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33.苛立つ心

 




 

 クソッ!

 どこにいるんだ!!


 俺は翌早朝からエレインを探していた。

 昨日、煮えたぎる思いを深夜だという理由で留めたせいか、動きの全てが粗雑になる。



 まず王立図書館へ向かった。

 本好きのエレインが朝一番で本を借り、ほくほく顔で帰るところを何度も見かけた事があるからだ。


 しかし空振り。

 その足で鍛練所へと向かったが、薬品補充に来ていたのは別の人間だったのでこれまたスルー。

 早朝訪れるには気が引けた屋敷へと向かえば、彼女は朝から不在だという。



(後、寄っていないところは)



 工房。

 エレインが個人で借りていて、薬草調合に使っている場所。


 俺は工房を訪ねた事はなかった。

 工房を訪ねる、という事は(すなわ)ち、『わざわざ彼女に会いに行く』と同じ意味になるからだ。



(なんで、俺は、こんなに……)



 イライラする。

 昨日エレインと別れた時には全くなかった負の感情。

 心の中は何故、どうしてと、疑問が繰り返され、ますますイライラが(つの)った。



 親書を届ける旅をして、しばらく一緒にいたエレイン。

 話せばすぐ喧嘩になってしまうといっても、言い出す機会はいくらでもあったはずだ。なのにあいつは、薄情にも全くそんな素振りを見せなかった。



(あの時だってそうだった!)



 知らないうちに、薬師なんかに弟子入りしやがって。


 俺と一緒の毎日より、薬師を選び。

 俺と遊ぶ時間より、読書に(ふけ)り。

 俺と笑う一瞬を、薬草と共に。


 いつもいつも勝手に!

 俺のイライラは頂点に達し、思わず叫びそうになる。その鬼気迫る気配を感じ取ったのか、愛馬が速度を上げた。


 俺は街外れの工房まで疾走した。




 ◇◆◇◆◇◆




「エレイン!! いるか!!」



 俺は敷地内に着いたと同時に声を上げた。


 付近に民家はなく、煙突付きの小さな小屋が一軒。

 すぐそばには花壇があり、青々とした草が生えているのが見える。

 間違いなく、エレインが育てている薬草だろう。そう思うと苛立ちが募った。

 

 人影を探す為、建物に近づく。

 

 エレインは小屋の外に居た。

 近くには積み上げられた容器類、箱一杯の書物。そして。

 彼女の手には小瓶が握られており、中に薬草が入っているのかと思えばそれすらも忌々しかった。



「エ、エメリー様……?」



 エレインがこちらの存在に気がついた。

 俺はすぐさま馬を降り彼女の傍へと駆け寄る。



「一体どうしたんですか? こんなとこ……」

「どうして言わなかった!!」



 エレインの言葉を遮り、怒鳴りつける。

 苛立ちでつり上がった目で彼女を睨み、怒りをそのままぶつける。



「え……? な、何の事?」

「まだとぼける気か!? 技術派遣の話だ!!」

「あ……どうして、それを」

「そんな事はどうでもいい!! なんでノーティスなんかに!!」



 動揺したのか、エレインは視線を彷徨(さまよ)わせる。



 さっきから、俺の目を見ようとはしない――



 会話をする時は目を見て、怒っている時ですらこちらを睨みつけながら話をするのに、今は一度たりとも視線が絡む事は無い。それどころか、この場から逃げようと身を引いたのが分かる。


 苛立ちが我慢の限界を振り切る。


 彼女の言葉も、その仕草も、何もかもが言い訳がましくて、俺は吠えた。



「草の為にそこまでする必要ないだろ!!」



 そう叫んだ後、それが失言だとは気が付かなかった。

 エレインの行動全てが、俺の感情を根こそぎ奪っていたからだ。



「大体な! 草なんて何処にでも生えてるじゃないか!! わざわざアスタシアを出る意味ないだろ!! その辺の草でもむしってろよ!!  それにっ――……!!」



 エレインがこちらを見た。

 アメジスト色の瞳が今日初めて俺を射ぬき――……言葉に詰まった。



 沈黙が、続いた。


 何か言わねば。でなければ――……

 

 頭の中で警報が鳴り続ける。急かす様に、追い立てるように。ずっと、ずっと頭の中で。

 ただ現実の俺は何の言葉も発する事が出来ない。


 エレインが口を開いた。



「……どうして、言う必要があるのですか?」

「ど、どうしてって、それは……」



 美しく、しかし冷たく光る瞳はもう泳いだりはしない。



(わたくし)が何をしようと、エメリー様の知るところではありません。どうぞ、お引き取り下さいませ」



 向けられた言葉は丁寧に紡がれていた。

 なのに、取り付く島のない態度は俺を愕然(がくぜん)とさせた。苛立ちで上っていた血も下がり、猛っていた心も冷や水をかけられた様に冷たくなってゆく。

 ここで初めて自分の失言に気が付く。



 エレインが動いた。

 俺を通り抜けようとしているのだと分かり、反射的にそれを塞ごうとした。

 

 だが俺は、動く事が出来なかった。

 

 その場に縫いつけられるように、体はおろか、指一本さえも。


 彼女が通り過ぎていく。

 まるで俺の存在など無いように。道端に転がる石と同じように、取るに足らないと言われているように。



 ――しばらくして彼女の名を呼んだ。



 驚くほど弱々しく出た声は、紡がれた傍から溶けてゆく。

 それは寒い日の吐息のように。確かにあったはずなのに、すぐに無かったように溶けてゆく。


 当然、彼女に届く事はない。

 

 

 俺は先程向けられた視線を思い出し、拳を握る。

 強く握りしめた場所に爪が食い込むのも(いと)わず、ただそうせずにはいられなかった。



「どうして、だよ……」



 息が、胸が、心臓が。

 苦しい。


 どうして、こんな。


 俺はエレインの瞳を思い出す。

 これから訪れる冬よりも冷たい瞳は――――完全に、俺を拒絶していた。





 


いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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