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8.征服欲

 





 俺はエレインに屋敷から叩きだされて通りを歩いていた。

 歩いている道は行きと同じだが、行きに感じていた心にのしかかる重石は取れ、足取りは軽い。

 エレインが乱暴な事をされていないと分かり、ホッとしたのもあるのだろうか?

 それとも……。


 俺はヘンな顔になりそうなのを隠す為、口元に手を添える。



 罵られた原因は、自業自得だと(・・・・・・)鼻で笑った分(・・・・・・)、助けに入るのが遅かったから。

 涙を流していたのはすでに酷い目に合っていたから。


 そう気が付いた俺は居ても立ってもいられず、髪飾りを握りしめエレインの屋敷へと向かった。


 しばらくして出てきたエレインはいつもより冷たくて、過去は変えられないと、俺を追い出そうとする。



 ――――なにか自分にできる事はないか。



 そう考え思わず抱きしめた身体は想像していたよりも柔らかく、瞬間、奪われたと思っていた唇にその記憶を忘れる程の口づけをと考え、強く唇を押しつけた。


 エレインの唇はまるで花の蜜のように甘く、自分が蜂にでもなったかのように夢中で食らいつく。苦しそうに声をあげるエレインを無視して、その感触を貪るように味わいながら、これで嫌な記憶を忘れてくれるだろうかと、ぼんやり考えた。


 しかし、結論からいうと無傷だったエレインを俺自身が奪ってしまうという本末転倒な事態に陥った。


 女にとって様々な初めてが大事な事ぐらい俺でも知っている。

 ただそれでも、あの柔らかい身体を抱きしめたのも、甘い唇に触れたのも、俺が初めてなのだと考えると、自分でも不思議なぐらい気持ちが緩んでしまう。



 俺を満たしたのは征服欲。

 普段俺を馬鹿にしているエレインが自分の物になった事で、なんだか今までのイライラがウソのように消えた。


 これからは俺を雑に扱う事も減るかもしれない。


 そう考えるとすごくいい事をしたように感じ、また顔が緩む。



(……やっぱり、印も……)



 あいつらに触られたのではないかと心配し抱きしめた時、つけておけばよかった。

 そうすれば今後の虫避けぐらいにはなるだろうし、視覚的にもこの事実を忘れず刻みつけてやれたのに。


 ああでも、そんな事をしたら怒るだろうか?

 でも、怒っているのはいつもの事なので、そんな事は気にしなくてもいいか。


 だったらまた、抱きしめてキスもして――…………って。待てよ。



(これじゃあ、まるで……)



 俺がエレインを求めているみたいじゃないか。


 ……違う違う。そうじゃない。俺はエレインに生意気な口を利かせたくないだけ。

 いっつも俺を馬鹿にし、捕まえれば小難しい事ばっかり言いやがって。

 そんな事を言うエレインを黙らせたい。あの柔らかい唇から紡がれるのは、もっと優しい言葉であるべきだ。

 たとえば、そう。もっと甘える様な、可愛らしい声で。



『ディーン』



 蜂蜜色の髪は暗い部屋より屋外の方が絶対綺麗に見える。

 柔らかく細められた瞳は本物のアメジストよりも美しい。

 緩やかにカーブを描く唇はとても甘い事を俺は知っている――……


 ――想像したエレインは物凄く俺の好みだった。



「さっきから何ニヤけてんの……」



 いきなり聞こえた声にビクッと身体が跳ねあがった。

 そのまま視線を横へと向けると、隣に居たのは不審顔の男。


 こいつ……いつの間に現れたんだよ。



「……アル(・・)、また出てきてるのか」

「『また』って、一週間ぶりだけど?」

「頻度高すぎるだろ」



 俺は自身の空想がバレないよう頭から追い出し、改めて放浪癖のある王子を見る。


 本来のアルフレッドの色は金髪に落ち着いた茶色の瞳。しかし今は栗色の髪に明るい青みがかった緑色の瞳。


 たしか、お袋が庭で栽培してるなんとかって葉っぱもこんな色だったハズ。

 そんな事を考えながらもいつものように辺りを見回し、「護衛はどうした?」と、聞けば「んー? どうしたかなあー?」などと、とぼけた返事が来る。


 全く、また(・・)撒いてきたのか。



「何が『どうしたかなあ』だ。あいつら、お前を探しまくってるぞ」

「うん。だから、(かくま)って」



 って。はなっからそれが目的か。


 それでも上機嫌だった俺は、気前よくアルフレッドを屋敷に連れ帰った。




 ◇◆◇◆◇◆




 侍女に茶菓子の用意を頼み、客間へと向かう。

 途中家族に会わなかった所を見ると、どうやら皆外出しているようだ。

 丁度良かった。いくら変装しているとはいえ、アルフレッドの正体がバレれば後々面倒だからな。


 俺は後ろを歩くアルフレッドを見る。

 猫っ毛の栗色の髪が歩く度にふわふわと揺れ、青みがかった緑の瞳はきょろきょろと落ち着き無く動いている。まるで知らない場所に連れて来られた猫のようだった。



「今日は皆、外出しているの?」



 客間に入り、そう口にしたアルフレッドに「そうみたいだな」と言葉を返す。「良かったじゃないか」と続ければ、「あーあ。そりゃ残念」と何故か額に手を当てる。

 

