番外編2.共に歩む道 2
「……なあ、ディーン。そろそろ慣れ染め話を聞かせてくれてもいーんじゃねえか?」
パーティーも終盤に入り、皆もほろ酔い気分の中。
ダニロが酒樽を抱えたまま、グラスの酒を飲み干す。
「そうそう! たまには良い事言うじゃない! ダニロ!!」
「たしかに。こーんな美しい女性をどうやって捕まえたのか、是非ご教授願いたいですなあ」
「ディーンにエレイン。みんな、デバガメで申し訳ない。……で。実際のところは?」
すっかり打ち解けた世話役四人衆は遠慮がない。
というか、ディーンが「今日は無礼講だろう?」と、ダニロ以外の皆にも何度も言い聞かせ、そういう状況を作った。もちろんそれが、お互いを知る為の近道である事は分かっている。
それでも。
あたしとしては、こういう話題だけは避けたかった。
「で? どおなんだ? ディーン」
詰め寄って来るダニロに彼は、「そうだなあ……」と、少し考え込む。
顎に手を当て、斜め上を眺めるようにした姿を見て、「余計な事は言わないで!!」と、心の中で叫ぶ。だって恥ずかしいもの。こんな話。
「俺が勝手に惚れて……なんとか婚約してもらったんだ」
「おうおう!! それはお熱い事で!!」
「……まあ。熱いのは俺だけだが」
「またまた! 何照れてるんだディーン! お互いの気持ちがなきゃ婚約する訳ないだろっ!?」
「いや。これは俺一人が望んだ事なんだ」
耳を疑った。
ディーン、今なんて?
「元々エレはノーティスへ渡る事が決まっていたんだ。それを俺が無理に引き止め、こちらへ来てもらった」
淀みなく。
まるで真実であるかのように紡がれた言葉は、あたしを凍りつかせた。
「ノーティスへ……? 何でまた?」
「エレは研究者で、薬草研究の為に」
「薬草?」
「そうだ。だから、俺がファンシルの領主になれたから――」
「ちょ、ちょっとまってよ!!」
ようやく声を上げる事が出来たあたしを、ディーンは不思議そうに見つめる。
「な、何を言っているの……?」
意味が分からない。
どうしてそんな話になっているの。
なのにディーンは「何って。俺がエレのノーティス行きを止められたのは、ファンシルがあっての事。本当によかった」と、さらりと言ってのける。
「何言ってんのよディーン!! それじゃあまるであたしが、領主夫人目当てみたいじゃない!!」
「エレは領主夫人に魅力なんか感じていないだろう? 魅力的なのはファンシルの薬草」
「なお悪いじゃない!!」
「悪い? どうして? エレは研究をしたいと言っていたじゃないか」
確認の様に問うてくるディーンに、「そ、そうよ……」と、答える。
確かに言った。言ったわよ。だけどそれは――……
「俺はエレに傍に居て欲しかった。エレはノーティスへ行かなくてもファンシルで研究が出来る。これは政略結婚だって、エレが言ったんじゃないか」
何にも、言えなかった。
政略結婚だなんて、そんな。
こちらが言葉を失っている間に、ディーンが「違うのか?」と、問うてくる。その表情はあくまでも真面目で。あたしは思わず叫んでいた。
「違うに決まっているじゃない!! バッカじゃないの!?」
「だったらなんで俺と婚約したんだ? ノーティス行きまで諦めてくれてさ」
本当に?
本当に気付いていない……?
「遠いノーティスよりも、俺と結婚すればファンシルで自由に研究できる――……だから、俺を選んでくれたんだろ?」
淀みなく紡がれる言葉。
揺れる事のない瞳。
この目は、本気だ。
本気でそう思っているんだ。
「……本当に、分かんない……?」
「……? 何が?」
気がつけばダニロが酒を煽るのを止めていて。
「え、ええっ??」と、左右に首を振るリーゼロッテと。
ベルフリートは頭を抱え、ラウラは天を仰ぎみる様なポーズをとった。
そしてあたしは――……
「えっ? おい、エレ!! どうしたっていうんだ!!」
呼びとめる声を無視して、部屋へと全力疾走した。
◇◆◇◆◇◆
与えられた部屋へと飛び込み、内側から鍵をかける。
途端、力が抜けてゆき、扉へと背を預けたまま、ずるすると座り込む。
身体を起こす力も、気力も無く。ただ茫然と目の前にあった椅子の背を眺める。
ちょっと、待って。本当に待って。
なんで、こんなことに?
