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37.笑顔の王子様


視点変更あります。

ディーン ⇒ エレイン

 





 俺はアルフレッドに(うなが)され、ソファーに腰をかける。

 アルも剣を収め、俺の正面へと座った。



「ねえ、ディーン。分かっていると思うけど、僕の騎士になると結構面倒だよ」

「ああ。全ては覚悟の上だ」



 なりたいのは不良騎士じゃない。皆に頼られ、守る事の出来る騎士だ。

 友人のアルフレッドを堂々と守る為にも、俺は己の望む護衛騎士になる。

 その為の努力を惜しむ理由などない。



「……俺は自分の望む姿を見つけたからな。必ず乗り越えて見せるさ」

「へえ。それはまた、どうして急に?」

「そこまで話す必要ないだろ?」

「友人なのに?」

「友人でも言えない事ぐらいある」



 きっかけが自分の想いに気付いたからだなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。



「ふうん。まあ、僕としてはやっとディーンが腹を決めてくれてよかったと思っているから、いっか」

「腹を決めかねていた……と、言われると根性無しみたいで、イラつくな」

「実際そうじゃないか~って言ったら、怒る?」

「いや。アルの言っている事は間違っていない。怒るとしたら、自分自身にだな」



 今思えば、この怒りっぽい性格も、自分の望まぬ姿に対しての苛立ちだったのかもしれない。



「……一回り大きくなったね、ディーン」

「……? 背も体格も変わらないが?」

「えへへ。こういう所は、そのままでも良いかなって思うよ、僕は」



 穏やかに微笑むアルフレッドを見て、俺は自分の選択が間違っていないと確信する。


 アルは品の欠片もない俺を傍にと望んでくれた。

 それこそずっと腹を決めかねて、良い返事をしなかったにもかかわらずにだ。

 

 どうしてそこまで望んでくれたのかは分からない。だが、それで良いと思う。


 俺自身が理由を知らずとも、アルにはそう望む理由があった。

 それは、皆に頼られる騎士を望む俺がもっとも望んでいた事と交差する。

 お互いがお互いを望む関係はとても心地よい。だから、これ以上の理由なんて必要ない。



「じゃあ、早速だけどディーン。僕は君に領地を下賜(かし)しようと思うんだ」

「? カシ?」

「要は、『あげる』って事」

「いや、そんなものはいらない」



 護衛騎士にしてもらっただけでも幸運だというのに、領地など与えてもらう必要はない。

 それに貰ったところで俺が管理できると思うか?

 いや。無理だろう。少なくとも今の俺にその力はない。



「最初っから自分でやる必要はないさ。自分が出来ない事は、出来る人物に任せる。それって結構重要な事だよ」

「ふうん……そういうものか。ただ俺はこういった褒美が目当てで、お前の騎士になるって言ったわけじゃない」

「もちろん分かっている。これは僕からの(ささや)かなプレゼントさ」

「そうか。だが、気持ちだけで十分だ」

「言うと思ったけど。ほんとにディーンは正直だねえ……」



 でもこれは貰って置いた方が良いと思うよ? と、くすくす笑いながらアルフレッドは言う。



「場所は、ラフィーネの南にあるファンシルという小さな土地だ」

「そうか、でも本当にいらないぞ?」



 いくら小さくても管理するという事の大変さは変わらないだろう。

 そう考えれば俺が管理するより…………って、ん? 待てよ。

 その名前、どっかで聞いたことある様な……?



「って、ファンシルってあの(・・)ファンシルか!?」



 思い出したぞ!!

 以前エレインが話をしていた、自然の薬草庫! 季節によっていろんなものが採れるって言ってた所か!!


