番外編2.共に歩む道 6
北部を通り抜け、案内役はベルフリートからリーゼロッテへ。
山間の、細い道での引き継ぎだった。
「また最終日にお会いしましょう」と、あたし達を見送るベルフリート。
その表情がニコニコを通り越して、ニンマリといったイヤラシイ笑みを浮かべるので、あたしは彼の足を踏んづけた。
もちろんうっかりだ。
ベルフリートは苦笑いを浮かべ帰って行った。
「じゃ、こっからはあたしが案内するね~」
「よろしく頼む、リーゼロッテ」
「はーい! どーんとお任せ!」
リーゼロッテは胸を叩き、ニッコリと笑う。
幼さの残る顔立ちは、目もまんまるで、お肌もツヤツヤしていて。ピンク色に染まるふっくらとした頬っぺたは、ふわふわのスポンジケーキみたいに美味しそう。そんな彼女が自分より七つも年上だなんて、世の中どうなっているんだか。
「じゃあ、ディーンはエレインを乗せてあげてね」
「ああ」
いつものようにあたしを馬上へと引き上げるディーン。
そして、これまたいつものように、優しく抱きかかえる。
嬉しさと、物足りなさを感じさせる抱え方に、未だ変化は無い。
馬に乗ったリーゼロッテがあたし達の周りを一周する。
頭のてっぺんから足の先まで。
まるで品定めをするようにあたし達を眺める。その眼差しは真剣そのもので、思わずこちらの背筋もピンとしまう。
「あーっと。ディーン」
「なんだ?」
「もっと、エレインをギュウって抱きしめて?」
しれっと紡がれた言葉に、「「え」」と、二人の声が重なる。
「あたしんとこ、道悪いんだよねー。しかもずっと」
「あ、ああ……」
「そんなにかるーく支えるだけじゃ、エレインが落っこちちゃうよ」
「……そうか。分かった」
「エレインもしっかりディーンに抱きついて」
「え、ええ……」
ディーンが「じゃあ……しっかり掴まっていろよ」と、声をかけてくれ、お互いきつく抱きしめ合うように支え合う。
顔がディーンの胸元にすっぽりと収まり、身体も暑苦しいぐらいにピッタリとくっつく。
何、コレ。
迫る胸板。
焦がれる香り。
すぐ側で聞こえる心音。
隙間など許せないように支え合うあたし達は、そろそろ初夏を迎えるにあたり不自然過ぎる。
チラリと横目でリーゼロッテを窺えば、彼女は満足そうに頷き、片目を瞑って見せた。
身体中の液体が、瞬時に沸騰した。
「うん。それぐらいしていれば、だいじょーぶ!」
じゃあ。しゅっぱーつ!
と、リーゼロッテが駆け出す。
後に続くあたし達は彼女の指示を忠実に守り、強く抱きしめ合ったまま進む。
◇◆◇◆◇◆
しばらく走っていると、少しだけ落ち着いてきた。
顔はまだ赤いかもしれない。でも、上を向かなければ大丈夫。
そんな事を考えながら、ディーンの胸元にしっかりと顔を寄せる。
いつの間にかお互いの体温は同じになっていた。
それが適温なのか熱すぎるのか、もうあたしにはわからなくて。
お互いの境目も見失うぐらい寄り添っている今が、とても心地よい。
あたしを満たすのは安心感。
馬上という油断してはならない場所に居ながらも、支えてくれる相手がディーンだから不安になる事はない。
この先を、共に歩む大事な人だから。
ずっとずっと一緒だから。
早くこの想いを伝えたいのに、言葉は音になる前に消えてゆく。
焦るのは気持ちばかりで、あたし自身はちっとも前に進めずもがいている。
(思ったままを口にするって、難しい)
ストレートにこの提案をしたリーゼロッテに嫉妬する。
本当は自分で言いたかった。
もっとしっかり抱きしめてと。あたしを離さないでと。
ぐずぐずしていたあたしの代わりに、彼女はあっさりとその願いを口にした。
すごいなって思う。
なんとなくぎこちないあたし達の背中を、追い抜きざまにポンと押していった彼女は、見た目の幼さとは裏腹に、伝えたい事を正しく伝える方法を知っている。
(あたしも、頑張らなきゃ)
