7.災難? それとも?
「ち、ちょっと!!」
「……ごめん、エレイン。俺にはこれしか思いつかない」
何が!?
意味が分からず顔を後ろに向けると、ディーンが少しだけ拘束をゆるめ、代わりに腕を掴んだ。
ぐっと引かれた腕のせいであたしは反転し、正面から抱きしめられてしまう。
心臓が高く鳴った。
早鐘の様に脈打つ鼓動で熱が全身に回る。
胸が苦しくて、呼吸もうまくできなくて、ただどうしていいのか分からず、顔を上げると――……
「!!」
唇が、重なった。
触れる様なキスではなく、思いっきり押し付けるように、ずっと。
「ん! ん!!」
「……忘れ、させてやるから……」
一体何を!?
突然のキスに頭はパニックに陥り、頭は思考停止状態。
その間もディーンはあたしを食べるように唇を食み、腕にはさらなる力が込められた。
一層強まった拘束に頭まで逃げられない様に抱えられ、体温が沸騰しそうな位熱くなっていく。
ただそんな中でも、腹の底からの憤りを感じ、あたしはディーンの足を思いっきり踏んづけてやった。
「っ!!」
一瞬怯んだ隙に、両手でドンッと奴の身体を押しやる。
「な、なにすんのよ!!」
「な、なにって……その、嫌な記憶を忘れさせてやろうと……」
「はあ? それは忘れさせるんじゃなくて、増やそうとしてるだけじゃない!!」
「!! だ、だが、あんな奴らに好きにされたままよりマシだろ!?」
「何言っているのよ! 自分が差し向けたくせに!!」
「は? 何の事だ!! あんなのと俺を一緒にする気か!?」
あ、あんなの?
自分が差し向けておいて、そんな事言う??
しかも、『何の事だ!!』ですって?
あたしは微妙な会話のズレを感じ、「す、すこし落ち着きましょうエメリー様!」と声をかける。しかしディーンは「はっ!! あんなのと一緒にされて落ち着いていられるか!!」と、怒鳴る。
このセリフで導き出される答えは……。
「……と、いう事は。エメリー様はあのならず者とは……?」
「『とは?』 ってなんだよ!? あんな奴ら知らねえよ!!」
「ウソ……」
「ウソってなんだよ!? 俺がウソをついた事あるか!?」
問い詰められて今までの事を振り返る。
ディーンは口が悪く、喧嘩腰だが、卑怯な事やウソをついたりはしなかった。
その過去を認め、素直に「……ない」と答える。するとディーンは「だろう? だから俺はあいつらにいいようにされたお前を……」と、語気を強めた。
ちょっと待って。
その『いいようにされた』ってなに!?
思ったままを口にすると、ディーンは沈黙した。
口が滑ったと思ったのか、バツ悪そうにそっぽを向いて。
「ち、ちょっと!!」
「…………」
「ねえ、エメリー様!!」
「…………」
こ、この男は……!!
珍しくダンマリを決め込んだ彼に、ブチッとキレた。
「一体、何を隠してるのディーン!! ハッキリ言いなさいよ! らしくない!!」
「!! あいつらに……キス、されたんだろ!? だからっ!!」
忘れさせてやろうと思って。
そう続いた言葉に目が点になった。
あたしが言葉を発せずに呆気にとられていると、「……キス、されたから、泣いてたんだろ? じゃないとお前が泣くはずがない」と、ディーンはそう言い切った。
ああ。
あの時、泣いていた理由をそういう風にとったのか。
だからディーンなりの慰めというか……嫌な思いを消してくれようとして……って。
「……いきなりキスしたら、フラッシュバックするとかそういう事は考えないわけ?」
ディーンが目を見開いた。
その表情は、「今気が付きました!」と、言わんばかりに雄弁に。
……バカだ。こいつはやっぱりバカだ。
顔を見れば突っかかっては来るものの、その手段はいつも正面から。
小細工とか、策略とかそう言ったまどろっこしい事はキライで……というか、出来ないおバカさん。
良く考えればそんなディーンが、ならず者を使ってあたしを傷つけようとする訳がないのだ。
そう気が付いたらなんだかホッとして。同時に心配してくれたという事実が不覚にも嬉しかった。
「……あたし、されてないから」
「……は?」
「あたし、キスなんてされてないから」
そもそも心配が無用なのだとあたしはディーンに伝える。
だって泣いてしまったのは、そういう事が理由じゃないから。
「じゃあなんで泣いてたんだ……?」
しかし。
その理由を言うのは憚られた。
それを言ったら、また傷つく。そう思ったから。
しばらくの間、沈黙が流れた。
ディーンはあたしの言葉を待っていたのかもしれない。
ただあたしは何も言う気がなく、どうしようかなと思っていたら、「おい、まさか……」とディーンが腕を掴んだ。
「……身体、触られたのか!? それとも印でも刻まれたのか!?」
だから、どうしてそうなるんだ!!
