番外編2.共に歩む道 1
お待たせいたしました!
番外編2は一話完結ではなく、連載になります。
少し長いですが、お付き合いいただけますと嬉しいです!
冒頭の時系列は番外編1の数日後となります。
あの日から、一週間。
親書を届けて一カ月も経たないうちに、彼らはノーティスへと旅立って行った。
冬が色濃く感じられる晩秋。
旅立っていた彼らが、何故足早だったのか、あたしは知っている。
雪が降り積もる前に、峠を越える必要があるからだと、知っている。
「――エレ。よかったんだよな?」
あたしを引き止めた彼は、罪悪感があるのかもしれない。
少し不安を滲ませた声色は、らしくないと言えばらしくない。
「『残る』と決めたのはあたし。その決断をディーンのせいにする気はないわ」
「だが、未練は……」
「そうね。ないと言えば、嘘になるわ」
技術交換師としてノーティスに行けば、今よりもっと薬草の研究ができる。
それはあたしが望んでいた事だし、その権利を手に入れかけていたのも事実。
それが今、ディーンと共にある未来を望んだから、無くなっただけ。
……ううん、違う。
それは形を変えただけで、まだ叶う所にある。
「……ファンシルに。連れて行ってくれるのでしょ?」
「ああ」
「ずっと、研究させてくれるんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、いいじゃない」
そう言って笑って見せれば「エレが良いなら、それでいい」と、ディーンは口元を緩める。
その笑顔はぎこちない。
やっぱり、無理に引き止めたと思っているのだろうか。
違うのに。
未練はあるけど、そうじゃないのに。
それを正しく伝える勇気はまだなくて。
――いつか、分かってくれるよね。
言わない理由を見つけ、逃げた事を後悔するのは、今より五カ月程経ったある晩春の日の事だった。
◇◆◇◆◇◆
「えらく若い領主様がいらっしゃったもんだ!」
本腰を入れてファンシルに行くまで、およそ半年。
初夏へと足早に向かう晩春真っ只中。あたしとディーンはパーティーに参加していた。
このパーティーの主催はファンシルの皆さん。
各地域の世話役を中心に、新しく領主になったディーンを歓迎したいと開かれた、所謂、歓迎&お披露目パーティーだった。
春はいろいろなものが芽吹く。
木々は蕾を、新芽を付け。鳥は雛を生み、育て。人との出会いは、絆を生む。
新しい命が次々と生まれる中、その縁を繋ぐべく今日は無礼講。
「若いとマズイのか?」
「いやいやとんでもない!」
ガハハと笑うのは南部をまとめ上げている、ダニロ=ビットナー。
浅黒い肌に、燃える様な赤髪。
気崩したシャツから覗く肌や、剥き出しになっている腕を見るだけで、荒々しい屈強の男と分かる。
軽々と酒の入った樽を両腕に抱える姿は、アンバーの港で荷降ろしをしている水夫のようにも見えた。
その実態は広大な森を守る、樵。
森の番人ともいえる彼は多様な植物を管理し、大勢の仲間達と共に森を健全な状態で保っている。
城の研究室にも彼の名が入った薬草が届いていたけれど、顔を見たのは今日が初めてだった。
「ダニロ。領主様はお前の弟じゃない。慎め」
クイと眼鏡を眉間へと押し上げ、ダニロとの間に割って入ったのは、ベルフリート=ディックハウト。
北部をまとめる世話役で、ダニロとは対照的に線が細く、肌の色も白い。その容姿は透ける様な銀色の髪も相まって、雪国に住む人々のように儚く見える。
「……なんだ。いたのか。ベルフリート」
「居るに決まっている。筋肉達磨はそんな事も分からないのか」
「ふん。嫌味に決まってるじゃねえか。伊達眼鏡」
「今は伊達じゃない」
「なお悪ぃじゃねえか」
言い合う二人に、あたしはディーンの袖を引っ張る。
喧嘩が大きくなる前に仲裁しなきゃ。と、その意味を込めて。
だけど彼は「大丈夫だ」と、小声で言う。
