36.騎士
部屋に入れば、以前訪れた時と同じように柔らかな色が俺を出迎えてくれた。
ベージュ色のソファーに足の短いガラス天板のテーブル。きちんと整えられた書棚に、出窓にかかるのは先日とは違う秋色のカーテン。そして。
執務机に頬杖をつくアルフレッドの姿。
朝日を浴びて輝く金色の髪に小首を傾げニコリと微笑む様は、中性的な美しさを感じる。
歳は自分と同じなのに全体的に線の細い姿は、幼いころから天使のようだと囁かれていたのも頷いてしまう。
「おはよう、ディーン」
全くいつものように。そう声かけして来たアルフレッドに、俺は頭を下げる。
「おはようございます、アルフレッド殿下」
「……どうしたんだい?? ディーン」
「ええっと。本日はお日柄もよく……」
「お日柄?? 僕ら、お見合いでもするの??」
「はあ!? 気持ち悪い事言うなよアル!!」
「気持ち悪いのは君だよディーン」
……全く以て否定できない。
俺自身もガラじゃない事は十分分かっている。だが、これからは。
「ねえ、僕らにはそういうの要らないよ?」
「……いる時だってあるだろ? お前は王子なんだから」
「王子である前に、ただのアルフレッドだよ」
「ただのアルフレッドでも、同時に王子だろ?」
アルフレッドは「今日は拘ってくるね……」と、眉を寄せた。
そうさ。
今までだったらこんな事言わない。
ただこれは、俺にとって必要なんだ。
「ねえ、ディーン。君がそういう事に拘ってしまうと、僕は君にこうして会う事も出来ないよ」
「は……? あっ、そ、そうか。そうなってしまうのか」
完全に頭に無かった。
形式にこだわるなら、そもそも一介の騎士が理由なく王子に会えるわけがないのだ。
その事実に愕然としながらも、自分がどれだけ恵まれているのかに気が付く。
――手を伸ばしても届かない。
誰が決めた?
――俺には品が無いんだ。
そんなもの、これから身につければいい。
――不良騎士。
違う。俺はそんなものになりたかったんじゃない!
(他人の評価に甘んじるな。そして、手を伸ばしもしなかった事を、他人のせいにするな!)
俺は躊躇う事無く、片膝をつき、頭を垂れる。
「俺はエメリー侯爵家長男、ディーン=エメリー。
我が剣をアルフレッド=レヴィン=アスタシア殿下に捧げ、生涯守り抜く事を誓う。どうか俺を殿下の騎士にして下さい」
本当の宣誓はもっと長いし、言葉も違う。
ただ今の俺にはこれが精一杯だった。
「……どうして、急に?」
「急じゃない。昔っからなりたかったんだよ」
どういう事?
そう問うて来たアルフレッドに、長くなるけどいいか? と、前置きして俺はその答えを口にした。
「知ってるか? 俺、城下ではガキ大将だったんだ」
俺が話したのは昔話。
ブルースと意見が合わず、喧嘩していたあの頃の話。
そう、あれは。初めてエレインと話をした時の事だった。
「……俺達は結構、仲良くやっていたんだけど、中には弱い者を好き勝手する奴もいてさ……そいつ、俺に言ったんだよ。『お前一人でみんなを守る気か! 無理無理!』って……」
無理なんかじゃない。絶対、全てを守って見せる。
そう描いた自分の未来。それを実現するには騎士になるのがいい。
きっかけはこんな些細な事だった。
皆に頼られ、皆を守れる自分になりたかった。
騎士になればそれが叶うと思っていた。
元々、体を動かす事は得意だったので鍛練は楽しかった。
逆に勉強は苦手で、その必要性も理解できず逃げてばかりいた。
「――俺は大事なモノを全て守りたい。その技量はこれからも求め続けるし、そう出来る立場も求める。今の俺には信用がない。自分のせいだが、俺はそれを取り返したいと思う」
「その為に王子の騎士になりたいと?」
「そう思われても仕方ない」
今、俺はガキ大将じゃない。
王都のみんなを守らないといけない理由も何も無い。
しかしあの時、全てを守って見せると誓った思いはまだ生きていて、それが今、己に望む姿だとようやく見つめる事が出来た。
俺は、その姿をもう逃がさない。
沈黙が、降りた。
護衛騎士になりたいというには、動機が不純に見えるのだろうか。
たしかにアルフレッド一人を守りたいと言っているわけじゃないから、そう思われても仕方ないのかもしれない。
「なるほど、ね」
その声色は言葉通りの意味と、少々の残念さが滲んでいた。
顔を上げてはいけない。
分かってはいたが、俺はアルフレッドを見上げた。
「念のため言っておくが。俺が守りたいと思っている中には、友人であるお前も当然入っているんだからな、アル」
覚えておいてくれよ。
確認のつもりで言えば、アルフレッドは驚いたように目を真ん丸にして、次の瞬間、大笑いした。
「ははは!! そっか! 僕もその中に入れてもらえてるんだ!」
「当たり前だろ。……まあ、任命式の時は友人と呼べる間柄じゃなかったから、今より想いは弱かったかもしれないが」
「うわっ。そこは、『王子様を全力で守る気でした!』って言わなきゃ!」
「そんな事言わずとも当然じゃないか。その当時の全力で守ろうと思っていた事はさ」
俺はただ当たり前の事を言っただけなのに、アルフレッドが嬉しそうに笑った。
「やっぱり僕の目に狂いはないなあ」
「それ。よく言うけど、お前は普段目が狂っているのか?」
アルフレッドはキョトンとし、そして笑みを深める。
「ディーンにはお勉強が必要だね」
「そんな事は分かっている。礼儀も、古代文字も覚えてやるさ」
「うんうん。あと国語もね」
……なんだか、すごく馬鹿にされた気がする。
覚えてろよ、アル。
「……で、どうなんだ、結局」
「ん? 何が?」
「しらばっくれるな。俺を騎士にするかしないかだよ」
「わざわざ言わないと分からないの?」
「任命式っていうのは、そういうもんだろ?」
「形式完全無視だけどね」
アルフレッドは立ち上がると、腰に佩いた剣を引き抜く。
俺は再び頭を垂れ、その時を待つ。
「エメリー侯爵家長男、ディーン=エメリー。貴殿を我が騎士に……」
ひんやりとした剣が肩に触れたまま、アルフレッドは続きの言葉を発しない。
それは決して長い時間ではないハズなのに、俺はもう何時間も待たされているような、そんな気持ちだった。
もどかしい時間が過ぎてゆく。
「……もったいぶるな、アル」
「こういうものなんだよ、ディーン」
お互い軽口を叩き、ニッと笑う。
「もちろん認めるさ。――ようこそ。僕の護衛騎士」
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