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39.嘘の中の本当

 




 

『あたしはノーティスへ行くわ』


 笑顔を貼りつけたまま、あたしは自分の心を嘘で隠す。



「……どうしてノーティスに(こだわ)る?」

「拘っている訳ではないわ、ただ自分にとってそれが一番いいって思っただけよ」

「あんなにファンシル、ファンシルって、言ってたじゃないか」

「とても良い所だもの。憧れるわ」

「だったら……!!」



 ディーンが身を乗り出し、あたしを見る。

 切羽詰まったように揺れる瞳は、彼の望む答えを訴えていた。



「さっきも言ったけれど、領地で採れる薬草はすべて領地の大事な資源。その資源は正しく民に還元されるべき。いくらエメリー様の友人だとしても、不当に貰い受けるわけにはいかないのよ」


「じゃあ、いくらか金を受け取ればいいのか?」


「適正な価格でなら、取引が出来るわ」



 ただ。

 あたしにそのお金を支払う能力はないの。



「そんな……俺は、別に」

「エメリー様が良くても、そこに住む皆が納得できないとダメよ」



 自分自身で夢を壊している。

 畳みかけるように言葉を紡ぎ、反論する言葉を奪い。

 話せば話すだけ、ぽろぽろと(はかな)く崩れゆく欠片は。もう二度と、拾い上げる事は出来ない。


 食い下がる彼を思えば、この申し出は本気。だから、あたしが一言「うん」と言えば夢は叶うのだろう。


 でも、頷くわけにはいかなかった。


 ディーンはファンシルの新しい領主として、民の事を一番に考えなければならない。

 友人だと言うだけで、彼の優しさに甘えるわけにはいかないし、なにより足を引っ張る様な真似だけはしたくなかった。



「エメリー様。気持ちだけで十分です」

「エレイン」



 ディーンはあたしの名を呼んだきり、何も言わない。

 そう。これでいい。これでいいの。



「では私、この後用事が……」

「待ってくれ!」



 あまりにも必死な声を出すので、あたしは席を立つ事が出来なかった。



「なあ、なんか良い方法ないか? エレインの方がこういうの得意だろ?」



 確かに得意よ。いくつか方法はあるわ。

 ディーンにとって簡単な方法から、とても難しい方法まで。


 「そうね」と、あたしは一度言葉を切り、そして――……一番難しい方法を告げる。


 意地悪じゃなくて。

 困らせたい訳じゃなくて。

 

 自身の未練を、断ち切る為に。



「エメリー様があたしと結婚すればいいのよ」



 ニコリと笑い、軽く聞こえるように、冗談に聞こえるように。

 あたしは自分の望みを口にする。


 中途半端な事を言ってディーンがあたしの事に時間を割いてはいけない。



 『何言ってるんだ、無理に決まっているじゃないか』



 無理難題を吹っ掛けて、断ってもらって。

 そう言ってもらえれば、あたしはこのままノーティスへ旅立てる。

 想いは変わらずとも、傷つく事はなくなり。

 もう二度と勘違いはできないから。



 言い切った後、伏せていた目をそっと上げてみる。

 真顔で断られるは辛いけど、自分で投げつけた爆弾なんだから、ちゃんと受け止めて見せる。

  

 そう思っていたのに――……



「……エメリー様?」

「あ、いや。その……」



 何故かディーンの顔が真っ赤になっていた。



「……何、その初心な反応……?」

「初心とか言うな!! お前こそ! どうして、さらっと結婚なんて!!」

「結婚っていうか、政略結婚?」

「同じだろ!!」



 ええー……? 同じ、かなあ……?