 アルフレッドはチラリと横目でこちらを見ると、ニコッと口元にカーブを作る。



「折角、片腕として働いてもらうつもりって、挨拶しようと思ってたのに」

「バカ言うな」



 間髪入れず返した言葉に、アルフレッドがキョトンとした。

 俺は眉間にしわを寄せ、すっと目を逸らす。



「……あれ? うれしくないの?」

「……お前みたいな放浪癖のある男の傍になんて、ごめんだな」



 こんな冗談、口にしてほしくない。

 家族が信じたらどうするんだ。

 

 思いが口から出そうになり、グッと奥歯を噛みしめる。

 その様子にアルフレッドが気付く事はなく、「えー?」と、不満そうな声をあげた。



「……じゃあ、弟君に頼もうかな?」

「おい。ミラーはすでに護衛騎士として内定済みだろ?」



 ミラーというのは俺の一つ下の弟で、昨年騎士としての称号を手に入れた、新人騎士だ。

 近々第二王子(・・・・)の護衛騎士として配属される予定で、我が家で一番出来が良く、両親達の自慢だ。



「仕方ないじゃないか。ディーンが僕の騎士にならないならさ」

「沢山いるだろ? お前の騎士になりたいヤツは」



 俺は高貴な人物に仕えるだけの、品がない。

 拝命式の時、不敬を働いた俺にその資格が無い事は誰もが知っており、俺がアルフレッドの騎士になる事はありえない。


 そんな事も分からないハズがないのに、アルフレッドは言葉を撤回しようとはしない。それどころか、「どうしたらその気になってくれるのかな」などと言ってくる。


 もし、俺の心ン中が見えて言っているのなら、達が悪い事この上ない。



「……まあ、俺の欲しいモノでも与えてくれれば、考えてやるさ」

「へぇ。その言葉、覚えておきなよ」



 アルフレッドがニコリと笑う。

 いつもの優男の笑み……のハズなのに、背筋に冷たいモノが走った。

 俺自身が本気で(・・・)言っていない(・・・・・・)事に、後ろめたさでも感じているとでもいうのだろうか?



 まあ、そんなこんなで俺達は世間話をしていた。

 給仕に美味い茶を入れる奴がいるとか、城下に隣国で有名な菓子屋が出来たとか。そして、裏路地に良い隠れ場所見つけたんだとか。


 こいつ……ほんと何しに城下に来ているんだか。


 そう考え始めた時に、また話題が変わった。



「……僕もそろそろ結婚を考えないといけなくてね」

「は? 結婚?」



 もうか!

 そう思ったのが面に出たようで、アルフレッドはくすくす笑った。



「一応ね。早めに結婚して、父を安心させたいからね」

「はぁー……もうそんな事考えてるのか」



 王族だから。というのは何となく分かるが、アルフレッドもまだ十七のはずだ。

 下には弟もいることだし、そこまで焦らなくても……と俺は思ってしまう。



「それに僕が早く結婚して子を為せば、フィルも自由になれるからね」



 アルフレッドの言うフィルというのは第二王子フィリップの事だ。たしか、二つか三つほど歳が離れていたような気がする。



「……意外と、弟思いだな」

「誰かさんと違ってね?」

「はっ! 俺の弟共はうるさいだけで可愛げなんてないんだよ!!」



 思い浮かぶのはやんちゃ盛りのガキばかりで、とても可愛がってやろうだなんて思えない。



「ちなみに。ディーンは誰か()い人いないの?」

「居るわけねーだろ? 俺が今どんだけ忙しいか知ってるか?」

「うん。道端でニヤニヤ歩くぐらいだって知ってる」

「殴るぞ」

 


 アルフレッドは笑いながら身構えつつ、「そうかー。僕はついにあの子とうまくいったのかなって思ったんだけど」と、言った。


 ? あの子って誰だ??


 俺が頭にハテナマークを浮かべていると、アルフレッドは「ほら、あの蜂蜜色の……」と、言い始める。



 無意識に、手が動いた。

 気がついた時には口元を覆っていて、それを見たアルフレッドはからかうように笑う。



「当たってた?」

「ち、違う!! あいつは、そういうんじゃない!!」

「慌てるところが怪しいな。それに、なんだって口元を隠すのさ? まさか、キ……」

「違う!! あれは、忘れさせてやろうとしただけだ!」

「え? 何?? 浮気でもされそうになったの??」

「違う!! あいつの初めては俺の物だ!!」

「は、初めてって……ディーンまさか、婚前にも関わらず……」

「違うって言ってるだろ!! したのは抱きしめて、キスしただけだ!!」



 怒鳴った後、血の気が引いた。


 何を口走っている俺は。

 自分からそんな事をバラすなんて、男のする事じゃない。



「……ほんと、ディーンは隠し事出来ない人だよねー……」

「お前が誘導したからだろ……」



 俺は自分が情けなくて頭を抱えた。

 いくら誘導されてもしゃべらなきゃいい事ぐらい分かっている。

 思ったままをすぐ言葉にする俺の口は本当にやっかいで、俺自身が一番困っているんだ。



「ねえ、ディーン」



 呼びかけてくるアルフレッドに、俺は沈黙を保った。

 また口を開けば、ロクな事にならない。それぐらい、流石(さすが)に分かっているから。


 そんな俺にアルフレッドは「また、したいって思った?」と聞いてきた。


 言う訳ないだろバカ。


 視線でそう伝えると、アルフレッドは微笑む。



「もし、そう思ったなら……分かってるよね?」



 いいや。わからん。

 だってあいつはそんなんじゃない。


 俺はアルフレッドに脳内を暴かれなくてホッとしている。

 もし暴かれたら最後、こいつは俺の征服欲を違う意味で理解しそうだったから。








お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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