番外編2.共に歩む道 4
話し合いを終え、視察の準備に取り掛かる。
まず、服装を変えた。
あたしは暑くなる事を見越して、夏用のドレス。ディーンとベルフリートは動きやすそうな格好でありながら、上品さを残している服装。
きちんと締められたクラバットを見て、暑いだろうに。と、思った。
それでも新領主と世話役という立場が、気崩した格好をさせてくれないのだと分かる。
クラバットの色は二人共緑系統で、新緑をイメージさせるその色はファンシルの色だとベルフリートに教えてもらった。
続いて、屋敷の皆さんに挨拶をする。
パーティーのお礼と、また戻って来るのでその際はよろしくと、声をかけた。
ちなみにベルフリート以外の世話役は、一足先に自身のまとめる地域へと戻っている。
後日合流するまで、しばしのお別れだ。
視察の荷物は屋敷の人達によって既に玄関口へと運ばれており、少し離れた場所から馬の啼く声を聞く。
――さあ、出発だ。
そう思い、馬の声が聞こえた方を見て。あたしは目を見開く。
厩番が連れてきたその馬には、鞍がついていた。
「……ごめんなさい。すぐに着替えて――」
「何故ですか? エレイン様?」
「あたし、馬車で移動だと思い込んでいて……」
「ああ。なるほど」
軽い口調で相槌を打つベルフリートに、「すぐ戻ってきます」と、伝えれば、「そのままのドレスで問題ありませんよ」と、彼は言う。
「相乗りですよ、エレイン様」
「え」
「『え』ではありません。ディーン様と一緒に乗って下さいね」
ニコリと笑うその笑顔に、何故か引っ掛かりを覚えた。
何か、含みのあるような。
決して嫌な感じがする笑顔ではないのに、この表情には言葉以外の思惑を感じる。
「あ、あの……?」
「エレイン様。この視察は一石二鳥なんですよ」
「『一石、二鳥』?」
「そう。朴念仁の婚約者を持つエレイン様ならお分かりになるでしょう?」
ニヤリと口角を上げるベルフリートに、あたしは固まってしまう。
ずっと隠していた秘密を暴かれたような、そんな恥ずかしさに血が沸騰する。
身体が熱い。顔に熱が集まって来る。
呼吸の仕方も忘れたように息苦しくて、頭がクラクラとしてきた。
(嘘。どうして……?)
一体どこで知られてしまったの?
そう考える半面、皆の行動に合点が行く。
だってそうじゃない。
皆があたしの味方だっていう事は。つまり、そういう事なのに。
「後は貴女の勇気だけですよ。エレイン様」
俯くあたしをベルフリートはクスクス笑う。
その生温かい微笑みは余計に恥ずかしさを煽り、益々顔が熱くなるのが分かる。
……と、そこに影が差した。
「……ベルフリート。エレをいじめるのは止めてくれないか」
「これは大変失礼いたしました。あまりにもエレイン様が可愛らしくて」
「それでも、ダメだ」
「はい。心得ました。――ディーン様も準備はよろしいですか?」
「ああ。二人共待たせたな。出発しよう」
「――あと。『様』はいらないといっただろ?」と、話すディーンに「癖の様なものなので気にしないでください」と、ベルフリート。その後、何かを話していたようだが、あたしの耳には届かなかった。
ディーンの影が動く。
こちらを向いたのだと分かるけど、あたしは俯いたままだった。
「行こうか」
「え、ええ……」
ディーンのエスコートで馬の傍まで歩く。
差し出された手は大きくて、温かい。
「――なるべく、丁寧に走るから」
ディーンはこちらが頷くのを確認し、あたしの身体に腕を巻きつける。
ふわりと包み込むように。
優しく抱きしめられたその感触が、壊れ物を扱う様に丁寧で。
それは彼の思いやりなのだと思えば嬉しくて。それでいて本当は――……少し、寂しかった。
◇◆◇◆◇◆
気付いてしまえば本当に分かり易かった。
廊下で手をひっこめた事も。
馬に乗った時の、あの優しく包み込むような抱え方も。
食事をしている時も。街を歩いている時も。
一つ一つの仕草が、あたしになるべく触れないようにしている。
遠慮、しているのだと思う。
あたしの気持ちが分からないから、躊躇っているのだと分かる。
ただ正直。
『傍に居てくれ』と願い、共に歩む道を選んだあたしに、そういう気遣いはいらない。
(……あたしはまだ、彼に察しろと思っているのね)
自分の意気地のなさをディーンのせいにしている。
これじゃあいけないと。自分に勇気がないからだと。
そう思いながらも、心のどこかで彼の鈍感が悪いのだと自分を正当化している。