「大体なあお前。いくら賢く見られたいからって、わざわざ眼鏡をかけて、ほんとに悪くなったら意味ねえじゃねえか」
「違う!! 知識を蓄えた故の結果だ!! 努力の賜物!!」
「目の悪くなる努力?」
「アホか! そんな努力無意味だろ!!」
「お前の事だから、『眼鏡が似合うように』……とか言ってさ」
「貴様の頭は飾りか!? いや、飾りなんだな!!」
仲が悪いのか……と、ヒヤリとしたけれど、どうやらこれは軽口らしい。
お互い睨み合っているものの、よく見たらそこに憎悪のようなものは感じない。
安心して隣を見上げればディーンと目が合い、気恥かしさから慌てて視線を逸らした。
「全く。あれらはいつも喧嘩ばかり」
「ホントホント。何年やれば気が済むんだか」
ダニロとベルフリートの喧嘩を呆れた様子で眺める二人。
ラウラ=ステイマーとリーゼロッテ=アベーユ。東西の世話役だ。
「こんな騒がしいヤツが二人もいて、領主様の心中お察しする」
「そうそう。でもねー、ラウラとあたしが居るから、どーんと大船に乗ったつもりで」
「まあ、私が大船で、リーゼが救難ボートぐらいかしら?」
「いざって時は頼りにしてるって事ね!」
「この子、ポジティブが取り柄なの」
ラウラは腰まで伸びるストレートの黒髪を耳に掛け、リーゼロッテの頭をぽんぽんと叩く。
リーゼロッテも満更じゃない表情を浮かべ、ラウラを見上げている。
この姉妹のように見える二人はあたし達より七つ。そして、ダニロとベルフリートは十歳年上だった。
会話はなおも続く。
軽く自己紹介を終えたあたしとディーンは、代わる代わる挨拶に来る人達の対応に追われた。
ダニロと一緒に森を守ってくれている仲間達や、ベルフリートの側近、その配下の人達。ラウラのまとめる自警団の人達や、リーゼロッテの住む村の人々など。
沢山の人に着任を心待ちにしていると声を掛けられ、あたしはとても幸せな気持ちになった。
「……で、領主様達はいつこちらへ越してくるんだ?」
もう大分打ち解け、気さくに話しかけてくれるダニロに、「『領主様』なんて呼ばれるガラじゃない」と、ディーンは名で呼ぶよう促す。ダニロは頷くが、対照的にベルフリートが「ディーン様とお呼びするべきだろう」と、反対の声を上げる。
ディーンは首を横に振り、「いや、呼び捨てに」と再び彼らに伝える。
「そんな。我々が呼び捨てになどしていたら、他に示しがつきません」
「呼び捨てにされるぐらいで示しがつかないのなら、俺が領主をやるより皆でやってもらった方が良いということだろう?」
「そっ……! そんなつもりで言ったわけでは……」
「もちろん分かっている。ただ、現状を考えれば俺がやるより、遥かに皆の方が適任だと思っている」
「……ディーン……様」と、困った顔をするベルフリート。
そんな彼にディーンは苦笑する。
「なにも俺は、ベルフリートを責めている訳でも、自身の能力の低さを僻んでいるわけでもない。――ただ、今の実力を考えて、思った事を言っただけ」
だから。
と、ディーンは言葉を繋ぎ。
「俺に力を貸してほしい」
今までの彼を知る者なら、驚きを隠せないと思う。
ディーンは何でも一人でやろうとするくせがある。
何かを為す時、彼が必要だと思った件があったとする。
それが自身の力で解決出来ないと分かった時、その事柄一点に対して師事を仰き、まず解決をする。その後、本題に取りかかり、結果、事を為すのは彼一人。他の協力を受ける事は無い。
自分の意見をはっきりと持っているが故の、悪い部分と言ってもいいのかもしれない。
そんな彼が、このように具体性の欠く協力を求めるなんて。
(――……ディーンは、おっきくなった)
男の子は急に大人になるって聞いた事があるけれど、本当なんだと実感した。
引き続き、お読みいただきましてありがとうございます!!(*^_^*)