想像していた現実と、実際に起こった事実があまりにも違いすぎて、理解が追いつかない。
耳に残るディーンの声はハッキリと淀みなく。この結婚を政略結婚だと言った。
それは、つまり。
「――エレ、開けてくれないか? 話がしたい」
部屋をノックする音と共に、ディーンの声が聞こえた。
返事が出来なかった。
「エレ……? 俺、ヘンな事言ったか? ……どこがダメだった?」
違う。ディーンが、悪いんじゃない。
「俺は、お前を泣かせたくないし、喧嘩したくない。だから……」
扉を開けてくれと懇願するディーンに「……ごめん。みんなにもごめんねと……」そう伝える。
合わせる顔がなかった。
「エレ、何も心配するな。皆もお前の事を悪く思っていない。逆に俺が怒られた。『エレインが可哀そうだと、女心を理解していないと』リーゼロッテとラウラに散々言われた。ダニロには笑われたし、ベルフリートは『ご教授願える事は無かったようですね』なんて言いながら、『逆にテクニックをお教えしましょうか』とか……」
ディーンが困っている。
悪いのはあたしの方なのに。
「……俺はまた、お前を傷つけたんだな。……ごめん」
「!! 違うわ! ただ、今は……」
「……そうか。
エレは、何も心配しなくていいからな。……じゃあ、明日」
おやすみ、エレ。
その言葉を残して、ディーンの足音が離れてゆく。
本当はすぐにでも扉を開けて、呼びとめるべきだと分かっていたのに。
こんなにも自分を責める彼に、あたしはとうとう最後まで扉を開ける事は出来なかった。
翌早朝。
あたしは椅子に腰かけ、机に向かっていた。
客室であるこの部屋の机は、さほど大きくも無く、ちょっとした書き物が出来る程度。こげ茶色の木は、木目も美しく、艶消しが施されている。
先程まではこの上に羽ペンとメモが置かれていたが、それらは戸棚へと仕舞い込んだ。
あたしは息を吸い込む。
その手には掛け布団。自身を覆う様に被った布団の中で、一人呟く。
「ディーン。あたしは、ずっと、ずっと、貴方の事が……」
切れ切れに言葉を紡ぎ、最後の二文字を思い浮かべて。また、その言葉を呑み込む。
口にしていないのに、身体はカーッと熱くなり、心臓は走った後の様に脈打つ。
こんな姿を誰にも見られたくなくて、一人部屋だというのにギュっと布団の中に縮こまる。
「だ、大丈夫よエレ。だってもう返事は貰っているじゃない。恐れる事なんて、何もないわ」
自身に励ましの言葉を掛け、もごもごと先程の言葉を繰り返す。
すでに何時間経過したのかも分からない。
そうして更に時間が過ぎてゆき――……あたしは、机に突っ伏した。
「ちょっと勘弁してよー……エレイン=アーサーズ。口達者と言われたあたしに、言えない言葉があるなんて……」
自身の意気地の無さに溜息が洩れる。
想っていた事は事実なのに、言葉にできないってどーゆーことよ?
ディーンは盛大な勘違いをしている。
これが政略結婚だって?
彼が一方的に惚れて、あたしのノーティス行きを止めさせたって?
あたしが望むものは薬草だけ??
違う違う全然違う。
この結婚はお互い想い合っている者同士だし、ノーティス行きを止めたのは自分の意志。望むものは、当然薬草だけなんかじゃない。
あたしは頑固で、意地っ張りで。そして、欲張りで。
政略結婚をしてまで自分の研究を成り立たせるぐらいなら、一人でノーティスへ行く。欲しいものは薬草だけじゃ足りなくて、貴方の気持ちも欲しかったから、最初は無理だと断ったじゃない。なのに。どうして。
そう思っている反面、彼が勘違いしている理由も分かっていた。
(――……あたしが、『好き』って、伝えていないからだ)
ただの一度も。
彼は好きだと言ってくれたし、名前で呼んで欲しいと言ったし、あたしを愛称で呼びたいとも言った。
喧嘩したくない、泣かせたくない。とも言ってくれるし、ヤキモチを焼いた事を素直に言い、だから男性と二人っきりになるのを止めて欲しいと言った。
彼は自分の思った事、願った事を隠さず正直に伝える。
本質的に真っすぐなのだ。良くも悪くも。
あたしが彼に『好き』だと伝えていないから。
彼はこの結婚を政略結婚だと言ったあたしの言葉を使い、『ずっと、研究させてくれるんでしょ?』と言った、あの日の事をそのまま皆に言っただけ。彼の中ではそれが事実であり、真実だから。
「鈍感、朴念仁だって、分かっていたハズなのに……」
ディーンもきっと分かってくれている。
だから言葉にしなくても大丈夫。なんて。
あたしが願うには、図々しいにも程がある。
自分の気持ちを一度たりとも伝えていないのに、勝手に察しろだなんて。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




