31.帰還
焦った。
この間アルが結婚の話をしていたにもかかわらず、その可能性に全く気が付かなかった事が。
でも、エレインは違うと言う。
二度確認したが、彼女の仕草から嘘は感じられない。
そういう話じゃないならいい。
――仮に、そんな話であったとしても潰してやるけどな。
そんな事を頭の隅で考えながら、俺は愛馬に飛び乗った。
・
・
・
もう少し続くと思っていた旅は呆気なく終わった。
それこそ、惜しむ間もなく。
最初、エレインに旅など出来るのかが疑問だった。
それはそうだろう。騎士や旅をしている商人ならいざ知らず、彼女は貴族令嬢だ。普通に考えて無理だろう。それこそどちらかが適任と交代すべきだと思っていた。
なのに彼女は根を上げる事無く、最後までやり遂げた。
あの強い意思を込めたアメジスト色の瞳は健在で、必要だと野宿までした彼女は、自分を誇っても良いと思う。
アルフレッドの人選は間違っていなかった。
その事実は馴染みの俺よりも、的確な判断を下した王子の人を見る目を尊敬すべきなのだろう。だが面白くない事も俺の中で事実だった。
この旅でエレインとの関係は改善されたと思う。
そりゃあ先日、泣かせてしまったけれど、今俺達はちゃんと会話をしている。
だから王都へ戻っても、少しはうまくいくのではないだろうか。
そう思えば自然に顔が緩む。
それに。
『うん。わかった』
あの夜約束した『香』をもらう時、きっとエレインはあの時を思い出しながらくれるだろう。
きっとその顔は少し照れているのではないだろうか。
だって、あんなに素直な返事をしてくれたのだから。
(たまには草の話を聞いてやってもいいか)
だったら、アルから聞いた隣国で人気だとかいうカフェにでも連れて行ってやろう。
エレインは甘い物も好きだった。きっと喜ぶに違いない。
◇◆◇◆◇◆
日が暮れ、月明かりが差す中、俺達は王都へと戻って来た。
開かれた門をくぐると思わず緊張が緩みそうになるが、報告を終えるまではと気合を入れ直す。
「エレイン、まずはお前の屋敷へ向かう」
「ええ。わかったわ……」
『なるべく早く王都へ帰りたい――』
そうエレインが望んだ結果なのだが、やはり強行軍すぎたのだろう。
返事をよこす彼女は元気がなかった。
俺はその足でエレインを屋敷へと送り届け、城に向かう。
本来、報告は二人で行くべきだが、もう、夜も遅いし、俺だけで良いと無理やり彼女を帰した事は咎められないだろう。
以前教えてもらった隠し通路を使い、その先の扉をノックする。
決められた回数、リズムを刻むので、それが名乗っている代わりになり、お返しにとノックが返される。
中腰になり、ひんやりとした壁を手で撫でる。
ごつごつとした感触の中に、少しだけくぼみを見つけ、その中に指を突っ込んだ。
カツンっと、仕掛けの動く音がし、俺は軽くなった石壁を動かす。
「お帰り、ディーン」
扉の先はアルフレッドの私室だった。
煌びやかな客室に比べるとかなり地味目な内装は、基本、光りものが少なく、置かれた机、書棚、寝台などは機能を重視したような印象を受け、無駄が見当たらない。
かといって、貧相かと言われれば全くそんな事は無く、彫り込まれた意匠は細やかで美しかった。
「夜遅くにすまない。終了の報告だけはすぐが良いと思ったから」
「うん。そうだね。御苦労さま、ディーン」
ゆったりとした部屋着に身を包むアルフレッドが柔らかく微笑み、着席を促す。
俺は細かな報告をする為、その申し出を受けた。
報告書を片手に、アルフッドが説明を求めてくる。
行く先々で俺が上げたモノは下書きに近い状態なので、当人じゃないと意味が分からないところも多いのだろう。
俺は一日一日、旅を思い出しその質問に答えていった。
そうして一通り説明を終えた後、アルフレッドが改めて問う。
「どうだった? 皆の反応は?」
ここからはアル個人の質問なのだろう。
俺はソファーの背にもたれ、受取人の事を思い出す。
「受け取った奴らは喜んでいたぞ。『望んでいたものだ』って」
「そっか。……アーサーズ嬢も?」
「まあ、そうだな。エレインも大事に手紙をしまいこんでいたぞ」
「開封していた?」
「いや? ただ、中身はある程度予想していたみたいだけどな」
俺が知る限りでは、エレインが手紙を開封した様子はなかった。
本人は「屋敷で見る」と言っていた事だし、それをおかしな事だとは思わなかった。
「……彼女、中身について何も言わなかったの?」
「? ああ。アルの妃候補とかの話じゃない。と、だけしか聞いてない」
もちろん本当なんだろ?
念のためそう聞いてみると、アルフレッドは苦笑した。
「妃候補って……女性は二名しかいなかったじゃないか」
「偽装って可能性があるだろ?」
「それにしたって無理があると思うけど?」
改めて指摘されると、確かにそうかもしれない。
だが、そんな想像をする羽目になったのも、エレインが内容を教えてくれなかったからだ。
「――なあ、アル。親書の中身、なんて書いてあるんだ?」
「それをディーンに話したら、親書の意味ないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどさ」
今回は働きに免じて教えてくれよと頼んだ。
アルフレッドが難しい顔をする。
やっぱり部外者に教えるのはまずい事なのだろうか?
「もう一度聞くけど、アーサーズ嬢は内容を告げなかったんだよね?」
「ああ。何度か教えてくれと言ってみたが、相手にされなかった」
俺の言葉にアルフレッドは「そっか」と短く返事をする。
その表情には影があり、言い表せない不安を感じた。
「――アル。俺は誰にも言わないし、その話を悪用する気もない。ただ、知りたい――教えてはくれないか?」
アルフレッドがまた難しい顔をする。
それを何とか崩そうと「頼む」と、もう一度だけ強く発した。
「まあ、たしかに重要な親書をしっかり届けてもらった訳だし……ディーン、これは機密事項だよ?」
「キミツジコウ」
字面をなんとか思いだそうとしている間にアルフレッドから助け船が出る。
情報を外部にもらすな。ね。なるほど。
アルフレッドはコホンと咳払いをし、仕切り直した。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




