35.向き合う
とにかくエレインに会いたい。
そう思って工房へと足を運んだが、すでに人の気はなかった。
「もう、帰ってしまったのか……」
それでも諦めが付かず、俺は建物へと近づく。
こじんまりとしたクリーム色の壁に、こげ茶色の扉。
窓は正面に一つあり、カーテンが引かれている。
このカーテンが曲者だった。
通常民家にかけられている物と違い、このカーテンは分厚い。
長さも少し長めにしているのか、裾が見える事もない。
中で明かりが灯ったとしても、人影はおろか、光が漏れる事もなく、室内の様子は全くと言っていいほど窺えない。
過去通りがかった時もこのカーテンを邪魔だと思った。
そして今も、彼女を隠しているのではないかと疑ってしまう。
試しに窓をコツンと叩いてみた。
もしかしたら、自分が気付いていないだけでエレインがいるのかもしれない。そう思ったから。
しかし反応は無く、やはり帰ってしまったのだと落胆した。
俺は壁に背を預け、空を見上げる。
天気は下り坂なのか、雲は分厚く灰色だった。
(エレインは外で本を読んでいることもあったな)
何年も前の事だ。
それこそ工房を借りる前で、彼女は図書館から借りてきた本を木陰で楽しそうに読んでいた。
あの時、それが無性に気に入らなくて、エレインの邪魔をしたのを覚えている。後になって、なんでそんな事をしたのか自分でもさっぱりだったが、今なら分かる。
俺は自分と遊ぶより楽しそうにしていたエレインが面白くなかったんだ。
工房を借りた後は、いつもここで本を読み、薬草を使って香や薬を作っていた。
それも面白くなかった。
俺が通りかかっても、その存在をエレインに伝える事は無く、彼女の城は分厚いカーテンに閉ざされたまま。それはまるで彼女だけを守っているかのように、ひっそりと。
そうして段々と大人になるにつれ、俺はエレインに会いにくくなってゆく。
子供の頃のように遊びに行く事も出来ず、工房へ顔を出す事も出来ない内に、彼女の生活には子猫が加わった。
エレインは子猫を大事にし、益々俺との時間は削られる。
彼女の世界は薬草と子猫だけ。
ノーティスには薬草研究の為に行くと言っていた。
何処までいっても彼女の見ているものは薬草で、俺など視界にすら入っていない。
そりゃあ、そうだろう。
かたや、何年も前から薬草一筋で、国の代表として選ばれるぐらいで。
かたや、押された烙印に甘んじて、自分の行動を正当化している奴。
このままじゃあ、ダメだ。
今のままエレインの元へ行っても、俺は彼女に何も言う事が出来ない。
自分と向き合い、己の道を切り開いてからでなければ、彼女を引き止める資格はない。
「……よし。決めた」
どうなるかは分からない。
それでも目指す事はもう止めない。
俺は工房の壁に額を当てる。
目を閉じて、顔を見る事が叶わなかった彼女へ、触れているつもりで。
「……いつも草だ草だと、馬鹿にしてごめん。馬鹿は俺だった」
今度会う時、伝えたい事がある。
だから、どうか待っていてくれ。
閉じていた目をスッと開ける。
そうしてから視界に飛び込んできたモノを見て、目を見開いた。
◇◆◇◆◇◆◇
冬がぐっと迫って来たと感じる朝。
俺は城内の廊下を歩いていた。
向けられる好奇な視線と、ささやかれる陰口。
いい加減慣れたと言えど、気分は良くない。しかも、それが普段より多いのは気のせいではないだろう。
(そんなに俺が珍しいか)
皆の視線はまるで珍獣を見るようだった。
好奇な視線と陰口に嫌気がさし、鍛練と徴集時以外登城しなかった自分。
そのツケが回って来ているのだと感じた。
廊下を歩いているだけなのに、皆俺の姿を認めるとお互い顔を合わせたり、体は避けるくせに視線だけはこちらへと向いていたり。
たしかにあんな失敗をするのは俺ぐらいかもしれないが、それでも俺は王城に仕える騎士。城の廊下を歩いているだけで、こんな視線を浴びせられるのは、やはり納得できないし、納得するべきではない。そしてなにより、逃げるべきではなかった。
この不快な気持の半分は自分のせいだった。
相手から与えられる評価に甘んじて、好き勝手に振る舞っていた俺。
いや。好き勝手に振る舞っていたと思い込んでいただけ。
本当は与えられた評価に合う行動を知らず知らずの内に取っていたのだと、今なら分かる。
『不良騎士』
口の悪い俺は、そう呼ばれてもおかしくはない。
俺には品が無いのだから。
開き直り、自分の行動を人のせいにして。
望みもしない己の姿に、自分を重ねていた。
人が多い廊下を通り抜け、中庭へと差しかかる。
先日フィリップ達が鍛練していた庭は人の気がなく、ひっそりとしていた。
それを横目に目的の部屋へと向かう。ここまでくれば、後少し。
そうして歩いていけば、城の奥――つまり偉い人物がいるところ――に、到着する。
「――アルフレッド殿下に会いたい、取り次いではくれないか」
執務室前に待機する護衛騎士に伝えれば、一瞬顔を顰められたが「しばらく待たれよ」と、俺に背を向け、部屋の中へと消えた。
一応、門前払いはされないらしい。
それだけでも有り難いと思い、壁にもたれて待とうとし――慌てて姿勢を正した。
気付いたところから、変わらなくては。
不慣れな仕草はどうしても様にならないが、これも鍛練のひとつと思えば何とかなる。
しばらくすると先程の騎士が出てきた。
「騎士エメリー殿。殿下から許可が下りました。どうぞ中へ」
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