドに耳を傾けつつ、封書の宛先を睨みつける。

 細工でも施されているのだろうかと思い、首を伸ばしたり、角度を変えてみたりと様々な方法で封書を見つめたが、その欠片は見つからない。

 それどころか穴が開くほど見つめる先にアルフレッドの手が入って来て、「ディーン、僕の話きいてる?」と、くすくす笑いながら俺の注意を妨げる。



「ああ、聞いてる。見た目を貧相な封筒にしているのは、偽装なんだろ?」



 たしかに第一王子が使うカナリア色の封筒を使ったら、一発で差し出し人が分かってしまうのは当たり前。よってこのような貧相な封筒にしたのだと聞けば、周囲にも内密にしたい親書であろうことは想像できたし、自ずと自分が呼ばれた理由も分かった。……が、しかし。



「読めないぞ、その宛名」



 届けてほしい。という事は分かっても、その宛名が読めない。

 まるで子供の落書きとミミズが()ったような文字の組み合わせは、最早(もはや)字なのかすら分からない。



「うん、古代アスタシア文字にしてあるからね」



 ……なんだっけ、それ?

 なんっか昔、学術のじいさんから聞いた事があるような……?? だが。


 俺は早々に記憶を探るのを止め、「これを読めるようになるのは無理だぞ」と伝える。するとアルフレッドはニコッと笑い「大丈夫。ちゃんと読める助手をつけるから」と言った。



「なら、最初っからそいつが持って行けばいいじゃないか」

「……ディーン。大事な手紙って言ったよね? 僕」

「要は手紙とそいつを守れって事か?」

「そういう事」



 面倒だ。

 そう思ったが、たまにはふらっと王国内を回るのも悪くないか。と、思い直し「わかった」と返事をする。



「話が早くて助かるよ、ディーン」

「元々、断られるなんて考えてなかっただろ?」



 アルフレッドはニコニコ笑って「ディーンは優しいからね」と、言う。


 久方ぶりに褒められた感覚は案外気分が良く、ガラにもなく表情が緩む。



「じゃあ、早速案内役を呼ぶね」

「ああ。面倒事は早く済ませるに限るからな」



 アルフレッドが席を立ち隣の部屋をノックした。


 なんだ。もう案内役というヤツは隣で待っていたのか?

 全く……俺が断ったらそいつが待ちぼうけになるっていうのに……。


 そんな事を考えていると、扉が静かに開いた。

 カツンと靴を鳴らして執務室へ入って来た人物を見て、俺は目を見開く。



「紹介するよ、こちらアーサーズ伯爵の娘さんのエレイン嬢。

 ――エレイン、こちらは騎士エメリーだ。案内、よろしく頼むよ」








お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)


フィリップとユリウスのお話は「アスタシア王国の男装令嬢」にて綴らせていただいております。お暇がありましたら、よろしくお願い致します<(_ _)>ペコリ

(お話は完全に独立しています)


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