こんな風に応援されて、何もできない自分は嫌だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは北部よりも緑が多い。
リーゼロッテの住まう西部は山が多く、人々はその山間の僅かな平地に村を作っているとの事。
今もその村の一つを目指して、随分と高く登っている。
気温は明らかに下がっていた。
ディーンが強く抱きしめてくれるからそれほど寒くは無いが、今日は夏用のドレスにしなくて良かったと自分の選択を褒めた。
『今回は、パーティーに来られなかった人達のところへ連れて行くね』
そう言ったリーゼロッテは、どんどんと山を登って行く。
馬車ならば、すれ違う事も出来ない程の細い道。
上は山、下は崖。
そんな道に、時折石が転がっている。
それがどこから転がって来たのかと思うと、上を向く事さえ躊躇われた。
「……どうした?」
突然、ディーンが声をかけてくれた。
不安な気持ちを察知してくれたのかもと思うと、嬉しくなる。
ただそれを表情に出す事は出来なくて。
いつものように「なんでもないわ」と答えそうになり、気が付く。
違うでしょ、エレ。
本当は、なんでもなくないわ。
「……石が落ちていたから。落石があるのかなって、思って」
強気な言葉を呑み込み、思った事を口にした。
少し間を置いて、顔を上げてみる。
ディーンは前を向いたままだったけど「心配ない」と、返事をくれた。
「あれらの石は上から落ちてきたものじゃない。他所から運んできたものだ」
「……何で、断言できるのよ」
「俺も気になって、リーゼロッテに聞いたんだ」
「そうなんだ」
いつの間に……。
さっきの休憩中にかな?
そう思うと、場違いな嫉妬の炎が燃え上がる。
別におかしな事じゃないわよ。
世話役と領主が話をする事なんて。
分かっている、わよ。
「……なんで、二人っきりで話すのよ」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない」
あたしには男性と二人きりになるなって言うくせに。
「ディーンのバカ」
「……聞こえたぞ、エレ」
身体に巻きつく腕に力が籠る。
少し苦しくて上を向けば、ディーンがムスッとした顔でこちらを見ている。
「言いたい事はハッキリ言え」
「……言ったわよ、バカ」
「聞こえなかった」
「耳が遠いのよ」
「俯いたまま呟かれても、馬の歩く音に消されちまうんだよ」
「消えちゃうぐらいなら、大した事じゃないわよ」
「消えちまう事と、大した事じゃないのは関係ないだろ?」
ディーンが馬を止めた。
真っすぐあたしを見つめるその瞳に、息を呑む。
「なあ、エレ。俺は聞きたい。教えてくれよ」
少し先を行くリーゼロッテは、こちらが止まった事に気付かない。
その事実に心音が跳ねあがる。
唐突に、こんなチャンス。
言うなら、今なのかもしれない。
「あ、あたしは……」
「うん」
「その……」
「ああ」
「だから……」
「おう」
「その……」と、また言い募るあたしに「いつ言うんだよ!!」と、ディーンのツッコミが入る。
「だからっ!!」
「おう!!」
「やっぱり何でもない!!」
「おいっ!!」
フイっと顔をそむけるあたしに、ディーンが名を呼ぶ。
それでももう言い出す事は出来なくなっていて。何度呼んでも返事をしないあたしに、彼は溜息をつく。
「ったく……どうして、そんなに意地を張るんだ」
それはあたしだって思ってるわよ!!
顔を見られたくなくて、ギュっとディーンの胸元に顔を押し付ける。
恥ずかしさと自己嫌悪に染まった顔はきっとぐちゃぐちゃだから。そんなひどい顔、絶対見せたくないから。
彼は無言であたしを抱きしめ直し、馬を歩かせはじめた。
『一歩進んで、二歩下がる』
そんな言葉が頭に浮かんできて。あたしは一人猛反省した。
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