あまりにぶっ飛んだ内容に、「違う」と言おうとして――――言えなかった。
ディーンがあたしの腕を引き、強く抱きしめてきたせいで、顔が彼の胸元に押し付けられてしまったからだ。
く、苦しい……。
なんで、こんなに馬鹿力なんだ。ほ、骨が折れる……
一体何がどうなって、こんな事態に……と、考えを巡らせようとして、今度は驚いた。
ディーンが背中を撫でていたのだ。しかも、何かを消す様にごしごしと。
そこでようやく拘束が緩まり、抗議のため顔を上げたら、今度は背中を撫でていた手が、にゅっと首元から伸びてきて……
「っ!! 何すんのよ!!」
「痛ぇっ!」
あたしは思いっきり、不埒な手をつねり上げた。
こ、この手は、こともあろうに胸元の布を……!!
「なにするんだよ! 俺はただ、確認を……!」
「そんな確認はいらないわ!!」
「何言ってるんだ! 場所によっては俺じゃないと見えないだろ!?」
「だから、何を確認しようとしてるのよ!!」
真顔でこちらを睨んでくるディーンの頬をギュっとつねってやると、彼の整った顔が伸びる。
ちょっと間抜けな顔になり胸がスッとして、そのおかげで少し落ち着いた。
その間も、何するんだとばかりに、ディーンが手を外そうと顔を動かすので、益々愉快な顔になり、あたしは笑いそうになる。
ただ、重要な事を忘れてはいけない。
あたしはなるべく平静を装い、「何するんだと言いたいのは、私の方ですわ」と、彼の身体を押し返した。
「……どういうことだ?」
「……エメリー様は何を勘違いされているのか知りませんけど、私はキスなどされた事ありませんし、身体を触られた事も、ましてや印など刻まれた事もありませんでした」
「『でした』ってことは、やっぱり!!」
「ええ。さっきまではです」
あたしの言葉に「……は?」と、怪訝な顔をするディーン。
この顔は絶対分かってない!
その事実が、あたしの怒りに火をつけた。
「いきなり抱きしめてきたり……その、キスしてきたりしたのは貴方でしょう!! どうしてくれるのよ!!」
あたしは目を吊り上げディーンを睨む。
ありったけの怒りを瞳に乗せ、眼力で相手を気絶させてしまえる程の強い力を込めたつもりで。
「は? それって……」
俺が初めてって事か?
そんな事を間抜け面で聞いてきたディーンをあたしは殴っても許されると思う。
「あ、は、はは……そっか、初めてか。俺が」
「笑いごとじゃないでしょ!! どうしてくれるのよ!!」
ディーンは安心したような緩んだ顔を見せる。それは久しぶりに見る、穏やかな表情。
ただそれはこちらの心情などまるで察していない場違いなもので、火に油を注いだような物だった。
(なにが、そっかよ!! こんな風にファーストキスを奪われたあたしはとんだ災難よ!!)
あたしは最高記録が出そうなほど眉を吊り上げ、ディーンの腕を掴むと、扉へと振り回す。
「いつまでヘラヘラ笑ってんのよ!! とっとと帰れ、このバカ!!」
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