 アルフレッドは「そうだよ~」と、柔らかな笑みを浮かべる。



「ファンシルは面積こそ狭いけど、その分資源が凝縮されている。だから良い土地だと思うけどな、僕は」

「お前……そんな土地をあっさりと……」

「あっさりじゃないさ。僕はずっと前から(・・・・・・)決めていた(・・・・・)んだ」



 ディーンが僕の騎士になってくれたら、下賜するってね。

 そう言って笑うアルフレッドに、何故かゾクリとした。

 

 それはまるで自分がパズルのピースのように。

 決まった場所へとピタリと(はま)って行く様な、そんな感覚。



『……まあ、俺の欲しいモノでも与えてくれれば、考えてやるさ』

『へぇ。その言葉、覚えておきなよ』



「……アル。お前……まさか」



 目の前でニッコリ笑う、太陽みたいな笑みは、今この瞬間だけは見てはいけない何かを垣間見た気がして。俺はその続きを尋ねる事が出来ない。


 そんな俺にアルフレッドは笑顔のまま続ける。



「ディーン。僕は君の力になりたいだけだからね?」




 ◇◆◇◆◇◆




 その日、あたしは自室に居た。


 

「ああ……これは、アリアと出かけた時に買ったネックレスよね……」


 

 小物を手に取り、溜息混じりの声が出る。

 自分の目の前にはテーブル一杯の小物達。隣のベッドには広げたドレスの山。そして、すぐそばに控えるのは侍女アリア。


 昨日までに工房の片づけを粗方終えたあたしは、自室の片付けに着手していた。……が。



 あたしは片づけが苦手だ。

 いや。正確にいうと、物を処分するのが苦手だった。


 これはお父様に買ってもらったぬいぐるみ。

 これは初めてファンダムに行った時に摘んだ押し花。

 これは収穫祭で買ったペンダント。


 これは、これは、これは……


 思い入れの無いモノの処分は比較的簡単だが、伴う思い出があれば途端に選別は難しくなる。

 ここが自室という意味ではそれが一番多く存在し、時間がかかるのも当たり前だった。



「……いっそ全部持って行こうかしら」

「何言ってるんですか。必要なモノと不要なモノぐらい見分けがつかなくてどうするんですか」

「アリアは容赦がないわね」

「ええ。片づける時は決断力が大事です」



 言いたい事は分かる。

 ただ。



「だって、これさあ……」

「あ。これは、エレイン様が九つの時に……」

「覚えてる!? そう、あの時お母様にお願いして……」



 そう、言いたい事は分かる。

 しかし、全ての物には思い出があり、そう簡単に手放せるものじゃないのだ。



「エレイン様。別に捨てなくてもいいんですよ? ここは貴女様の実家なのですから」

「アリア……。でも、あたしは……」



 そこまで言いかけると、アリアはあたしの口を人差し指で封じる。



「未来の全てを、今、決めてしまう必要はないのですよ。エレイン様」

「――……そうね」



 アリアの言葉に励まされつつ、あたしはゆっくりと片づけを続ける。

 一つ一つの物に思いを馳せ、その時の気持ちに寄り添う。

 

 嬉しかった事。

 楽しかった事。

 時には、悲しかった事。


 途中彼女が、「お茶にしましょう」と、出てゆき、あたしは物が散らばった部屋に、足を伸ばして座り込んだ。

 

 ぼんやりと、ただ自分の持ち物を眺める。

 どれを見ても、思いは溢れ、様々な記憶を呼び起こす。

 そして。



(……やっぱり、あの小瓶は持って行こうかしら)



 良い思い出じゃない事は分かってる。

 見れば苦しくなるのも分かってる。

 でも彼との思い出で、形ある物ってあれぐらいしか思いつかない。

 彼は物をくれるようなタイプではなかったし、そもそもお互い物を贈り合う間柄でもない。


 花を貰った事も、装飾品を貰った事も、そして、好意を寄せられた事もない。



(はあ……望みないって分かってるわよ)



 あたし達は犬猿の仲。

 貰ったのは、罵声と嫌味と。そして、沢山の思い出だけ。

 思い出も喧嘩ばかりだけど、それでも楽しかった。



(ああもう! 未練がましいぞ! エレイン=アーサーズ!!)



 ウジウジするな!

 自分についた嘘ならば、最後までやり遂げなさい!



 しばらくすると扉がノックされた。



「アリア、お帰り……って、お茶は??」



 お茶を取りに行ったハズのアリアは、何故か手ぶらだった。



「エレイン様。お客様がお見えです」

「え?? 今日は約束なんてなかったハズだけど……?」



 疑問符を浮かべるあたしに、アリアが答える。

 その名を聞いて、あたしは言葉を失った。








いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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