38.予期せぬ来客の予期せぬ提案
部屋着から来客に対応できる室内用のドレスへ。
予定外の事にあたしは混乱していた。
なんで? どうして??
そればっかりが繰り返し頭に流れており、アリアの言葉も頭に入ってこない。
あんな、別れ方したのに。
半ば茫然としたまま客室へと向かった。
入室し礼をとるあたしに、彼も慌てて立ち上がりペコリと頭を下げる。
その格好はいつもの騎士姿だった。
「……今日は、何の御用ですか」
『何しに来たの? あたしは貴方と話す事なんて何もない』
そう言うべきか、迷った。
薬草の事を馬鹿にされ、頭にきた。
あたしがどれだけ薬師としての仕事を好いているのかも気付きもしないで、そう罵る彼に腹を立てた。同時にこれだけ一緒の時間があっても、それすらも関心が寄せられていないのだと分かり、悲しかった。
まあ実際、そんな事実は彼に何の関係もないのだから、当たり前なんだと冷めた気持ちにもなり。それはいつもの事だけど、やっぱり傷ついた。
「エレイン。この間は悪かった」
「……この間?」
「薬草の事だ。……俺が悪かった、あれは言い過ぎだった」
「ごめん」と謝るディーンは潔く、あたしは詰る事も出来そうにない。
「……謝罪は受け取ったわ」
「よかった。これからはもう言わない」
ディーンは自分が悪いって思ったら、すぐに認め謝ってくれる。
そういう所は正直羨ましい。だって、それって結構難しいと思うの。
あたしは表情には出さず、そっと心の中で微笑んだ。
喧嘩別れだけは回避できそうで、それは旅立つあたしにとって良い土産だった。
「あー……と、それと、だな……」
謝罪から一転、歯切れの悪い切り出し方。
単に謝罪する為だけに来てくれたのだと思っていたあたしは、首を傾げる。
ディーンは用意されていた紅茶を一飲みし、こちらを見た。
「……ええっと、俺、アルの騎士になったんだ」
「アル……?」
「あっ、いや。アルフレッド殿下の事だ」
「殿下の? それは、おめでとうございます」
実を言うとあまり驚かなかった。
アルフレッド殿下の寄せるディーンへの信頼を思えば、おかしい事ではなかったからだ。
元々彼の腕前にはその力があるし、任命式さえ失敗しなければ当然そうなっていたのだという噂は皆が知っている。
だからディーンに敵わない奴は陰口を言うし、恐れながらも『不良騎士』と呼ばれる彼の動向には皆が注目していたのだ。
「それで……俺は、領地を貰える事になったんだ」
「はあ。おめでとうございます」
自慢……しにきたんだろうか?
わざわざ?
ふと、あたしは時計を見る。時刻は三時過ぎだった。
その後もディーンは歯切れの悪い言葉をぽつぽつと口にするが、今一つ何を言いたいのか分からない。
しかも顔を見て話を聞いていればその分、「あー」とか「えっと」とか、そういった言葉が多くなるのも難点だ。
……この話、長いのかな?
そう思った時、大事な事を思い出した。
「エメリー様」
「ん……なんだ?」
「大変申し訳ないのですが、そのお話、後日ではダメでしょうか?」
「!! な、なんでだ?」
「今、私が忙しい事はご存じでしょ?」
ディーンが苦虫を噛み潰したような表情をする。
言葉を返してこない彼に「その準備で今日中にしなくてはならない事を思い出したのです」と、伝えた。
これは嘘じゃない。
夕方、工房へ業者が来る事になっている。それまでにもう一度、工房内を見て回ろうと考えていたのだ。
「……だめだ、エレイン」
「え?」
「今、聞いてくれないとダメなんだ」
あたしに『自己中心だ』と言ったその口で、自分の言い分を押しつけてくるディーン。
特別聞き分けがいいと思っていたわけではないけれど、このように引かない事も珍しい。
「エメリー様、本当に申し訳ないのだけれど……」
「……頼む、今日、今聞いてくれ……お願いだ、エレ」
低姿勢ではあるが、あくまでも引く気は無いらしい。
そんなディーンに首を傾げつつ、あたしは頷く。……まあ、業者さんには連絡を入れておこう。
彼はホッとした表情を浮かべた。
「それで……ああ!! 何処まで話したっけ!?」
「領地を下賜していただけるというところまでです」
「そうか……。って、ああもう、まどろっこしいなあ!!
……とにかく、だ! 俺はアルの騎士になり、領地を貰った!」
「ええ。聞いてるわ」
「で、その領地でエレインは研究をする。だから、ノーティスには行かなくていいんだ!!」
「はい?」
「いや、だから。ノーティスには……」
「なんでそうなるの」
話が飛んだ。
どうしてあたしがディーンの領地で研究しないといけないの??
話の脈絡なんてあったもんじゃない。
あたしが不審顔でディーンを見ていると、彼は珍しく慌てた様子で「だから、その、貰った領地はファンシルで……」と、言った。
え。
「あの、今なんて?」
「だから、貰ったのはファンシルで……」
「えっ、ええっ!? ファ、ファンシルですって!?」
「そ、そうだ、だから、エレインはわざわざノーティスに行かなくても……」
たしかにファンシルで研究できるなら、ノーティスに行く必要は無い。
だって薬草の事だけで言うならファンシルの方が、研究しつくせない程の種類があるから。
ただ。
「……その申し出は受けられないわ」
「……どうして?」
「エメリー様が下賜される領地で取れる薬草は、すべて領地の大事な資源。使わせてもらうならそれ相応の対価が必要。……あたしには、それを支払うだけのお金はないもの」
あたしが技術交換師に志願した理由の一つが、金銭によるものである。
研究というのは膨大なお金がかかる。今以上の事をしようと思うなら実家以上の後ろ盾が必要で、となれば玉の輿を狙い援助してもらうか、国の政策に乗るしかなかったのだ。
「……エレインから金を貰おうだなんて思っていない」
「それこそ、絶対ダメよ。赤の他人が大事な資源を使う訳にはいかないもの」
いくら喧嘩友達でも友人は友人。
限度というものがある。
……ああ。でも。
そういう選択があるんだね。……なんて。
叶わないのに、夢を見る。
ファンシルで好きな研究を続ける。
春も夏も秋も冬も。
ずっとずっと何年も。
彼の領地で。彼の、傍で。
(この間までファンシルの名も知らなかったくせに……)
それなのに、あたしの事を思い出してくれて。
(こんな風に時々優しいから……)
勘違い、しちゃうんだよね。
届かない想いがツキンと胸を刺す。
彼は遠くに行く友人を引き止めようとしているだけで。当然、それ以外の意味は無い。
勘違いしてはいけない。
分かってはいるけれど、その事実はやっぱり苦しかった。
それでも、あたしは幸せ。
ディーンが領地で研究して良いって言ってくれた。
草だ草だと薬草の事なんて全然興味無かったくせに、あたしの事を――……考えてくれた。
だから、幸せ。
今日、この日が一番の思い出だって言える。
「エメリー様。お気持ちありがとうございます」
「じゃあ……!!」
喜びを表情に乗せたディーンへ、あたしは笑顔を貼り付ける。
「――――あたしは、ノーティスへ行くわ」
いつもお読みいただきましてありがとうござます!(*^_^*)