 若干不本意な気もするけど、見た事の無いディーンの反応を見られて嬉しい。

 お土産をもらった気がする。



「まあ、そういう訳だから、諦めて?」

「はあ!? なんで、諦めンだよ!!」

「じゃあ、結婚するの?」

「え、あ……っと」

「……ほら、もういいって。たまには帰って来るかも知れないし」

「嘘だ!! 絶対お前は帰ってこない!!」

「へえ……良く分かってるじゃない」

「やっぱり!!」



 ディーンが顔を染めたまま、あたしを睨む。

 ギロリと睨まれているハズなのに、なんだかあんまり怖くない。



「――……たまには、手紙かくから」

「お前は、薬草の事になると他が見えなくなる」

「そうかもね」

「自覚があるなら、もっと気をつけろ」

「はいはい」

「二回返事する時は、話を聞いてない時だ」

「あら? 以前の貴方に聞かせてあげたいわ」



 くそ、と悪態つくディーンがそっぽを向いた。

 基本、口喧嘩では負けない。


 それにしても、こんなに引き止めてもらえるなんて。すごく嬉しかった。友達として、こんなに思ってもらえているんだなって。温かい気持ちになった。



「……なあ、エレイン」

「ん? 何?」

「お前は……それでいいのか?」

「え? 何が?」

「『何が』って……自分で言ったんじゃないか」

「?? ノーティスへ行くって事??」

「違う!! 俺と結婚する話だ!!」



 は?

 まだ生きてたの? その話。



「信じられねえ……一生に一度しかない話なのに」



 ディーンは頭を抱えた。



「まあ、いい……。じゃあ、婚約って事で」

「は?」

「『は?』じゃない!! 婚約だ、こ ん や く !!」

「なんかコンニャクみたい」

「意味分かんねえ事言うな!!」



 ディーンはたまに予測不可能な事を言ってくる。

 今に始まった事ではないが、それは大きな誤解だったり、180度見当違いだったり。

 不良騎士だなんて呼ばれているくせに、適当な返事はせず、思ったままの答えを相手にぶつける。押しつけるのではなく、あくまでもぶつける。

 


 言葉を失ったあたしに、ディーンは何も言わない。

 発言を撤回するつもりはないようで、じっとこちらを見ている。



 これがあたしの望む意味(・・・・・・・・)でだったら、どんなに嬉しい事か。

 笑顔で返事をし、抱きついて、抱きしめてもらえたら――……。


 でもそれは、ただの幻想。



(……ディーンにこんな事言われる日が来るなんて)



 彼があたしの望む意味で言っていない事は分かりきっている。

 あたしがくだらない入れ知恵をしたから、そう口にしただけ。

 友人のあたしを引き止める為に。それしか方法がないと思ったから。



「……だめよ」



 気付けばそう口にしていた。

 嬉しいハズの言葉を貰ったのに、あたしの心は嫌という程冷めていた。



「……自分で提案したくせに?」

「そうだけど……だって、政略結婚だとしても全然エメリー様にメリットないじゃない」

「それは、エレインにはあるって意味でいいか?」

「たしかにあたしにはとても大きなメリットがあるわ。……でも、そんな理由で」



 結婚しようなんて……言わないで。

 まるでお菓子をあげるみたいに、言わないで。

 気持ちの無い求婚なんて――……虚しい、だけだから。


 この言葉は口から出ていかなかった。


 ――言えない。

 こんな事言ったら、あたしの気持ちが知られてしまう。

 そうなったら、ディーンはどんな顔をするのだろう。


 怖い。知りたくない。

 これだけは絶対に知られてはならない。そう、絶対に。



 ヘンなところで言葉が切れていたにも関わらず、ディーンは何故か笑った。

 その表情はホッとしたような、少し嬉しさをにじませたような。そんな、笑顔。



「俺は、それで構わない」

「か、構わないも何も……あたしは、良いだなんて言ってないわ」

「……でも、メリットはあるんだろ?」

「それは事実よ、でも」

「じゃあ、いいだろ?」



 強引だ。

 なんでそうなる?



「……一方的に利益享受するのは嫌よ」

「リエキ、キョージュ?」

「良い思いをするってこと」

「なら、問題ない」

「だから!! なんでよ!?」

「それは――……」



 ディーンは一瞬口ごもり、視線を彷徨わせたかと思うと――。



「俺にも……メリット、あるから」



 そう、ぽつりと呟いた。







なかなか進まない……汗

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!(*^_^*)

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