6.ショック
(最低最低大嫌い!)
ディーンがここまでひどい奴だったなんて。
『ディーンはお前が目ざわりなんだってよ』
『泣かせてやりたいとも言っていたな』
『だから、友達思いな俺達が代わりに泣かせてやるよ』
あんなならず者を使って、乱暴な事を命令しているなんて!
(そこまで……そこまで嫌いなら!)
もうあたしに突っかかって来るのを止めればいいのに!
◆◇◆◇◆◇◆
急遽、屋敷に戻ったあたしを、侍女アリアは何も言わず受け入れてくれた。
普段なら容赦ないお説教コースである時間帯にもかかわらず、すぐ温かいお湯と清潔なベッドを用意してくれた事も、とても感謝している。
あたしはこれ以上ヒドイ顔にならない様、湯と水の入った洗面器を一つずつ用意し、それに浸したタオルを交互に瞼へと当てる。
そうして腫れが引いた頃には眠気がやって来て、しばし仮眠を取る事にした。
「――エレイン様、そろそろお時間です」
アリアの声で目が覚めたあたしは、彼女に手伝ってもらい身支度を整える。
今日は午後から登城する。
だからすぐ出かけられるようにと頼んだのに、出てきたのは室内用のドレスだった。
「アリア……、あたし、すぐ出かけるのだけど?」
「エレイン様。私、ですよ?」
崩れている言葉を正してくる侍女に苦笑しながらも、「どうして、室内用なのかしら?」と、尋ねれば、「お客様がお見えです」と返ってくる。
「お客様? あたしに?」
「エレイン様」
「う……、私に?」
「そうです」
「どなたかしら?」
「エメリー侯爵様の御子息、ディーン様ですわ」
思いも寄らなかった名に「はぁっ!?」と、素っ頓狂な声を上げてしまい、またアリアに睨まれた。
「……コホン。どうしてエメリー様が?」
「さあ。詳しくは存じ上げませんが、どうしてもお嬢様に会いたいとおっしゃるので、奥様にお伺いした後、客間にお通ししております」
「お母様……どうして」
「エメリー侯爵様と旦那様は仲がよろしいでしょう? もちろん、奥様同士も。そんな方々のご子息を無下に扱う訳には参りませんわ」
「かと言って、仮眠に来た娘に、なかなかハードな予定を組むわね」
「奥様曰く『研究室に泊まると、ハリスに怒られるからでしょ』と、おっしゃられておりましたよ」
「……行動パターンを読み切られている事を、喜ぶべきか、泣くべきか」
「そこは喜ぶべきですよ」
ニッコリと笑うアリアが足を止める。
一階の、複数ある客間の中で秋の花が良く見える部屋の前だった。
ノックをすると中から低く落ち着いた声が聞こえる。
その声色に若干緊張しつつも、あたしは勇気を出して扉を開けた。
室内のソファーにはディーンが腰かけていた。
あたしの姿を見て立ち上がる彼に、淑女の礼を取り、そのまま席に着く。
彼の目の前にはコーヒーカップが一組。
もう湯気の上がっていないカップを見る限り、彼がここでしばらく待っていてくれたのだと分かる。
そんな彼の姿はいつもの通り騎士姿だが、その表情は気まずそうに少し視線を逸らしていた。
あたしは心を落ち着かせながら要件を聞いた。するとディーンは、「エレイン……」と、名を呼んだきり、目を伏せてしまう。
いつもと違う様子に戸惑いつつも、今朝された仕打ちを思い、冷めた目で彼を見る。
「……御用なら簡潔に。私達はお互い顔を合わせたくない程、仲が悪いのですから」
「!! お前はいつもそうやって!!」
「エメリー様に『お前』などと呼ばれる筋合いはありません」
我ながら可愛げの欠片もない物言い。
同じ内容を話すにしろ、もう少し言い方を変えればいいのに。
しかし今は。こういう態度で居なければ、あたしは泣いてしまいそうだった。
「っ……俺は、これを、届けに……」
差しだされたのはあたしの髪飾りだった。
平和と知恵のシンボルであるオリーブの葉と鈴なりに咲く小さな花達。
ゆらゆらと小ぶりの花が揺れれば、鈴の音が聞こえてきそうな可憐な姿が大好きで、昔から大事に使っている大のお気に入りだった。
髪飾りを落とした事には気が付いていた。
ただ、屋敷に帰った直後は、ほとんどの事が頭から抜け落ちていて。ひどい顔をなんとかしないと登城出来ないとだけ思いながら、濡れタオルを顔に当てていた。
そう、無くなっていた事は分かっていたハズなのに、探すという事まで考えが至らなかったのだ。
その髪飾りが、今ここにある。
……が、しかし。
あたしは顔の筋肉を総動員して無表情を作り、一刻も早くこの手に掴みたい気持ちを、拳を作る事でなんとか誤魔化した。
この飾りを持って来てくれたのはディーンだ。
嬉しそうに笑って「ありがとう」なんて、言えるわけがない。
「……ありがとうございました。では、お帰りはあちらです」
感情の籠っていないお礼ほど失礼なモノはない。
そう分かっていながらも、あたしの心はいろんな感情が吹き荒れていて、うまく感謝なんて出来そうになかった。
当然、そんな対応のあたしにディーンは顔を顰めた。
「まだ俺は……」
「まだ、何か御用ですか」
「その……つまり、俺は謝りに……!!」
「謝る? 何を?」
「今朝の……」
『今朝の』。
そう聞いて、ならず者の件を蒸し返しに来たのだと分かった。
「……あんな事するなんて、最低です」
「!! やっぱり……」
「『やっぱり』って……。当たり前じゃないですか。そんな事も分からなかったのですか」
「……すまなかった」
「謝れば済むと思ってるんですか?」
「本当にすまなかった!!」
あっさりと謝ってきたディーンに驚いた。
じゃあ、最初っからあんな事しなきゃいいのに。それに巻き込まれたあたしは、大迷惑以外の何物でもない。
「覆水盆に返らず……」
「は? フク……??」
「……一度起きてしまった事は、元には戻らない。……あの件は、もう済んだ事だから」
早く帰ってよ。
そう思って扉へと視線を向ける。
しかしディーンは「済んだ事……? そんな事で良いのか!!」と、声を荒げてきた。
一体どうして欲しいのだ、こいつは。
「……過去は変えられないのだから、しかたないでしょ?」
あたしはディーンのした事をずっと忘れない。
根に持つ……というか、やっぱりあんな事されるぐらい嫌われているんだと、気付かされたキッカケだから。
そう思うとまた瞳が潤んできて。でもここで泣いたら負けだと分かっているから、あたしは懸命に意識を逸らす。
ディーンが苦しそうにあたしを呼んだ。
一応卑劣な手段だったと後悔はしてくれているのだろう。そう気付いたなら、今後は止めてさえくれればそれでいい。
あたしは二度とディーンに話しかけない。それでもう、おしまいなのだから。
あたしは何も言わず席を立ち、ディーンに退席を促す。
ディーンも意味を理解したようで席を立った。
その姿を確認し、扉を開ける為入口の方を向く。すると――……
不意に、後ろから腕が絡んで来た。
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