番外編2.共に歩む道 10
「皆に何か言われたんだろう?」
「悪かった、俺がもっと早く気付いていれば」
理解したくない言葉は、静かにあたしの心に染み渡る。
どおして?
どおして謝るの?
あたしは、ただ。
同じ気持ちだよって、伝えたいだけなのに。
「良いんだエレ。無理にそんな事言わなくても」
言わされているのだと思われた事が、一番ショックだった。
もっと、ちゃんと言わなきゃ。
そう思うのに、勇気が萎んでゆく。
風船に、ちいさな棘が刺さってしまったように、しゅるしゅると音を立てて萎んでゆく。
(ひょっとして、また)
あたしの、勘違い……?
自分の想いは望まれている。
だから、伝えさえすれば想いは重なると。そう思い込んでいた。
ディーンはあたしに傍に居てくれと言った。
愛称を呼び、名で呼ばれたい。キスもして、抱きしめたいと言った。でも実際は?
婚約して半年。
抱きしめられたのは、初めての任務から帰って来た一度だけ。
キスは、一度も無い。
それは本当に恋人?
本当に彼はあたしをそういう意味で望んでいる?
想像した思いに心が重く、動きが鈍くなる。
ディーンは友人を大事にする。
それは、男女問わず。
だったら、もう。
このままあたしの想いは閉じ込めて。結婚しても、友人みたいに――……
逃げる。嘘の魔法に縋る。
何年も使い続けた魔法。きっと、これからも使える。
だから、ここは。
『そうなの。みんながお膳立てしてくれるから、言わなきゃって思っただけなの』
こう言えば、ディーンはやっぱりなと笑う。
彼を困らせない。彼の重荷にならない。彼の思ったあたしで居られる。
折角、仲良くなれた。だから、いいじゃない。失いたくない。
――違う。
彼を困らせない? 彼の重荷にならない? 彼の思ったあたしで居られる?
全部、ディーンのせい?
違う。
違う。
違う!
何を言ってるの?
嘘の魔法に縋り、自分を騙し続けるのも。
失う事を恐れず、望むものへと手を伸ばすのも。
選んでいるのは――……いつも、あたし。
「バカ、鈍感、朴念仁!!」
あたしは無理をするなと笑うディーンへ、夢中で掴みかかった。
「大好きなのに、どうして伝わらないのよ!!」
理想とは程多く。鼻息荒く言い放つ。
伝わらないもどかしさは、怒りに似ていた。
「……どんかん? ぼくねん……? だ、だいすき……??」
「そうよ!! 好きよ好き!! 大好き!! ずっと子供のころから!!」
鬼気迫るように捲し立てるあたしに、ディーンはたじろぐ。
それでも構わず好きだと叫ぶ。
「……うそ、だろ?」
「こんな嘘言う必要ある!?」
「だってあの時、『お互いそういう気持ちがないのは分かっているじゃない』って……」
「それが鈍感だっていうのよ!! ディーンのバカ!!」
「そ、そんな事言われたって……分かるわけ、ない」
「『分かるわけない』じゃなくて、分かってよ!! バカバカバカ!!」
そう言い捨てながら。
「――でも、一番のバカはあたしなのよぉ……」
ぼろぼろと泣きながら、あたしは俯く。
情けない気持ちや、上手く伝わらないもどかしさ。すぐ、逃げようとする弱い自分が全部一緒になって、ぐちゃぐちゃになる。
「ずっと、想ってた。……でも、こんな事言ったら、喧嘩も出来なくなるんじゃないかって。出会った頃のあたしと違ったら、ディーンが離れていくんじゃないかって……怖かった。それは、今も同じで。こんな風に、泣いたら……」
伝えたい事は沢山あるのに、言葉にならない。
切なくて、苦しくて。
魔法を使っていないあたしの心は無防備で。全ての感情を抑える事が出来なくて、ただ子供のように泣き続ける。
だけど、これだけは。
「……好きなの、大好きなのディーン」
そう言って抱きつくあたしを、ディーンは戸惑いながらも受け止める。
一方的に押し付けた、想い。
それはまだ重なっていなくて。
ディーンがあたしと同じ想いでいてくれたなら、ずっと彼にこんな想いをさせていたのだと切なくなる。
逆に。もし、違う想いでいるならば、あたしはこの想いと一緒に過ごすのだと知る。
あたしは覚悟を決める。
(――もう、逃げない)
彼の腕が動く。
あたしの背中へと伸ばされて行くのが分かり、期待に胸が震える。
なのに。
腕が身体へと巻きつく事は一向になく。あたしを囲う形でピタリと止まる。
どおして?
やっぱり、そういう意味じゃないって事?
辛い。
辛いよ、ディーン。
シャツを握りしめる手が震える。
これ以上泣かないよう目を思いっきり閉じ、それでも望みをかけてあたしは言葉を紡ぐ。
「……ここは、ギュっと抱きしめるところなの」
「あ……いいの、か?」
「いいの!! 嫌な時は殴るから!!」
ディーンはすぐに抱きしめてくれた。
包むように優しく。
大事にされている。そう分かる抱きしめ方に幸せが生まれる。
それはあたしを欲張りにする。
「もっと……」
「……痛く、ならないか?」
「痛いほど抱きしめて」
腕に力が籠る。
痛い。幸せ。もっと。
それでもディーンは手加減してくれているようで、以前程痛くは無かった。
きっと、あの日の事を覚えてくれていて。上手く調整してくれているのだと分かる。
「あたしの性格考えたら、政略結婚なんてするわけないのに」
「…………」
「俺が惚れてというくせに、ちっともあたしの気持ちには気付いていないし」
「…………」
「どおして、こんな鈍感が好きなんだろう」
「…………エレ」
ディーンが拘束を緩め、あたしは顔を上げる。
視線が絡み合う。
お互いの気持ちを確認するかのように瞳の奥を見つめ合い、自分の存在を探す。
「……ねえ、ちゃんと伝わっている? あたしの気持ち」
「ああ」
「ホントにホント?」
「ああ。ちゃんと伝わっている」
「じゃあ、キスして」
ディーンの顔が真っ赤に染まる。
こんな初心なところも、好き。
「お前はどうしてさらっと、そういう事……」
「ちゃんと言わないと伝わらない」
「……俺が鈍感なせい?」
「……ううん、違う」
あたしがそうしたいから口にしているだけ。
そう伝えれば、彼はくしゃりと前髪を掴み、あたしの視線から逃れるように顔を逸らす。
困っている。照れている。嬉しい。
「……俺は、お前の事好きだよ」
「うん」
「お互い、同じ気持ちだって事でいいんだよな」
「うん」
「じゃあ……さ。もう、我慢しなくていい?」
何を? なんて、とぼけるのも良いかもしれない。
そうしたら、ディーンは恥ずかしがる?
それとも、ハッキリ言ってくれるのかな?
そのどちらも、見たい気がするけれど。
あたしは伝える。
彼がいつもそうしてくれる様に。素直に、正直に。
「――うん。いいよ。もし嫌だったら、蹴飛ばすから」
言った瞬間、力強いキスを何度も受けて。
ずっとディーンが、あたしの気持ちを優先してくれていたのだと、本当の意味で分かって。
嬉しくて、また泣いてしまった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