「こんなんじゃ、ディーンの奥さんに相応しくない」
彼は変わった。
事あるごとに「俺に品を求めるな」と口悪く言っていたのに、礼儀も座学も学び、そして相手を気遣える様になった。少しずつ、前へと進んでいる。
何が彼を動かしたのか。誰が彼を変えたのか。
嫉妬を覚えるその相手は未だ分からない。
あたしはその人物に、感謝と恨み事の両方を伝えたい。
ただその前に。
自分が以前と同じままではカッコが悪い。
いつまでも、自身の行動を人のせいにする自分は嫌。
今までの自分を脱ぎ捨てて、あたしだって、前へ進んで行ける。
彼と、共に。彼の、隣で。
◇◆◇◆◇◆
「――では、私は別行動をさせていただきたいかと」
「どうして? 三人で回ればいいじゃないか」
「鈍いですねえ……。私は私用があると言っているのですよ?」
北部最大の街に来て。
ベルフリートが「ここには美味しいお菓子屋さんがあるんですよ」と、言い出した。
唐突に。何の脈絡もなく。
ディーンは「そうなのか」と相槌を打ち。あたしはその意図を正しく受け取る。
「そうだったか。それは気付かなくて悪かった」
「いいえ。では、別行動を許可していただけると」
「ああ。――それじゃあ、三時間後にこの噴水の前で落ち合おう」
「そんなに急ぐ必要はありませんよ。ここで一泊するのですから」
「だがそれでは、ベルフリートに街を案内してもらえないじゃないか」
「二人で散策していただくだけでも十分見て回れますよ」
三人中二人が結託して事を進めた結果。
あたしとディーンは二人きりで街を見て回る事になった。当然彼は、あたし達の思惑にハマった事に気がついていない。
「今日は時間を決めて動く必要はありませんから。好きな時間に宿に戻って来て下さいね。――もちろん、お二人で」
本人はさり気ないつもりなのかもしれない。
だけど意図を知っているあたしは、何か感づかれやしないかとハラハラしていた。
「どうぞ、ごゆっくり」
ニコニコ顔であたし達を見るベルフリートに、「これ以上余計な事を言うな」と視線で訴える。
お節介な世話役はニヤリと笑みを浮かべる。
あたしの力一杯の眼力が通用したのか「では」と、言葉を残し、人ごみへと消えて行った。
「じゃあ、俺達も行くか」
「……そうね」
すでに気力を奪われたあたしは、思わずため息をつく。
それを耳聡く聞いていたディーンが「……あんまり行きたくなかったのか?」と、言い出した。
「えっ! ち、違うの!! お菓子、楽しみよ! どんなのがあるのかしら~」
「……エレって、意外と嘘下手くそだよな」
「なっ!! そもそも何でも言ってしまう人に言われたくないわ!!」
いけない。喧嘩のパターンだ。
慌てて口を閉じ、視線を逸らす。
違うでしょ、エレ。
ここは素直に謝って、ニッコリ笑って、それで――
頭の中で、ぐるぐるとそんな事を考える。
ああ。
どうしてあたしって、思ったままを伝えられないのだろう。
――ふと。
くぐもった声が聞こえた。
気になって顔を上げれば、ディーンが口元に手の甲を押し当て、肩を震わせている。
「くっ……くはは」
「ちょ! 何がおかしいのよ!!」
「……なんか、俺。分かった気がする」
「はっ!? 一体何が!?」
まさか、世話役達の企みが分かったとでも言う気?
止めて止めて!! それは居た堪れなさすぎる!!
(勘弁してーっ!!)
心の中で悲鳴を上げるあたしに、ディーンは「それは内緒だ」と、ニヤリと笑う。
ちょっと待って。バレているなら内緒なんて、耐えられないっ!!
「……隠しても、どうせすぐしゃべっちゃうわよ? だから……」
「さあ……それは分からないぞ。エレのお陰で自分が『何でもすぐしゃべってしまう』奴だって、再度思い出したからな」
イジワルだ。
あたしが答えを聞きたがっている事を、分かっているくせに。
「さあ、エレ。何処へでも連れて行ってやるから、行きたいところを言え」
あぁ。もちろん、菓子屋へも連れて行ってやるからな。
まるで付け足したように言うディーンを睨みつける。
若干涙目。だって、悔しいんだもの。決して恥ずかしいからじゃない。
「――じゃあ、お菓子屋さんに行きましょう」
なけなしのプライドを掲げ、あたしは建前の目的を口にする。
これが口実だなんて、ディーンは気付いていない。そう自身に言い聞かせて。
――これが、二人きりで出かける一日目となった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




